「へい、いらっしゃい!」
「豚骨醤油ラーメン一つ」
「あいよ!」
ラーメン屋の店主が元気よくお客を迎い入れる。
豚骨醤油はこの店での自慢の一品。いや、どのラーメンでも自慢だが、その中で最も店主が好きな味でもあるそのラーメンを頼んでくれたことへの嬉しさで、店主は笑う。
湯切り網で茹でた麺の水分を追い払っている間、チラリと今しがた来た客を盗み見る。黒い口元まで隠れる装束に、鈴のついた笠を被った男性。とても怪しいが、店主とってはそれはどうでもいいこと。とにかく、良い商品を提供するのが店の仕事である。
暫くして、豚骨醤油ラーメンがその客の前に出される。
「あいよ、豚骨醤油ラーメン。箸はそこだから」
「ありがとう」
お?と店主は驚く。作っている間、何も喋らないのでそういう客かと思いきや礼を述べてきた。その事にも嬉しさを感じながら、いいってことよと返した。
客は笠を外し、隣の座席へと置く。素顔が露わになったと思いきや、仮面が出てきた。しかし、その仮面も客は外した。
怪しさ満点だった客だが、その素顔は普通の少年であった。
16、7ほどと思われる顔立ち。黒い少し癖っ毛のある頬まで長い髪に、青に近い黒い瞳。そして両頬に三本の傷がある。
「なんだ、意外だな」
「ん?」
「あ、いや。お客さん、そんな顔なんだなと」
言ってから店主は、何失礼なこと言ってるんだと自分を叱ったが、肝心の客はきょとんと驚いた後、ぶふっと吹き出した。そして笑い出す。
「あはははははははっ!!アンタ、面白いこと言うな!ははははっ!!」
いや、そんなに笑うことか。と店主は思うが、自身の失態を笑われた事にも少し自分でも笑ってしまった。
ひぃーと今だに目尻に涙を薄っすら浮かべて笑いを堪える客。
一通り笑い終わったのか、箸置きに手を伸ばしパチンと割り箸を割った。
「いやぁー、笑った笑った。アンタ名前は?」
「テウチだ」
「そーか、テウチさんか」
ズズズッと少しだけ冷めてしまった麺を啜る。
麺を食べた後はスープ、そして具材を。その順番で食べていった客は10分もしない内に食べ終わってしまった。
その食べっぷりに店主、テウチも肝心しながらラーメンの器を回収し、水にさらす。
「ごっそうさん。美味しかったよ」
「そりゃ良かった」
「また食べに来たいね」
おう!いつでも来いよ。と笑うテウチに客も微笑んだ。
ゴソゴソと懐を漁り、定価より少し多い金額を出してきた客から金を受け取った。どうやら丁度は持っていなかったらしい。
「テウチさん、少し聞きたいんだが」
「なんだ?」
「明るい金髪でこれぐらいの……そうだな、13、いや4か…それぐらいの子知らないかい?」
そんな子供。一人ぐらいしか知らない。
金髪はもう一人知っているが、あれはおとなしい色であり、明るいとなるとあの性格も明るい子供。
テウチは脳内にそれを思い浮かべながら、客をもう一度見た。
「知り合いか?」
「いや、そうでもないが。まぁ探し人だね」
そう笑った客をテウチは怪しむ。あの常連客でもある子供を危険には晒せない。
その子供が危険な職についていようとも、身内のように思っているのだから。
「悪いが、知らな「おっちゃん!ラーメン食べに来たってばよ!」……」
さっさと追い返そうと、知らない振りをしようとしていたのだか、本人のご登場によってそれは無駄に終わる。
テウチは自身の気も知らず意気揚々と現れた、金髪の子供、ナルトに拳骨を食らわしてやりたかった。
「ありゃ?先客?珍しいってば。朝にラーメン食いに来る人いないのに」
「そりゃ、朝に来るのはお前だけだろうな」
「え?そうなの?」
首を傾げるナルトに色々な意味で、やはりその顔を殴りたくなる。
抑えろ、自分の怒りを抑えるんだ、怒りからは何も生まれない!とテウチは自分の心を沈ませる。
客はナルトを見た後瞬きしながら、その頭を撫でた。
「すまないね、見つかったみたい」
「いやいい。俺も嘘をつこうとして悪かった」
「おっちゃんの知り合いか?ってやめるってば!子供じゃねぇってばよ!」
「あ、ごめん」
ぶーと子供扱いを嫌うナルトに謝りながら、客はパッと手を離した。
その顔にはいつの間にか仮面が付いており、テウチは酷く驚く。いつの間につけたのだろうか。
「じゃ、俺はこれで」
笠を拾い、頭に被って暖簾を潜った。
そして客は左右を見渡し、やがて右へと進んでいった。
その様子を見てテウチはハァアと一息つく。何か疲れた。
「テウチのおっちゃん、大丈夫だってば?」
「あぁ、んでナルト、ラーメン食べに来たんだろ?」
「あぁ!今日はタダ券持ってきたんだってばよ!」
嬉々としてタダ券を探すナルトに脱力しながらも、テウチは先ほどの客を思い出す。
さっきは気づかなかったが、あの客の顔……ナルトに似ていた気がした。
「(誰なんだ……?)」
しかし、テウチは一般人である。先ほどの客、恐らく忍であろう。
誰なんだろうか、と思うがそこまで詮索はしない。
確か他の人物に忍はなれるらしいので、その術かなんかだろうと思い込むことにした。
「(けど、探し人、ナルトと話さなくてよかったのか?)」
「な、ないぃいいいいいいい!!!!」
しかし、首を傾げたテウチを思考から引き戻したのは、ナルトの悲鳴だった。
「あっぶねぇー。変化してなかった」
小さくそう呟く。
とにかく今、彼奴に会うのはダメだ。それに近くに三忍の気配もした。トメはハァとため息をついた。
三忍と謳われた、三人の忍は木の葉でも三代目火影の次に強く、各国にその名前が轟くほどの強者である。
戦えば勝てないこともないが、正直戦いたくはなかった。
「(強いやつと戦うのは楽しいけど、めんどくさいもんなぁー……)」
笠を深く被り直し、歩く。目立つはずの姿なのに何故か、道歩く人に注目されず、何処か馴染んでいた。スススッと人を最小限避けて、道を歩いた。
ラーメンも食べた。あとは甘味類かな、と団子屋へと向かった。確か、彼処にはイタチと鬼鮫もいるはずだ。
「(三色団子、あるかなぁ。あとみたらしとか、味噌焼きとかも)」
悶々と美味いもの、甘いものを思い浮かべたら、自然と早足になる。早く食べたい、その一心で団子屋へ向かったのだが、イタチと鬼鮫がいなかった。
はて?とトメは首を傾げる。一体、何処へ行ったのか。緑茶と三色団子がそのままである。
「あんた!」
「はい?」
突然声をかけられ、振り返るとこの店の店主らしき五十路の女性が、怒ったような顔でトメを見ていた。
ん?と首を先ほどと違う方向へ曲げる。
「あんた、さっきの兄ちゃん達の仲間やろ?その服、一緒やもんな!」
何故に関西弁。相変わらず世界観のわからない場所である。
その女性はビシッとトメを指差し、叫ぶようにして、代金払って貰うと告げた。
トメにしてはそれは良いのだが、唾が勢いよく飛んできたことには少々癪に触った。勿論、全部避けたが。
「やけど、兄ちゃん嫌な面つけてるんやね。此処じゃ皆その動物は嫌ってるんよ」
「あぁ、それね。よく知ってる」
金額を告げてきた女性に、先ほどのお釣りもあってか丁度あったので、その代金を手渡しで渡す。
その時女性がそう言ってきた。トメは少し驚いてから、深く頷いてわかっていると告げた。それには女性の方も驚いた。
「そうなのかい。まぁいいわ。その団子食べてっていいから」
「ありがとう」
「いいんやって。こうやって払ってくれたんやし」
ニカッと笑う元気なその女性に、トメも笑って返す。尤も仮面のせいで表情はわかならないが。
トメは団子を三つとも手に取ったあと、ふと辺りを見渡し、そして、あぁーと言葉になっていない声を漏らした。
「そうや、これもいるかい?」
女性が振り返ると、そこには誰もいなかった。周りを見渡しても、あの仮面の男性はいない。
はて?と女性は首を傾げたが、帰ったのかと見当をつけて、空になった皿とまだ湯気のたっている緑茶を手に持ち、厨房へと入っていった。