ぼくの かんがえた さいきょうの ひきがやはちまん   作:納豆坂

11 / 46
4-3

 放課後、不本意ながら俺も奉仕部の一員であるし、これもある種の依頼かなと考えた俺は奉仕部部長であらせられる雪乃に戸塚との会話を洗いざらい話してみた。

 

「関心したわ比企谷くん。あなた、よく自分の身の程を理解しているのね」

 

 結果、思いのほかdisられた。

 つーかえらいえらいとか言って頭なでてくるんじゃねーよ。それガチで関心してるってことじゃねーか。

 

「つーかさ、あんま人のこと悪く言いたくないけど、戸塚見る目ねーよな。同じクラスなんだし、俺のクラスでの生活みてたら無理だってわかりそうだけどな」

 

「あなたの場合悪く言いたくないではなく、人の悪いところが見えるほど近くに人がいない、ではないかしら」

 

 それは事実だが、なんでお前は俺をdisるときすっごい楽しそうなの? Sなの? Sのんなの?

 まあ他人の楽しみを奪うほど心の狭い人間ではないので許してやるけど。これで冷たく言い放つだけだったら断固抵抗するけどな。

 

「恒常的に部活に参加させようにも集団になじめるはずもなく、大会だけの助っ人的な役割では弱い部というイメージはともかくモチベーションとしては下がる一方でしょうしね。本当に役立たずね」

 

「そんな役立たずなやつはここにいても仕方ないと思うので退部させてもらいますね」

 

「大丈夫よ比企谷くん。例え本当に役立たずでも私はあなたを見捨てたりはしないから。上に立つものとしての当然の義務ですもの」

 

 それに友だちでしょ、と俺の両手を掴み、雪乃は真剣な眼差しで俺を見つめる。

 自分で役立たずとか言っちゃったくせになんなのそれ? 完全にマッチアンドポンプだよね?

 

「あ、あれだ。真テニス部みたいな、俺一人で新しい部活立ち上げて、ライバル的なポジションでいくのはどうだ? 一致団結にはもってこいだろ」

 

 雪乃の白く、柔らかい手の感触に少しどきりとし、そんな自分を気づかせまいと手を振り払い、両手を大きく広げて思いついた適当なことを言ってみる。

 

「あなたがライバルなんて……役者不足が過ぎると思うのだけれど。まあそれは置いておくとして、仮にあなたの妄言を実行したとすると、確かにテニス部は団結するとでしょうね。でもそれはあなたという敵を排除する、その一点のためだけの団結でそれは決して自己を高めるとか、そういった方向には向けられることは無いの。だからあなたの行動は無意味に終るでしょうね。ソースは私」

 

「そうか……。ってソースお前?」

 

「ええ。私、中学の時に海外からこっちに戻ってきたの。当然、転入という形になるのだけど、私のクラスの女子、いえ学校の女子が私を排除するために躍起になったわ。誰一人として私という刺激に対し自分を高めようと努力しようとしない、そんな比企谷くん以下の人間しかいなかったわ」

 

 暗闇を纏い、そう語る雪乃。

 俺をdisる言葉を決して忘れないあたり余裕があるのかもしれんが。

 

「どんまい、ゆきのん。正直、客観的にみて確かに雪乃は美少女だけど、だからって排除しようとするってのは俺には理解できん感情だな」

 

「客観的に見て、ね。比企谷くん、私はだれのことだかわからないような客観的な意見ではなく、あなたの主観による意見を知りたいのだけど」

 

「……客観的にみても、俺の主観でみても、どっから見たってお前は美少女だよ」

 

 言わせんなよ、恥ずかしい。

 

「よろしい。私はね、有象無象の評価などどうでもよいの。クラスの美少女でも、雪ノ下の令嬢としてでもなく、単なる雪ノ下雪乃という一人の少女として見てくれる人から評価されたいの。けれど今までそんな人はいなかった。比企谷くん、あなた以外は。誇りなさい。特別に許可するわ」

 

「はいはい、こうえいでございます、ゆきのさまー」

 

「だというのに彼女たちときたら――」

 

 なにやらぶつぶつと中学の女子に対する恨み言を呟き続ける雪乃をよそに、俺は先ほどの言葉を思い返す。

 普段の、ナチュラルに俺をdisる雪乃を思えば信じられないことだが、雪乃はそれなり以上に俺を信頼しているらしい。

 つーかさ、一人の少女として見るとか俺には当たり前のことなんだぜ? 基本的に俺にとって評価の基準はどうしても自分の見たもの、聞いたものだけになる。他人との係わり合いがほぼ無いといっていい俺からすれば当然のことだ。他人が勝手に貼るレッテルなぞ知りようがないからな。

 だがそんな根拠による信頼なぞ過大評価に他ならない。

 

「――ちょっと比企谷くん、ちゃんと聞いているの?」

 

 ぼーっと考え込む俺が気に触ったのか、可愛らしく頬を膨らませて雪乃が睨む。

 

「聞いてた聞いてた。つーか話戻すけど、戸塚のためにもテニス部強くならねーかな」

 

「珍しいわね……。あなた、そんなふうに誰かの心配するような人だったかしら?」

 

「そりゃー珍しいのも当然だ。そもそも人と関わらないんだから他人の話できるわけがない。俺だって相談されりゃー解決策をまじめに考えるぐらいする。まあ小町以外では初めてだけど」

 

「私はよく恋愛相談とかされたけどね」

 

 えっへんと胸をはる雪乃。

 なにそれ自慢? さすが雪乃様人望がおありですねー、とか言って欲しいわけ?

 

「……といっても、女子の恋愛相談って基本的に牽制に使われるんだけど」

 

 つまり、美少女であるがために牽制されまくっていた。そーゆーことですね、わかります。

 

「それ……意味あんのか? 牽制したからって好きなやつが自分をすきになるわけじゃねーだろ」

 

「意味ならあるのよ、彼女たちの中ではね。彼女たちの好きな人を私が知ったという事実さえあればいいのよ。それだけで彼女たちにとって私を攻撃する大義名分になるのだから。その点そういったやっかみを受ける心配が微粒子レベルも存在しない比企谷くんってなかなか稀有な人物よね」

 

 相変わらずいい笑顔ですね。

 

「そんなんわかんねーだろ。世界中探せばそんな奇特な人物が存在するかもしれねーし」

 

 世界中とか自分で言っちゃうあたり、雪乃とは違い実に謙虚な俺。騎士と呼ばれる日も近いな。

 

「そうね……そんな人が現れてもいいように首輪をつけておく必要があるかしら……。時に比企谷くん、あなたの好きな色は? いえ、特に関係はないけど急に知りたくなったの」

 

「そーゆーのやめろよ。こえーだろ。つーかお前俺の所有権主張しすぎ。なんなの? 俺のこと好きなの?」

 

「ええ好きよ」

 

 実にさらっと、さも当然のことのように雪乃が言う。

 

「友達として、だろ。わかってんだよ」

 

「あら、たまには鋭いときもあるのね。当然友だちとしてよ。……今は、ね」

 

「普段が普段じゃなきゃ勘違いしてたかもな。少なくとも恋愛的な意味で俺のこと好きだとしたら俺にあんなに暴言はくわけねーしな」

 

「……いや……だった?」

 

 そんなこと言いながら上目づかいで俺を見つめる雪乃。

 

「世間一般の人間ならいやだというんだろうがな。ただ、どうやら俺はそんな価値観とはずれているらしくてな。暴言を吐くときのお前の笑顔は実に楽しそうで、お前が楽しそうならいいかなーと思えたりもする」

 

「そ、そう。いえ、そんなことは今はいいのよ。今はテニス部の話でしょ。話をそらさないでもらえるかしら」

 

 逆切れするのはいいけど、耳あけーぞ。照れんなら聞くな。

 

「まあ俺の案が駄目なのはよくわかった。ソースは雪乃。じゃあさ、お前ならどうするわけ?」

 

「そうね……全員死ぬまで走らせて死ぬまで素振り、死ぬまで練習、かな」

 

 どこのワタミの会長だよお前。呪われた家庭教師でもいねーとそんなことできねーよ。

 

「やっはろー」

 

 雪乃の下でだけは働きたくないなーなどと考えていると、気のぬける声とともに戸が開いた。

 言うまでも無くあほの子結衣だ。

 

「し、失礼します」

 

 そして、やけに緊張した面持ちの戸塚もいた。

 そういえば結衣も初めはあんな感じだったよなー。初めだけだったけど。

 そんな感慨に耽りながら戸塚を見つめていると俺の存在に気づいたのか顔をぱっと明るくする。

 

「あ、比企谷くん。ここでなにしてるの?」

 

 とてとてと俺に歩み寄ってくる戸塚。

 いやまじ本当にこいつついてるんだよな?

 

「なんでって、俺ここの部員だし。戸塚こそなんで?」

 

 こんな会話結衣のときもしたなー。なに? お約束なの? 天丼?

 

「その、由比ヶ浜さんが……」

 

「今日はあたし由比ヶ浜結衣が依頼人を連れてきちゃいましたー!」

 

 無駄にでかい胸を張り由比ヶ浜が答える。

 依頼人とか余計なことすんじゃねーよ、揉むぞ。

 

「なんていうかさー。あたしも奉仕部の一員じゃん。やっぱ仕事しないとなーって思って。ゆきのんやヒッキーとおしゃべりしてる時間も好きだけど、部活らしいこともたまにはしたいし。んで、さいちゃんが悩んでる風だったから連れて来ちゃいましたー」

 

 褒めてーとばかりに三割増しの笑顔で雪乃のうでにしがみ付く。

 

「由比ヶ浜さん」

 

「なーに? いや、別に褒めてほしいなんて思ってないよ。あたしも部員の一員として当然のことしただけだし。でも褒めてもらうのも吝かではないかなーって」

 

「いえ、褒める以前にあなた別に部員ではないのだけど……」

 

「え、まじで!?」

 

 うわ、恥ずかしいやつ。

 

「ええ、入部届けも受け取ってないし、それに顧問の先生の承諾も得てから部員ではないわ」

 

 一緒にいるからといって仲間ではない。なんだか胸が痛くなる事実だな、おい。

 

「書くよ! 今から、何枚でも書くよ。仲間外れやだよー」

 

 そういって鞄からルーズリーフを取り出し、いかにも結衣らしい丸っこい字でにゅうぶとどけと書き始める。

 つーか入部届けって職員室とかに専用の書式とかあるもんじゃねーの? 書いたことないから知らんけど。

 

「なあ雪乃。俺も入部届けなんて書いた記憶ないんだが。つーことは部員じゃないし明日からこなくていいよな?」

 

「却下ね。でもそう言われてみると確かにそうね。つまるところ、入部の条件は平塚先生の承諾のみなのかしら」

 

 入部の条件を引き下げることにより、俺が部員であることは確定しつつも優衣が部員であることは排除しやがったぞこいつ。

 

「それで、戸塚彩加くん、だったかしら? 何かご用?」

 

 入部の条件が引き下げられたことに気づかず入部届けを書き進める結衣を無視して話を進める雪乃。

 

「あ、あの……ここにくれば、テニスを強くしてくれるって、由比ヶ浜さんが……」

 

「部外者の由比ヶ浜さんがどのような説明をしたのか知らないけれど、奉仕部は便利屋ではないわ。私たちがするのはあなたの手助けをして自立を促すだけ。実際に強くなるかはあなた次第よ」

 

 部外者呼ばわりとかひでーな。俺自身面倒ごとを持ち込んだ結衣に思うところはあるが、さすがにそこまでは言わんぞ。

 そっか……、と肩を落とす戸塚がさすがに気の毒になる。

 

「つーか結衣。お前これどうすんだよ。戸塚落ち込んじまっただろ」

 

「え?さいちゃんはテニス強くなりたいんでしょ? ゆきのんとヒッキーならできるでしょ」

 

 さも当たり前のように結衣が答える。

 どっからその自信はでてきたんだよ。過大評価も甚だしいだろ。

 

「お前さ……。そんな簡単にいうなよな」

 

「え? なんで? できるっしょ。 できるよね?」

 

「由比ヶ浜さん、それは私に対する挑戦と受け取っていいのかしら」

 

 由比ヶ浜のお気楽な発言をなぜか挑発と受け取ったのか、意外と負けず嫌いな雪乃の小宇宙が燃え上がる。

 論理的にみえるけど案外こいつ精神論とか大好きだし熱血だよなー。

 

「いいでしょう。戸塚くん、あなたの依頼うけるわ。テニス技術向上の手助けをすればいいのよね?」

 

「は、はいそうです。ぼ、ぼくがうまくなれば、みんな一緒に頑張ってくれる、と思う」

 

 雪乃の迫力に耐え切れなかったのか、戸塚は俺の後ろに隠れながら答える。

 雪乃が怖いのはわかるんだけどさ、正直その態度ってやる気あんの?

 

「お前が部長だからうけるのはかまわんのだが、手伝いってなにすんだよ?」

 

「さっきも言ったじゃない。覚えてないの? 記憶力に自信がないのならメモを取ることをお勧めするわ。まあ比企谷くんのことだからメモを取るということも覚えられないかもしれないけれど」

 

「いや、覚えてるけど。お前、あれマジで実行する気なの? 訴えられたら負けるよ?」

 

「私、冗談は言わない主義なの」

 

「冗談であって欲しかったよ……」

 

「では戸塚くん。放課後は部活があるでしょうし、特訓は昼休みにしましょう。コートに集合でいいかしら?」

 

 俺の願いを無視してたんたんと今後の予定を決めていく。

 

「りょーかい」

 

 未だにゅうぶとどけを書き続ける結衣が声だけで答える。

 さっきから大人しいと思ってたらまだ書いてたのかよ。

 

「おう頑張れよ」

 

「なに言ってるの比企谷くん。あなたも参加するのよ。言われなくてもわかりなさい」

 

 いや、わかってたけどさ。希望的観測として、ね。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。