古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

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第99話

 ドワーフ工房『ブラックスミス』は、王都の商業区の外れに店を構えていた。いや店というよりは小型の要塞だ、土と鉄で出来た。

 殆ど窓は無し、隙間無く積まれた岩の表面は滑らかで登る事も難しい。壁の厚みも50㎝以上有りそうで穴を開けるのも難しい。

 両開きの門は鋼鉄製で厚みは20㎝は有り破壊も難しい。

 

「此処が『ブラックスミス』よ、凄いでしょ?」

 

「私、初めて来ましたわ。土のお城みたいですね」

 

「攻めるとしたら苦労するな、流石は土と鉄の精霊ドワーフ族だな」

 

 同行者がデオドラ男爵とウィンディアは分かる、依頼内容に書かれているから。

 何故、僕の隣にアーシャ嬢が居るの?深窓の令嬢が来る場所じゃないよね。

 

「アーシャ様、この様な場所に来られて良かったのですか?」

 

「はい、普段と違う鎧姿のリーンハルト様が見れて嬉しく思いますわ」

 

「ドワーフは偏屈者が多くてな、軟弱な奴には己が鍛えた武器・防具は売れぬと騒ぐのだ。

リーンハルト殿は魔術師だが貴族で騎士団副長の長子でもある、鎧姿は中々似合うぞ」

 

 偏屈なのは300年前と変わらず、だが軟弱な奴ってデオドラ男爵に言える奴が居るのか?

 流石に何時もの皮鎧は今の自分の持てる力の全てを注ぎ込んだ逸品、バレると不味いので普通の鋼鉄製のハーフプレートメイルを錬成して着ている。

 腰には父上から頂いたロングソードだ。

 

「しかし普段の皮鎧ではなくて鋼鉄製のハーフプレートメイルとはな、それはそれで中々の逸品だな」

 

 さり気なくヤバい話を聞いたぞ、あの皮鎧をデオドラ男爵は目を付けていたのか……

 愛想笑いをしながら『ブラックスミス』に入る、デオドラ男爵が小窓に金属製の割り符を差し出すと中から野太い腕が突き出された。

 ドワーフ族、身長は150㎝未満だが体重は平均100㎏を越える小太りで筋肉質で毛深い種族だ。

 

「良く来たな。まぁ入れ」

 

 短い言葉だが、吐く息が凄く酒臭い。ドワーフ族は子供も大酒を飲むという噂が有るが本当なのかもしれない。

 

「リーンハルト様、怖いです」

 

 アーシャ嬢が寄り添ってきたが、さり気なくウィンディアと体を入れ換える。

 ドワーフに案内されながら薄暗い通路を歩く、魔法の灯りは炎の様に揺らめき見え辛い。

 狭く短い通路を抜けると中庭に出た、振り返って見れば要塞と同じ様に防護壁を潜ったのか。

 

「今日はどうする?」

 

「先ずは一ノ倉を見せてくれ」

 

 ドワーフが顎で倉を示すが、あれが一ノ倉?デオドラ男爵の後から倉に入ると、有るわ有るわ無造作に置かれた武器・防具が山積みだ。

 壁際には長物の武器類、剣や槍が所狭しと立て掛けてあり中央の棚には盾だけが並んでいるが全身鎧は置いてない。

 

「凄い数ですね、デオドラ男爵は何を求めてるのですか?」

 

 この大量の武器・防具を全て鑑定するのは大変だ、絞り込みたいな。

 一応種類別に分けられてはいるが、それでも全部調べるのには相当苦労するだろう。

 

「ロングソードだな、取り敢えず二本は欲しい」

 

「ロングソードですか、分かりました」

 

 一応は種類別になっているので長剣の置かれた場所へ向かう。パッと見でも分かる、魔力の付加された品は無い。

 指でなぞりながら鑑定するが、ドワーフ謹製って割に出来が良くないぞ。

 一応鋼鉄製だが素材の不純物が取り切れてない、具体的には炭素が3%前後含まれている。

 理想は0.3%以下だし僕は0.2%にしている。この中で比較的炭素の含有量が低いのは……

 

「これと、これですね。他はイマイチかな」

 

 選んだ二本は0.5%と及第点には及ばないが、この中ではマシだ。

 デザインはシンプルだが柄の造りも悪くない、銘も刻んであるな……van……ヴァン?

 

「何故、それを選んだ?」

 

 初めて案内のドワーフに話し掛けられたぞ、しかも何故か睨まれてるし……

 

「鋼鉄製と言っても不純物が取り切れてない品物が多い、少なくとも炭素含有量は0.3%以下が望ましいのに此処の品物は精々が3%前後。

この二本は比較的マシだったから選びました」

 

 人間の鍛冶師でも、炉の性能によっては同じレベルの物が作れる。簡単に言ってしまえば高温を維持出来れば不純物は取り除けるのだ。

 とてもドワーフ族謹製とは思えない。

 

「ほぅ、刻まれた銘で選んだ訳じゃないのか。お前、金属の気持ちが分かるのか?」

 

 金属の気持ち?初めて聞く言葉だが何だろう、ドワーフ用語か?

 

「学が無くて申し訳ないですが初めて聞く言葉ですね、どんな意味ですか?」

 

「ドワーフは大地の声を聞き金属の気持ちが分かるのだ。お前は人間の貴族で騎士なのに珍しいな」

 

 種族特有の感覚の類か、僕には理解出来ないけど彼等は本当に分かるのだろう。

 これが精霊族って連中なんだよな、僕等の常識は通用しない。

 

「はっはっは、リーンハルト殿は騎士団副長の息子だが土属性魔術師でもあるのだよ。驚いたか、ヴァン殿?」

 

「ふん、下らないな」

 

 してやったりの得意顔のデオドラ男爵と苦虫を噛み潰した様なヴァン殿だが、仲は良くないのか?

 

「お前、鑑定が早すぎて分からなかったぞ。その二本は儂が作った、他のは弟子達の作品だ。

人間の鍛冶師より出来は良い筈だが……む、お前のハーフプレートメイルは誰が作った?」

 

 脱がす勢いでハーフプレートメイルを弄くるヴァン殿を押し退けようとするが凄い力だ。

 

「ちょ、落ち着いて下さい」

 

 馬乗りで身体中を触られるが、このハーフプレートメイルには外す金具なんて無いんです!

 

「落ち着けるか、脱げ!」

 

 僕の身体にフィットする様に錬成したので脱着式じゃない、だから無理なんだ!

 仕方なく魔素に還す、端から見ればヴァン殿に襲われているみたいだったし。

 アーシャ嬢など両手で顔を覆っているが指の隙間から覗いていたし、ウィンディアは固まっていた。

 唯一、デオドラ男爵だけがニヤニヤして見てるし……

 

「何と!錬成した鎧だったのか?うーむ、まさか人間の子供が、あれ程の鎧を錬成出来るとは驚いたぞ」

 

「全く、問答無用で脱がそうとはドワーフ族とは礼儀が無いのですか?」

 

 馬鹿力で襲われていたのだ、全力で抵抗してもビクともしなかった。荒い息を整えていると、アーシャ嬢が背中を擦ってくれる。

 

「もう大丈夫です、思わず貞操の危機かと思いました」

 

「まぁ、それは大変でしたわ。でも……」

 

 でもって?真っ赤になって目を逸らしたけど、でもって何ですか、アーシャ様?

 

「お前、気に入った。俺の工房へ来い」

 

 スタスタと何事も無かった様に一ノ倉から出ていくヴァン殿の追い掛ける、選んだロングソードはそのままだけど良いのか?

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

「此処が儂の工房だ、さぁハーフプレートメイルを錬成してくれ」

 

 ヴァン殿の工房は真ん中に炉を配した30m四方の部屋だ、あの炉は魔法による物だな。

 高熱を発してる筈なのに工房内はそれ程熱くない、何か魔術的要素が有るのだろう。

 ヴァン殿の言葉に周りからドワーフ達が集まってくるが全員が髭面の筋肉達磨で人相も年齢も判断がつかない。

 

「師匠、工房に人間を入れるとはどうしました?」

 

「そうです、しかも女まで二人も!」

 

 ヴァン殿の弟子達だろうか、アーシャ嬢とウィンディアを睨んでいる。人間の鍛冶師達も神聖な仕事場に女性は入れないと聞くが同じ様な感覚か?

 

「黙れ、この小僧は一ノ倉で儂の作品を選びお前達の拙い作品を見抜いた。

しかも錬成した鎧が凄かったぞ、久し振りに興奮した。儂が火竜酒を目の前にした時よりもだ!」

 

 師匠の一喝に弟子達が黙り込む、この状況では同じハーフプレートメイルを錬成するしかないか……

 手前に有った作業台の上にハーフプレートメイルを錬成する、両手に魔素を集めて全てのパーツを錬成してから一気に組み上げる。

 

「「「うぉ?何だ、この鎧は!」」」

 

「黙れ!ふむ、なる程な。確かに素材の鋼は不純物が殆どないな、お前の言う0.3%以下って奴だな。この鎧の構成パーツだが、コレは……うーむ」

 

 ヴァン殿が腕を組んで考え込んでしまったが何か問題でも有ったか?魔力の付加もしてないし、デザインは現代風にアレンジしているのだが……

 

「小僧、いやリーンハルトと言ったな。お前の鎧は儂の師匠のボルカノに通じる物が有る、何故だ?

いや、技術は見て覚える物だ、ただで聞いては職人の名折れだ。良い物を見せて貰った、儂が師匠から学びきれなかった技術が込められている」

 

 懐かしい名前を聞いた、彼の作品を集めては分解し組み立て直し鎧兜の構造を繰り返し学んだんだ。

 何度も何度も繰り返し模倣しては壊して作り直した、直接学びこそしなかったが僕の師と崇めた人だ……

 

「ボルカノ?ボルケットボーガン殿?」

 

「そうだ!130年も前に死んだ儂の師匠のフルネームを何故知っているんだ?」

 

 しまった、つい口走ってしまった。だが、あの偉大な鍛冶師は死んだのか……

 

「ボルケットボーガン殿の作品は僕の鎧兜作成の原点です。

彼の作品を繰り返し模倣し少しでも近付きたいと努力しました、初めて手に入れたのはガントレットでした……」

 

 そう言って作業台の上に一番最初に模倣したガントレットを錬成する、彼の正当な弟子に僕の模倣作品をどう思うかが知りたい。

 

「むぅ、コレは確かに我が師匠の作ったガントレットに酷似している」

 

「どうでしょうか?正当な弟子のヴァン殿から見て、僕の模倣したガントレットは……」

 

 引っ繰り返したり叩いたり分解したりと入念に調べるヴァン殿の言葉を黙って待つ。紛い物と罵られるか、程度が低いと笑われるか……

 

「見事だ、儂でさえ此処まで再現出来るか分からん。リーンハルト殿、歓迎しよう!

お前さんは儂の兄弟弟子と言っても差し支えない、見事な努力と研鑽の賜物の作品だ。

この腕輪をやろう、友の証だ!何時でも儂の工房に来い、歓迎するぞ」

 

 認められた、目標としていた人物を良く知る人に認められた。土属性魔術師として、ゴーレムを扱う者として、こんなに嬉しい事はない。

 

「有難う御座います。努力が報われた嬉しさで、それだけで……」

 

 転生前に心残りだった事の一つが達成出来た、嬉し涙が……

 

「リーンハルト様、涙を拭いて下さい」

 

 アーシャ嬢にハンカチで目元を拭われた、今日は情けない所ばかり見られているな。

 

「儂もだ、50年振りに秘蔵の火竜酒を出すぞ!お前等、今日の仕事は終わりだ。

宴会するぞ、大宴会だ、準備しろ!さぁ、友よ。遠慮は要らんぞ、我等の酒宴に招待しよう」

 

 ドワーフの酒宴って、トンでもなく酒を飲まされるって噂のアレか?

 

「え、いや僕は、依頼の途中でして……」

 

 両腕を左右からガッチリ抱えられて捕獲された!僕は未成年だから酒はワイン位しか飲めない……

 

「リーンハルト殿、遠慮は無用だ!丁重に奥へ運びな」

 

「ちょ、一寸待ってくれー!」

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

「面白い小僧を連れて来てくれたな、デオドラ男爵よ。お礼に四ノ倉に案内するぜ、何でも好きな物を一つ持って行きな。ビルバー、案内してやってくれ」

 

「四ノ倉っすか?王族だって入れてないんすよ。良いんですかい?」

 

「構わん、今日は50年振りの祝いだ。デオドラ男爵よ、有り難うな」

 

 我が師匠の作品に酷似した物を二つも見れたんだ、儂ですら再現不能の失われた技術って奴をよ。

 

「ヴァン殿、リーンハルト殿は大丈夫なんだろうな?」

 

 ああ、依頼の途中で強引に酒宴に招いてしまったから心配なのだろう。あの少女とは連れ合いみたいだし余計にか?

 

「ドワーフ族が友と認め酒宴に招いたのだ、大丈夫に決まってるだろう。明日には家までキッチリ送るから心配しなさんな」

 

 まだ少年なのに300年以上生きて腕を磨いた儂よりも師匠の技術を身に付けているとは不思議だな。

 だが一朝一夕に出来る事じゃない、日々の努力と技術の研鑽が必要不可欠。

 儂もリーンハルト殿に学び、逆に教える事も有るだろう。これから忙しくも楽しくなるぞ!

 


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