ぼくの かんがえた さいきょうの ひきがやはちまん 作:納豆坂
13-1
雪乃と学校で別れた日の夜、雪乃からメールが届いた。やはり恨みごとかと恐る恐るメールを開くと、カマクラの画像を督促するメールだった。
いつもと変わらないその内容に、俺はほっと胸を撫で下ろす。
たぶん。たぶんだが、俺は間違えていなかったのだ。
恨み言もなければ感謝の言葉も無い。本当にいつも通りの内容だったのだが、俺はそう感じた。
雪乃の家族関係がどの様に進展したかまではわからないが、少なくともいい方向に向かったことだけはわかる。そして、俺はそれが自分のことのように嬉しい。
その後、俺と雪乃が交わすメールに少しだけ変化が生まれた。今までは一日二回、カマクラの画像を送るだけだったのだが、それ以外に雪乃から他愛も無いメールが来ることが増えた。
例えば今何をしているのかとか、こんな猫画像見つけたとか。そんな内容だ。それに俺は勉強や予備校の合間を見ては返信する。そんなやり取りを少しだけ楽しいものと思えた。
……だけどな、雪乃。好きな革を聞いてくるのはやめてもらえませんかねぇ? ぶっちゃけ、怖い。前に首輪をつけるとか言ってたけど、それじゃないよね? 違うよね? なんでそんなこと聞くのか?とは、とてもじゃないが怖くて聞けない。
そんなこんなで時は流れ、千葉市民花火大会の日が訪れた。
正直、俺は花火なんぞに興味は無い。ぶっちゃけ、あんなのはただの炎色反応だ。花火見に行かない?と聞かれれば、「は? 家のコンロで塩でも燃やしてろよ」と答えるだろう。そのぐらい興味は無い。
無いのだが……、
「あ、ヒッキー。おっまたせー!」
なぜか結衣と二人で花火大会へ行くこととなっていた。
事の起こりはこうだ。ある日、雪乃から花火大会に行くのか聞かれ、俺はそれに「小町と大志が行くから監視兼保護者兼お財布として行くと思う。もしかしたら沙希も一緒に行くかもな。あいつブラコンだし」と返信した。その後、いつに無く時間がたってから来た雪乃からのメールには、「結衣と行け。小町の許可はとってある。結衣は迷ったりしないだろうから子ども扱いしないように」と、意訳するならばそんな感じの事が書いてあった。なぜに?と聞いても、いいからとしか返ってこず、俺は追及を諦めることにした。いや、諦めただけで未だ納得はしてないが。
小町たちの引率を沙希に任せるのは良しとしよう。ブラコンの沙希のことだから小町と大志が変なことにはならないだろうし。実際、あの二人はただの友達だからな。大志はともかく小町にその気がないってことはわかってるので、その辺は安心している。
ただ、なぜ俺と結衣が一緒に行かなきゃならないのか。それだけがわからない。
「ヒッキー? おーい!」
ぼーっと考え事をしている俺を結衣が覗き込む。
まあ、考えてもわからないならしかたない。すでにこうやって待ち合わせをしている以上考えても無駄だしな。
「お、おぅ。悪い悪い。浴衣、着てきたのか。似合ってんな」
「でしょー! でしょー!」
俺が褒めると、結衣は見せ付けるように両手を広げる。
「んじゃ、行くか」
「おー!」
会場につくと、そこは人ごみに溢れ返っていた。
いいな、やっぱりいい。俺になんの興味も、関心も抱かない人の群れをみるとやはり心が落ち着く。
「ね、ねっ? 何から食べよっか!」
「こういうとこのって、高い割りにうまくないから食べたくないんだが」
俺がそう言うと、結衣が微妙な顔をする。
なんだ? 間違ってないだろ。絶対に自分で作った方が安くてうまい。違うのはじゃがバターとかフランクフルトぐらいだな。あれは誰がやっても同じ味になるだろうし。
「こういうとこのは、そういうもんなの! これだからヒッキーは……」
外人みたいに手を広げ、やれやれと言わんばかりに頭を振る。
「まあ、お前が食べたいんならいいけどな。その代り、残すなよ」
「えーヒッキーも食べてよー! 分けっこしたほうが、いろいろ食べられてお得だし!」
「……わかったよ」
やーりーと駆け出す結衣の後を追う。
「あ、さがみんだ。やっほー!」
「お、ゆいちゃん」
知り合いなのか、結衣が一人の女子に声を掛けていた。
「お前、置いてくなよな」
「あ、比企谷くんも。ゆいちゃん、比企谷くんと一緒だったんだ」
俺はこいつを知らないが、向こうは俺を知っている。なんかそんな状況多いな。
「そだよー! 家からでないヒッキーのお守りを頼まれちゃって。いやー頼れる女って辛いねー」
そのヒッキーはダブルミーニングなのか? 全然うまいこと言ってないからな、それ。
「俺は家から出ないんじゃない。出る必要がないだけだ」
ペシと結衣の頭を軽く叩く。
結衣は不満そうに俺を見る。
「家から出ないことには変わりないじゃんさー」
「勉強してんだよ、勉強。そういや、お前課題終ってんの?」
「うっ。なんでそういうやな事思い出させるのかなー、ヒッキーは。そういうのは忘れて、今日は花火を楽しむべきだし!」
「終ってないんだな……。絶対に、写させも教えもしないからな」
「えー! 最後の一週間ぐらいでヒッキーに教えてもらおうと思ってたのに。いいじゃん、教えてよー」
「断固断る」
俺の腕を掴み、ゆさゆさしてくる結衣にNOを突きつける。課題なんて自分の力でやらないと意味ねーだろ。
そんな俺たちのやり取りを、さがみんと呼ばれていた女子がやや暗い顔で見ていることに気づく。
その顔を放っとかれてるからと捉えたのか、結衣が話題を振る。
「さがみんは誰と来てるの?」
「うち? うちはゆいちゃんと違って女だらけの花火大会だよー。ゆいちゃんいいなー。うちも青春したいなー」
「えー!? 何その水泳大会みたいな言い方! 全然そんなんじゃないよー!」
女だらけの花火大会に来ることは青春ではないようだ。俺の知ってる青春の中には、友達とわいわい花火大会を楽しむってのも入ってたんだが違うのか。知らなかったぜ。
つーか、なんで暗い顔したままなんだろうな、こいつは。放っとかれたからってわけじゃないのか? よくわからん。
「あ、二人の邪魔しちゃ悪いし。うち、行くね。ゆいちゃん、比企谷くん、またねー」
手を振り立ち去るさがみんを見送る。
隣を見ると、結衣がうんうん唸っていた。
「ううー。どうしよう……。なんか勘違いされちゃったかなー。ゆきのんに怒られちゃう……」
どんな勘違いなのかとか、なぜそこで雪乃がでてくるのかとか、いろいろ気になるが今は放っておく。
それよりも、
「んで、結局なに食べるんだ?」
「え、あ、うん。えーっと……たこ焼き! たこ焼き食べよー!」
思考を切り替えたのか、結衣の顔がぱっと華やぐ。
たこ焼き、たこ焼きーと先を歩く結衣についていきつつふと思う。結局、あいつ何者?
東京湾に日が沈み、花火の打ち上げまではあと少しだろうというその頃。俺と結衣は未だ会場をさまよっていた。
「シートもってきてたんだけどな。こりゃ立って見てるしかねーか」
「う、うぅ。ごめん。あたしがいつまでも型抜きやってたからだよね。ほんと、ごめん」
落ち込む結衣の頭に手をのせ、ぽんぽんと叩くように撫でてやる。
「ばか。そんなんは誤差だよ誤差。きっと座ってる人たちは、俺たちが屋台まわってる時よりも前から場所取りしてたんだろうしな。別にお前が気にすることじゃない」
「……ありがと」
「ま、もうちょっとだけ探してみるか。俺は立ったままでも平気だけど、結衣は辛いだろうしな。最悪有料のとこでもいいだろ。俺がだすし。ほら、行こうぜ」
え、悪いよと固辞する結衣の腕を引き、有料エリアへと歩く。
結衣が気づかせないようにしてるからなにも言わなかったが、慣れない下駄で辛そうにしていた。場所を探して歩き回るのも限界だろうし、金で解決できるならそれにこしたことはない。
ロープで区切られた有料エリアにたどり着き、さて受付はとあたりを見回していると声を掛けられる。
「あれー? 比企谷くんじゃん」
振り返ると、えらい美人がそこにいた。