古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

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第960話

 リゼルと二人で馬ゴーレムに乗り、フルフの街に向かう。多少の雨風も魔法障壁を球形に張れば問題は無い。不自然に球形状に水滴がついている位か?

 

 問題は水滴が視界を遮る事かな。向かい風やスピードを出している場合は水滴を弾いて視界は良好だが、ゆっくり歩いている場合は自然に垂れるしかない。

 

 魔力を発散して弾き飛ばす事も可能だが、毎回行うのも地味に魔力を消費するし疲れる。だが全身ずぶ濡れよりはマシだし、リゼルを濡らすわけにもいかない。

 

 

 

「不思議な光景ですわ。見えない壁に水滴がついて、それが馬ゴーレムと一緒に移動しているなんて……」

 

 

 

「魔法障壁を張れる魔術師なら可能だけど、常時展開が出来ないと無理かな。そもそも、攻撃を防ぐ事が前提だから雨除けに使う者なんて居ないかもね」

 

 

 

 モレロフの街を出発して半日、生憎の雨模様だが逆に乾燥した荒野の砂埃を吸い込まなくて良いと思う。雨風は防げても埃は防げないんだよな。

 

 水と風は系統魔法で攻撃にも用いられる。物理攻撃の範囲は広く、前にナツハゼの実をぶちまけられた時には魔法障壁は展開した。でも埃は駄目だった。

 

 不思議だよね。魔法障壁も自分なりに研究・改良して自分の身体に纏う様に張る事も出来るし、デフォルトはそのようにしている。

 

 

 

 今回は傘代わりに大き目な球形にして、馬ゴーレムごと範囲内に収めて展開している。

 

 

 

 因みに火は防げるので熱も耐熱的な意味で防げる。強い日差しを防いで暑さは緩和出来るが、日焼けは防げない。

 

 兜やフードを被っている場合、日焼けの跡が変な形になるのが悩みだが……流石に貴重な時間を使って日焼け防止の魔法を研究する事は出来ない。

 

 開発出来れば高貴な淑女達からは喜ばれるかもしれないが、そもそも高貴な淑女は日差しの強い時に外に出ないし出ても使用人に大きな日傘を持たせる。

 

 

 

 需要の少ない魔法の研究には食指が動かない。

 

 

 

「雨の中を長距離移動するなんて、馬車以外では初めてですわ」

 

 

 

 僕の腰に添えた手に力が入る。因みに一応敵地なので、ハーフプレートメイルを着込んでいる。

 

 リゼルは貴族令嬢の乗馬服、上はスーツで下のズボンは太腿の部分が広がり膝下で折り返したデザインだ。何処か少年風なデザインだが似合っている。

 

 実は彼女は乗馬が出来る。なので二頭立てで移動しようと提案したが却下された。特別仕様の馬車も同じく却下された。

 

 

 

 ゆっくり歩いているのは、実は腰の負担を軽減する為でもある。

 

 

 

「こういう状況じゃなければ風情ある旅って事なんだろうけどね。スメタナの街までは約二十キロ、夕方迄には到着するよ」

 

 

 

 この辺りではバーリンゲン王国の連中は見掛けないし、巡回する兵士達も見掛けない。人の気配が全くしない、街道も劣化が凄いので後で整備も必要だな。

 

 まぁ巡回の兵士を見ないのは、モレロフの街に近い所はカシンチ族連合の責任区分とか勝手に思って巡回範囲から外した可能性も有る。

 

 バニシード公爵とは、責任区分の範囲の再確認は必要。思い込みで監視の空白エリアが出来たとか笑えない。だが結構有るんだよね。

 

 

 

「スメタナの街は既に住民の退去が完了し、巡回の兵士達の拠点となっていると聞いています。バニシード公爵の管理下ですが、今日は滞在するのですか?」

 

 

 

 ん?バニシード公爵の管理下の連中だから不安なのかな?彼等はバニシード公爵の私兵じゃないよ。

 

 

 

「政敵ではあるけど、配下の連中も同じじゃないよ。彼等は正規の国軍だから、何方かといえば軍属の僕の方が影響力は強い筈だね」

 

 

 

 逆に大歓迎されると思うし、慰撫用の嗜好品も大量に用意している。顔繫ぎの意味も含めて、大量にバラ撒いた方が良いと思う。人気稼ぎは必要だよね。

 

 

 

「いえ、距離を稼ぐ為に先に進んで野営かと思いまして。街にあるホテルと遜色の無い設備を用意出来るのですから、スメタナの街に泊まる必要がありますか?」

 

 

 

 えっと、これは野営がしたいって事なんじゃないだろうか?そう思ったら脇腹を叩かれた。ハーフプレートメイルを着込んでいるので甲高い金属音が鳴り響く。

 

 

 

「貴方は上級貴族であり軍属として最上級の役職に就いているのです。私の我儘とはいえ異性と二人きりで行動しているのです。少しは醜聞を考えなさい」

 

 

 

 事実を指摘されて拗ねたのだろうか?醜聞って、僕と君の関係はエムデン王国中に広く認知されてるぞ。軍属や内政・王宮内では特にね。

 

 ザスキア公爵に敵対はしていないが張り合える女傑として、君は王宮の女官や侍女達から羨望の眼差しで見られている。

 

 僕への影響力も強く、二人に直訴するより君に話を通した方が早いと思われている。ニーレンス公爵やローラン公爵からも、特別視されている。

 

 

 

 君はザスキア公爵とは違う方向性の女傑。アウレール王でさえ、君には配慮するんだぞ。

 

 

 

 エムデン王国三大女傑、レジスラル女官長にザスキア公爵、そしてリゼル女男爵だよ。

 

 

 

「副官と二人、赴任先に移動中だろ?無冠無職の側室や妾を同行させている訳じゃないし、リゼルは僕付きの正式な役職持ちだろう?って乗馬中に危ないから首を絞めるな」

 

 

 

 ハーフプレートメイルを着込んでいるので打撃は効果が無いと悟ったのか、今度は首を絞めてきた。何故か身に纏った魔法障壁が展開しないぞ。

 

 

 

「貴方って人は、私の事をあんな連中と同列に扱っているのですか?」

 

 

 

 危ないから身体を揺らさないで下さい。落ちたら怪我じゃ済まない可能性も有るんだから、落ち着いて下さいって!

 

 

 

「普通に『あんな連中』呼ばわり出来る事が凄いんだって!『後宮の裏の支配者』と『淑女連合の盟主』だぞ。僕だって丁重な配慮が必要な女性なんだぞ」

 

 

 

 プンスコ怒る、リゼルさんを危ないので前に座らせる。少し落ち着いたのか黙って身体を預けているが、何時怒りが再燃するか分からないので丁重に扱う。

 

 街道から少し外れて、スメタナの街を大きく迂回するコースを取る。流石に午後に街に入れば、普通に滞在を勧められるだろうし、断るのも忍びない。

 

 彼等への差し入れは、後でライラック商会に指示すれば良い。ライラックさんもフルフの街に来る事になっているので、商隊にカシンチ族連合を付けて向かわせよう。

 

 

 

「さて、雨も止まないから野営地をどうしようかな?」

 

 

 

「地下にお願いします。ミルフィナさんから自慢気に言われましたわ。地下大神殿の様な立派な居住空間を錬金して貰ったとか」

 

 

 

 魔牛族、情報漏洩が酷過ぎないでしょうか?確かに、地下建造物に異様に興奮する変態魔牛族の為に地下に居住空間を錬金したけれど、なんで教えちゃったの?

 

 リゼルさんは普段は有能なのだけれど、少し子供っぽい所もあるのでマウント取られると反発しちゃう事も有るんです。

 

 まぁそこが可愛い所でもあるし親しみやすい部分でもあるのだが、魔牛族の事を相当警戒しているって事は理解した。ミルフィナ殿は後でお仕置きだな。

 

 

 

 

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 

 

 

 先ずは適当な換気口を隠せる障害物を探す。丁度良い倒木や岩などが無いので、適当な自然石っぽい大岩を幾つか並べて偽装する。

 

 大岩を重ねる様にして配置すれば、下の部分は覗けても換気口だとは分からないだろう。岩を退かそうとしても人の力では厳しく、仮に動かせたとしても音で感知できる。

 

 逃走なり迎撃なり手を打つ時間位は稼げるので十分だろう。目立つゴーレムを配置すると味方からも見つかってしまうし、一応隠密行動だし。

 

 

 

 両手を大地に付けて魔力を浸透させて周辺の地面を支配下に置き大岩の脇に、二人が並んで地下に降りる為の階段を1.5m程の幅で錬金する。

 

 この段階で、ミルフィナ殿は大興奮だった。リゼルの様子を伺うが、特に興奮している様子はない。やはり、ミルフィナ殿が異常な性癖を持っているだけか……

 

 薄暗いので魔法の光球を複数作り出して先に飛ばせば、角度30度で作り込んだ階段が地下に真っ直ぐ降りているのが見える。

 

 

 

 今回も、リゼルに合わせて比較的ゆったりとした角度にした。その分、深く潜るには長い距離を降りなければならないが急勾配で転んで怪我をするよりはマシだろう。

 

 

 

「相変わらず、見事な手際ですね」

 

 

 

「まぁ慣れかな。最近、戦闘以外の大規模錬金を行う事も多いしね。一応敵地だし安全の確保に手は抜けないよ」

 

 

 

 魔法の明かりを頼りに地下へと降りて行く。15メートルほど潜ったら居住空間の錬金を行う。仕様は、ミルフィナ殿と同じで良いだろう。変に変えると揉めそうだから平等って事で……

 

 先ずは圧迫感を抑える為に天井高は5メートルとし10メートルの土の層を防御の為の層とする。ビッグバンを撃ち込んでも掘り返せる厚みじゃない。そもそもビッグバンは地面を掘り返す魔法じゃないけどね。

 

 それに近くで発動すれば感知出来るから対応出来る。勿論だが、居住空間の上部は錬金により一枚の大岩にして強度を高めている。

 

 

 

 上部の土を掘り返えそうとしても鍬(くわ)も鋤(すき)も歯が立たない程度の強度を持たせている。

 

 

 

 居住スペースは三部屋構成とし、中央に食堂で左右に個室を設ける。個室にはトイレと風呂を完備、使用するお湯は錬金したバスタブに湯を張った物を複数用意しているので空間創造から出せば直ぐに使用出来る。

 

 トイレは直下に20メートル程度の穴を開けているだけだが出発時には埋め戻すから大丈夫。匂いについては、芳香剤として隅に花を添えている。見た目も良いし女性陣には好評だ。

 

 家具類、ベッドやナイトテーブルも全て空間創造に数セット単位で収納している。流石にふかふかな材質の物は錬金出来ない。用意出来るのは革製のハンモックとかかな。

 

 

 

 食卓も全て空間創造から取り出したが、料理はリゼルが用意していた出来立ての料理がマジックアイテムである鞄からテーブルの上に並べられて、一寸した晩餐会の様な豪華な夕食の準備が整った。

 

 

 

「普通に豪華な夕食だね」

 

 

 

「私の手作りですから、味わって食べて下さい。イルメラさん監修ですから、好みの味に仕上がっている筈ですわ」

 

 

 

 イルメラの名前を出されては、不味いとも言えないし残す事も出来ないじゃないか。まぁ僕の周囲の女性陣は、必ず料理に関しては彼女に多かれ少なかれ相談している。

 

 クリスもそうだし、アーシャもだ。料理人として相当な腕を持つ、オリビアでさえ料理に関して彼女に助言を貰っている。まぁ僕の好み的な部分が殆どだと思うけど……

 

 今回の料理もメインは、僕の大好物であるルラーデンだし。僕の料理の好みの味については、相当な精度で情報が出回っていると考えて良いだろうな。

 

 

 

「好み云々を別に考えても美味しそうだね。頂きます」

 

 

 

 今の僕に出来るのは、この料理を美味しく全てを完食する事だけだ。いや普通に見た目も良いし味も美味しかったです。イルメラが作るルラーデンより素材が高価だと思う。

 

 最近、肥えた舌が唸る程の仕上がりだ。イルメラは愛情をリゼルは忠誠心と恩義が籠っている味が……

 

 

 

「って痛いよ!食事中に抓るとか酷くない?」

 

 

 

 気付かないうちに向かい側に座っていた、リゼルが隣にいて太腿を割と強い力で抓られた。血は出ないが跡は残る程度の力加減でだよ。

 

 

 

「お黙りなさい!忠誠心でなく愛情です。愛の情ですわ。あ・い・じ・ょ・う!分かりますね?本当に貴方って人は、人の心が無いのですか?」

 

 

 

 え?そこまで大げさに責められる事ですか?人の心って、僕はモア教の信徒として友愛には人一倍気を使っているのですが……

 

 

 

「あ、うん。はい、分かります」

 

 

 

 プリプリと怒る、リゼルのご機嫌を回復するのに一晩掛かりました。

 

 

 

 


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