古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

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第985話

 今日は待ちに待った、アーシャ達がフルフの街に来る。既に先触れが報告に来て護衛を引き受けてくれた正規兵達が向かっている。

 

 本来ならば自分で迎えに行きたいのだが、身分的に配下に任せないと駄目なんだよな。只でさえ自分だけ任務地に家族を呼び寄せたとか、不満の対象になってますし。

 

 ハイモ男爵が周囲に不満をブチまけて、周囲の連中に物理的に黙らされたと報告が来た時には微妙になった。

 

 

 

 僕が優遇されているのは理解しているけど、未だ不穏分子を抱えているの?もう少し考えた方が良くない?

 

 

 

「そうは思われましても、武官が少ないので選択肢が無かったのでしょう。戦地で護衛の質を下げる判断は危険に直結しますし、中々出来ませんわ」

 

 

 

「制御出来ない戦力の方が、僕は怖いと思うけどね。僕を危険視する連中の気持ちが、少しは分かる気がするよ」

 

 

 

 割り当てられた改装の終わった自分用の屋敷の応接室で、リゼルと二人で果実水を飲みながら今か今かとアーシャ達の到着を待っている。

 

 因みに果実水用のブラックベリーは、女性兵士達が巡回の時に見付けて摘んできてくれた物をお裾分けして貰ったものだ。良く洗ってから蜂蜜と共に漬けたもので素朴な味で美味しい。

 

 荒野でも食べられる野生の植物は多い。まさかサボテンの実が甘くて美味しいとはね。ツゥナと呼ばれているらしく、荒野で見付けると水分補給と甘味による疲労回復の効果が見込めて嬉しくなるらしい。

 

 

 

 フルーツについては、妖狼族の女神ルナ様の貢物としても必要なので機会が有れば探そうと思っている。

 

 

 

「娼婦達の監視はどう?アーシャ達が来る事は調べているし知っていると思うんだ」

 

 

 

 人の行き来は無いが、手紙の遣り取りを行っている事は掴んでいる。王都で情報収集した事が、此方に流れていると思って良いだろう。逆に此方の情報も流れていると思って良い。

 

 当然だが娼婦達は客とて利用している兵士達から集めた情報を流しているだろう。つまり総合的に情報を集めて対策していると考えて良い。元々娼婦ギルドとは、そう言う側面を持つ。

 

 下手な他国の諜報部よりも正確な情報を集めているだろう。だがその集めた情報を基に実行する駒が少ない、それは国家と民間組織との差だね。

 

 

 

 その差を引っ繰り返したいと、とんでもない事を仕出かす事が有るんだよな。強硬策って言うか、何て言うか……

 

 

 

「娼館のエリアは封鎖していますし、外出申請も無い事は確認済みですわ」

 

 

 

 物理的な接触と陳情を警戒したが、封じ込めは成功しているらしい。正直、僕は娼婦ギルド本部に良い感情を持っていない。新婚家庭に余計な波風を立たせてくれたから。

 

 私怨には間違いないのだが、分かっていて仕掛けて来たのだから好意を持たれるとは思っていないだろう。まぁ事有る毎に接触してきては冷たくあしらっているからね。好感度は最低レベルだよ。

 

 封鎖は破られる事はないだろうし、監視も十分。だがこれから滞在する限り、今後も続く事になる。完全に接触を断つ事は、まぁ不可能だろうな。

 

 

 

 肺の中の空気を全て吐き出す。溜息と共に問題が全て吹き飛んで無くなれば良いのだけれど、そんな事は無い。娼婦ギルド本部はバニシード公爵を抱え込むだろう。

 

 

 

「今日は凌いでも、明日以降はどうかな?」

 

 

 

 そう言えば、肩を竦められて終わりだった。バーリンゲン王国の対処、エルフ族への対応だけでも一杯なのに、味方である自国に所属するギルドも警戒しなければ駄目とはね。

 

 

 

「バニシード公爵の動きは、アルドリック殿達から逐一報告を貰っているけどさ。向こうも迷走中というか、纏め切れてないのが実情だよね?」

 

 

 

 飲み干して中身の入ってないカップを弄ぶ。待ってる最中に何杯も飲んでいるので、お腹はタプタプ。これ以上飲めば、吐き出しそうだよ。

 

 参謀達でも現役の公爵本人には手を焼いている。貴族社会だから仕方が無いといえばそうなのだが、もう少し手綱を握って欲しいと考えるのは贅沢だろうか?贅沢だろうな?

 

 爵位・役職・権力・影響力とかを総合的に考えて、バニシード公爵への対応を求められるのは……嫌では有るが、自分なのだろう。

 

 

 

 権利に対する義務の範疇だと?知ってました。

 

 

 

「配下の質の低下がネックですわよね。上が騒いでも下が要求している仕事を熟せなければ、物事は動きませんわ」

 

 

 

 リゼルさん、吐き捨てる様に言ったね?

 

 

 

「そうなんだよな。正規兵達の仕事にまで少しずつ影響が及び始めている。特に給料関係はモチベーションに直決するから、不正はないけれど間違いが多過ぎて嫌になるよね」

 

 

 

 財務系の能力を持つ役人の元締めは、ニーレンス公爵だから頭を下げて配下を寄越してくれと頼めれば良いんだけどね。プライドもそうだけれど、対価の用意も出来ないのだろう。

 

 僕が人を手配すれば可能なのだが、そもそも区分違いだし要請もされていない。ここで手を出す事は筋違いだし越権行為、良かれと思って行動すれば後で大問題になる。

 

 だからもどかしい。自分が全て差配する立場の王命ならば可能なのだが、兵士達に迷惑が掛かっているからと軽はずみな行動は厳禁。だが、そろそろ何か手を掛けないと不味いぞ。

 

 

 

「不確かな情報なのですが、バニシード公爵は娼婦ギルド本部に人員を寄越す様に話を持ち掛けているそうですわ。金融業を営んでいるのですから、金銭関連の仕事は得意でしょう」

 

 

 

 適材適所かぁ、それはそれで反論する理由が少ないので困る。

 

 

 

「囲いの中から脱出する手段を得てしまうか……バニシード公爵が、なり振り構わず動くならば可能性は高いね。止める事は出来ないと言うか、正式に手順を踏めと言うしかないかな」

 

 

 

 国庫から払われる兵士達の給金を協力者とは言え民間に委ねる事は可能かと言えば、実は前例も結構有る。現地雇用や強制動員とか責任者の責任の範疇で任せる事が可能なんだよね。

 

 そして手続きといっても報告するだけで終わり。バニシード公爵の責任の範囲で可能、最前線の戦時雇用とか後方の承認待ちとか効率が悪いからね。仕方無いし当然だよね。

 

 頭の後ろに腕を組んで身体を仰け反らすと、椅子がギシギシと嫌な音を立てるが気にしない。背骨が伸びて固まった身体が解れる感じがする。

 

 

 

 極力、身体を動かしているので鈍った感じはしない。王都に居る時と違って、自由に過ごし過ぎている自覚は有る。

 

 

 

「歓楽街の構想ですが、強引に押し切られそうな感じがしますわね」

 

 

 

 ストレスの発散には最適なのだが、管理が難しくモラルの低下にも繋がる。運用は短期間だが、許可すれば加速度的に栄えて行くんだろうな。兵士達だって有れば喜んで利用するだろう。

 

 性欲の発散の他に、食欲も満たされるとなればさ。自粛を求めても、鋼の自制心が無い限りは通うと思う。本人達は自制しているつもりでも、相手は本職の娼婦だから手強いぞ。

 

 簡単に篭絡されて、色々な情報を抜き出されて間接的な協力も無自覚でさせられるだろう。そこまで警戒しなくても良いのでは?と思うかもしれないが、逆に侮るなと言いたい。

 

 

 

 そう言う甘い認識で、身を亡ぼす連中が一定以上いるのが実情だぞ。酒と女で身を崩すなんて、在り来たりです。

 

 

 

「会計への人員派遣を足掛かりに、飲食店の出店まで食い込んで来そうだよ。コレは止められない流れかな?」

 

 

 

 知らない内に、どうにもならない状況に追い込まれてる自覚が有る。

 

 

 

「完全拒否は不可能でしょうね。規制は掛けられますが、抜け道など幾らでも有ります。そう言うマニュアルを熟知していて常に行動している連中ですわよ」

 

 

 

「裏に潜って好き放題やられるより、有る程度の手綱を握って管理する方がマシかな。アルドリック殿達に責任を負わせよう」

 

 

 

 多分だが、娼婦ギルド本部の真の狙いは、僕の持っている若返りの秘薬である『ネクタル』の入手だろう。どんな事をしても確保したい、どんな事をしても。だろうな。

 

 王都では、ザスキア公爵と協力者(信者)達が居るので、僕への接触は不可能だったが今は枷が無い絶好の機会だ。戦場の最前線だったが、接点を着々と作り込んでいる。

 

 他国の思惑も巻き込めば、金も人手も理由も作れる。これは思った以上に危険な状況かも知れない。

 

 

 

 ならば、此方も強力な味方の登場をお願いしようかな。

 

 

 

「ザスキア公爵への報告書に今回の件も報告しよう。その脅威となる可能性も含めて、対策を考えて貰おう」

 

 

 

 此方も適材適所を導入すれば良いじゃん。相手が一番嫌がる事をするのが、最善手ってヤツだね。女性の事は女性が一番理解している筈だし、間違ってはいない。

 

 

 

「ザスキア公爵様に丸投げですか?まぁ何時か何が何でも絶対に潰すと言ってましたので、案外渡りに船で喜んで協力してくれると思いますわ」

 

 

 

 そう言った時の、リゼルさんの瞳はドロドロと濁っていた。何か相当ヤバい事を考えているのだろうか?この件については一任して、僕は黙って何でも承認する事にする。

 

 多分それが一番効率的で、一番(僕に対しての)被害が少ないと思う。娼婦ギルド本部は他国とも連携しているので、影響力が高過ぎる。

 

 ここで一度、勢力を削いでおくのが国益に繋がるという大義名分も有る。相手の出方次第だけれども、やり過ぎれば自分に返ってくる因果応報と諦めて貰おう。

 

 

 

 何処まで行っても自分の幸せを一番に思ってしまう事って、それは悪い事なのだろうか?

 

 

 

 

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 

 

 

 アーシャ姉様達は、リーンハルト様の所に着いた頃でしょうか?リーンハルト様の御屋敷に用意された、私の執務室で窓の外を見ながら黄昏ています。快晴、雲一つなく風も穏やか。

 

 何故、私が同行出来なかったのか?本妻予定とは言え、未だ嫁いでいないので対外的には婚約者であり男爵令嬢でしかないから。まぁ仕方無いと理解は出来ます。

 

 アーシャ姉様は唯一の側室、イルメラさん達はブレイクフリーのメンバーで家臣団の中核。クリスはアーシャ姉様達の護衛として同行し、ニールは私の護衛として残った。

 

 

 

 彼女も側室予定ですが順番はイルメラさんやウィンディアの後の三番目。そのイルメラさん達も本妻である私が嫁いだ後に、側室として旦那様に嫁ぐ予定なのですから……

 

 

 

「そう朝から何度も溜息ばかり吐かれても、仕方無いのではありませんでしょうか?」

 

 

 

「手が止まっていますわ。本日のノルマは未だ半分以上残っていますわよ」

 

 

 

 アシュタルさんとナナルさんが手元の書類を見ながら注意してきましたが、適当か投げやり過ぎません?傷心の私に対して、酷い扱いだと抗議致しますわ。

 

 この二人は、旦那様が未だ男爵だった頃に側室になりたいと暗躍しましたが、その能力を買われて側室でなく家臣として迎え入れられた家臣団の中でも古参の方々。

 

 本人達は性的に旦那様を狙っていないので信用に足る方々ですし、ナナルさんの『人物査定』のギフトも有能なので得難い方々と厚遇されています。

 

 

 

 私のギフトの『人物鑑定』は心を読みますが、彼女の『人物査定』は能力を数値化します。人材雇用に最適なギフトですわね。実際に有能ですし、私も助かってもいます。

 

 

 

「ですが本妻(予定)の私が王都で居残りというのは、酷い扱いだと思われませんか?」

 

 

 

 窓から庭で訓練に明け暮れる、ニールさんと何故か屋敷の護衛として昨日からバーナム伯爵より派遣された、ルーシュさんとロレッタさんが模擬戦を行っています。

 

 旦那様からは、やんわりと断られていた筈なのに不在の時に適当な理由を付けて押し込まれた二人の動きを見ますが……まぁ護衛としての能力は及第点ですわね。

 

 旦那様から非常識な性能のドレスアーマーを贈られて一時期は有頂天になっていましたが、バーナム伯爵から再教育を受けて改心してからは、武の習得に熱心に取り組まれています。

 

 

 

 護衛としての能力は、ニールさんの一段下でしょうか?ニールさんも御父様やライル団長達に扱かれて一線級の騎士として、その実力は広く認められています。

 

 まぁ表向きは『寡黙な騎士』とか言われていますが裏では『狂戦士』と呼ばれて恐れられていますわね。エムデン王国三大戦闘狂の愛弟子ですし、順当な渾名と思います。

 

 

 

「いえ、全く思いません」

 

 

 

「午後には『側室予備軍』の方々もいらっしゃいますので、もう少し頑張って下さい」

 

 

 

 あの泥棒猫共め!悉く滅べと言いたい所なのですが、旦那様が認めているので排除は出来ません。私(本妻)の下部組織として扱き使う事で、少しは気が楽になりますが……

 

 近衛騎士団員達の親族から選抜された見目も良く有能な令嬢達なのですし表向きは、私を本妻様と立てているので彼女達の排除は醜い嫉妬として捕らわれてしまう事が悩みの種です。

 

 今日は魔力石の納品も有りますし、忙しくなる前に仕事を少しでも終わらせないと駄目なのです。

 

 

 

「はぁこれも内助の功なのですわね。私ってこんなにも尽くす女だった事に、自分でも驚いていますわ」

 

 

 

 二人からヤレヤレ的な溜息を吐かれましたが、普通の貴族令嬢ならは、此処までは尽くしませんわよ。


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