古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

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第992話

 行方知れずだった、モンテローザ嬢の暗躍によりバーリンゲン王国の難民達が結束。先に押し掛けてきて追い返した連中を飲み込む勢いで魔の手を広げている。

 

 当初は難民達に逐次対応する予定だった。我の強い連中なので結束する事が無いとの予想だったが、洗脳というギフトが使われれば前提は崩れる。

 

 時間が経てば経つ程、彼等は結束し強大になるだろう。洗脳された連中が纏まれば厄介でしかない。行動原理に損得が無く、肥大化された感情のみで動く。

 

 

 

 つまり死兵と変わらない。言葉の通じない厄介な連中……

 

 

 

 そんな非常識な連中に常識で動いては後れを取るだけなのだが、常識的な指揮権とか既得権とか功績の増減とか評価を気にして思考を停止して何もしないのは問題だ。

 

 バニシード公爵が正にその状況に陥っている。今迄は上手く動いていたので余計に現状の体制を変えたくない。予定を変更する事は、自分の能力が低いと思われてしまう。

 

 臨機応変を求められる最前線の責任者として陥ってはいけないのだが、彼は公爵という臣下の最上位貴族ではあるが臨時指名の責任者で役職は戴いていない。

 

 

 

 配下も小粒で問題ばかり起こす連中だし、実際に二回も問題を起こした。それも私情の部分が大きい大失態だから、派閥の長としての責任は大きい。非常に大きい。

 

 

 

「増援を要請して下さい」

 

 

 

 再度、増援を要請しろと迫る。刻一刻と状況は悪くなっているのに、その最低限の判断を下せないのは問題だぞ。貴方の進退とエムデン王国の危機を天秤に掛けるな。

 

 貴族とは国の繁栄と維持に全力を尽くすのが本来の有り方、自身の繁栄に重きを置けば私利私欲を優先し祖国に仇名したと言われても否定が出来ないのです。

 

 その為の優遇と特権、義務を果たすのは今なのですが……保身に走ってしまっては、どうにもならない。優先順位を間違えないで下さい。

 

 

 

 ここで判断を間違えれば、没落どころか懲罰の可能性も高いです。

 

 

 

「うぐっ、分かった。ここで我儘を通しても余計に悪化するだけだ。だがしかし、今から増援を頼んでも来るのは早くても半月後だぞ。その間に状況が悪化したらどうする?」

 

 

 

 相当な葛藤があったのだろう。握り締めた時に力を入れ過ぎたのだろうか、爪が皮膚に食い込み血が出ている。息も荒いし目も血走っている。

 

 だが判断は間違っていない。予想通りに増援は早くて半月後、遅いと先発隊が少数で本隊は、もう少しかかるかもしれない。軍を動かすとは、本来そう言うものだ。

 

 序に言うと即戦力たる聖騎士団は動かせない。彼等が動く時は戦争と同義、周辺諸国に緊張が走る。故に簡単には動かせない。僕は国王直轄軍が来ると予想する。

 

 

 

「現有戦力で対応するしかないでしょう。ですが専守防衛、こちらから攻め込む訳には行かない。彼等は追い詰められた避難民であり、エムデン王国に戦争をしかけてはいない」

 

 

 

「モア教が動き周辺諸国も動向を見守る中で、無辜の民を装う連中に此方から仕掛ける?虐殺と言われても否定できない状況ですね。一度は攻められる必要が有ります」

 

 

 

 アルドリック殿の援護射撃に、バニシード公爵が力なく両手を垂らす。彼の最上は僕が正規兵を率いずに、単独で難民キャンプに攻め込んで全滅させる事だろう。

 

 悪名を全て押し付けやすいし、一番悪手で簡単な解決法だろう。だが、そんな戦闘狂みたいな事はしないぞ。専守防衛、先ず一度は攻められる必要が有る。

 

 正当防衛という建前を押し出すには、此方に攻め込まれたとか境界を強引に押し通ったとか相手の瑕疵が必要。モア教も周辺諸国も、自国に攻め込まれたのならば反撃も仕方無い。

 

 

 

 序に言えば先方に数度の勧告を行う事も必要だろう。一方的でも構わない『数回も勧告した事実』があれば良い。

 

 

 

「守りを固めるのか?だが正規兵は巡回も行っているし、それを止めて此処に籠る訳にも行かないぞ。亀の様に要塞に引っ込んで、侵入してくる連中は知らんぷりか?」

 

 

 

 相手の規模は増える一方で、此方は予定通りの巡回を行えば詰める戦力は精々五百人くらいかな?戦時体制に移行するしかないだろう。

 

 

 

「そんな訳がないでしょう。巡回は予定通り行いますし、不法侵入者の取り締まりも継続します」

 

 

 

 モンテローザ嬢も全ての難民を支配下には置けないだろうし、少数で国境を越えようとする集団は必ず居る。自分だけ助かりたいって連中が多いのが、バーリンゲン王国の特徴だね。

 

 

 

「まぁ保身を優先して王命が果たされないのは不味いからな」

 

 

 

 納得はするけど不満は大きいって所か?多少のメンタル回復は出来たみたいだが、不安から苛つきに感情が変わった感じか?追い込んで爆発させたくは無いが、そうも言ってられない。

 

 

 

「戦時体制に移行しましょう」

 

 

 

「戦時、体制……だと?」

 

 

 

「緊急事態だし、仕方無いかと思います」

 

 

 

 この言葉に、バニシード公爵はイマイチ理解していない様子。アルドリック殿は面倒な事になるが、仕方無いという気持ちで不安を飲み込んだのかな?

 

 戦時体制、近年だとウルム王国との聖戦時に発令したが殆ど機能はしなかった。精々が戦時中なので自粛を促した程度だ。それ程、彼の聖戦は規模の割に国民の負担が最小限だったから。

 

 旧コトプス帝国との戦争を知る者にとっては、有っても無いようなモノだっただろう。それ程、旧コトプス帝国との戦争は悲惨で国民の負担は大きかった。

 

 

 

 今回、フルフの街限定だが『戦時体制』を強いる。権限的にはバニシード公爵の範疇かも知れない。過去に将軍職が限定的に支配地域に限り発した事も有った。

 

 避難等に強制権が付くので、居残りたいとか騒げば、最悪は罰せられる。今回は住人は居ないので仕事で来ている非戦闘職の連中を帰国させる事だけだが……

 

 娼婦という戦争中も軍隊に付いて行く事も有る連中に『フルフの街から退避』という命令に強制力を持たせる為に行う。詭弁の様なものだろうか?

 

 

 

 多分だが、バニシード公爵は今の段階で理解はしていないだろう。思いっ切り顔に疑問を浮かべているし。

 

 

 

「そう、戦時体制です。官民一体で事に当たる必要が有ります。先ず優先度の低い連中は王都に帰還させます。彼等の安全確保の為に割ける戦力は有りませんからね」

 

 

 

 娼婦連中は王都に帰って貰う。ライラック商会の連中は商品の搬送を担っているから、荷を降ろせば直ぐに引き上げる事も可能。そして必要な物資を再度運んで貰う。

 

 大使館関連の連中は帰還せずに大使館に籠って貰い、護衛は僕が引き受ける。此方はニーレンス公爵が寄越した連中だから、僕が保護しても問題は無い。

 

 だが娼婦連中は違う。守る事はしないし居続ける意味も感じない。この大騒動、解決までに時間はそう掛からない予感がする。

 

 

 

 だって、モンテローザ嬢の思惑は『エムデン王国に悪意を持つ不要な連中を嗾けて排除する』事だから、向こうが有利な状況までは待たず、逐次戦力を投入してくると思う。

 

 戦の知識は無いので、洗脳した連中で使えそうな奴に任せるだろう。だが洗脳した奴は多分だが『エムデン王国憎し』の感情が爆上がりしてるから、冷静に戦況を見極めるとも思えない。

 

 バーリンゲン王国に戦上手な指揮官も居ないという情報を元にした予測だが、油断も慢心もしない様にしよう。逆境に追い込まれて、能力が開花する事も多々あるし……

 

 

 

「娼婦達を王都に戻します。此処は戦場になるので、民間人の滞在は危険過ぎるし彼等を守れる人員の余裕も無い。ライラック商会も一旦王都に戻し、必要な物資を運んで貰います」

 

 

 

「アレ等を王都に帰すのか?その、あれだ。兵士達から不満が出ないか?フルフの街の中なら安全なのではないか?大した人数でもないだ……いや、その……何だ。どうだろうか?」

 

 

 

 今迄大人しくしていた、リゼルがバニシード公爵を睨んだ事により言葉を詰まらせた。この期に及んで未だ娼婦を手元に置いておきたいって、何を考えているのだろう?

 

 多分だが、不敬と取られる態度だが決定的な言葉にせず視線だけで黙らせた意味を後で聞いておこう。余計な事を考えていて、止めろって意味で牽制したと思う。

 

 バニシード公爵は既に娼婦達に篭絡されているか、娼婦ギルド本部と何か密約でも交わした可能性も出て来たぞ。僕の手で粛清とか、させないで欲しいのだが……

 

 

 

 アルドリック殿が左手で両目を覆って上を向いた。これも不敬にならないギリギリの態度で、バニシード公爵の言動を非難している。

 

 

 

「娼婦ギルド本部の動向も怪しい状況で戦時中という緊急事態に陥れば、情報統制も厳しく他国に不都合な情報が流れる危険性が高いでしょう。リスクは最小限に抑えるべきです」

 

 

 

 駄目押しをすれば、力なく首を下に向けた。自分でも分かってはいるが、一縷の望みに掛けたとか?まだ騒ぎ出したり高圧的に我を通そうとしないだけ良かった。

 

 腐っても落ちぶれても公爵、このフルフの街の責任者でもある。彼が強硬に反発すれば、僕等も強制は出来なかった。仕事と責任の区分を明確に分けた弊害というか、何と言うか……

 

 臨機応変という言葉で『やりたい放題』をけん制する為の区分だったが、僕もワンマンな行動ばかりする問題児だったのを思い知らされた。

 

 

 

 俗にいう『ブーメラン』だね。

 

 

 

「娼婦関連の責任者は、アルドリック殿ですよね。早急な帰国を促して下さい。必要ならば増援として正規兵を動かしても宜しいですよね?」

 

 

 

 強制退去を匂わせて許可を迫る。ゴネられても困るので高圧的に一方的に退去を迫る。『戦時体制』だからと危険から守る為の必要な行動だと建前をブチ上げる。

 

 これに反発すれば、明確な命令違反として強制執行も可能だ。前提として搾取もせずに通常営業していたが、危険な状況なので一時退去をお願いしたテイなので拒否は出来ないだろ?

 

 最後までお供しますとか、一緒に居させて下さいとか、そう言う言葉遊びは不要。国民を守る事が仕事の軍属なのだから、言われたら言葉だけ有難く受け取って強制的に退去だ。

 

 

 

「バーレイ伯爵の方はどうなのだ?アーシャ嬢も王都に戻すのか?」

 

 

 

 意趣返しのつもりだろう。アーシャの事を言い出してきた。まぁ自分だけ側室を呼び寄せたのだから、気になるだろう。

 

 

 

「当然ですが、王都の屋敷に戻します。此処は比喩でなく戦場になります」

 

 

 

 そう言われてしまえば何も言えないだろう。公爵が娼婦に拘るだけで、本来ならば異常な行動なのだから。これで厄介者を王都に追い払える。

 

 状況は悪い方だが、懸念事項が一つ減ったと思えばプラスだろう。アーシャ達が居なくなってしまうのは非常に残念だが、戦時体制を発令したならば従うべきだ。

 

 落ち着いたら、また呼び寄せれば良い。僕が一時的に王都に戻っても良いだろう。予想よりも大分早いが、ズルズルと伸びるより組織的に反抗してくれた方がやり易い。

 

 

 

 少数でやって来てダラダラと任期を伸ばされるよりは一気に掛かって来られて殲滅した方が都合が良い。そう言う意味では、モンテローザ嬢は良い仕事をしてくれる。

 

 

 

「さぁ急いで行動しましょう。最悪は数万人規模の難民が押し寄せてくる可能性が高いのです。時間は少ないので効率的に行動しましょう!」

 

 

 

 立上りパンパンと手を叩いて参加者を急かす。

 

 

 

 バニシード公爵は王都への増援の依頼、アルドリック殿は娼婦達の強制退去、僕はライラック商会への連絡とフルフの街の錬金による防備の向上。仕事は多い。

 

 増援については、僕の方からも依頼をするし妖狼族を遊撃兵として呼び寄せる。フルフの街の後方で漏れた連中を捕縛ないし殲滅させよう。

 

 最終防衛線は、モレロフの街に居るカシンチ族連合を動かせば間に合わせの戦力にはなる。魔牛族は立ち位置が定まっていないので、今回は様子見にして貰う。

 

 

 

 慌てて部屋を出る、バニシード公爵とアルドリック殿の後ろ姿を見て反発無く頼んだ仕事をしてくれると思う。バニシード公爵も非常に不味い状況を理解しただろう。

 

 

 

「さて、今回の二人の本心を聞かせて貰おうかな」

 

 

 

 全く労わりの籠ってない微笑みで、二人の後ろ姿を見る腹黒令嬢な腹心に問いかければ……目線で椅子に座れと促されたが、長い話になるのだろうか?

 

 


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