ぼくの かんがえた さいきょうの ひきがやはちまん   作:納豆坂

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今回投稿分より予定タグを削除します。
八雪成立に向けての最大の障害が、私自身予想していなかった理由でなくなったためです。
それに合わせて過去投稿分を多少修正しました。
物語の統合性を考えるとそうなるのですが、いろいろ悩んでいたのにどうしてこうなったのやら……。


12-5

 柔らかな焚き火の光を明かりに紅茶を飲む。

 ……いや、こういう時って普通コーヒーじゃねえの? 俺普通じゃねーけど。

 野外炊飯での夕食が終わり、小学生たちは撤退していった。

 もうじき、就寝時間のはずだ。

 小学生が寝てしまえば俺たちに仕事はなく、つまり自由時間。寝てしまってもかまわないはずなのだが、平塚先生の提案のもと火を囲み、みなで紅茶を飲むことになった。

 ロリコン疑惑を捏造された男がコトリと紙コップをおいた。

 

「今頃、修学旅行っぽい会話してるのかな」

 

 普通はそうなんじゃないか? 俺、普通じゃねーからわかんねーけど。

 

「大丈夫、かな……」

 

 結衣が心配そうな顔で俺に聞いてきた。

 誰がと明言しているわけではないが、たぶん鶴見のことだろう。彼女が疎外され一人になっていることを知っているのは直接話した俺と雪乃、結衣だけではない。みな、気づいている。ここにいる人間だけではない。あんなもの、見ただけですぐわかる。

 

「ふむ、何か心配ごとかね」

 

 煙草の煙を燻らせながら、平塚先生が問う。

 

「いやちょっと、孤立しちゃってる生徒がいたので……」

 

「ねー! 超かわいそうだよねー!」

 

 ロリコンが答え、三浦が相槌を打つ。

 

「問題の本質を理解してないやつだな。一人でいることを問題にしてどうする。そんなことされたら俺すげえ問題児じゃねえか。だから、問題にすべきなのは疎外されてるかどうかだ」

 

「望んで一人でいるのと、周囲から一人にされているのでは同じ一人でも違う。そういうことかな?」

 

「そうだ」

 

 問題の本質を理解していないからこいつはあんなことをしたのだろう。疎外され一人になった鶴見をみんなの中に放り込めば解決するなど、そんな楽な話ではない。疎外されている原因を解消しなければ結局は同じことの繰り返しだ。そして、こいつは今日二回ほどそれをやった。

 

「それで、君たちはどうしたい?」

 

「それは……」

 

 皆、一様に押し黙る。

 ぶっちゃけて言えば別にどうもしない。このボランティアであっただけの児童に、手を差し伸べる理由をもたないからだ。

 頼まれたわけでも、請われたわけでもなく手を差し伸べるのは他人の世界に侵入することに等しい。

 そして、俺はそれを好まない。

 

「俺は、できれば可能な範囲でなんとかしてあげたいと思います」

 

 その結果があれか。

 

「あなたでは無理よ。そうだったでしょう」

 

 そうだった。つまり過去形。やはり、あいつはかつての雪乃に同じことをしたのだろう。

 

「そうだった……かもな。でも今は違う」

 

「どうかしらね」

 

 違うはずのなのに、同じことしたじゃないですか、やだー。

 古人曰く、まるで成長していない。

 アメリカの空気でも吸ったのかね、こいつは。今日から谷沢と呼ぼう。

 チクリというよりはグサリといったほうがいいほどの棘を刺した雪乃に視線をやる。俺の視線に気づいたのか雪乃が苦笑を返す。

 雪乃の性格から考えて、谷沢に釘を刺したのは今日がはじめてというわけではないだろう。今までに何度もそうしてきたはずだ。そして理解されぬまま今に至る。

 やっぱり、人間関係って面倒なだけだな。余計なおせっかいを焼いてくる人間のいない一人万歳。

 雪乃たちのやりとりで重くなった空気。それを切り裂くかのように平塚先生が口を開く。

 

「雪ノ下。君は?」

 

 問われ、雪乃は顎に手をやった。

 

「一つ、確認します」

 

「何かね?」

 

「このボランティアは奉仕部の合宿も兼ねていると平塚先生はおっしゃってましたが、彼女の案件についても活動内容に含まれますか?」

 

 雪乃の問いに平塚先生は少し考え、そして静かに首を縦に振る。

 

「……ふむ。そうだな。林間学校をボランティア活動と位置づけた上で、それを部活動の一環としたわけだ。原理原則から考えて、その範疇に入れていいだろう」

 

「そうですか……」

 

 そこで言葉を区切り、雪乃は目を閉じる。

 

「私は……、彼女が助けを求めるなら、あらゆる手段を講じて解決に努めます」

 

 決然と、雪乃は宣言した。その言葉からは明確な意思を感じる。

 不器用で、それでいて優しいやつだ。

 雪ノ下雪乃個人としては手を差し伸べられずとも、奉仕部部長としてならば手を差し伸べられる。

 べ、別にあんたのためなんかじゃないんだから。奉仕部の活動ってだけなんだからね。

 実際の雪乃の宣言とツンデレ変換した言葉のギャプに思わず笑いが漏れる。俺が笑ったことに気づいたのか、雪乃がこちらを睨んでくる。

 

「それで、助けは求められているのかね?」

 

「……わかりません」

 

 奉仕部の活動という理由にした以上、実際に行動に移すためには依頼という形式を踏む必要がある。鶴見の意思がわからない以上、俺たちはまだ動けない。

 

「ゆきのん、きっとあの子言いたくても言えないんだよ。ハブるの、結構あって自分もその時距離をとったって言ってたし。だから、自分だけ助けてもらうのは許せないんじゃないかな。別に留美ちゃんだけが悪いんじゃないのに。仲良くしたくてもできない、そんな環境もあるんだよ。それでも罪悪感は残るから……」

 

 一旦言葉を区切り、息を整える。何かを誤魔化すようにたははと笑いながら言葉を続ける。

 

「やー、ちょっとね……。すごい恥ずかしい話なんだけど。誰も話しかけない人に話しかけるってすごい勇気がいることなんだよね」

 

 話しかけられないこと自体が話しかけられない理由になるとは。なかなか参考になる話だ。

 

「でもさ、それって留美ちゃんのクラスだと空気読まない行動になるじゃん? 話しかけたらあたしまでハブられちゃうのかなーって考えると、少し距離をおくというか、準備期間がほしいっていうか。それで結局時間がたってそのまま……。ってー、あたしすごい性格わるいこと言ってない!? 大丈夫!?」

 

 大丈夫だ、問題ない。

 集団心理的にお前の考えは正しい。

 

「大丈夫だ。お前は間違ってない。ただな……途中から俺の話じゃね、それ?」

 

 勇気がいるから奉仕部に依頼する。準備期間がほしくて一年経過する。完全に俺とお前のことじゃねーか。留美の話じゃねーのかよ。

 

「ち、違うし! ヒッキーの話なんかしてないし!」

 

「前半はともかく後半はな……」

 

「ぜ、全然ちがうし!」

 

 バーカバーカと続ける結衣に、先ほどまでのどこか暗い表情はなかった。

 

「雪ノ下の結論に反対の者はいるかね?」

 

 少しだけ軽くなった空気の中、平塚先生が最終確認をする。ゆっくり視線を巡らせ、各々の反応を窺う。だが、誰からも反対意見はでなかった。まあ、これも集団心理というものだろう。

 

「よろしい。では、あとは君たちで考えてみたまえ。私は寝る」

 

 欠伸をかみ殺しながら平塚先生が立ち去る。

 つーか、責任者不在でいいんですかね? まあ、普段の部活もそんなもんか。

 

 

 平塚先生が立ち去ったのち、俺たちは話し合いをはじめた。

 議題は「鶴見留美はいかにして周囲と協調をはかればよいか」

 誰が言い出した議題か知らないが、やっぱり論点が少しずれている。どうせ谷沢だろうな。間違いない。鶴見を変えるのではなく、周囲を変えなければ問題の根本的な解決にはならないはずなんだがな。

 そんなずれた議題に最初に口火を切ったのは三浦である。

 

「つーかさー、あの子結構可愛いし、他の可愛い子とつるめばよくない? 試しに話しかけてみんじゃん。で、仲良くなんじゃん。余裕じゃん?」

 

「それだわー! 優美子さえてるわー!」

 

「だしょ?」

 

「言葉は悪いけど、足がかりを作るって考えたら確かに優美子の言ってることは正しいな。けど、今の状況下じゃそもそも話しかけるっていうのがハードル高いかもしれない」

 

 最終的な目的はみんなの輪にはいるということであるから、みんな代表のこいつらの意見を聞いてはみたもののあまり参考にならない。

 

「はい! きっとさ、趣味に生きればいいんだよ。趣味に打ち込んで、イベント行くようになれば交友広がるでしょ? きっと本当の自分の居場所が見つかって、学校だけが全てじゃないって気づくよ。そしたらいろんなこと楽しくなってくるし」

 

 海老名から凄くまともな意見がでた。ただの腐った人だと思っててごめんな。

 

「わたしはBLで友達ができました! ホモが嫌いな女子なんていません! だから雪ノ下さんもわたしと」

 

 前言撤回。やっぱり海老名は海老名だった。

 それでもマイノリティーな価値観の共有ってのは悪い選択肢じゃないだろう。カップリングでもめたりしなければ。

 その後もいくつか案がでるものの、現実的なものはなかった。

 議論が途切れ、しんとなった一瞬に谷沢が一言口にした。

 

「……やっぱり、みんなで仲良くする方法を考えないと根本的な解決にはならないか」

 

 その言葉に思わず呆れる。

 あれだけ雪乃に釘を刺されてなお、こんなことを言えるこいつは本当に俺と同じ人間なのか疑わしくなる。

 

「みんなで、仲良く、か」

 

 思わずそうこぼすと、谷沢にジロリと睨まれる。俺を睨むということは、あいつにとっては自分が正しく、俺が間違っているということだ。

 

「悪い。なんでもない」

 

 ただのクラスメイトであるあいつに、わざわざ懇切丁寧に説明してやる義理はない。だから放っておく。実際どうでもいいし。

 

「そんなことは不可能よ。ひとかけらの可能性だってありはしないわ」

 

 雪乃の凛とした声が響く。

 俺と違って見捨てるってことをしないんだな、お前は。

 谷沢はふっと短いため息を吐いて地面に目をやる。

 それを目の当たりにして三浦が吠える。

 

「ちょっと雪ノ下さん? その態度、何? せっかくみんなで仲良くやろうってしてんのに、なんでそういうこと言ってるわけ?」

 

「落ち着けって三浦。悪いが、俺も雪乃に賛同する。俺と雪乃で少し考えるから、その間にそっちでも考えておいてくれよ。んで、ある程度考えがまとまってからすりあわせればいいだろ? こんなけんかみたいなことして、仲良くする方法なんてでてくるわけないんだからさ。な?」

 

 詰め寄る三浦と雪乃の間に入り、三浦をなだめる。

 不承不承うなずくと三浦は元の場所に戻る。

 今は誤魔化したけど、女子だけになって大丈夫なのかね、これ。

 きっと間にはいることになるであろう結衣が若干気の毒になる。

 

 

 

 皆が寝静まったあと、俺は一人部屋を抜け出した。

 高原の夜。雑踏の中で感じるのとはまた別の安心感に包まれる。

 自分以外は誰も居らず、ただただ一人。この世界に俺一人取り残されたような、そんな静けさがある。

 そして、そんな静けさが俺に教えてくれるのだ。お前は一人だと。

 なんとすばらしい環境だろうか。毎週末にこんなところに来ることを検討してもいいレベル。

 そんなことを考えながら歩いていると、木立の間に一人の少女が立っているのを見つけた。

 ふんわりとした月明かりに照らされ、白い肌が浮き上がるようにほのかに輝く。そよ風に吹かれ、長い髪がふわりと舞う。小さな、とても小さな声で、月光の下彼女は歌う。ともすれば、精霊が森に語りかけるような、そんなどこか現実離れした幻想的な光景に見えた。

 彼女一人で完成された世界。そんな光景に僅かながら嫉妬してしまう。

 邪魔すんのも悪いし、俺もどっかで歌ってみるか。まあ、あんなふうにはならないだろうけど。

 そう考えて立ち去ろうとしたのだが、踏み出した足で小枝を踏んでしまいパキリと音がなる。

 

「……誰?」

 

「にゃー」

 

「……早く出てきなさい」

 

 スルーされた。

 

「声をかけるでもなく、黙ってみているなんて随分といい趣味をしてるわね」

 

 現れた俺を雪乃が冷めた目でみる。

 

「声をかけなかったんじゃない。かけられなかったんだ。見惚れてたんだよ、お前に」

 

「そ、そう。なら仕方ないわね」

 

 俺の反論に、顔を斜め上に向ける。その頬は少し赤い。

 

「星でも、見てたのか?」

 

 街から離れているからか、星がやけにきれいに見える。

 

「いえ、そうではなく……。少し、考え事をね」

 

「……谷沢のことか?」

 

「谷沢……? 比企谷くん、いったいなんのことを言っているの?」

 

 ああ、谷沢で伝わるわけねーか。

 小首をかしげ、頭にハテナマークを浮かべる雪乃に弁明する。

 

「まるで成長していない男のことだよ」

 

「あなた、頑なに彼の名前を呼ぼうとしないのね。理由は……、わかる気もするけど」

 

「……気づいてたのか」

 

「ええ、勿論よ」

 

 雪乃が柔らかな笑みを見せる。

 

「いくら他人の価値観を尊重しそのまま受け入れるあなたでも、彼の価値観は受け入れられるものではないでしょうしね。みんなでいることを強制する彼の価値観はあなたのもつ一人であろうとする価値観を否定するものですもの」

 

「お前、すげーな。隠してたつもりもないが、なんでそこまでわかんだよ。ちょっとこえーよ」

 

「あなたがありのままの私を見てくれているように、私もあなたをちゃんと見ている。ただそれだけのことよ」

 

「……なんで俺がお前のこと見てるってわかんだよ」

 

「そうね。例えば葉山くんのこと。あなたは気づかれてないと思っていたかもしれないけど、ちゃんと気づいていたのよ。私はあなたに彼のことを話したことはないし、きっと彼から話すこともないでしょうからね」

 

「いや、まじでお前すげーよ」

 

 なんつーか、雪乃に勝てる気がしない。

 

「どこまで推測しているのかわからないけれど、いい機会だから教えておくわ。彼とは小学校が同じなだけ。それと、親同士が知り合い。彼の父親はうちの会社で顧問弁護士をしているの」

 

 つまり、あの事故の示談を担当したのはあいつの親父ってわけか。

 

「なんつーか、大変だったんだな」

 

「ええ。昔から彼、変わっていないから」

 

 どこか苦しげな笑みに、思わず手が出る。

 

「な、なにをするのかしら」

 

「俺だって知らん。ただ、お前の顔をみたらこうしてやりたくなっただけだ」

 

 気づくと、俺は雪乃を正面から抱きしめていた。

 雪乃はそれを拒絶することもなく受け入れ、やがて小さくため息をついた。

 

「いいわ。あなたのことですもの、安っぽい同情ではないのでしょうし」

 

 そういって、雪乃は俺の背に手を回す。

 

「だから、もう少しだけこうしていて」


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