古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

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第981話

 御前会議にて、モア教からの要望について話し合いを続けています。国益にそぐわないと突っぱねるには問題が多く、さりとて鵜呑みにするにも問題が大き過ぎます。

 

 今回の件については、憶測ですがデンバー帝国が絡んでいるのでしょう。理由は幾つか考えられますが、ベルヌーイ元殿下の件の意趣返しでしょうね。

 

 モア教に煮え湯を飲まされた事と、裏に私達が関わっている事も薄々理解しているのでしょう。ジェスト司祭が秘密をバラしたとは言いませんが、宗教関係者なので防諜の意識は低そうです。

 

 

 

 デンバー帝国の考えは、単純な嫌がらせ。エムデン王国に余計な負担を強いる事とモア教との離間工作、それと未だにエムデン王国に反抗するバーリンゲン王国に利用価値を見出したのか?

 

 反抗勢力に助力し裏庭の安定を妨げるだけで、自分達への圧力が低くなると考えたのでしょうね。確かに今回の聖戦は人的被害こそ少ないのですが、国家予算を大きく食い潰しました。

 

 新しい領地は得られましたが、其処から収益と人材を得るには多くの投資が必要なので今は持ち出しが多いのです。財務を司る、ニーレンス公爵も四苦八苦しています。

 

 

 

 戦争とは、人材・予算・物資・時間・労力の浪費でしかなく、戦勝国でも黒字に持って行くのには相応の苦労が必要です。

 

 

 

 バーリンゲン王国関連は持ち出しだけで利益など殆ど見込めない状況ですし、属国時代でも殆ど上納金は収められていません。そう、上納金を殆ど納めていないのです。

 

 パゥルム女王が持ち込んだ資産は凍結して管理していますが、彼女達の滞在費に当てているので使えないのです。いっそ幽閉でもしてしまえば良いのですが、今は未だ駄目です。

 

 バーリンゲン王国の処理が終わり、人々から彼の国の記憶が風化した頃に人知れず処理を行う予定です。今は不自由ですが楽で気儘な生活を楽しんでいなさいな。

 

 

 

「デンバー帝国とジェスト司祭の工作について、御希望は有りますでしょうか?」

 

 

 

 早急な対策が必要ですが、どこまで行って良いかの確認は必要。独断専行は今回は悪手、この参加したメンバーで情報を共有する必要が有ります。

 

 特に、アウレール王の意向を確認してから、どこまで行って良いかの判断をする必要が有ります。まぁモア教の関係者には苦言を呈する程度ですが、デンバー帝国は仮想敵国。

 

 やられっぱなしはエムデン王国としての面子の問題も有りますが、他の周辺諸国に飛び火しない為の工作も必要なのです。

 

 

 

 あと、ルクソール帝国の動向の確認も必要ね。両国は対エムデン王国の対処として裏で繋がっていそうだし、ルクソール帝国が協力しないとは考え辛い。

 

 建前付きでエムデン王国に嫌がらせが出来るとなれば、動くと考えて良いでしょう。まぁお互いがマウントを取り合って密な連携が出来ないので脅威度は高くはないのが救いよね。

 

 お互いが自国が上で主導権を握ろうとしている。国力も同程度だから仕方が無いのだけれど、離反工作でもしようかしら?帝政を敷いているから、TOPの感情次第で直ぐに戦争まで発展させられそうですし。

 

 

 

 『王政』と『帝政』の違いはありますが……

 

 

 

 『王』という定義は割と広範囲に使います。一地方の支配者でも『王』を呼称する場合も有るし、対外的にも認められているわ。辺境の部族の長が『王』を名乗る事も珍しくないでしょう。

 

 ですが『皇帝』は違うのよ。唯一無二の絶対的な君主に使われる称号、国に一人しか存在せず『世界を統べる絶対者』という壮大な意味も含んでいるらしいわね。 

 

 故に限定的な地域において国王による政治で支配するのが『王政』であり、広い地域を皇帝による政治で支配するのが『帝政』ね。

 

 

 

 つまり皇帝は誰かの下にはつかない、自分は唯一無二の存在だから他者は全て自分より下の者という扱いね。お互いが皇帝を名乗る二人が共闘を続けられるのかしら?

 

 何方かが上だと相手に認めさせる事になるでしょう。皇帝として他国の皇帝の下には居られない。お互いがお互いを利用しようとしているだけで、真に協力はしないでしょう。

 

 いつか自分が有利な段階で相手を裏切る前提の共闘、そこが付け入る隙で狙い目よ。私の掌の上で踊らせてあげるので楽しみにしていなさいな。ふふふ、私も楽しみよ。

 

 

 

 現状のエムデン王国は、戦後の滋養の時期に入っていますので人員も予算も限られていますし節約しなければなりません。離間工作も方法は要検討だわ。

 

 

 

「そうだな。モア教関係者には最大限の配慮をしろ。ジェスト司祭も善人ではあるが、周囲を見回す目が不自由なのだろう。その辺の事を伝えれば、自ずと自粛するだろう」

 

 

 

 少し考える素振りを見せた後、宗教絡みの面倒臭さを回避したいのでしょう。随分と甘目な判断を下さいましたが、それは相応の結果を相手に示さないと納得はしませんわ。

 

 うーん、どうしましょう?人道的支援に一定の配慮と成功結果を示す必要が有りますし、最低でも書面や口頭でなく目に見える形で成果を見せなければ……

 

 そうだわ。バニシード公爵の加点にも繋がりますが、殆どはリーンハルト様の手柄に摩り替える事も出来ます。最初に報告を聞いた時はモヤっとしましたが丁度良いですわね。

 

 

 

「モレロフの街を使いましょう。あそこにはカシンチ族連合と魔牛族達が居ますし、護衛として妖狼族も居ます。もう少しテコ入れが必要と思っていましたので、協力して頂きましょう」

 

 

 

 丁度良い事に、エムデン王国側のもっとも近い街にバーリンゲン王国の関係者が集まっています。他国の援助を受け入れるにしても途中のスメタナの街迄を警戒範囲に入れれば諜報部隊は防げます。

 

 内戦状態で危険なので積極的に難民を受け入れているという事にすれば良いのです。辺境の蛮族と蔑まれていた方々なのですが、エムデン王国に所属していた者ですからね。

 

 現状、フルフの街は防衛の最前線なので危険だからとモレロフの街で足止めをしても疑われないでしょう。逆に武力を伴わなければ行くのは危険、ですが内政干渉と言う事で援軍は拒否出来ます。

 

 

 

 何故ならば、エムデン王国が認めた属国の支配階級は抑えているのです。今争っているのは全てクーデターを企てた敵。その敵に援助をするというのは、必然的にエムデン王国と敵対する訳です。

 

 

 

「だがモレロフの街に居る連中は、親リーンハルト派閥と言う名の辺境の蛮族と言われた部族の構成員達だぞ。バーリンゲン王国の国民を保護しているとは言えないのでは?」

 

 

 

「国境付近とは言え、バーリンゲン王国領内に他国の者を入らせるのは問題では無いか?保護の手を広げるとか言って先に進みたがるだろう?」

 

 

 

 ニーレンス公爵とローラン公爵の疑問に、両騎士団の団長は微妙な顔で頷きましたが……もう少し頭を使って考えなさいな。ニーレンス公爵達の質問は、もう少し説明しろって意味の催促ですわ。

 

 反対意見の様な質問をして回答に納得して同意に回る。使い古された手段ですが、彼等は私の意見に賛成で助力をしてくれたのです。アウレール王とサリアリス様は理解していますね。

 

 私の説明を聞いて判断したという事にするのでしょうが、条件を付けるかも知れません。そういう不備を消すのが本来の会議でしょう。脳筋共は、身体じゃなく頭を使う事を覚えないと駄目よ。

 

 

 

 何故なら、私はこれから貴方達を良い様に使う事を国王に認めさせるのですから。

 

 

 

「彼等はリーンハルト様を頼って来たのです。将来の安全を確約すれば、バーリンゲン王国の国民の振りをして逃げて来たと偽る事に不満は有れども従うでしょう。難民の保護と今後の生活の保障ですわ。

 

フルフの街より先で争っているのは反乱を企てた連中、つまり全てエムデン王国の敵なのです。彼等を人道的に援助するというのは、私達の敵に援助するのと同義。エムデン王国と敵対するのでしょうか?」

 

 

 

 もう少し説明が必要かしら?アウレール王は満足に頷いているけれど、ライル団長は腕を組んで考える振りをしていますが理解出来ているのか不安になりますわね。

 

 

 

「モア教関係者はモレロフの街の復興に協力して貰いましょう。あの街はカシンチ族連合に与えるのですから、整備は必要でしょう。魔牛族に関しては、別の場所に特区を用意するのでしょうか?」

 

 

 

 妖狼族は既に新しい里をリーンハルト様の領地に構えましたが、魔牛族の里もとなると反発する連中も多いでしょう。あの種族は人間に対して、ある意味性癖特攻種族です。抱え込むのは危険過ぎます。

 

 今でも妖狼族を丸々抱え込んだ事で、余計な軋轢が有るのに魔牛族もとなれば抑えが利かない場合も有ります。そもそも私が嫌ですわ。あんな牛乳の女共が私のリーンハルト様に纏わり付くのが殺したい程に嫌です。

 

 リゼルさんの報告では、魔牛族もリーンハルト様の取り込みを画策して邪険にされない幼女を三人も嗾けているそうですし……ミルフィナさんでしたか?落ち着いたら、話し合う必要がありますわ。

 

 

 

「いや、モレロフの街に住まわせよう。何れはスメタナの街に移す事も考えるが、エムデン王国内に住まわせるのは色々と問題が多過ぎるので当分の間は隔離だな。勿論だが必要な援助はするぞ」

 

 

 

「街一つの整備です。費用も人手も時間も掛かりましょう。モア教の方々には被災者たる彼等を手厚く遇して頂ければ、目的は達成されますわ。因みにカシンチ族連合の方々は信仰に対しては重きを置いていないそうです」

 

 

 

 厳しい生活環境の中で信仰に縋る事も多いのですが、現実主義者というか祈るより働けって感じだそうです。複数の部族が絶えず争っていたそうですし、不思議では有りません。

 

 モア教に対しても、リーンハルト様が敬虔な信者ですといえば、特に反発も無く援助を受けるでしょう。モア教も布教や改宗を迫る事も有りませんし、そういう意味では理想の宗教ですわね。

 

 理想に嵌り過ぎて、善意による行動の先に、どんな問題が発生するのか?を考えない無垢な方々が多いのは問題ですけどね。司祭級の方々は少しは政治にも詳しいのですが……

 

 

 

 ジェスト司祭の行動には監視が必要だわ。最悪は思考誘導もしないと、また善意から余計な問題を起こしそうで不安なのね。善意って空回りすると周囲に被害が及ぶから、対処に困るのよ。

 

 

 

「モア教の対応は、ニーレンスがその方向で纏めてくれ」

 

 

 

 内政担当ならば交渉事は得意分野なので、この人事は問題無いわね。本来は私の方が得意とする分野ですけれども、先に仕事を割り振られているので次点ですが及第点でしょう。

 

 

 

「はっ分かりました」

 

 

 

「モレロフの街及び周辺の警備網について、もう一段引き上げる。その担当は、ローランが行え。治安維持を優先に見せ掛けて、本命は防諜対策だがな」

 

 

 

 現状の人員は割かずに新しい人員の投入ね。街の治安維持は、そのまま復興支援の応援の監視も含みます。周辺の警備網は他国の間者の監視と捕縛、これは私も少し助力しないと駄目かしら?

 

 ニーレンス公爵の動かせる人員の規律も能力も平均的に高いのですが、諜報部隊の対応となれば専門の知識が必要ですし、オブザーバーとして私の配下を送りましょう。

 

 そもそも最初に送り込む時点で顔の割れている連中なのですから、居なくなったり不審な行動をすれば直ぐに分かるので難易度は高くはないわ。別働部隊の手引きさえ防げればね。

 

 

 

「お任せください」

 

 

 

 これでモア教及び周辺諸国の対応も行う事が出来るわ。私達にも勲功を稼ぐ仕事を割り振られたし、バニシード公爵だけが目立つ事も無くなったわね。

 

 まぁ彼は派閥構成貴族が色々と問題を起こしてくれているので、順調に功績と懲罰が釣り合って面白い事になっているわ。リーンハルト様への侮辱もそうですが、魔牛族への手出しもそう。

 

 最初に魔牛族との接触は厳禁と取り決めたのに、婚姻関係の申し込みをするとか王命に違反する大問題よね。本人を叱責した程度では、全然駄目よ。しかも幼女愛好家らしいじゃない。

 

 

 

 バニシード公爵を追い詰めるネタが豊富に集まるわ。貴方、隙が多過ぎですわよ。リーンハルト様が動きやすくなる様に誘導も出来たし、内助の功としては満点よね。

 


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