古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

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第955話

 クリスと二人で、フルフの街まで急行している。移動は順調、天候にも恵まれていて問題は少ない。まだエムデン王国側に近いので、難民らしい連中も見掛けない。

 

 エムデン王国の正規兵達が小隊規模で巡回しているのには何度か遭遇、身分を明かして状況を確認した。モレロフの街から先は警戒網も整備され、今はスメタナの街付近の巡回に力を入れているらしい。

 

 既にフルフの街の住民の退去を進めてはいるが、四方八方に逃げ出す連中が多く苦労しているそうだ。それとモレロフの街に、カシンチ族連合と魔牛族を受け入れたとか。

 

 

 

 予定とは違うのだが空き家の放置も出来ず、モレロフの街の警備や維持と引き換えに滞在を許したのだろうか?まぁ大した問題でも無いので、バニシード公爵の判断を尊重しよう。

 

 巡回している小隊にまで、相応の情報が行き渡っている。これは、参謀連中がエムデン王国から派遣された兵士達にも正確な情報を書面にて伝えているそうだ。実際に書面も見せて貰った。

 

 勿論だが記録として残る紙に派遣軍の詳細な行動や配置関連の軍機に関わる情報の記載は無いが、何時・どの街や村の撤去勧告を行い退去を始めた等の情報は割と細かく書いてあった。

 

 

 

 ある程度の難民の行動予測を小隊長クラスにも考えさせる為らしい。確かに広大な他国の領地、土地勘は殆ど無い。凡その巡回範囲を指示されたら、そこをどう巡回するかを現場の判断に委ねたのか……

 

 小細工を弄して嫌がらせをしてきた、アルドリック殿の能力を低く見積り過ぎたかな?エムデン王国の参謀長を務めるのだから、基本的に能力は高いと言う事だな。正規兵達の信用もそれなりに有りそうだ。

 

 あとは唯我独尊的な、バニシード公爵の手綱を上手く御している。これは追い詰められて後が無い事を自覚して覚醒したとか?良い方向に向かっていると思って良いのかな?

 

 

 

 騎兵を中心とした小隊が颯爽と走り去るのを見送る。

 

 

 

「クリス、どう思う?」

 

 

 

 僕と兵士達との会話を無言で見詰めていた、彼女に話を振る。彼等は規律も有り、装備品の手入れも欠かしていなかった。

 

 難民を追い立てる任務に従事している割には、士気も練度も高いと思う。まぁ相手がバーリンゲン王国の連中相手だと、他とは違って罪悪感など少ないのかもしれないが……

 

 職業軍人として任務と割り切る事が出来ていれば良いのだが、一定数は割り切れず背負い込んでしまう連中も居ると思う。

 

 

 

「有る程度、現場に判断を委ねるのは正解だと思う。安全な後方に居座る奴が、全てを見通して指示出来ると思うのは間違い」

 

 

 

 兵士達の態度の事を聞いたのだが、作戦の指示の事を返して来た。まぁ話の遣り取りを側で聞いていれば、そう答えるのが普通かな。クリスから見ても及第点なら、問題は無いだろう。

 

 

 

「そうだね。自由に好き勝手させる事と、ある程度の指示を出して細かい所を委ねる事は違う。良い指示だと思うよ。モレロフの街に急ごう。カシンチ族連合と魔牛族と合流するか」

 

 

 

 見上げた空には雲が一つも無く、太陽は傾きかけている。もう三時間もすれば、薄暗くなってくるだろう。明日の午後には、モレロフの街に辿り着けるかな?

 

 

 

「今夜の食事は、僕が用意するよ」

 

 

 

 朝食と昼食は用意された食事を食べているが夕食は、クリスが毎回手料理を振舞ってくれている。野趣溢れる食材で、普通に貴族の食卓に出されるレベルの料理をつくってくれる。

 

 調理のスキルが凄い。本人の素質や努力も有るが、イルメラとオリビアが二人掛かりで仕込んだ事で色々な要素が噛み合った結果だろう。

 

 ただ本人曰く、設備の整った厨房で用意された食材を使っての料理だと興が乗らずに普通レベルの結果にしかならないらしい。不思議な事だが、そういう事だと飲み込もう。

 

 

 

「主様の手を煩わせる訳にはいかない。夜営地の整備だけでも十分助かっている」

 

 

 

 戦闘以外の活躍の場が出来て嬉しいのだろう。一応の礼儀で言っただけなので、素直に引き下がる。僕が用意すると言っても調理はせずに、用意されて保管していた料理を取り出すだけだからね。

 

 それはそれで美味しい。野外であっても、僕の錬金を使えば何処にでも食事の出来る環境を整える事が出来る。端から見れば何も無い場所に、いきなり食卓が出来上がる不自然さを感じるとは思う。

 

 僕特製の大型特殊馬車だって、周囲が不自然に感じない為の配慮としての小道具の側面も有る。何でも錬金で製作可能、手ぶらで隣国に遠征可能とかさ。

 

 

 

 常識を置いて行ってるとか言われてるからな。まぁ今更だし変えようとも思わないけどね。

 

 

 

「そうかい?じゃお願いしようかな。今夜の食材はどうするの?っておぃ!」

 

 

 

 無言で走り出す、クリスの背中を見詰める。鹿から始まって、兎に熊に野鳥とバラエティ溢れる食材で手料理を振舞ってくれるのだが、彼女なりの拘りなのか、同じ食材を使いたがらないんだ。

 

 でも、この辺に生息する野生動物で食べられるのって居るかな?前回の野鳥は雉(キジ)だったから、他の種類なら納得するだろうか?狐や狼も食べれはするが、美味しいかどうかは分からない。

 

 それも夜営の醍醐味って思えば良いのか?まぁ楽しみにして夜営地の整備をするかな。

 

 

 

 夕食の食材は川魚、それと山菜。近くに沢が有り魚を釣って、水場周辺の湿った場所で野草を採取したそうだ。

 

 色々な食用の野草が自生しているらしく、特に『ヨシナ』という野草は別名『ウワバミソウ』と呼ばれるらしく、大蛇が腹一杯獲物を食べた時に消化を助ける為に食べるらしい。

 

 他にもリニンソウやギボウシという見た事も聞いた事も無い野草を採って来て、塩茹でしてサラダ感覚で食べてみたが……癖は有るが美味しかった。でも好んで食べるかは微妙かな。

 

 

 

 野趣溢れる食生活を楽しみながら、モレロフの街に到着した。

 

 

 

 

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 

 

 

 先触れは出せなかったが、エアレー達が出迎えてくれた。僕の匂いを数キロ先から嗅ぎ分けられると言った事は真実だったらしい。幼くとも、魔牛族。物凄い勢いで抱き着いて来た。

 

 護衛役のクリスも、幼女の突撃は危害が無いと判断したのだろう。胡乱な目を向けて来たが、無言で何かするつもりもなさそうだ。いや、結構なダメージを抱き着かれた腹部に負ったよ。

 

 少なくとも肺の中の空気を全て吐き出す位は勢いが有ったよ。今回は、ナンディーが正面から突撃して抱き着きエアレーとクユーサーは左右の腕を抱えてきた。

 

 

 

 これが幼女でなければ、左右の腕を拘束して動きを封じた後に胴体に突撃って判断されるだろうか?

 

 

 

「リーンハルトさまぁー!」

 

 

 

「お久しぶりでございます。わたしたち、おとなしくしていましたぁ」

 

 

 

「わぁーい」

 

 

 

 ひとしきり抱き着かれた後は、全員の角を触らせられた。固いのだが、ひんやりとしてスベスベして触り心地は良い。幼くとも淑女なのだろう。先端の金飾りは毎回違う物を付けている。

 

 胡乱な目を向けていた、クリスの表情が蔑みに変わった。幼女三人を相手に何をしているのか?そういう感情が伝わって来る。いや、他種族の習慣だから、人間には奇異な目で見られる事も彼等の常識では普通だから!

 

 本来ならば彼女達の行動を諫める筈の、ミルフィナ殿と護衛として合流したフェルリルとサーフィルが並んで何とも言えない表情で棒立ちになっている。その後ろには、クギューとルスが同じような顔をして佇んでいる。

 

 

 

 僕の痴態というか異常な状況に、全員が言葉も掛けられずに固まっていました状況なのだろうか?

 

 今の僕は、左右の腕にエアレーとクユーサーをそれぞれ座らせてナンディーを肩車している。幼女塗れの十五歳の伯爵様だな。うん、普通に端から見れば事案だろう。

 

 そっとナンディー達をを降ろし足元に並ばせる。久し振りの交流に大満足したのだろう、大人しく言う事を聞いてくれた。彼女達は意外に頑固な所も有り、納得しないと言う事を聞かない事も有る。

 

 

 

「えっと、軽挙妄動を控えて貰えると助かる。色事関連の事ではなく、これが魔牛族との他種族交流の方法であり理解はしなくて良いが納得はして欲しい」

 

 

 

 変な噂話が広がる事は避けなければならない。幼女愛好家のレッテルを貼られるなんて屈辱は我慢出来ないし、受け入れる事などしない。

 

 このままだと、カシンチ族連合からも見目の良い幼女が贈られてくる未来しか見えない。特に、ルスの好奇心に満ち満ちた目は絶対に良からぬ事しか考えていない。

 

 彼女の幼い妹とかをお世話係とか押し込んで来る可能性が捨て切れない。ははは、僕は異性の体臭愛好家であって幼女愛好家では断じてないのだ!

 

 

 

「いや、何言っているのか分かり辛い難しい言葉を並べて煙に巻こうとしても無理だぞ。普通に考えて貞操観念の固い魔牛族の、しかも一族が大切にしている幼子達が三人も無警戒に懐く訳ないじゃん」

 

 

 

 クギュー?僕を裏切るのか?散々世話になっている、僕を裏切るんだな?ぐぃぐぃと前に出て来て、言いたい事はそれか?

 

 

 

「言ってくだされば、私の妹達をお世話係として側に送りますので可愛がって下さい」

 

 

 

 ルス?君も同罪か?前に浮気はしないって言ったよね?寝所に妹達を送り込みましょうか?って言った時に断ったよね?君達夫婦は、僕を裏切るんだな?

 

 

 

「カシンチ族の皆さん?リーンハルト様が違うと言えば違うのです。分かりますね?分かったら、うだうだ言わずに黙って頷きなさい!嫌と言うなら、私達がお相手しますが?」

 

 

 

 フェルリルとサーフィルが、割と本気の殺気を飛ばしている。腰の剣の柄に手を掛けてはいないが、何か有れば実力行使します的な雰囲気を感じる事が出来ると態度に表している。

 

 君達は、最初の出会いは最悪で評価は最悪だったが今は爆上がりで高評価だよ。貴族的な高圧な態度は駄目なのは理解しているが、おちょくられたり舐められたりは許容しない。

 

 流石に不味いと感じたのだろう。ルスとクギューがお互いの首根っこを押さえて、動作がシンクロした見事な土下座を披露してくれた。

 

 

 

 涙目のエアレー達の態度が駄目押しだったのだろう。いくら接し易いし気さくと言われても他の連中の目の有る所では身分差を弁えないとお互いが困った事になる。

 

 幸い周囲には、カシンチ族連合の連中は殆ど居なくて魔牛族と妖狼族の連中が囲んでいるので情報漏洩の心配は低いだろう。

 

 エムデン王国の正規兵が近くに居なくて良かった。もしも今の遣り取りを見られていたら不敬罪だと言って問答無用で、クギュー達は取り押さえられていただろう。

 

 

 

「悪ふざけは此処迄です。今後の方針を話し合いますので、場所を用意して下さい」

 

 

 

 仕切り直しをしたいのだが、エアレー達が左右の手に抱き着いての移動なので何とも締まらないよな。そこの不審者(保護者)早く彼女達を引き取って下さい!

 

 

 

 

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 

 

 

 移民・移住の最中の殺伐とした雰囲気も和らいだ事だろう。街の中でも大き目の屋敷が魔牛族に宛がわれていたので、其処の応接室に関係者を集めた。

 

 魔牛族からは、ミルフィナ殿。妖狼族のフェルリルとサーフィル。カシンチ族連合からは、クギューとルス。長老である、ベンハー殿とシュマンジュ殿は不参加だ。

 

 僕との交渉は、クギューに一任したらしい。勿論だが意見を持ち帰って伺いを立てるとかでなく、彼がその場で判断した事には異を唱えないとの事だね。

 

 

 

 つまり、カシンチ族連合というかゾイルワーム族の次期族長候補として、クギューの育成も兼ねているのだろう。

 

 重要な交渉役を教育に宛がうリスクについては、僕が無茶振りはしないと考えている事。大役を無事に終えられれば、後継者としての箔が付くって事だな。

 

 ルス達が、クギューの子供を宿す為に躍起になっている遠因も、次期族長という事を聞かされているのかもしれない。彼女達の足場を固める事にも繋がるし……

 

 

 

 参加者の顔を順番に見回す。もうおふざけの雰囲気は無い。この会議で彼等の未来が決まるのだから。

 

 

 

「予定ではフルフの街で合流でしたが、モレロフの街まで来たのは何故かな?」

 

 

 

 状況により予定を変更する事は悪い事じゃない。僕としても早くエムデン王国の勢力圏に彼等を招き入れたい事情が有り、バニシード公爵の管理下のフルフの街を合流地点と決めた。

 

 色々と横槍や邪魔しない程度の嫌がらせも飲み込んでの決定だったし、バニシード公爵が黙って通過させるとも思えなかった。足止め位はされると思ったから、逆に合流地点と決めたんだ。

 

 だが蓋を開けてみれば、問題のフルフの街を通過し、より安全を確保されたモレロフの街に滞在していた。しかも周囲の警備と巡回も行われている。

 

 

 

 政敵の管理下に置かれる他種族の扱いにしては、異様に手厚いので逆に不審に思う。要は、バニシード公爵の行動が怪し過ぎて不安なんだ。

 

 この問い掛けに参加者全員が、ミルフィナ殿に視線を送ると言う事は……彼女か魔牛族が何かしたから、こうなったという事だろうか?

 

 何とも微妙な顔をした、ミルフィナ殿と視線を合わせると直ぐに逸らした。コレって、どう解釈したら良いのだろうか?

 

 

 

 

 


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