古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

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第965話

 フルフの街に来てから翌日の朝、やはり屋根の下でベッドで寝れた事で身体の疲れがより取れたと思える。爽快な目覚め、起こしてくれたアインも気持ち嬉しそうだ。

 

 要は空間創造に収納せずに、外に出せ。移動中も自分達を外に出して同行させていれば、色々な問題も対処出来たって事だとは思うが……君達は目立ち過ぎるんだ。

 

 完全武装の全身鎧兜、体型は女性だが顔はマスクを被っていると思われる。まぁ知らない人が見れば自律行動が出来るゴーレムなど知らないのだから仕方無い。

 

 

 

 言葉こそ発しないが、自我は目覚めているのだろうな……

 

 

 

「おはよう、アイン。今日は晴天で良い朝だね」

 

 

 

 カーテンを開いて窓を開けて換気をしている、彼女を見て思う。確かに自我が芽生えていると思って良いだろう。

 

 手際よくベッドメイクをしているし、終われば身嗜みも整えてくれる。アーリーモーニングティーこそ用意してくれていないが、朝食の準備も終わって居るのだろう。

 

 扉を開けて早く食堂に来いと所作だけで促された。用意された屋敷は歴史がありそうな古い石造りの洋館で、二階建てで総部屋数は八部屋。小さな庭も有る、それなりに立派な屋敷だ。

 

 

 

 歴代のフルフの街の支配者階級の者達の住む屋敷だったのだろう。厚遇されている事も分かる。調度品が殆ど無いのは退去した時に持ち去ったのか?

 

 寝室は二階、食堂は1階玄関ホールに繋がった奥にある。同じタイミングで、ツヴァイに先導されているリゼルと合流する。

 

 僕は館の主の主寝室を使用し、彼女は来客用の寝室を利用している。間違っても同衾はしていない。リゼルは朝から身嗜みはキッチリしているな。

 

 

 

 淑女の場合、自宅だと食事とかは部屋着で出掛ける時にまた着替える。女性の身嗜みに時間が掛かるのは、その時々の目的によって着替える場合が多いからだな。

 

 服装のグレードも目的や会う相手によって変えてくる。勿論だが季節や、その日の気分でもコーディネートを変えてくるので難しい。

 

 僕は殆ど黒や焦げ茶等の暗い色を好むのだが、舞踏会やお茶会などの華やかな催しの場合は青や緑系統の服も着る。あとは用意された服を文句を言わずに着る。

 

 

 

「お早う御座います」

 

 

 

 片足を斜め後ろの内側に引いてもう片方の足の膝を軽く曲げ、背筋は伸ばしたままの見事なカーテシーを見せてくれた。

 

 職場では挨拶は簡略化されているので、あまり見られない所作だね。まぁ見事と言うか美しいというか。さまになっている。

 

 ああ、彼女は貴族であり爵位を賜っている新貴族位の女男爵様だったよ。まぁカーテシーの後で砕けた笑顔を見せてくれたので堅苦しい挨拶は無しって事かな。

 

 

 

「ああ、おはよう。良く寝れたかな?」

 

 

 

 昨日までの移動の疲労は無さそうだな。人間は環境が変わるだけで、休息をとっても十分に回復しない事が有る。眠りが浅かったり緊張が続いたり、同じ休息時間でも回復量が違う。

 

 

 

「はい。寝具も最高級品でしたし、バニシード公爵様にしては気張ってくれたのでしょうね」

 

 

 

 リゼルのバニシード公爵への評価は低い。中の下くらいの評価だろうか?昨日の顔合わせの後で、何を考えているのか聞いたのだが……微妙に、はぐらかされた。

 

 教えてくれた事は『評価としては最低だが、対応としては合格』らしい。少しは気に掛けて手伝いをしても良い位な評価だそうだ。

 

 つまり、アルドリック殿みたいに怖がっていたけど、対応は丁寧だから印象は悪くないって事?確かに、リゼルを見る目には若干の恐怖というか嫌悪感を感じたな。

 

 

 

「「「お早う御座います」」」

 

 

 

 交代で世話を担当してくれている、女性兵士達に一斉に挨拶をされた。何故かメイド服を着ているのだが、アインが支給したらしい。アインよ、どこで手に入れたんだ?

 

 詳細は怖くて聞けなかったが、まだ一日も経ってないのだがアインとツヴァイは屋敷の奥向きの事を掌握してしまったらしい。

 

 会話も出来ないゴーレムクィーンが?とは思うのだが、ロイス殿達とのコミュニケーション手段として手話と筆談を覚えたらしい。どういう方向への進化なのだろうか?

 

 

 

 因みにだが何故か、古代語扱いのルトライン帝国語やエルフ語も分かるらしい。この辺は製作者の僕の記憶なり知識なりが、関係しているのだろうか?ゴーレム道は奥が深い……

 

 

 

 今朝のメニューは鶏肉とインゲン豆をトマトソースで煮込んだベイクドビーンズにスクランブルエッグとソーセージ、珍しいパンを油で揚げたフライドブレッドだ。

 

 最前線だからかサラダなどの生野菜は不足気味らしく、パンを揚げたのも焼きたてを用意出来ないので苦肉の策っぽい。まぁ王都と同じ生活が出来るとは最初から思っていない。

 

 一般兵士の朝食は具沢山のスープに少し硬い黒パン。デザートに日持ちし易いドライフルーツと洋酒をきかせたケーキが一切れらしい。

 

 

 

 食事事情は悪くない程度、改善の優先順位は低くはないが他に優先する事項が有るかだな。無ければ改善に動きたいのだが、兵士達に農民の真似事はさせられない。

 

 最悪はゴーレムポーンに行わせればよいか。灌漑事業は何度か経験しているし、先の任務で余った野菜の種類も有る。多分だが自分は任務に忙殺される事はないので時間は有る。

 

 上級貴族が畑仕事をするとか微妙かも知れないが、本来の土属性魔術師とは土弄りが得意なんだ。修行の為とか理由のこじ付けは多分出来る。まぁ次点の策だけどね。

 

 

 

 生の新鮮な野菜が食べられるだけでも、食事環境の改善には十分だよ。後は補給の負担軽減、食料品は消費量も多く重量が有り場所も取る。

 

 鮮度の維持も必要だから、運搬や保管にも気を遣う。そして傷んでしまえば兵士達の士気にも関わるし、体調不良では100%のパフォーマンスを維持出来ない。

 

 古来より兵糧攻めは一番キツいので、改善は必須。あとは自分も美味しい食事がしたい。一般兵士達にとっては任務の内容も精神的にキツいし、娯楽が食事位しかなさそうなんだよな。

 

 

 

 今日の話し合いで議題に出そう。バニシード公爵達が対応していれば良し、してなければ提案すればよい。

 

 相手も下手に自分達の仕事の領分を犯されるよりは、美味しい食事が出来る方が受け入れ易いだろう。

 

 

 

 

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 

 

 

 バニシード公爵は本拠地兼政務の拠点として、元領主の執務室を接収し改装して使用している。一番良い部屋だが、先任だし仕事の量も負担も多いから文句は無い。

 

 まぁ相手より下に見られるのが嫌だからって、文句を言う奴も居るんだよね。僕は元領主の館は利用しないし、打合せ以外は行く事もないだろう。

 

 僕の仕事は大使館と自分の屋敷の整備と準備、故に大使館の中に自分の執務室を用意する。仮とは言え自分の屋敷に仕事を持ち込まない。今は独り身だが、今後は家族を呼び寄せるのだから。

 

 

 

 近いので徒歩で向かう。王都でならば短距離でも馬車を使用する。何故ならば爵位や役職にあった待遇と安全管理の為にかな。

 

 襲撃されたら対応出来ない連中も多いし、そもそも貴族は体力が低い連中も多いので、見栄もあるのだろう。歩き疲れてヒィヒィいっている所を見られるのは恥以外の何物でもない。

 

 流石に此処では無理があるので徒歩なのだが、十分位だしリゼルも貴族子女だが体力がある。まぁ日傘をさしているし、お出掛け気分で楽しいと言っているが……

 

 

 

 帰りからは馬車は無理でも馬ゴーレムで送ろう。流石に配慮が無さ過ぎたし、僕等を驚きの目でみている連中も『紳士ならば淑女を労われ』って思っているだろう視線を向けているし。

 

 

 

「こうして街並みを直接見る事も仕事ですわ。自分の目で実際に見ないと分からない事も多いのです」

 

 

 

 フォロー有難う。まぁ確かに一度は確認が必要かもしれないが、それは正式に視察の時にしようね。

 

 大使館と自分の屋敷の場所は地図では確認しているが、現地は実際に見てみないと分からない事もあるだろう。

 

 特に大使館は、エルフ族を招く事になるので正門からのルートも重要な意味が有る。要は安全に最短ルートで見栄えの良い場所が重要なんだ。

 

 

 

 これは、ニーレンス公爵からの強い要望で場所を選定した経緯もある。

 

 

 

「うん。でも帰りは馬ゴーレムに乗って帰るよ」

 

 

 

「狭いようで案外広いのですね」

 

 

 

 キョロキョロと左右を見ながら歩く、リゼルは本当に楽しそうだ。擦れ違う兵士達も一旦足を止めて直立不動で通り過ぎるのを待っているが数は少ない。

 

 フルフの街の中の警備は最低限で、残りは周辺の巡回に向かっているのだろう。因みにお手伝いに来ている女性兵士達だが、朝見送った後は掃除を済ませて午後に交代だそうだ。

 

 泊まり勤務だから、午後はそのまま休みらしい。仕事のローテーションには未だ余裕が有るって事だな。

 

 

 

 昨日と同じく、アルドリック殿が出迎えてくれたが今日はそのまま会議室に直行だ。

 

 

 

「おはよう。二人で良く寝れたかね?」

 

 

 

 バニシード公爵は既に会議室に居て出迎えてくれたが、開口一番何とも言えない挨拶を言われた。二人でって同衾などしていないです。

 

 

 

「お早う御座います。勿論ですが、部屋は別々ですよ」

 

 

 

「質の良い寝具でしたので、良く眠れましたわ」

 

 

 

 僕は同衾を否定したのだが、リゼルは嫣然と笑いやがった。これには、アルドリック殿は苦笑しバニシード公爵は苦虫を纏めて数匹噛み潰した様な顔をした。嫌味を笑顔で返されたからかな?

 

 

 

「ふん。まぁ良い。座ってくれ」

 

 

 

 招かれたのだから、ホストの着席の許可を貰えたので向かい側に座る。既に必要な資料は用意されているみたいだな。

 

 

 

「お二人は関係が良好ですね。羨ましいです」

 

 

 

 うーん、アルドリック殿の言葉は上司と部下の関係性が良好って事だよね?個人的に異性と仲良く羨ましいじゃないよね?

 

 

 

 

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 

 

 

 用意された資料を確認する。各々に出された命令書に、街の地図だな。地図には、僕の屋敷と大使館の場所が記載されている。あとは現在の施設の利用状況、何処に兵士が滞在しているかとかだな。

 

 別の書式には兵士の一覧と任務状況、それと略式だが部隊編成表も有るが……バニシード公爵が連れて来た連中のものは無い。あくまでも正規兵だけの分だが、私兵だし仕方無いか。

 

 備蓄物資の一覧や使用状況、補充の予定表も有る。これは態々用意しなくても良いのだが、横領していない意思表示か物が不足気味だから過剰な要求はするなって意味か迷う。

 

 

 

「細かい話は省きますが、任務の区分と責任の範囲は命令書の通りで宜しいでしょうか?」

 

 

 

 バーリンゲン王国の連中の対処は、バニシード公爵の受け持ちであり、僕は大使館と自分の屋敷の整備。有事の際は協力するが、指揮下には組み込まれずに独立部隊として自由裁量が有る。

 

 勿論だが共同戦線を張る事は可能だし、お互い命令権は無いが要望は出せる。我を張らずに協力しろって建前(抜け道)だな。いがみ合って任務を疎かにせず、協力しろって事だね。

 

 まぁ協力は惜しまないが不当な要求は受け付けない。それは、お互い様ではある。最優先は王命の遂行、それに尽きる。

 

 

 

「ああ、構わない。俺が現場の判断で、魔牛族やカシンチ族連合にモレロフの街を任せた事も記載されているし問題は無いな」

 

 

 

「旧国境であるソレスト平原が最終防衛線ですが、その前に保険という意味でのカシンチ族連合の配置は良い作戦と思いますよ」

 

 

 

 これも責任の区分、モレロフの街まで逃がしたらバニシード公爵の責任、モレロフの街で止められなかったら僕の責任。ソレスト平原を抜かれたら、両方の責任。分かり易いね。

 

 

 

「割り当てられた場所は直ぐにでも確認出来るが、後続の連中はどれ位で来れそうなんだ?」

 

 

 

「建設資材の運搬も有りますので、到着は一週間後位でしょうか?増援部隊の逗留場所は、この地図の場所で宜しいのでしょうか?」

 

 

 

 街の外のエムデン王国側の一角が割り当てられている。その周辺には街に入り切らない兵士達が天幕での生活をしている。個室は無理だが雨風が防げる建物だけでも錬金するか。

 

 屋根壁が有るだけで雨露を防げる。地面に毛布一枚を隔てて直接寝るより人工的な床が有った方が万倍マシだと思う。個室は無理だが大部屋でも環境改善にはなる。

 

 天幕生活は何度か経験したけれど、結構なストレスを感じる。職場環境の改善、これは任務に従事する兵士達に与える飴でもある。心情的に、此方側に寄って欲しい打算かな。

 

 

 

「それと、追加人員の滞在場所の整備に合わせて先任の兵士達の住居を錬金で整備しても宜しいでしょうか?具体的には長屋みたいな建物を複数錬金します」

 

 

 

 む、アルドリック殿が少し困った顔をしたのは、兵士達の気持ちが此方に傾くかもしれないと懸念したのか?バニシード公爵は不機嫌さを隠し切れていない。俺の待遇に不満か?って事かな?

 

 

 

「それは、リーンハルト卿の負担が大きく有りませんか?勿論ですが、兵士達の待遇改善は望ましい事です。ですが、負担を強いる事は心苦しいのですね」

 

 

 

 バニシード公爵を横目で見て、何かの合図を送ったな。ここは大人しく提案を飲んで下さいだろうか?あとで、リゼルに確認するが、此方も横目で見た腹心は普通に笑顔だな。

 

 アルドリック殿は本当に、僕の仕事の負担を気遣っているのだろう。僕の錬金を直接見ずに報告書の内容だけだと数千人分の仮設住居の錬金は、相応の負担だと考えたかな?

 

 まぁ一日で終わるのだが、錬金場所が同じ場合は事前に天幕を畳んで場所を空けて貰う必要が有る。それは正規任務の範疇外で、此方も余計な仕事をさせる事になる。

 

 

 

「ふん。新しく来る連中の方が待遇が良いじゃ先任の連中の不満も溜まるだろう。不満や不和の種は成るべく潰すのは正しいが、恩には着ないぞ」

 

 

 

 だから、バニシード公爵は不機嫌なのだろう。だが前よりも随分と我慢強くなっているというか感情を抑えていると思う。前なら普通に噛み付いて来た筈だよ。

 

 リゼルが少し不機嫌そうな顔なのは、言葉では抑えたが内心は不満が大きいって事かな。だが、文句は言えども恩には着ないと言えども反対はしない。

 

 僕の提案を反対した事が兵士達に知られたら、困るのは自分達だと理解しているから。そして錬金に協力しろって指示は、自分が出さないと駄目だから。

 

 

 

 兵士の感謝の気持ちが、何方に向くかなんて分かり切っているからだろう。

 

 

 

「ええ、構いませんよ。兵士達の待遇改善は上司たる自分達の共通の使命です。ですが命令系統の関係で、兵士達への指示はお願いします。錬金自体は、今日の午後からでも可能です」

 

 

 

 これで最初の交渉の主導権は握った。形はどうあれ、言葉では否定したが恩を感じない訳にはいかない。もし不満だと兵士達に知れ渡ったら、配下の統率に問題が出るレベルだよ。

 

 僕とアルドリック殿は表面上にこやかに頷き合い、リゼルは満面の笑みを浮かべ、バニシード公爵は不貞腐れた。バニシード公爵の対応は大分良くはなったが、まだまだだよ。

 

 さて、次は食料の野菜の自給自足についてと嗜好品の搬入量の増加についてだな。僕はライラック商会を動かせるが、バニシード公爵は大手の商会と専属契約は結んでいない。

 

 

 

 正確には、僕と政敵として敵対した時に王都の商会から少し距離を置かれたんだ。僕と距離を置いている商会はマテリアル商会だけだが、少し落ち目だから依頼しても要望通りに動けるかは……

 

 

 

 この最初の交渉で、出来る限りの要求を通すつもりだ。何事も最初が肝心って事だよね。

 

 

 


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