深緑の火星の物語   作:子無しししゃも

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【虚飾】
―内容を伴わない上辺だけの飾り。


Mind Game:第15話 虚栄の庭(前編)

「オリヴィエ君……君の目指す『神様』はちょっとアレだと思うんだよ!」

 

 『痛し痒し』勃発より前の事。

 いつもの技術交換が終わり、少しの雑談で解散…という頃合いに、アダムは爆弾をぶち込んだ。

 

「……ふむ。理由を聞いても?」

 

 それを受けたオリヴィエは、いつもと変わらない、感情の色が薄い笑みでアダムに聞き返す。

 そのやり取りは、技術交換の際に相手の技術の欠点を指摘した際の両者の会話そのままである。

 

 だが、その時と異なるのはオリヴィエの目が微かに細まり、歪な雰囲気が発せられているという事。

 

「まあまあ、そんなに怒らないで! 寿命縮むぞ☆ あ、オリヴィエ君は寿命とかないんだっけ!」

 

 まるで、汚泥に足を取られるような禍々しいそれを、アダムは敏感に感じ取り、フォローにならないフォローを入れる。

 だが、早くしろ、と続きを促すようなオリヴィエの目に、こほんと一つ咳をし、姿勢を正し。

 

「ただ一つ、唯一絶対の神様になる。立派、とっても立派かもね。でもね、僕はこう思うんだよ。その恩恵、皆に分けてあげようよ、ってね!」

 

 演説するかのように、熱を込めて語りだすアダムの言葉を、オリヴィエは玉座に頬杖を付きただ聞く。

 

「オリヴィエ君は『幼年期の終わり』って読んだ事はあるかい?」

 

「うん。だいぶ昔、だけど息子に読み聞かせた事があるかもしれない」

 

 それ小さい子に読みきかせるものじゃないよね、とツッコミながらも、アダムはその古典作品のあらすじを諳んじていく。

 

 遥かに優れた文明を持つ宇宙人が地球にやってきて、地球を管理下に置く。

 絶対的な支配者による統治で争いが無くなり文明は発展し、人類は宇宙進出の道こそ無くなるものの平和を手にする。

 簡単にさわりを言えば、このような物語だ。

 

「……上位存在による絶対的な管理。それは、原罪を抱かなかった人間と神の在り方そのものだ」

 

「……ぷ」

 

 その途中までの物語。

 むしろそれは、反論の材料にはならずむしろ私が目指す神の在り方に近いのでは、とオリヴィエは呟く。

 だが、そんな若干不満気な彼にアダムから返って来たのは、こらえきれない、という笑いだった。

 

「オリヴィエ君、やっぱ内容覚えてないでしょ! 知ったかぶり、よくないよ! これ、最高のギャグ小説なんだぜ?」

 

「……」

 

 割と図星なのでオリヴィエは黙り、アダムは話を続ける。

 

「その宇宙人……カレルレン君は、さらなる上位存在の使いっぱだったんだよ! 人類はその上位存在に進化できる種族だったから、それを導くように、ってね! 偉そうに人類を導く、とかやっときながら、内心では嫉妬メラメラだったんだろうね!」

 

 想像しただけで笑えるよね、というアダム。

 

 

「……そんなわけで、僕は哀れなカレルレン君が大好きなのさ! こんな惨めな献身、僕達にはとてもできたものじゃない! だ、か、ら! 逆に神様にはふさわしい、と思うんだよ」

 

 我々にはとてもできたものではない、そこに関しては同意だとオリヴィエは首肯する。

 彼が目指すのは、己という存在のみが絶対的な神となる世界。

 管理下にある人間の進化を許すなど、それは押し流すべき今の世界をもう一度作る事と同義だ、と。

 

 だが、アダムが指し示すのは、それとは別の形だ。

 

「僕が提示する神様の形! それは……」

 

 アダムが何を思いそれを言ったのか。本気でそう思っているのか、ただの自分やエドガーへの嫌味なのか、偽りとおふざけが形を成した彼がどこまで本気なのかは知れた事ではないが。

 

 オリヴィエは、その答えを、私はそれを認めない、と断じる事になる。

 それを実現しようとする存在が他ならぬ彼の細胞から生み出される事など、今この瞬間には知らないまま。

 

 

「『皆で頑張って進化しよう!』と応援する神様、だよ」

 

―――――――――――――

 

『3種目のA.Eウイルスが発見された』

 

 それは、剛大とキャロルが今この場所、異形と化したフィンランドの森林地帯に赴く前の、クロード博士によるブリーフィングで語られた内容だった。

 時間が無いから率直に、とクロード博士が最初に語った内容に、二人は唖然とした事を覚えている。

 

A(エイリアン).E(エンジン)ウイルス』。

 それは、彼らが二年後に火星へと赴く理由であり、今現在地球を侵している災厄の名だ。

 火星を起源とし、人間に感染し逃れられぬ死を与える病魔。

 

 それらは地球では現在、2種の存在が確認されていた。

 一つは、『♀型』。

 A.Eウイルスは、既存のウイルスで言えばT4ファージと呼ばれる細菌に寄生する種と似た外見をしている。

 そのT4ファージと外見上で異なっているのは、♀型の名の通り、尾部の鞘と呼ばれる部位と頭部が『♀』のような形状をしているという点である。

 

 人間に感染し、脳や心臓、臓器を変容させ死に至らしめる特異な症状を持ち、遺体から株を培養する事は困難。

 テラフォーマーをゴキブリから進化させた元であり、幅広い生物を宿主とする。

 こちらは、既に一人の天才の手によってワクチンが開発されつつある。

 

 真に問題なのは、もう一種の方であった。

 『♂型』。

 こちらもその名そのまま、『♂』のマークのような形状の鞘と頭部を外見的な特徴としている。

 だが、それは自然が生み出した、にしてはあまりにも歪な性質を有していた。

 それが、感染するたびに根本から(・・・・)変質していく、というものであった。

 

 増殖の際、周囲の遺伝子を手あたり次第に取り込み、自身の遺伝子を変質させるのである。

 それはまるで、犬が猿を産むかのように根本そのものから遺伝子を書き換えるのだ。

 

 今はまだ致命的な問題になっていないのは、奇跡と言っていいだろう。

 だが、明日も安全であるとは限らない。

 もし、感染性が高いウイルスの、致死性の病原体の、遺伝子を取り込んでしまったら?

 ワクチンを作る事もままならないそれが変異し感染し続けたら?

 

 待っているのは、人類の破滅だ。

 

 増殖の度に変化する性質。それは、ワクチンの作成が不可能に等しい事を示している。

 サンプルはいくらでも存在するが、変化の規則性を読み解けていない。

 解決する手段はただ一つ、まだ変異していない原種を、火星から採取する事。

 

 各国の優秀な科学者たちが頭を悩ませている問題であった。

 

『……これを、見てほしい』

 

 そして、3種目。

 クロード博士がモニターに映したそれを見て、剛大とキャロルは顔をしかめた。

 それは、外見の時点で歪な状態である事が見てとれたから。

 

 大まかな外見は♀型のそれである。だが。

 その鞘と頭部は大きくねじれ歪み、さらには殻を内側から突き破り無数の♂型の鞘が伸びていたのだ。 

 

 アフリカのリカバリーゾーンで歪に変化した森林。

 そこから採取した昆虫の死骸から検出されたらしいそれは、培養実験の結果♀型と♂型の性質が絡み合った悍ましい存在である事が明らかになった。

 

 ♀型には、急速に生物の進化、即ち形質の変化を促進する性質があると近年の研究でわかっていた。

 それも、一定の方向性を持って。

 

 人、という種であるホモ・サピエンスが他の類人猿から分化したのは20~180万年前とされている。

 哺乳類の祖先が生まれたのはおおよそ2億5000年前と言われている。

 つまり、哺乳類というグループが誕生してから現生の人類に進化するまでには2億年以上の月日が経っている。

 

 だが、火星においてゴキブリが人間と遜色ない頭脳とより大きい体躯を持った人型生物に進化するのにかかった時間は、たったの500年である。

 そこに、A.Eウイルスの真なる異常性がある。

 ウイルスが他の宿主で増殖する際に取り込んだ遺伝子を別の宿主に感染した際に受け渡し、それが進化の一助になるという学説は確かに存在する。だが、AEウイルスが進化に与える影響は明らかにその比ではないのだ。

 進化、というのは本来世代を経ての形質の変化を指すが、♀型が人間に感染した時の症状、臓器の変質は世代交代をするまでもなく形質を変化させる性質がある事を示している。

 

『異常な速度での形質変化』。これが、一つ。

 

 ♂型の特徴。それは、先に挙げた通り増殖の際に手あたり次第に周囲の遺伝子を取り込む事。

 そして、ウイルスには増殖の際宿主に自身の遺伝子を受け渡す性質もある。 

 

 この二種が複合した結果、生まれたのは。

 

『周囲の様々な遺伝子を手あたり次第に取り込み、その遺伝子を受け渡し形質の変化を異常な速度で進行させる』

という性質。

 

  

『隠す必要も無いからはっきりと言おう。これを放置すれば、世界はすぐに終わる』

 

 ♀型は、既にワクチンの開発が進んでいる。量はまだ十分とは言えないが、時間が経てば増産も可能になるだろう。

 ♂型の脅威は、いつ爆発するかわからない。だが、それは逆に言えば、今この瞬間はまだ破滅を免れている、という事だ。

 

 だが、この3種目は、違った。

 生物から生物を乗り継ぎ、好き勝手に遺伝子を奪い取り受け渡し形質を歪めていく。

 そこに残されるのは、ただただ無秩序に変異した生物による崩壊した生態系のみだ。

 

 そして、細菌に感染する♂型と異なり幅広い生物に寄生できる♀型が軸になっていると思われる事から、あらゆる生物がその影響を受け、歪められ、感染範囲が拡大していく。

 ♂型と同様増殖のたびに変異するため、ワクチンもそう簡単には作れない。

 

『しかし、これがMO手術の力によってばら撒かれているのであれば、解決策がある』

 

 それは、ある意味では無茶な賭けであった。

 相手はA.EウイルスをMO能力としてその身に宿し、周囲にばら撒いている。

 ならば、増殖の基盤となっているその身には、未変異の原種が存在しているのでは、と。

 

 だからこそ、剛大とキャロルが任務に臨む理由があった。

 ♂型とは異なり、こちらは原種を地球で手に入れるチャンスがある。

 ならばその機会を逃すわけにはいかない。

 

『……これが可能なのは今この場で私達だけだ。普通の軍人では、奴に近づく事すらできない』

 

 フィンランドも軍を派遣しているだろうが、失敗に終わるだろう。

 クロード博士の呟きに、剛大は異を唱えた。

 

 相手がアダム・ベイリアルの生み出した兵器だとしても、MO能力として身に宿しているのがウイルスならば、

身体能力が高まる事もない、それなりに強い素体ではあるのかもしれないが部隊単位で挑めば制圧できるのではないか、と。

 

 しかし、モニターの向こうのクロード博士は首を横に振った。

 

『……先んじて潜入している私達(アーク)の人員が採取したウイルスが、異常な活性化状態になっていた』

 

 恐らく、相手の周囲には常に高密度のウイルスが渦巻き、さらには何らかの方法で活性化させる事ができる。

 それを聞き、二人は納得してしまう。普通の人間がそれに近寄ったら、どうなるのかを。

 

「体内を一瞬で変質させられ即死する、か……」

 

 A.Eウイルスに耐性を持つ、MO(モザイクオーガン)を体内に持つ人間だけが、相対する事を許される相手。

 英雄にしか怪物は殺せない。勇士のみが、女王に謁見する許可を与えられる。

 それ以外は、戦場に上がる事さえも許されない。

 

『……ただ、耐性がある君達でも、恐らく感染は免れられない。早急に、ワクチンを準備する必要がある』

 

 MO手術の被術者はA.Eウイルスに耐性を持つ。

 だが、それでも形質が変化した特殊な株が高濃度で存在する環境に晒され続ければ、即座の死、こそ無くとも感染は免れられないだろう、と。

 

『何度言っても足りないが……情報も無く、こんな死地に君達を送り出す事を許してほしい』

 

 その言葉を、剛大とキャロルは否定し――

 

 

 

 そして、今。

 クロードの代わりに彼らと通信をしているヨーゼフは、ここがどのような場所なのかを、改めて二人に説いていた。

 

『赤の女王仮説』。今のこの異常な生態系、その内訳を。

 

 

 

『……そもそも進化という事象は、よしこうやって進化してやろう! と考えて起こるのでは無く、偶然得た形質が生存に有利に働いた結果、次代を遺す事で行われる。自然淘汰、自然選択と呼ばれる事象だな』

 

 

 そもそも、進化とはどのように起こるのか?

 

 生物の形質の変化に、生物側が能動的に方向性を制御できる要素は存在しない。

 

 全てはランダムな遺伝子変異によって起こっている。

 

 環境が寒くなったから分厚い毛皮を持つ子孫ばかりが生まれるのではなく、薄い毛皮を持つ個体も分厚い毛皮を持つ個体も生まれるが、結果分厚い毛皮を持つ個体が多く生き残り、子孫を残す事によって分厚い毛皮、という形質が引き継がれ、集団内の色濃い特徴になっていくのだ。

 

 

『そこで起こっている事も、正確に言葉を選べば進化、とは別なのだろうが恐らく本質は同じだ』

 

 

 思い出してくれたまえ。死んでいた動物の変異した体は、どんな部分が変異していた?

 

 君達が戦闘を避けた、生きている動物は、どんな部分が変異していた?

 

 

 

 ヨーゼフの言葉の通りに、剛大とキャロルはこれまでを思い返し、例を挙げていく。

 

 

 

 ヘラジカの死骸。角が触角になっていた。

 

 

 襲ってきた狼。鎌が生えていた。

 

 

 オコジョの死骸。毛皮が薄くなり、脚が鰭になっていた。

 

 

 生きていた熊。腰から、二本ほど頭足類の触腕が生えていた。

 

 

 

「戦いに都合のいい特徴を持った動物が、生き残っていました」

 

 

 何が起こっているのか、少しずつ理解し始めたキャロルが、寒さだけでは無い震えの混じった声で、ヨーゼフに返答する。

 

 

 

『……だろうな。殆どの動物が急に体に新たな器官が、体内が作り替えられるというストレスでさぞ気が立ち、新たな部位が生成される事により大きく栄養を消耗し餓えている事だろう。そして、その環境で生き残るために必要な形質は、何かな?』

 

 

 病気が蔓延した環境で生き残る生物は何か? その病気に耐性を持っている生物だろう。

 

 食糧が極めて少ない環境で生き残る生物は? 空腹に強い生物だろう。

 

 

 では。日常的という頻度を超えて闘争が起こる環境で生き残る生物は、この環境に都合のいい形質とは?

 

 

 

 ……その答えは、キャロルの一言で既に語られていた。

 

 

 

『自然環境への適応など、後回しだ。寒さに凍えようが次の瞬間に襲われ殺されるかもしれないのだから。病原体への環境など後回しだ。生殖能力も、寿命の長短も全て、考えている暇など無いだろう? 次の瞬間食われれば、元も子も無いのだから』

 

 

―――ただ、『強い』だけの生物が選択される自然環境。それが、君達がいるその場所なのだよ。

 

 

 

 ヨーゼフの言葉を、キャロルと剛大は無言で聞いていた。

 

 

『ふむ、しかしだよ』

 

 

 

 戦い以外の全てを捨てなければ生きていけない生態系。

 

 それ以外を優先すれば即座に淘汰される環境。

 

 

 

 強くあれ、ただ強くあれと強要される世界。

 

 

 

 それに、人間という動物である彼は、皮肉げに感想を語るのだった。

 

 

 

『次代を残す能力も欠落しているかもしれなくて、自然環境に適応する術すら切り捨てて戦いに必要な肉体という上辺だけを飾り立てなければ滅ぶ環境など、とても虚しい事だと私は思うがね』




観覧ありがとうございました!
今回は説明会、次回からバトルになります。

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