ぼくの かんがえた さいきょうの ひきがやはちまん   作:納豆坂

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ピクシブと投下を合わせるため本日4話投稿しています。


6-2

 基本的に、奉仕部の活動というものは極めて受動的なものである。依頼人の訪問ありきな活動は、逆に言えば依頼人さえ来なければ活動することがないとも言える。

 つまり、俺が何を言いたいのかと言うと――

 

「ヒッキー、ゆきのん、ひーまーだーよー」

 

 そう暇なのである。まあ、主に結衣が、だが。

 依頼がないとはいえ、学生である以上やることがまったくないということはまずない。特に今は試験前に当たるわけで、やることがなければ勉強をすればいいのだ。むしろ勉強以外やることがない。それが学生の本分だ。

 だが、俺の目の前で机に突っ伏し、ヒマヒマの歌なる訳のわからん歌を口ずさんでいる結衣にとっては違うらしい。

 つーかお前成績よさそうにはとても見えないんだけど、勉強しなくて大丈夫なのか?

 

「勉強しろ勉強。試験前に教えてーっていってきても俺は知らんからな。まあ、言われたことねーけど」

 

「そんなこと言わないし。つーかさ、なんでヒッキー勉強してんのさ。この裏切り者ー! ヒッキーはバカ仲間だと思ってたのに……」

 

 体勢は変えず、目線だけこちらに向けて雪乃には遠く及ばないまでも、俺を自然にdisってくる結衣。

 なんでこの部の女子連中はそんなに俺をdisるのが好きなのかね。戸塚あたりだったら泣いちゃうぜ、多分。いや知らんけど。

 

「バカはお前だけだ。いいか俺には自宅警備員になるっていう立派な夢があるんだ。目標に向かって勉強するのは当然のことだろ」

 

「意味わかんないし。自宅警備員ってようするにニートってことでしょ? なんで勉強するのと関係あんのさ!」

 

「有名大学を卒業し、適当なペーパーカンパニーを設立して社長って肩書きを得るんだよ。そしたら家族の世間体もいいだろ? 俺一人で生活する分にはなんとかなる当てがあるから、後は適当に暮らすんだよ」

 

 前に平塚先生にしたのと同様の説明をしてやる。

 まあ俺と親の関係性を考えるに、俺の進学先や就職先などまったく気にも留めないであろうが、世界一かわいい小町が不出来な兄のせいで不都合を蒙るのは我慢ならん。

 世間体というよりは、愛する小町の前ではかっこいい兄でありたいという、俺の数少ないプライドだ。

 

「全然意味わかんないし……。てかさ、有名大学ってことはヒッキーってもしかして頭いいの?」

 

「そうか、いらん嫉妬とか買うとめんどくせーから先生に口止めしてたし、お前が知らなくてもおかしくないか。俺はこれでも学年主席だ」

 

 基本的に社会は民主主義、つまり多数決で成り立っている。当然学校生活というのもその例にもれず、俺のような周囲に溶け込もうとしないいわゆるぼっちという人間は立場が低い。

 もしそんな人間が優秀だったら、めんどうなことが起こるであろうことは想像しやすい。

 この学校は市立とはいえ県下でも有数の進学校であり、学校の進学先の実績を高めるためにも俺のような優秀な生徒は必要になる。

 俺はそんな学校側の都合をうまく利用して軽い情報操作を依頼したのだ。まあ情報操作といっても俺が主席だと公表しないというだけだが。

 元々試験結果の順位などが張り出すわけでもなく、俺自身言いふらすわけでも、聞いてくるやつがいるわけでもないので今まで誰も知らなかったわけだ。

 

「え? まじ? 嘘でしょ?」

 

「いやお前、俺のことなんだと思ってんだよ。つーかお前に見栄を張る理由なんてないだろ? つまりそういうことだ」

 

「ねーねーゆきのん。ヒッキーが自分のこと学年主席とか言ってるんだけどどー思う?」

 

 あくまで俺の言葉を信じたくないのか、結衣が傍らで文庫本を読む雪乃に声をかける。

 ちょうどいいところだったのか、僅かに顔を顰めたが丁寧に本に栞を挟むと結衣に優しく諭すように語り掛ける。

 

「由比ヶ浜さん、騙されてはいけないわ。彼のような性根の腐った人間が学年主席な訳ないでしょう? ソースは私。だって、私が主席ですもの」

 

「いや、お前科が違うじゃん。そもそものカリキュラムが違うんだから当然だろ」

 

「……それもそうね。でも比企谷くん、嘘はいけないわよ? 虚偽の申告は法に触れるわ」

 

「お前らなんでそんなに認めたくないわけ? いや、お前らが別に俺のことどう思ってようとどうでもいいけど」

 

 それだけ言って勉強に戻る。

 別に誰かのためだとか、誰かに認められたいとか、そんな理由で勉強している訳じゃない。ただ試験結果がそうなだけで、なんなら主席でなくても全くもってかまわない。俺はただ自宅警備員という目標のために勉強しているだけだ。

 

「え、なに? ヒッキー拗ねちゃった? ごめんヒッキー」

 

「由比ヶ浜さん、そんなことで拗ねてしまうような底の浅い男のことなど放って置きなさい。一々かまって上げるだけ損よ」

 

 拗ねたつもりなど毛頭ないのだが、なにやら勘違いしたのか俺に近寄ると俺の腕をつかみゆさゆさ揺さぶる結衣と玩具を強請る子供を無視するかのように読書へもどる雪乃。

 いやすねてねーし。本気でどうでもいいだけだって。だがこのまま勘違いさせたままだと結衣はいつまでたっても俺の腕を揺さぶり続けるだろう。そうすると勉強ができないし、もしかしたら腕が取れるかもしれん。

 

「いや、拗ねてねーから。なんなら暇で暇でしかたない結衣のために俺のとっておきの笑い話をしてやるまである。あれだ、俺に家族旅行の思い出聞いてみろ」

 

「え、なに? 聞けばいいの? ヒッキー、家族旅行の思い出は?」

 

 俺の隣に椅子を持ってきて座りなおし、目をキラキラさせて素直に聞いてくる結衣。

 誰にも話したことはないが、俺の中では抱腹絶倒のとっておきだぜ。

 

「俺の家族旅行の思い出はだな。小5の春休みのことだが、朝起きたら旅行に行ってきますという書置きと千円だけ置いてあったことだ。腹減ったら水飲んで、後はひたすら寝てすごしたからおかげで7キロやせたぜ」

 

「え?」

 

「どうだ? 面白いだろ?」

 

「え? なに? それヒッキーまじで言ってるの?」

 

「え? 面白くなかったか? じゃああれだ。思い出の旅行先はどうだ? 親父とけんかした母ちゃんが俺連れて無理心中しようとした崖の上。あれはまじ思い出に残ってる。『八幡、母さんと一緒に死のうか?』とか言われたことまで覚えてんだぜ。幼稚園の時のことなのに」

 

 どんどんと曇っていく結衣の表情に焦り、矢継ぎ早に俺的面白トークを必死に語りだす俺。

 そんなにつまんねーのか? いやまじ鉄板の笑い話だと思ったんだがな。あとはうどんの話ぐらいしか俺のもちネタねーぞ。

 

「全然! 面白くない!」

 

 結衣はバン!っと両手で机を思い切り叩き、俺に詰め寄ると両肩を掴んで揺さぶってくる。

 

「ねえヒッキーなんで? なんでそんな話したの? そんなん聞いて笑えるわけないじゃん!」

 

「いや、落ち着けって。つーかお前なんで泣いてんだよ」

 

「泣くよ! だってさ、そんな絶対に辛くて、悲しい話なのに、ヒッキー全然つらそうじゃないんだもん。普通なんだもん。そんなん……おかしいよ」

 

「由比ヶ浜さん大丈夫?」

 

「えーん。ゆきのーん」

 

 そんな俺たちのやり取りに気づいたのか、雪乃が読みかけの本に栞も挟むのも忘れて駆け寄る。泣きながら雪乃を抱きしめる結衣の涙をハンカチで優しく拭いてやるとキッと俺を睨む。

 

「比企谷くん、正座」

 

「え?」

 

「正座。早くしなさい。聞こえないの?」

 

「は、はい」

 

 テニスコートに一人置いてかれたとき以上に怒気を放って命令してくるその声に、思わず敬語になって返事をしながら即座に床に正座する。

 え? 俺が悪いの? つーか雪乃さん、あなたも落ち着いてください怒気で死んでしまいます。

 

「ちょっと、顔を洗って落ち着いてきましょう。こんな男のためにあなたが涙を流す必要などないわ。比企谷くん、少し部室を離れるけどその間に体勢を崩したり、逃げたりなどしたら……どうなるかわかるわよね?」

 

「はい。大人しくここで待機しています」

 

「よろしい。じゃあ行きましょう、由比ヶ浜さん」

 

 そういって雪乃は結衣を連れ出し、俺は一人部室に取り残される。

 俺が……悪いのか? 人からずれてるとは自分でも認識していたが笑いの感覚までずれてるとは思ってなかった……。むしろ『なにそれヒッキーの家やばすぎでしょー』みたいな感じになる予定だったんだが。

 基本的に俺の対人能力、所謂コミュ力ってのは今までの数少ない他人との関わりの中で培われてきたものだ。

 無難な、無味無臭な受け答えを俺は絶えず模索してきた。敵も味方もつくらぬよう、相手の価値観と自分の価値観をすり合わせ、時には妥協してきた。

 つまり俺のコミュ力は経験に裏づけされたもの。今回みたいに、自分がこう思うから相手もそうだろう、みたいな予測が外れると対処する術を俺はもたない。

 なぜこうなったのか、悩んでも悩んでも答えはでない。教えてくれる人などいないから。

 

 

 

 

 

 物心ついたころから我が家は小町至上主義だった。

 所謂両親の愛情ってもんは全て小町に注がれていて、俺が省みられることはなかった。

 でも俺はそれが当然のことだと思っていた。だって小町は世界一かわいいし、同様に両親がそうなるのも当然のことだ。

 飯が無くても自分でトースターでパン焼くぐらいできるし、なんならシーチキンに醤油だけかけてそれをおかずに米を食うことだってできる。

 着替えだって、幼稚園に行く事だって自分でできる。

 自分で全てできるのだから両親の、他人の手を借りる必要がないのもまた当然のことだ。

 だから俺にはほかの連中がみんなで、一緒に、なにかするのか理解できなかった。

 なぜ一人でできることをわざわざみんなでやるのかその必要性が理解できなかった。

 テレビや漫画の中の家族っていうもんがうちとは違うってことぐらい理解していたが、それだって一人でできない人々にとってはそれが普通なのであり、俺のように一人でできる人間にとっては現状が普通なのだと思っていた。

 

 

 

「だからさ、俺はごくごく普通の家族の思い出を話しただけなんだって。俺にとってはまじで笑い話のつもりだったんだからさ、泣かれるとか思うわけねーじゃん」

 

 言外に俺は悪くないと必死に訴える

 十分程して戻ってきた二人により、現在俺の断罪タイムなう。

 twitterとやらではなうとか使うことがナウなヤングにバカうけらしい。知らんけど。

 相変わらず正座中の俺を雪乃は冷ややかな目で見下し、結衣は俺の話を聞いてさっきのを思い出したのか真赤になった目をまた潤ませている。

 

「哀れな人だとは思っていたのだけれど……。まさここまでとはね」

 

「ゆきのん。ヒッキーかわいそう……」

 

 よそはよそ、うちはうち。みんな違ってみんないい。そういうもんじゃないの?

 俺んちにとっては普通のことなんだしいいじゃん別に。

 

「なんで哀れまれてんの俺……。まじで意味わかんねーよ」

 

「比企谷くん。なぜ哀れまれているかもわからない、本当に哀れなあなたにもわかるように教えてあげるわ。それはネグレクト。いわゆる育児放棄と言うのよ」

 

「いや、ちげーだろ。できる子はほっといてもできるんだし、それを育児放棄とは言わんはずだ。それに俺と小町だったら小町をかわいがるのも普通だ。誰だってそうする、俺だってそうする」

 

「あなた……本気でそう思っているの?」

 

「おう、まじだとも」

 

 しゃがみこみ、いつに無く真剣な眼差しで俺を見据える雪乃に目をそらさずに答える。

 

「……そう。どうやら本気のようね。ねえ由比ヶ浜さん、そんな顔誰かに見られたくないでしょうし、車を呼ぶから今日は一緒に帰りましょう。家まで送るわ。比企谷くんは先に帰ってもらえるかしら」

 

「ありがとうゆきのん」

 

 なにか納得したように頷くと、雪乃は立ち上がり結衣に声をかける。

 

「わかった。悪かったな結衣。泣かせるとか、そんなつもりは本当になかったんだ」

 

「もーいいよヒッキー。でもね、もうそんな話しないで。ヒッキーにとっては普通で、なんでもない話かもしれないけど、あたしきっとまた泣いちゃうから」

 

「わかった。本当にすまなかった」

 

 それだけ告げると、二人に別れを告げ部室を後にした。

 

 


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