古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

988 / 1001
第982話

 平常業務、有る意味で一番心穏やかに問題無く日常を過ごしている。自分よりも上の者は不在で仕事は決められた事だけを行えば良く、問題事も少ない。

 

 だが仕事は有るので暇と言う訳でもなく、煩わしい貴族の付き合いも最低限で済んでいる。そもそも貴族の付き合いをしなければいけない人物も殆ど居ない。

 

 辺境の街に送られた行政執行官とは、この様な心穏やかな気持ちなのだろうか?スローライフ万歳!引きこもり生活万歳!少し早いけど引退して老後を領地で過ごす気持ちかな?

 

 

 

 新しく設えた執務室の椅子に座り、窓から外を眺めながら思う。今日も良い天気、長閑だなぁ……

 

 

 

「いえ、全く違います。地方に飛ばされた行政執行官なら左遷だと思い、中央に戻る為に色々と蠢くものです。少し早い老後の引退生活などとおっしゃいますが、未だ正式に成人すらしてませんよ」

 

 

 

 僕の執務机を両手で叩いて不満を表す、リゼルさんがプンスコしている。そんなに怒る事はないんじゃないかな?

 

 

 

「でも実際の所、今は落ち着いているよ。バニシード公爵の派閥構成貴族の連中も粛清じゃないけれど、相当な人数の入替をしたみたいだよ」

 

 

 

 不祥事が続いた連中に相当苛ついたのだろう。バニシード公爵は半数以上の貴族達を入れ替えた。まぁ潜在的不安要素を抱える、ハイモ男爵は残っているのが気掛かりだけど……

 

 バニシード公爵の派閥構成貴族の中で純粋な武闘派は減っているので、未だ問題を起こしていない彼の需要は高いのだろう。僕に割と分かり易い敵意を向けているけど、手出しはしてこない。

 

 カルロセル子爵と息子のカスタイン殿を王都に送り返したのは、向こうのゴタゴタを有能な彼等に抑えて貰うのと、僕に接近し過ぎているので物理的な距離を設けたのだろう。

 

 

 

 アルドリック殿が数名の参謀を応援に呼んだ事で、事務的な能力は高まっている。内政要員は必須、そして彼等は此方側に配慮しているので情報は筒抜け。

 

 

 

「可もなく不可もなく、毒にも薬にもならない方々ですわね。見て見ぬ振りが得意そうですので、問題を静観するだけで抑止力にもなりませんわ。いえ、その内問題を起こすと思います。消極的なのは仕事の手を抜くのと同じです」

 

 

 

 自分の執務机に戻り乱暴にカップを呷り中身を飲み干していますが、年頃の淑女のして良い所作ではないですよ。まぁ気持ちは分かりますが、事務的な単純作業は進んでいますから、不要ではないですよ。人数はそれだけで有利なのです。

 

 兵士達の支給品の管理や配給の手配、その他諸々の事務手続きはスムーズになったと好評です。そして恐妻家を集めたのか事前に言い含めてるのか、娼館に通う頻度は少ないそうです。

 

 娯楽も無い敵国の最前線基地に勤務するというストレスの発散は、飲み食いを中心としています。ライラック商会のお得意様との事で、僕としても良いと思っています。

 

 

 

「娼婦達ですが、このまま大人しくしているとは思えませんわ」

 

 

 

 女性兵士達を一時的に掌握して、簡易的な諜報網を構築したらしく定期的に報告書が届けられている。その中には同性の女性兵士達の同情を引こうとしているらしいのだが……

 

 TOPのリゼルさんが反娼婦派だから何かしても情報が筒抜けだし、そもそも相手にもしないそうだ。客として利用もしないから、接点も殆どないしね。

 

 焦ったレイチェル殿が王都の娼婦ギルド本部に何通かの手紙を出している。流石に中身は検閲していないが進展しない現状の報告か、応援の要請か?

 

 

 

 客として利用している兵士達の情報も集まって来ているが、娼館内は少しギスギスしているらしい。利用者に何となくとはいえ雰囲気が悪いのが伝わる位だし、追い込まれている?

 

 

 

「でも陳情する相手が居ないでしょ?」

 

 

 

「頼みの入れ替わった人材も、殆ど娼館を利用しないそうですわ。なのでバニシード公爵を篭絡する動きとなっています。あと何人か応援が来るそうですわ」

 

 

 

 バニシード公爵を一本釣りにする予定なのか……まぁお気に入りの娼婦が居るそうだし、篭絡する可能性は低くはないのか?でも下手をすれば王命への障害有りで処罰対象だぞ。

 

 某侯爵みたいにハニートラップに嵌って祖国を裏切り処分みたいな事にはならないと思いたいが、僕には男女の縺れって未だ理解が追い付かない事なんだよな。

 

 男女間の事が百戦錬磨みたいな剛の者など知り合いに居ないし、居ても関わると面倒臭い事にしかならないし。完全放置も問題だけど、未だ様子見で良くない?

 

 

 

「良くないですわ!週末には、アーシャ様達も来られるのですよ。貴方の唯一と言って良い『家族』という弱点を突かれないと本気で思っています?」

 

 

 

「流石に自殺志願者じゃないだろ?」

 

 

 

 今迄の家族にちょっかいを掛けて来た連中の末路を知っていて手を出すかな?メリットとデメリットを勘定する位の知能は有るでしょ?

 

 殺し殺される程の関係じゃないのだから『逆鱗に触れる』とか『虎の尾を踏む』とか、行動と結果を考えられる程度の知能は有る筈だよ。何たって小賢しい連中だし。

 

 まぁモレロフの街の連中を巻き込む可能性は有るとは思うけれど、カシンチ族連合は兎も角、魔牛族の連中とは会う事すら難しい。

 

 

 

 でも警戒は必要か。同じ国の連中にまで、注意しないといけないとはね。やるせないね。

 

 

 

「え?」

 

 

 

「え?」

 

 

 

 何、その鳩が豆鉄砲を食らったような驚いた顔は?

 

 

 

「そこ迄、追い込むのですか?」

 

 

 

 一貫して同じ対応だから、今回だけ大目にとか女性だから情けをかけるとか例外は無いよ。ヤられたら決められた事をヤり返す。

 

 この件に関しては事情を酌まないし、情状酌量の余地も無い。全く無い。弱点を突く相手に甘い顔を見せる訳などない。徹底的に潰せば、他の連中は躊躇するだろう。

 

 弱点を弱点のままにする阿保はいないし、対策くらいは誰でもする。優しいからとか公正だからとか、清廉潔白だから情に篤いから許して貰えるとか希望的観測だよ。

 

 

 

「いや、家族に手を出すならば徹底的にヤるよ。君の家族を騙った連中と同じ位の事はね。僕の『家族』に手を出す連中には破滅を与える。これは抑止力でも有るし」

 

 

 

 ん?両手で自分の身体を抱き締めてイヤイヤしていたのに、急に機嫌が良くなったのだが?割と残虐な事をすると明言して気分が回復するとは、リゼルさんはSっ気が有ります?

 

 

 

 まぁ機嫌が回復したなら問題は無いか。そろそろ農地の手入れの時間だな。今日は野菜の収穫の日で、僕は直接手をださないけれども、視察と言うか監督してくれって言われてるし。

 

 収穫後にゴーレム達で畑を耕して、錬金で土壌に栄養を与える仕事が有るし。連作は土地が痩せるから、栄養を与える必要があるんだよね。あと、収穫直後の野菜の試食。

 

 生で食べられるモノもあれば、その場で茹でて食べるモノも有る。仕事に携わった者達が全員で試食をする事が、連携を深めたり気心を知る切っ掛けにもなる。

 

 

 

 閉鎖社会でストレスも強い職場だから、食事の時くらいは自由にさせて欲しい。

 

 

 

 誰かが言っていたが『食事をする時は、誰にも邪魔されず自由に食べたい。そこには心の自由が有る。食とは自分と食材との一対一の対話であり、一人で静かに豊かで……』

 

 食べる事は生きる事、誰でも必ず必要な行動。マナーとか気遣いとかは一旦脇に置いて、一人ででも気心の知れた連中とでも静かにでも賑やかにでも楽しく食べたいんだ。

 

 僕は宮廷魔術師第二席の貴族で領地持ちの伯爵だが、此処では軍属であり上司と部下という単純な関係でしかない。故に同じ畑を耕した者達との交流は自由でありたい。

 

 

 

 部外者の余計な口出しなど不要なのです。悉く滅べ、反対派めっ!

 

 

 

「はいはい、英雄様との懇親会ですが男性兵士達だけでなく女性兵士達とも行って下さいませ。私が食事会を手配しますので、近日中に開催しますから強制出席でお願いします」

 

 

 

 心の中で熱く語った事に対して『はいはい』で済まされて、背中を押されて執務室から追い出された。いや、王都を離れて少し自由に行動し過ぎているという警告だろうか?

 

 女性兵士達との懇親会って、リゼルさんと一緒って保護者同伴とか思われるのだろうか?まぁ男が一人っていうのも問題だが保護者がいれば大丈夫なのだろうか?

 

 食事会なら大食堂で皆で食事を楽しむって事にすれば良いのか?何度か男性兵士達だけで収穫祭っぽい事をしていたので、女性兵士達からクレームでも上がったとか?

 

 

 

「美味しいものを皆で食べるって事でよいだろう。ライラック商会に食材の手配を頼んでおくかな。甘味とかも必要だろうし……」

 

 

 

 

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 

 

 

 本日の収穫物は馬鈴薯です。荒れた土地でも水が少なくても一定の収穫量が有り、美味しくて保存性も有るという貧しい土地での栽培に適した野菜です。

 

 兵士達が一列に並び、茎の部分を掴んで引き上げる。根について、そのまま収穫出来るモノも有れば土の中に残っているモノも有る。三割位は残っている感じかな。

 

 大きさも疎らなので小さいモノは種芋として選別し長さ6cm以上のモノを食用とする。年三回は収穫出来るらしい。収穫が早いのは葉物野菜なのだが傷みも早い。

 

 

 

 あと虫が付きやすかったり栽培に少し手間が掛かるらしい。その辺は本職じゃないので、実家が農家の兵士達の意見を取り入れた。

 

 

 

 大きな籠に収穫した馬鈴薯を詰め込み、水場で泥を洗い落とす班と大きな釜を用意したので湯を沸かす班に分かれる。今日は単純に茹で馬鈴薯を食べる。

 

 トッピングは塩にバターの二種類のみ。まさに男の料理というか豪快さというか雑さというか……まぁおやつ代わりなので、こういうので良いと思う。

 

 タルタルソースやチーズも合うのだが、用意するのも面倒臭いのが大きな理由だろう。取れ立て野菜をその場で調理して食べる事は最高の調味料でもあるしね。

 

 

 

「バーレイ伯爵様!用意出来ました」

 

 

 

「うん。有難う。では収穫と王命の達成を祈って!」

 

 

 

 上司として責任者として最低限の言葉を以って収穫祭の開始を宣言する。

 

 

 

 簡素な木製の机に乗せられた大きな皿に山盛りの茹で馬鈴薯。各々が手掴みで自分の皿に乗せて食べ始める。特に開始の号令も無い、自由に食べれば良い。

 

 半分に割ってバターや塩を掛けて食べるも良し、皮を剝かずに丸齧りも良し、ナイフやフォークを使っても手掴みでも良し。そこには確かな自由が有った。

 

 本来ならば貴族として許されざるマナーの悪さなのだが、此処は敵地で最前線。いわば戦場に居ると言う事で、戦地での行動という事で例外と見做している。

 

 

 

 あと大量にワインを寄付した。体よく死蔵品を放出出来たので良かった。祭りに酒は必要不可欠らしいからね。

 

 

 

「英雄様に乾杯!」

 

 

 

「俺達の待遇改善の尽力して頂き感謝の言葉も有りません」

 

 

 

「青空の下で、バーレイ伯爵や仲間達と杯を合わせられる幸せ。この事は生涯忘れません」

 

 

 

「バーレイ伯爵、万歳!」

 

 

 

 此処までは良かった。仲間内で騒いで日頃のストレスを発散する。昼間からワインを飲むけど、収穫祭だし健全な行動と思っていたが、雲行きが怪しくなってきたぞ。

 

 

 

「某公爵って御方は、配下の統制も出来無いんですよ。最初の連中は傲慢で口先だけの奴等だったのに……」

 

 

 

「入れ替えた連中は、居るだけで何もしないし出来ないし。給料泥棒って奴じゃないですか?」

 

 

 

「俺達の給料の計算は間違ってるし、処理は遅いし文句を言えば不貞腐れて仕事を放棄するし、なんなんですかね?」

 

 

 

 うわぁ愚痴が凄い。僕との距離が近付いた所為だと思うのだが、直接は言われなくても周囲で愚痴られれば耳に入るんだよ。大幅に入れ替えた連中は従順さを求めて能力迄は求めなかったのか?

 

 愛想笑いで話を聞いているのだが、段々とエスカレートしてチラホラと個人名も出始めた。現地で給料を支給されている連中にすれば、金額が間違っていたり支給が遅いとか大問題だよね。

 

 これは士気にも関わる事だぞ。正式な苦情として報告される前に、凡その情報が掴めた事は良かったと思おう。

 

 

 

 バニシード公爵に直接抗議は未だ早い。先ずは裏取りと、リゼルを交えてアルドリック殿と協議だな。うーん、バニシード公爵は踏んだり蹴ったりだが、王命だしもう少し頑張って欲しい。

 

嗚呼、リゼルさんの心配事は的中したって事かぁ……

 

 

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。