ぼくの かんがえた さいきょうの ひきがやはちまん   作:納豆坂

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原作3巻分
9-1


 俺の朝は、一杯のコーヒーから始まる。まあ、嘘だが。

 食後のコーヒーとともに朝刊を読んでいた俺の目に一枚のチラシが飛び込んでくる。

 

 ――東京わんにゃんショー――

 

 東京と銘打ちながら、千葉で行われるそれは言ってしまえば大規模な犬や猫の展示即売会なのだが、他にも多種多様な動物も展示されるためちょっとした動物園とも言える。

 我が愛する小町は大の動物好きのため、開催されるたびに仲良く兄弟でお出かけするのが我が家の恒例行事となっている。

 

「小町、東京わんにゃんショーやるぞ。行くか?」

 

 眠そうにトーストにかじりつく小町に声をかける。

 

「ちっちっち。情報が古いよ、お兄ちゃん。小町は一週間前から知ってましたー! そしてー、それがどういう意味か、お兄ちゃんにわかるかなー?」

 

 テレビCMでもみたのだろうか。大規模な興行であるし、俺が知らなかっただけでテレビでCMをしていてもおかしくはない。

 

「いや、わかんねーけど。それがどーかしたのか?」

 

「実はさ、小町はもう沙希さんと大志くんとで明日行く約束をしてるんだよねー。なので、お兄ちゃんには今日、雪乃さんか結衣さんを誘って小町のための下調べをしてきてもらいます。出不精なお兄ちゃんのために出かける機会をつくる。あ、これ小町ポイント高いよ!」

 

「沙希はまだわかる。最近、お前ら仲よさそうだからな。でも大志はだめだろ。つーかなんで下調べ? 意味わかんねーし」

 

 突込みどころが多すぎて意味がわからん。

 

「忘れたの? 沙希さん、猫アレルギーじゃん。だから、カマクラのよりつかないお兄ちゃんの部屋で勉強してるんでしょ? そーゆー女の子の大事なこと忘れちゃうとこ、ポイント低いよ」

 

 小町は、めっとでも言いたげに指を突きつける。

 

「初耳だぞ、それ。つーか、大志とそれ関係ないだろ」

 

「はぁ。これだからごみいちゃんは……。猫も好きな小町が一人にならないために、沙希さんが気を使ってくれたの。なんでそーゆー優しさがお兄ちゃんはわかんないかなー」

 

 ため息まじりに小町がこぼす。

 

「その気遣いを俺にまわせと小一時間。まあ、それはそれとしてだな。なんで下調べが必要なんだ? つーか、ググればいいだけじゃね?」

 

 わざわざ足を運ぶまでもない。

 

「さっきも言ったでしょ? 出不精のお兄ちゃんへの妹なりの優しさだよ、や、さ、し、さ! いいからさっさとお誘いのメールする! ハリハリー!」

 

 小町の優しさとか、小町のためとか言われてしまうと、自他共に認めるシスコンノの俺が拒否できるはずもなく、しぶしぶながらも二人にお誘いメールを送ることになった。

 結衣からは今日予定があるとの返信がすぐ届き、これうまくいけばいかなくていいんじゃね?っと思った俺なのだが、その後雪乃から届いた了承を告げるメールにより、その期待はあっさりと裏切られる。

 くそ、暇人め。

 

 

 

 

 待ち合わせ場所につき、ほどなくして雪乃が訪れる。

 

「ごめんなさい。待たせてしまったかしら」

 

「いや、今来たところだ。つーか、急に誘うことになったんだし、ちょっとぐらい遅れてもしかたないだろ」

 

「そうね。確かに、女性の予定も聞かず、急に誘ってくる比企谷くんに非があるわね。謝罪してもらえるかしら」

 

「はいはい、もうしわけありませんゆきのさまー」

 

「よろしい」

 

 少しだけ、だが本当に楽しそうに雪乃が笑う。

 ふと、その姿が職場見学の日にみた彼女の姿とだぶる。

 あの日も雪乃は、俺とこんな風に他愛もない会話をしながらも本当に楽しそうだった。

 だが、もしあの時俺がいなければ。

 きっと、彼女の隣にはだれも居らず、彼女の見た目や望まずに貼られたレッテルだけをみて遠巻きにかこむ連中がいただけだったろう。

 そして、彼女はこんな笑顔をみせることはなかったはずだ。

 こんななんでもないようなことが、彼女にとっては本当に楽しいことなのだろうか。興味は……ないが。ないはずだ。

 

「比企谷くん、どうかした?」

 

「すまん、なんでもない」

 

 いつもとは違う、サイドでくくった髪をゆらしながら雪乃が俺を覗き込む。

 

「そう、じゃあ行きましょうか」

 

 そう言って、おもむろに雪乃は歩き出す。

 ……会場とは逆方向に。

 

「スターーーップ」

 

「ひっ!?」

 

「お前さ、どこ行く気なの? もう帰るの? つーか、よくそんなんで待ち合わせ場所これたな」

 

 呆れる俺をさも不思議そうに雪乃はみる。

 

「どこって……幕張メッセだけど。それより比企谷くん、急に大声出さないでもらえるかしら。驚いてしまうじゃない」

 

「いや、そっちに幕張メッセねーから」

 

 どうしよう。このまま俺の先導で会場にいったとしても、こいつは絶対にはぐれる。そして、はぐれたとしてもこいつは絶対に俺がはぐれたと言い張るだろう。うわぁ、予想外にめんどくさい。

 

「なあ雪乃。小町が小さいときみたいに手をつないでやろうか? そうすりゃ、いくらなんでもはぐれないだろ」

 

「あなた、私のことバカにしているのかしら」

 

 俺の提案に、雪乃が憮然と返す。

 

「俺にはそれしか方法が思いつかん。手をつなぐ以外、なんか思いつくなら教えてくれ」

 

 手をつなぐってのは、あくまで一例だ。こいつが迷子にならなければ手段は問わない。

 

「……くやしいけど、思いつかないわね」

 

「んじゃあきらめろ。ほれ」

 

 悔しそうにする雪乃に手を差し出す。

 つーか、お前が方向音痴なのが悪いんだからな。全部自分のせいだろ。子供扱いされたくなかったら方向音痴なおせよな。

 

「……屈辱だわ」

 

 不服そうに雪乃は俺の手をとる。

 まだ会場についてもないってのに、なんでこんなに疲れなきゃいけないんだよ。まじありえん。

 

 

 

 

「雪乃、どこかみたいとこあるか? 特にないなら猫ブースにまっすぐいこうと思うんだが」

 

 配布されているパンフレットを、器用に片手で見ながら雪乃に問いかける。

 まっすぐは万能、そういった説も世の中にはある。寄り道せずに特定の場所へ向かえばそれだけ早く帰れる。ゆえに万能。まっすぐってすごい。

 

「ええ、かまわないわ」

 

 猫と戯れられるのがそんなにうれしいのか、会場についてからの雪乃は普段から想像もできないほどニコニコである。

 子供扱いされる<猫と戯れるという不等号式が成立した瞬間である。

 

「おう、んじゃいくか」

 

「ええ」

 

 順調に鳥ゾーン、小動物ゾーンを越え、犬ゾーンに入ったところで雪乃に異変がおこる。

 握る手に力を込め、きゅっとしてきた。

 きゅってした!! ああ、きゅってしたな!!

 

「どうかしたのか?」

 

「い、いえ別に……、なんでもないわ。いきましょう」

 

 なんでもないとは言いつつも、気持ち俺の後ろに隠れるように歩き出す。

 

「……犬、苦手なのか? 言っとくけどここ、子犬ばかりだぞ?」

 

 展示即売会という性質上、そのほとんどが子犬だ。まあ、成犬集めるのは大変だろうしな。

 

「どちらかと言うと子犬のほうが……。い、一応言っておくけれど、別に犬が嫌いというわけではないのよ? でも、その、……少し得意ではないというか」

 

 子犬の写真を見てかわいいとは思うが、リアルだとちょっとってやつだろうか。まあ、写真は吠えも噛み付きもしないからな、わからなくもない。

 

「りょーかい。まぁさっさといくか。ここ抜ければ猫ゾーンだし」

 

「ええ、行きましょう」

 

 猫と聞いて気分が持ち直したのか、先ほどよりも少しだけ声に張りがもどる。

 

「比企谷くん。あそこ見える? しつけ教室なんてものもあるみたいよ。今後のためにも少し覗いてみたいのだけどいいかしら」

 

 うん、気持ち持ち直したみたいでよかったなーとか思った俺の優しさを返せ。

 そもそも、覗いても犬ばっかりだと思うんですけどそれは……。

 

「間に合ってるよ。つーか、お前も結衣も俺のこと犬扱いしすぎだ」

 

「比企谷くん。女性と二人でいるときに、他の女性の名前をだすのはマナー違反だと小町さんに習わなかったのかしら?」

 

 ジトーっと雪乃は俺を睨む。

 は? そんなこと言われた覚えは、……あるな。ある。

 

「あの、雪乃さん。このことは小町には内密にしてはいただけないでしょうか」

 

「さて、どうしましょうか。それはこれからの比企谷くんの心がけしだいね」

 

「くっ、俺としたことが……」

 

 項垂れる俺を見て雪乃が笑う。

 鬼! 悪魔! ゆきのん!

 そんなことをしていると、しつけ教室の隣のトリミングコーナーから一頭のミニチュアダックスフントがテコテコ歩いてくる。これ、下手したらトリマーの首とんじゃうんじゃね。

 

「ちょ、ちょっとサブレ! って首輪だめになってるし!」

 

 どうやらあほな飼い主が逃がしてしまったらしい。トリマーさん、疑ってごめんなさい。

 あほな飼い主の手から逃れ、野に放たれたミニチュアダックスフントは飼い主の声に一瞬静止するも、Bボタンを押したかのように駆け出した。なぜか、俺たち目掛けて。

 

「ひ、比企谷くん。い、ぬが……」

 

 俺を犬扱いするからだざまあああああ!といってやりたいのは山々だが、雪乃法典によると悪意には殲滅で返すものらしい。本能的に長寿タイプな俺はそんなことしない。

 

「悪い、雪乃。ちょっと手、離すな」

 

 怯える雪乃を背に、駆け寄ってくるミニチュアダックスフントを抱きあげる。

 抱き上げられたミニチュアダックスフントは、なぜか俺の匂いを嗅ぐとペロペロと俺の顔を嘗め回してきた。

 

「なんだ? ずいぶん人懐っこいな、こいつ」

 

 ハンカチもってたっけーなんて、どうでもいいことを考えながら、なんか面倒なので好きにさせておく。

 我が家の愛猫カマクラにはなつかれないのに、なんで知らん犬にはなつかれるんだろうな。世界って不思議にあふれすぎだろ。

 

「ち、畜生の癖に……」

 

 雪乃が俺の背に隠れながら、こそっと犬を覗き込む。

 うん、何を言ってるんだお前は。

 

「す、すみません。サブレがご迷惑を」

 

 犬を追いかけてやってきた飼い主が必死に頭を下げる。あれ、なんかこのお団子見覚えあるんだが。

 

「あら、由比ヶ浜さん」

 

 雪乃が声をかけると飼い主は、ほへ?と変な音を出しながら顔を上げる。

 

「あ、あれ? ゆきのん? ……とヒッキー?」

 

「よう。あれか、お前の言ってた用事って、このことだったのか」

 

「え、うん。まあね。てかさ、二人ともなんでここいんの?」

 

「私は比企谷くんに誘われただけよ」

 

「雪乃と結衣にお誘いメールを送って、結衣に断られたから雪乃ときたって感じだな」

 

「あ、そうなんだ。てかさ、ヒッキーあれはないよ。今日予定あるか?なんて一言だけのメールとか、女の子を誘うメールじゃないし」

 

「その点については、雪乃からえらい長文で説教メールが届いたからかんべんしてくれ。つーかそもそもだ、俺が女子にお誘いメールなんて送ったことなんてあると思ってんの? いくら俺でもやったことねーことはできねーんだよ」

 

 長文メールを作成してたためか、雪乃から返信が来る前に結衣から予定ありというメールが届いたわけだ。よって、二人を誘ったことは俺と小町しか知らないわけで、たぶん結衣から見えないように雪乃が俺の背中を抓ってるのはそのせいだと推測される。

 

「あのお誘いメール、零点だから。次からもっとうまく誘ってよね! てかさ、二人ともまだ見てまわるの? あたし、今ちょうどサブレのトリミング終ったとこだし、合流してもいい?」

 

 次、あんのかなー。ないと思うけどな。

 

「お前さ、首輪壊れてんだろ? どうやってその犬連れて一緒にまわんだよ」

 

「あ、そっか……。ここで新しいの買うにしても、今日はあんまりお金もってきてないし。ゆきのんたちとまわれないのは残念だけど、あたし先帰るね。じゃあね、ゆきのん、ヒッキー」

 

「おう、またな」

 

「ええ、さようなら。由比ヶ浜さん」

 

 サブレを抱いて結衣が帰る。

 

「さて、じゃあいこうぜ」

 

「その前に」

 

 ハンカチで顔を拭きながら猫ゾーンへと向かおうとする俺を、雪乃が最近やけに見慣れた笑顔で呼び止める。

 

「私、由比ヶ浜さんも誘ってたなんて知らなかったのだけれど。なにかいいわけはあるかしら?」

 

「お前から返信が来る前に、結衣からこれないってメールがきたからだな。これないやつのこと教える必要もないだろ」

 

「いいわけは結構」

 

 なにその理不尽。

 

「さっき、小町さんに報告するかどうかというのは比企谷くんの心がけ次第といったわよね? 覚えているかしら?」

 

「言ってたような、言ってないような……」

 

「この状況を鑑みて、私がどういう判断を下すかわかるわよね?」

 

「いやいやいや。どう考えても俺に責任はないだろ」

 

「いいえ、あるわ。少なくとも、私からしてみれば比企谷くんに責任が発生しているの」

 

「……もう、それでいいよ。んで、どうしたら再考していただけるのでしょうか」

 

 不機嫌そうな雪乃に、俺は反論をあきらめる。

 

「……そうね。ちょっとしたお願いがあるのだけれど、聞いてもらえるかしら?」

 

「お願い、ね。まあ言ってみろ」

 

 俺がお願いとやらを聞く体制に入ると、雪乃は緊張するかのように胸元にあてた手をきゅっと握り締める。頬を赤らめ、潤んだ瞳で上目遣いで俺を見ると、か細い声で囁く。

 

「わ、私と……付き合ってくれないかしら?」


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