箱庭二一〇五三八〇外門。ペリベット通り・噴水広場前。
「ジン坊ちゃーん! 新しいお方を連れてきましたよー!」
黒ウサギは、階段の前にいるダボダボのローブを着た少年に手を振りながら呼びかける。ジン坊ちゃんと呼ばれた少年は顔を上げ、黒ウサギの姿を確認した。
「お帰り、黒ウサギ。そちらの女性二人が?」
「はいな、こちらの御四人様が-----」
クルリと振り返る黒ウサギ。カチンと固まる黒ウサギ。
「……え? あれ? もう二人いませんでしたっけ? ちょっと目つきが悪くて、かなり口が悪くて、全身から“俺問題児!”ってオーラを放っている殿方と、とても幼い方で、見た目が可愛いくて、いかにも僕キャラの殿方が。」
「ああ、十六夜君たちのこと? 彼等なら『ちょっと世界の果てを見てくるぜ!』と言って駆け出して行ったわ。あっちの方に。」
飛鳥が指すのは、上空4000mから見えた断崖絶壁。呆然となっていた黒ウサギだが、すぐさまウサ耳を逆立てて二人に問いただす。
「な、なんで止めてくれなかったんですか!」
「『止めてくれるなよ』と言われたもの。」
「どうして黒ウサギに教えてくれなかったのですか!?」
「『黒ウサギに言うなよ』と言われたから。」
「嘘です、絶対嘘です!実は面倒くさかっただけしょう御二人さん!」
「「うん」」
ガクリと前のめりに倒れる。新たな人材に胸を躍らせていた数時間前の自分が妬ましい。そんな黒ウサギと対照的にジンは蒼白になって叫んだ。
「た、大変です!“世界の果て”にはギフトゲームのため野放しにされている幻獣が」
「幻獣?」
「は、はい。ギフトを持った獣を指す言葉で、特に“世界の果て”付近には強力なギフトを持ったものがいます。出くわせば最後、とても人間では太刀打ち出来ません!」
「あら、それは残念。もう彼等はゲームオーバー?」
「ゲーム参加前にゲームオーバー?……斬新?」
「冗談を言っている場合じゃありません!」
ジンは事の重大さを訴えるが、二人は肩を竦めるだけである。
「はぁ、ジン坊ちゃん。申し訳ありませんが、御二人様のことをお願いしても構いませんでしょうか?」
「わかった。黒ウサギはどうする?」
「問題児を捕まえに参ります。事のついでに、“箱庭の貴族”と謳われるこのウサギを馬鹿にしたこと骨の髄まで後悔させてやります。」
黒ウサギは、艶のある髪を淡い緋色に染めていく。
「一刻程で戻ります! 皆さんはゆっくりと箱庭ライフを御堪能ございませ!」
飛躍した黒ウサギは、あっという間に三人の視界から消え去っていった。
「……。箱庭のウサギは随分速く跳べるのね。素直に感心するわ。」
「ウサギ達は箱庭の創始者の眷属。力もそうですが、様々なギフトの他に特殊な権限を持ち合わせた貴種です。彼女なら余程の幻獣と出くわさない限り大丈夫だと思うのですが……」
そう。と飛鳥は空返事をしてから、ジンに向き直る。
「黒ウサギも堪能くださいと言っていたし、御言葉に甘えて先に箱庭に入るとしましょう。エスコートは貴方がしてくださるのかしら?」
「え、あ、はい。コミュニティのリーダーをしているジン=ラッセルです。齢十一になったばかりの若輩ですが、よろしくお願いします。」
「そう、もしかしたら片桐君より年上かも知れないわね。」
「え?どういうことですか?」
「久遠飛鳥よ。」
「え?」
ジンが聞き返しているのにもかかわらず、自分の名前を言う飛鳥。
「私の名前よ。そこで猫を抱えているのが、」
「春日部耀。」
「さ、それじゃあ箱庭に入りましょ。まずはそうね。軽い食事でもしながら話を聞かせてくれると嬉しいわ。」
飛鳥はジンの手を取り、箱庭の外門をくぐった。
◆
「十六夜、やり過ぎなんじゃない?」
「こんくらいがちょうどいいんじゃねぇか。」
満は近くにあった岩場に座り頬ずえをつき、少し呆れた顔で十六夜を見てからその先にある白くて長いモノを見る。すると茂みからガサガサッと音がしたと思えば、桃色の髪をした黒ウサギが出てきた。
「あ、ウサちゃん。どうしたの?その髪。」
黒ウサギは忌々しい問題児の声を聞き、怒りを込め勢いよく振り返る。
「もう一体どこまで来ているんですか!?」
「“世界の果て”まで来てるんですよ。」
「まぁ、そんなに怒らないでよ。」
十六夜と満は笑う。この二人、案外似ているのかもしれないと黒ウサギは思うのだった。
「しかしいい脚だな。遊んでいたとはいえ、こんな短時間で俺たちに追いつけるとはな。」
「本当に。凄いね、黒ウサギ。」
「むっ、当然です。黒ウサギは“箱庭の貴族”と謳われる優秀な貴種です。その黒ウサギが---」
アレ?と首を傾げる黒ウサギ。
(黒ウサギが……半刻以上もの時間、追いつけなかった?)
ウサギは箱庭の世界、創始者の眷属だ。その駆ける姿は疾風より速く、その力は生半可な修羅神仏では手が出せない程。十六夜たちがその黒ウサギに気づかれることなく姿を消したこと、追いつけなかったこと、思い返せば人間とは思えない身体能力だ。
黒ウサギは気を取り直し、十六夜に話しかける。
「ま、まぁ、それはともかく! 十六夜さん達が無事でよかったデス。てっきり、水神のゲームに挑んだと思いましたよ。」
「水神?----ああ、アレのことか?」
『まだ……まだ試練は終わってないぞ、小僧ォ!!』
十六夜が指したそれは、身の丈三十尺弱ある大蛇だった。
「蛇神……! って、どうやったらこんなに怒らせられるんですか十六夜さん!?」
「なんか偉そうに『試練を選べ』とかなんとか、上から目線で素敵なこと言ってくれたからよ。俺を試せるのかどうか、試させてもらったのさ。結果は、残念な奴だったが。」
「十六夜がヘビちゃんの言葉言い終わる前に攻撃したからでしょ?セリフは最後まで言わせてあげようよ。」
「ヤハハッ、それは残念だったな。」
『貴様等………付け上がるな人間! 我がこの程度で倒れるか!!』
蛇神の咆哮が響き、牙と瞳を光らせる。巻き上がる風が水柱を上げて立ち上る。
「十六夜さん、下がって!」
「下がるのは、ウサちゃんの方だよ。これは、十六夜が売ってヘビちゃんが買った喧嘩だからね。」
「わかってるじゃねぇか、満。そうだ、黒ウサギ、手を出せばお前から潰すぞ。」
黒ウサギは反論しようと思ったが、すでに始まってしまったゲームには手出しできないと気づいて歯噛みする。
『心意気は買ってやる。それに免じ、この一撃を凌げば貴様の勝利の勝利を認めてやる。』
「寝言は寝て言え。決闘は勝者が決まって終わるんじゃない。敗者を決めて終わるんだよ。」
『フン---その戯言が貴様の最後だ!』
蛇神の雄叫びに応じて嵐のように川の水が巻き上がり、竜巻のように渦を巻いた水柱ができる。計三本の水柱が生き物のように唸り、蛇のように襲い掛かる。
「十六夜さん!」
黒ウサギが叫ぶがもう遅く、十六夜の体を飲み込もうとしていた。
「ハッ------しゃらくせえ!!」
十六夜は、竜巻く激流をただ腕の一振りで嵐をなぎ払った。
「嘘!?」
『馬鹿な!?』
しかし、なぎ払ったのは三本の中、二本だけ。もう一本はというと。
「こっちに来るね。アレ。」
満の方に向かっていた。黒ウサギはまた叫ぶ。
「満さん!」
「もう、ウサちゃんは心配症だね。」
しょうがないな。と満は岩からピョンと降りる。そして、右腕を後ろに伸ばした。
「こんな、攻撃。」
満は腕を振り切る。右手に、黒く青い炎を作り出しそれを放った。巨大な水柱は一瞬のして蒸発した。
「僕の炎にかかれば、どうってことないよ。」
満は余裕の笑みで、十六夜たちの元へ歩く。