ぼくの かんがえた さいきょうの ひきがやはちまん   作:納豆坂

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原作1巻分
1-1


「ようこそ、奉仕部へ。歓迎するわ」

 

 歓迎する気が微粒子レベルも存在しない。彼女から示されたのはそんな明確な拒絶だった。

 ……いや、正直心あたりはある。あるけどさ。ここまで拒絶しなくてもよくね? 心が折れそうなんですけど。

 

「入学初日からケチつけたのは正直すまんかった。あれか? 怪我、したのか? 責任はとれんけど俺にできることならなんでもするぞ」

 

 強制されたとはいえ、俺はこれからこの部で活動しなければならないわけだ。円滑な人間関係を構成するためにも早めに謝罪しておくのがいいだろう。

 なんとも面倒なことだが、俺には目の前の少女――雪ノ下雪乃――とちょっとした縁がある。

 まあ縁と言っても、入学式当日の朝にあほな飼い主の手から逃れた犬を助けるため、車の前に飛び出した俺が撥ねられ、病院送りになったというだけだが。

 入院先で示談のために訪れた葉山某と名乗る弁護士。彼から受け取った名刺には雪ノ下建設顧問弁護士という肩書きが記されており、そこで彼から彼女が同乗していたという事実を知った。

 確かに交通弱者ってことで書類上は車が悪いということにはなる。だが、全く持って俺はそうとは思っていない。むしろ、飛び出した俺が悪いと思ってさえいた。

 そんなわけで退院し復学して以降、彼女に謝罪しようとも思ったのだが……。なんつーか、学年どころか学校全体でみても添うそうお目にかかれないハイレベルな美少女である彼女に接触することはいささか憚られた。

 だって、変に接触すると後々面倒そうだし。

 

「あなた、私があの事故の当事者だと知っていたの? それ以前に、なぜあなたが謝罪する必要があるのかしら」

 

「知ってるもなにも、知らないほうが無理あるだろ。事故の実況見分とか示談交渉とか本人じゃなきゃできないことはいっぱいあるんだし。そもそも、俺のとこにわざわざ雪ノ下建設の顧問弁護士がきたんだぜ?そりゃーわからんほうがどうかしてるだろ。それと、謝罪のことだったか? あれはどう考えても俺が悪い。正直すまんかった」

 

「……知っている理由はわかったわ。でも、やっぱりあなたが謝罪する理由がわからない。まさか、事故の影響が頭にまで……。ねえ、比企谷くん。一度病院で精密検査をしてもらったほうがよいのでは?」

 

 なんか、めっちゃ心配された。

 意味わかんねーし。なんで当然のことをいっただけでここまで言われなきゃならんのだ、俺は。

 

「道路交通法を遵守して、普通に走ってた車の前に飛び出したんだ。俺が飛び出さなきゃ事故なんか起こらなかったはずだろ? つーことは飛び出した俺が悪いってことだ。以上、証明終わり」

 

「なんだか、あなたと話していると頭が痛くなりそうだわ……」

 

 雪ノ下は額に手あて、頭を振る。

 

「別にいいだろ。つーか、同乗してただけで運転していたわけでもないお前にはそもそも関係ない話だろ」

 

「関係ならあるわ」

 

 雪ノ下は一旦言葉を区切り、真剣な目で俺を見る。

 

「ずっと、事故のことを利用し、私に擦り寄ってくるものだとばかり思っていたのですもの」

 

「……ねーよ」

 

 お前さ、ちょっとフィクションの世界に引っ張られすぎじゃないのか?

 リアルでそんなことするわけねーだろ。

 

「あら、そうかしら? 自分でいうのもなんだけど、見ての通り美少女で、千葉では名の通った企業である雪ノ下建設の令嬢。関わりを持ちたがるのが普通の発想じゃないかしら?」

 

「うわぁ……」

 

 はいはい、そうですね。

 美少女だよ。確かに美少女だけど、自分で言っちゃうのってどうなの?

 しかも自分で令嬢とか言っちゃうし。ぶっちゃけ引く。

 

「……で、どうなの?」

 

 俺が引いたのに気づいたのか、にわかに頬を赤らめる。

 照れるぐらいなら言わなきゃいいのに。

 

「悪いが俺は自宅警備員志望なんでな。令嬢ってところにメリットを感じないんだ。それに、美少女ってのは認めるが変に関わったら周りがめんどくさそうだしな」

 

「ふーん。つまり、あなたにとって私のもつステータスは魅力的には見えない。そう言いたいのかしら?」

 

「イエスかノーかできかれればそりゃイエスだ」

 

 ふーん、と何かを考えるように彼女は後ろを向く。

 いや、普通なら多少なりとも引かれるもんなんだろうな。だが、あいにく俺は普通じゃないんだ。

 輝かしいステータスを持っていれば持っているほど、できれば距離をおきたくなる。

 その程度には異常な男だぞ、俺は。

 

「まあ直接謝罪できないってことを気にしてなかったわけじゃないが、それだって俺の自己満足だ。謝ったからってケチつけたことに変わりはないからな」

 

 俺の言葉に、彼女は沈黙で答える。

 どれほどの時間が経過したのかわからないが、重苦しさに耐え切れず俺が帰宅の旨を伝えようとしたその時、振り返った彼女は柔らかい笑みとともにこう告げた。

 

「比企谷くん。あなた、私と友達になりなさい」


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