古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

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第966話

 憎っくき政敵である、ゴーレムマスターと今後の打合せをしているが……コイツ、実際に化け物だな。呑気に街の外にあぶれた先任の兵士達の住居を錬金すると言いやがった。

 

 俺だって、奴等の環境改善を考えて試算させたが現実的ではないという結果だった。先ず予算が足りない、物資が無い、時間も無い。

 

 そもそも当初から天幕併用案にしていて、入替サイクルを早める事で対応する事に決まっていた。バーリンゲン王国みたいに無能の集団じゃないのだから、計画段階で指摘していた。

 

 

 

 最大のネックは時間、建設資材の現地調達は難しく本国からの輸送になる。荒野を均し基礎を作り上物を建てる。どう短く見積もっても二ヶ月以上、作戦は待てないから建設中は天幕生活だ。

 

 そうすると単純に本設と仮設で二倍の敷地が必要、次に資材だが本国から全て輸送となればコストは膨大だし輸送能力によって工期も変動する。資機材がなければ工事は出来ない。

 

 人件費・材料費・輸送費は膨大、工期も掛かる。コストは膨大で幾ら必要か考えたくもない。だから入替サイクルを三ヶ月とした。

 

 

 

 だが奴は自分の錬金で一人で行うと言いやがった。悔しいが、俺には不可能。いやエムデン王国の他の公爵家でも無理だ。唯一、財務系で資産の豊かなニーレンスなら赤字覚悟で可能か?

 

 

 

 それを無償で今日の午後からでも大丈夫だとっ!

 

 

 

 ふざけやがって、そんな事は貴様しか出来ないぞ。そして協力要請をして引っ越しの準備を俺に言えという。兵士達の心が、何方に傾くかなど分かり切った事だ。

 

 仮に、俺が頼んだから実現したんだ!って言っても嘘は直ぐバレるだろう。他人の功績を奪うクソ上司の誕生、人望を失い兵士達も反発して最低限の仕事しかしなくなる。

 

 元から孤高の公爵として一部の者達からの篤い支持を受けている俺でも無理というか無難に天幕を使用させるのが正解、お前の発想は狂ってるぞ。

 

 

 

「序に食料改善もしましょう。居住区に隣接した区画を開墾して野菜を栽培したいのです。開墾も此方で行いますし、栽培もゴーレム達にやらせます」

 

 

 

「ん?ああ、農業をするのか?ゴーレムマスターがか?」

 

 

 

「それは助かりますが、流石に兵士達に手伝わせない訳にはいきません。それは仕事のローテーションが狂いますし……」

 

 

 

 何を言いやがった?野菜造りだと?馬鹿か、お前はっ!思わず怒鳴りつけようと思ったが何とか耐えた。お前、フザけるなよ、お前!語彙力が無くなるのが、自分でも分かる。

 

 上級貴族の俺達が土弄りだと?いや土属性魔術師は、そういう方が得意なのは理解している。お前も王命で大規模灌漑事業を何度か達成しているが、普通はやらぬぞ。

 

 アルドリックが言ったように、流石に任せ切りは無理だ。では兵士を送り込むかと言えば、それも無理だ。少し余裕は有るが、本業で忙しい。仕事の割り振りを変える事は膨大な労力が必要。

 

 

 

 俺の私兵共にやらせる?いや、反発するだろうし、邪魔をしだしたら正規兵共が暴動を起こすだろう。『英雄様が自分達の待遇改善に動いたのに邪魔しやがった、殺すぞ』位は言い出しかねん。

 

 なんという迷惑野郎なんだ。これも政敵である、俺への当て付けか嫌がらせか?何度か深呼吸を繰り返し、頭に登った血を静める。アルドリックも、俺の膝を手で握ったのは落ち着けって事か……

 

 分かっている、理解している。ここで怒鳴って反発すれば、俺達の負担なく兵士達の待遇改善を提案したのに理由なく反発したとか言われて追い込まれるだけだ。

 

 

 

 では提案を受け入れる?いや、何かしらの対価を示さねば飲み込めない。頭を下げれば、俺が奴の下になった事を自らが認める事になる。

 

 これが味方ならば助け合いで次に何かすれば問題は無いが、敵対している奴に後から何かで借りを返すは周囲が何を言いだすか分からない。俺が奴の軍門に下ったと言われても反論出来ぬ。

 

 端から見れば善意、上司として配下の者の待遇改善は正しい事。しかも費用は相手持ち、王命への悪影響は無く逆に効率を高める為に受け入れざるを得ない。

 

 

 

 だがしかし、この提案を飲んでしまっては……

 

 

 

「それとですね。僕の御用商会のライラック商会を定期的にフルフの街に呼び寄せる事になっていまして、不足気味な兵士達への嗜好品等を余分に運び込もうと思います」

 

 

 

 追い打ちか?お前、俺の苦悩する表情をみて更に追い打ちを掛けるのか?

 

 

 

 アルドリックが死んだ魚の目をして俺を見詰めているが、これは不味い。何が不味いというのは、俺の存在する意味が無くなりそうで怖い。

 

 コイツ、俺達の事を思っている様な振りをしながら、実質的な主導権を奪おうとしている。衣食住と嗜好品の配給を握られたら、兵士達が何方に味方するかなど馬鹿でも分かる。

 

 エムデン王国の最大級の商会を傘下に収めているのは知っていた。特に政争で利用した事はなかったが、ここで使ってくるのか!

 

 

 

 不味い不味い不味い、非常に不味い。これ以上の協力は何が何でも阻止しないと不味い。

 

 

 

「うむ。貴殿の王命と従事する兵士達に対する気持ちは痛いほど分かったぞ。嗜好品か、確かに接収したワイン等は配給していたが他にもとなると……そうだ、毎回金貨一千枚を渡すので適当に見繕ってくれ」

 

 

 

 金を負担する事で、少しでも兵士達にアピールするしかない。一人銀貨数枚程度だが、公爵の俺ならば耐えられる出費だ。全部を奴に任せる訳には行かない。

 

 金を出すならば、俺が依頼した事になる。関係は客である俺の方が上と言えなくもない。そういう方向で動くしかない。それが最適解、横目で見たアルドリックも力なく頷いている。

 

 俺は金をばら撒いて人気取り、奴は自分の錬金技術だけで人気取り。何方がより効率的かなど考えなくても分かる。クソがっ!

 

 

 

「細かい話は、アルドリックに任せるので詰めてくれ。俺は所用を思い出したので席を外すが、後は頼んだぞ」

 

 

 

 これ以上此処に居ては、俺の精神が保たない。早々に退室すべきだ。あとは、アルドリックに任せて報告を聞けば良い。参謀連中とは提案を煮詰めて現実に則した形にするのが仕事。

 

 居住区の錬金も農作物の生産も嗜好品の手配も全て承諾するが、金と人手は出さねばなるまい。急ぎ、連れて来た派閥構成貴族の連中から、使えそうな奴を選抜して送り込まねばなるまい。

 

 少し前ならば『農民の真似事など貴族のする事ではない』と笑い飛ばせたのだが、今はそうも言ってられない。これが落ち目って事なのか?

 

 

 

 何とか気持ちを落ち着けて、ゆっくりと落ち着いて立上り扉に向かう。その時に一瞬だけ、リゼルを見た。話し合いに参加せず沈黙を保っていたが、俺に向ける視線に含まれる生暖かさはなんだ?

 

 憐みでもない何とも形容し難い複雑な表情、微妙に保護者目線のような、頑張りましたね的な……何を考えているのだ?まさか俺の精神的な成長に驚いているとか?

 

 ははは、何を考えているなど関係無い。俺は秘蔵のワインを朝から飲むと心に決めて部屋を出る。高級なワインを楽しみ、少し惰眠を貪ってから配下共の選別と命令だ。

 

 

 

 ここで手を間違えれば、王命を遂行出来ない。それが分かるから、困るのだよ。

 

 

 

 

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 

 

 

 微妙に変に固まった表情で退室する、バニシード公爵を見送る。おかしいな、十分に歩み寄りをしたしメリットも多かった筈なのに此方が追い込んだみたいな顔をされたぞ。

 

 殆どの負担は此方側なのだが、何故にあれ程の苦悩に満ちたっぽい顔をされなければならないんだ?それとも文句や嫌味の一つ位は言いたいが、何も言えずに癪だったとか?子供ですか?

 

 ん?変な打撃音が聞こえたけど、もしかしなくてもバニシード公爵が壁か何かに八つ当たりでもしたのかな?アルドリック殿が右手で目を塞いて見上げたのは、癇癪持ちの上司を持って辛いとか?

 

 

 

 うーん、バニシード公爵と連携しないと駄目なんだけど最初からハードルが高いな……

 

 

 

「善意の追い込み、流石は私のご主人様です。さすごしゅです」

 

 

 

「その、もう少し……何と言うか、手心を加えて欲しいというか……人の心が無いのか?ではなく、有り過ぎる善意の怒涛の口撃と言いますか……」

 

 

 

 両方の副官から同じ様な事を言われたが、追い込みとか手心とか善意しかない筈なのに責められている感じがするのですが?話の運びも内容も、何も悪い事は無かった筈では?

 

 気持ちを入れ替える為なのか、アルドリック殿とリゼルが紅茶を淹れてくれたので不本意ながら砂糖を大量に入れて飲みながら考える。何が不味かったのか?

 

 アレか?思い当たる節としては、嫌われ者というか何と言うか善意に慣れてなかったバニシード公爵に対してメリット山盛りの話をしたから混乱した?

 

 

 

 腕を組んで考えるが納得のいく結論には至らない。やはり、バニシード公爵が政敵である僕の好意に照れて逃げ出した?

 

 

 

「違います」

 

 

 

「え?そうなの?」

 

 

 

 思考を読まれて駄目出しされた。口には出してなかった筈なのに駄目出しされた事に対して、アルドリック殿も深く頷いたけど君は主席参謀だけど、リゼルのギフトは知らされてないよね?

 

 王宮の要職に就いてはいるが、リゼルのギフトの秘密を明かされる程ではない筈だが特に不審がる事もなく、うんうんと頷いている。

 

 リゼルさんが、どうしようもない殿方ですね!って腕を組んで蔑みの目を向けているが、僕は貴女と違い他人の心情の機微には疎いのですよ。

 

 

 

「バニシード公爵は提案に対しての対価不足と、自分の立場の悪化について不安を感じていると思います」

 

 

 

「もう少し細かく言いますと、御自分の配下の正規兵達の環境改善に全く関与出来ない事で彼等の好意がご主人様に移る事を懸念していますわ」

 

 

 

「どういう事?」

 

 

 

 アルドリック殿の言葉をより細かく言ってくれたが、僕は分からなかったけど、君達は理解出来ていたのですか?まぁ考える事が仕事なのだから、これが普通と言う事だな。

 

 僕は単一最強戦力である宮廷魔術師の第二席。考える事は放棄しないけど役割分担は大切であり、他人の職務は犯さない。

 

 アルドリック殿も変に僕に反発しなければ有能じゃないか?小者とか小心者とか思った事は、心の中で謝罪しますよ。

 

 

 

「天幕で兵士達に不自由を強いている事は我々も理解していたので代案を検討していましたが、時間や費用がネックで任期を短くする事で対応していました」

 

 

 

「これは出兵前の実務者会議の場でも議題に上がりましたが、全員分の仮設兵舎の建設は現実的でないと却下し代案で任期の短縮案を採用しています」

 

 

 

 僕は参加していないのだが、王命として行う作戦なのだから関係各所が緻密な計画を練り打合せを行う事は当たり前って事だよな。

 

 根回しをして起案し承認をされないと国庫の資金は動かせない。当然だが予算を申請するにしても全額希望通りは通らない。どこかで妥協して減額を強いられる。

 

 まぁ予算は有限で国民からの血税だから、財務官僚達も兵士達に悪環境で生活しろって訳じゃなくて予算内で最適な環境を整えろって事だな。

 

 

 

 これがバーリンゲン王国の連中ならば中抜きや手抜きが横行して、もっと酷い事になるのだろう。

 

 

 

「それと食料事情の改善案ですが、上級貴族であるリーンハルト卿にさせておいて自分が何もしないというのは立場上無理が有りますが……シフトの関係で兵士達は出せません」

 

 

 

「連れて来た派閥構成貴族達は、ご主人様に反感を持っています。当主の命令でも言う事を聞かない方々も居るでしょう。そんな事が現実に起こった場合ですが……」

 

 

 

 ここで言葉を止めたのは、答えは御自分で考えなさいって事だろうな。アルドリック殿も言い辛そうにしているのは、彼もバニシード公爵側だから言えない事も有る訳だ。

 

 

 

「つまり自分達の生活環境の為に動いている、僕の邪魔をする連中を兵士達が黙って見ている筈が無いって事かな?」

 

 

 

 二人が頷いたので一応正解らしい。だがゴーレムポーン主導で行うので、人手をだされても邪魔でしかないんだよな。

 

 僕はゴーレムを操作し仕事をさせるが、彼等は人間だから自分で動くしかない。仮にも貴族が土弄りと蔑む農業をやる?いや、無理だ。強要すれば、当主にも歯向かう連中も居るな。

 

 エムデン王国は大分マシだが、貴族とは『高貴なる青い血が流れている優良人種である』とか言って労働は下々の者が行う事で、自分は絶対にやらないって者もいる。

 

 

 

 今回の王命に同行させたからには、そういう思想を持つ者は選別して連れて来てないと思うのだが……人材不足だから、もしかして数合わせとかで連れて来てたりするの?

 

 

 

「同行させた連中の中には、各家から必ず五人以上出せとの条件で嫌々来ている者もいます。既に兵士達と下らない原因ですが、揉め事もおこしておりまして……」

 

 

 

「王命だよね。それに不満を持つ貴族が居るというのか?」

 

 

 

 そんな馬鹿な事が有る訳がないじゃないか!って怒鳴りたいのをグッと堪えた。公爵といえども落ち目というか追い込んでいる相手の派閥に所属する構成貴族達の中に不心得者がいても不思議ではない。

 

 有能であったり先見性があれば、派閥替えをする貴族も多い。実際に僕も何人か引き抜いたし、ニーレンス公爵達も目ぼしい者達を引き抜いて、不要な連中を追い出したそうだ。

 

 そして追い出された問題の有る連中が頼った先が、バニシード公爵となる。つまり彼の派閥構成貴族の連中が、僕やニーレンス公爵達に対して敵意を持っている。

 

 

 

 能力に問題が有る連中が味方の括りの中に居る。そんな連中の行動は殆どが、後先考えずに動くんだよな。そんな連中の中から、農業の手伝いとして人手を出すとかさ。

 

 

 

「身内に足を引っ張られるか……」

 

 

 

 僕の言葉に、アルドリック殿が胃の当たりを押さえて……リゼルはニヤリと笑いやがった。つまり彼女は全てを想定済みで、バニシード公爵を追い込む一環くらいに考えていると思う。

 

 彼女にとっては、王命の遂行と並行して政敵への攻撃も行う位はする。多分だが、ザスキア公爵や他の公爵の方々とも連携しているのかもしれない。

 

 政敵への対応は任せている部分もあるし、事前に相談が必要な場合以外は相談してくるが不要と思えば独断で行動する。その全てが僕の為だから叱る事も出来ない。

 

 

 

 有能過ぎる配下を持つ苦労……じゃないな、贅沢な悩みかな。

 

 


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