古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

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第963話

 フルフの街に向かう途中で街道に戻り、予定通り巡回部隊と合流して先導して貰っている。彼等は僕の事を見知っていたので、疑われずに問題無く合流出来た。

 

 先触れまで送り出してくれたので、フルフの街というかバニシード公爵とフレデリック殿達参謀連中にも情報が伝わるだろう。軍事行動故に隠密にて移動したが、いきなり訪ねるにも問題だ。

 

 政敵とは言え、今は同じ目的で違う王命を受けている最中だし足の引っ張り合いは勘弁して欲しい。向こうも承知はしているだろうが、感情優先で何度も突っかかってきたから……

 

 

 

 いまいち、信用出来ないでいる。

 

 

 

「フルフの街の状況はどうですか?此方もバーリンゲン王国から逃亡してきた連中を二組ほど見付けて対処しましたが、そういう連中は多いのでしょうか?」

 

 

 

 並んで進んでいる、ナジャフ殿に質問する。モレロフの街やスメタナの街周辺では遭遇しなかったが、フルフの街の周囲には同じ様な連中が未だ潜んで居ると思う。

 

 追い出された住人も千人単位で居るのだし、彼等が何処に行ったか迄は把握して無いだろうし、しきれないだろう。

 

 この質問に、ナジャフ殿は困った顔をした。どう言ったら角が立たないか考えているのだろうか?最悪は、バニシード公爵への不平不満と取られるかもしれないのだから。

 

 

 

 癇癪持ちっぽい、バニシード公爵の機嫌を損ねるような事は言えないよな。

 

 

 

「そうですね。正直な所、モレロフの街の手前を我々の巡回範囲と指示されています。モレロフの街周辺以降は、その……カシンチ族連合の責任範囲だと言われていますので……」

 

 

 

 言い辛そうに現状の指示範囲を教えてくれた。まぁ想像の範囲だし対策は講じているので今更どうこう言う事はないのだが、やはり僕の責任の範疇に最終防衛線を設けてきたか。

 

 悪くは無い保険だし最悪の責任は負わずに済むが、取り逃がした件数によってはね。そもそも最前線の監視網がザルだと言われるよ。

 

 見逃した連中が多いから、最前線での仕事を疎かにしているから後詰めの連中の負担が大きいんだってね。まぁ僕とバニシード公爵の責任の比率が変わるだけで、共に叱責されるけどね。

 

 

 

「二段構え、いえ国境のソレスト平原にも防衛線は有るので三段構えの防衛線という事ですね。今回の作戦に失敗は許されないので、慎重に行う事が重要ですね」

 

 

 

 保険を掛ける事は、悪くは無いですね。と言っておく。彼等の任務放棄じゃないので、詰(なじ)っても無意味だし悪感情を向けられる必要も無い。

 

 息を殺して、僕等を伺っていた他の連中もホッとしたのだろう。緊張が解けたみたいだな。もしかして上司の指示の所為で、僕から嫌味でも言われると思ってたのかな?

 

 流石にそんな非常識な事はしないよ。

 

 

 

「貴方達の生活環境はどうですか?物資が足りないとか、不自由な事が有るとか?長期任務ですし、生活環境の悪さは仕事の効率に悪影響が有ります。それなりの援助物資も用意してますよ」

 

 

 

 ナジャフ殿達を心配しているのは事実だが、バニシード公爵とフレデリック殿達の現場管理能力を遠回しに聞いてみる。彼等のパフォーマンスが万全な様に対応しているのか、我慢を強いているのか?

 

 任務だから多少の環境の悪さ位は我慢しろ!って場合も有るが、今回は緊急ではあるが相応な準備期間はあったし予算も付けて貰ったのだから、準備が悪いのは怠慢だよ。

 

 流石にハイゼルン砦の奪還後みたいに娼婦達は居ないだろうが、任期を短く交代制にしてエムデン王国に戻す様にしているので性欲は我慢して欲しい。

 

 

 

 こういう場合の女性絡みの事って問題しか起こさないから、極力管理下に置いておきたいんだけどさ。暴走して女性に乱暴とかは絶対に駄目だぞ。

 

 もしかしなくても、リゼルが何も言わずに大人しくしているのも関係しているのかな?端から見れば最前線に女性を伴って来ている訳だし、嫉妬ややっかみが皆無な訳は無いな。

 

 彼女には護衛を付ける必要が有るかもしれない。僕の関係者だから大丈夫なんてのは愚か者の考えだな。正規兵は兎も角、バニシード公爵の派閥構成貴族だって多数いるだろうし……

 

 

 

 リゼルが周囲に分からない様に軽く太腿を叩いたのは『その通りです』か『考え過ぎです』か『違います』のどれだろうか?

 

 

 

「バニシード公爵様が大量のワイン等の嗜好品を下さいます。最もバーリンゲン王国の連中から接収したものが殆どですが、連中って危険を感じて此方に逃げようと思っている筈なのに……」

 

 

 

 言葉を濁したが、亡命や不法入国を企む連中の物資を徴発しているって事なんだろう。私物化せずに配下に配るのは良い事だが、高価な物はどうだろうか?その辺の報告は必要だよ。

 

 嘘を言って亡命しようとしたり不法侵入しようとした連中からの接収は、軍規に照らし合わせても間違っていない。その物資の扱いも指揮官の裁量に任される事も多い。

 

 まぁ金貨とか換金出来る美術品や宝石類は問題だが、食料とかの消耗品は問題無い。バニシード公爵も嗜好品は殆ど配っていると思って良いのかな?

 

 

 

 あとは金貨等を接収した場合にちゃんと帳簿につけて保管しているかだな。落ち目だし財政が厳しい場合、横領する可能性も有る?

 

 

 

「逃げ出してくるのに、不必要な物を大量に持っているって事だね」

 

 

 

 馬鹿正直に街道を大量の荷物を積んだ馬車でやってきて、嘘八百を並べて亡命しようとしている連中が多いって事らしいね。

 

 報告は読んだけど、笑いを堪えるのが大変だったよ。まさか僕の恩人とかさ、恩なんて感じた事なんかないし逆に恩を感じろよって方が多い筈なのだが?

 

 結構最近の情報を細かく纏められているのは、正直凄いと思っている。参謀連中って、こういう事務処理的な事は上手いんだよな。

 

 

 

「はい。普通は最低限の身の回りの物と今後の生活に必要な財貨だと思うのですが、大量のワインとか重いし嵩張るのに持ち込む必要って有りますか?しかも品質は余り良くないのです」

 

 

 

 ん?少し不満を感じたぞ。ワインはくれるが品質が良くないって事かな?折角貰っても不味いと嬉しくないって事だろうか?

 

 

 

「多分ですが、エムデン王国内に持ち込んで品質を偽って高く売ろうとしていた感じがしました」

 

 

 

「この期に及んで、詐欺か……どこまで行っても、連中は変わらないって事だね」

 

 

 

 はい。だから荷物を接収しても追い返しても良心が少ししか痛まないので、メンタル面の低下は最低限に抑えられていますって言われたよ。

 

 当初は、派兵される連中のメンタル面のケアの問題も上がっていて、短期間でローテーションを組んで対応する事にしたんだ。これは、バニシード公爵が連れて来た私兵には該当しない。

 

 ナジャフ殿はエムデン王国の正規兵だから、その内エムデン王国に帰れる。だがバニシード公爵が詰めている限り、配下の私兵達も同じく交代なく居るのだろう。

 

 

 

 まぁ政敵の配下だから、敵対している派閥構成貴族って事で積極的に何かしようとは思いません。

 

 

 

「そう言えば、連中の王都の情報って何か聞いてる?」

 

 

 

 僕の予想だと、エルフ族の報復を受けて崩壊していると思うんだ。

 

 

 

「流石ですね。逃げて来た連中を尋問した時に、王都が混乱して王城や貴族街が壊滅状態らしいです。原因は内輪もめなのか分からないそうですが、外敵は我々かカシンチ族連合しか居ないので内輪もめでしょう」

 

 

 

 大方、誰が次期国王になるかでクーデターに参加した有力貴族共が争って全滅したと思います。って言われた。

 

 うーん、クロレス殿は自分達が襲った事を分からない様に細工したのか?そもそもエルフ族の魔法攻撃を感知出来なかったか?予想は的中した訳か……

 

 王都崩壊、謎の植物ゴーレム擬きの進軍、エムデン王国のフルフの街までの侵攻。確かに少しでも考えられる連中ならば、祖国を捨てて逃げ出そうと考えるかもね。

 

 

 

「王都崩壊、笑えないね。中央政権が無くなったって事だよ。国として機能しなくなった訳だし、群雄割拠時代に突入くらいに思っているのかもね」

 

 

 

「それにしては危機感が無さ過ぎますね。属国から武力を以って独立したのに、その連中が仲間割れで全滅したら元宗主国に縋るとか恥知らず過ぎますよ」

 

 

 

 ナジャフ殿が吐き捨てる様に言って、他の連中も賛同した。任務で苦労を掛けられている敵だから、そういう感情を抱くのが普通だね。

 

 

 

「ああ、雨が降り出してきたね。間に合わなかったか……」

 

 

 

 もう少しでフルフの街に到着出来るとおもったのだが、都合良く天気が保つ事は無かったか。

 

 流石に自分達だけ魔法障壁で濡れないって訳にもいかないので、空間創造から外套を取り出して羽織る。まぁリゼルは外套の中に納まる感じになるけど、我慢して下さい。

 

 こういう場合、自分だけ特別待遇とかだと、少しかもしれないが不満が募る。待遇は上も下も一緒が望ましいと、僕は考えている。

 

 

 

 

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 

 

 

「きおったか」

 

 

 

 伝令兵が興奮気味に報告に来たが、女連れで最前線に来るとは余裕だな。俺ですら愛妾を伴ってきてはいないのだが、堂々と愛人を連れて来るとは呆れてしまうわ。

 

 俺に配属された配下共の熱狂的な歓迎はどうにかならんのか?忌々しいが、本職の軍属で功績が目覚ましいからな。英雄殿の扱いは下級の兵士共の憧れなのは、まぁ理解は出来る。

 

 少しは楽になるかもしれないが、余計な精神的苦痛や苦労を味わう事になりそうだ。これからの事を考えると溜息しか出ない。

 

 

 

 実際に大きく息を吐き出す。不満と不安と共に……

 

 

 

「リゼル嬢を伴って来ましたね。彼女は爵位も関係無く、毒婦ザスキア公爵と対等に渡り合える程の女傑。アウレール王の信頼も厚いと聞きます。彼女を同行させたとなれば……」

 

 

 

 我等の査察も兼ねているのかもしれませんね。とか小声で言うな。俺は後ろ暗い事は少ししかしていないぞ。屑共から接収した財貨にも手を付けてないし、リストにも纏めている。

 

 保管しているだけと言い張れば良い。臨時収入にはならないが、くだらぬ事で罪を負わされては敵わぬ。不要なワイン等の嗜好品は景気よくバラ撒いたし、兵士の受けも悪くは無かった。

 

 だが、もう少し落ち着いたら王都の娼婦ギルドに命じて娼婦共を呼び寄せるのも良いだろう。売り上げの何割かを貰う代わりに安全と場所は補償すれば喜んで女共を寄越すだろうよ。

 

 

 

 欲望の捌け口が酒だけとか笑えぬわ。

 

 

 

「確かにな。あの毒婦と真正面から言い合いが出来ていたぞ。それだけで異常だし、レジスラル女官長からも一目置かれているそうだな」

 

 

 

 王宮内での情報収集は、遅れをとってはいるが相応の時間と費用を掛けて集めている。エムデン王国四大女傑、毒婦ザスキアに後宮の裏の支配者レジスラル女官長。宮廷魔術師筆頭サリアリス殿。

 

 そして英雄殿の愛妾リゼル。笑い話の様だが、調査報告を読めば間違いないそうだ。俺も実際にザスキアとリゼルの会話は聞いた事が有るが、確かに対等にやり合っている。

 

 あの様な小娘が、見た目は少女だが実年齢は年増のザスキアや、見たままの老女のサリアリス殿とレジスラル女官長に張り合える異常、経験豊富な連中に二十歳前後の小娘がだぞ。

 

 

 

 あの女は見目は良いが、ザスキア以上に危険な女だ。

 

 

 

「我が妻や一族の女性連中からも、ザスキア公爵とは敵対しないで欲しいと懇願されていますが……リゼル嬢は『全てを見透かす様な視線が怖い』から関わらない方が良いと言われました」

 

 

 

 お前、一度はゴーレムマスターに噛み付いたのに、すっかり牙を抜かれたな。

 

 

 

「あとはアレだな。あの女に悪絡みをすると、ゴーレムマスターが本気で噛み付いて来る。アレの親族だと騙った連中の末路を見れば、関わり合いにならない方が良いって事だ」

 

 

 

 情け容赦なくブッた斬りやがった。徹底的に、貴族社会では生きていけなくなる程に。周囲から止められても一顧だにせず、二度と返り咲けない程のダメージを与えていたな。

 

 アレも男って事で、惚れた女の事については自重しないのだ。俺はアイツの女絡みで何か事を起こそうとは思わない。俺でもそう思う程に、報復に一切の情が無かった。

 

 若く美しく有能、大事にするのも理解出来る。そういう意味では、ザスキアの爛れた思いは一方通行なのかもしれぬな。ははは、ざまぁみろって事だ。

 

 

 

「有能ではありますので、仕事上の付き合いに終始すれば良い。配慮を忘れなければ尚良い。そういう相手ですので、バニシード公爵もくれぐれも宜しくお願いします」

 

 

 

「分かっているというか、理解しているぞ。俺の連れて来た派閥構成貴族の連中にも厳命しておくか。配下が仕出かした場合、上司の責任になるからな」

 

 

 

 全く面倒臭い女を連れてきやがって。お前だけ性欲が発散出来るとか、他の連中に恨まれてしまえば良いんだ!モゲやがれ!

 

 


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