古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

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第953話

 王都で出来る事は全て終えて、万全の体制を整えての移動。スピードを考えて自分が単独先行して、後続の部隊は後から追ってくる形とする。

 

 今回は錬金が主任務なので、王都の魔術師ギルド本部とニーレンス公爵配下の土属性魔術師達を派遣する事になった。その護衛や当座の生活物資等、現地での調達は無理なので十分な量を用意した。

 

 アウレール王も予備兵力として国軍を編成している。国庫からの持ち出しが多いが、エルフ族絡みなので出し惜しみは出来ない。過剰な位が良いと判断してくれた。

 

 

 

 心の底から『愚かな隣国と手が切れるならば必要経費の出し惜しみはしない』と公言したから、官僚達も遠慮なく国庫の金貨を放出している。

 

 

 

 遠慮なくとは言っても無駄遣いはさせないし内容も精査している。掛かる費用に見合う見返りは少ないというか殆ど無い。恒久的にエルフ族と外交可能な事が有益なのだが、それが収益に繋がるかと言えば……

 

 今は聖戦を終えて新しい領地の平定に力を入れる時期であり、本来ならば聖戦に派兵した兵士達は休ませるべきなのだが手当を増やす事で対応する。頭が痛い事に、ここでも予算が掛かる。

 

 だが兵士の不満の解消を甘く見ては駄目なんだ。彼等彼女等は、確かに聖戦という侵略目的でない宗教的にも善なる行動だったが心身共に負担は掛かる。

 

 

 

 今回は職業兵士のみの動員だったので、領民の動員はしていないのが救いではある。戦う事に対しての心構えが有る職業軍人と、簡単な訓練だけで戦場に行かされる一般人と比べたら……

 

 モア教の全面協力により、少数ながらも戦場で病んだ兵士の回復も進んでいる。身体の傷は治せても、心の傷は簡単には癒せないという事だね。

 

 僕は前世で王族なのに戦争に強制参加させられたけど、未だ待遇は良かった。最初から前線に投入される事も無かったが、当時の徴兵された兵士達は簡単な訓練の後に凄惨な戦場に送られる事は普通だった。

 

 

 

 理由や建前を用意しても、人を殺す行為を自分の中で正当化する事は難しいし出来ない人も居る。どんなに理由が有っても人殺しと言う行為が悪いと思っていれば、どうしようもない。

 

 相手が悪人だから、害して良い。そう割り切れれば良いが、そうでない人も居る。僕が異常なだけで普通は良心との葛藤が有るし、その結果によっては心が病んだり壊れたりする。

 

 そう言う兵士の心のケアとかも面倒臭いと嫌がって、僕は魔道兵団とゴーレム兵団のみで戦場を渡り歩いたんだよな。魔道師団の連中は、軍属として既に心構えが出来ていたから……

 

 

 

 今回も王命だが、一部情報制限が有るので公式にバーリンゲン王国領には行く事は発表されていない。つまり移動も非公式というか目立たない様に動く事になる。

 

 王都からは家紋の無い馬車にて移動し、少し離れた所で馬ゴーレムによる高速移動になる。同行者は揉めに揉めたが、クリスだけを伴って二人だけの移動となる。

 

 影の護衛であり暗殺者でも有るので、気配を殺す事に長けているし万が一の時の戦闘力も申し分ない。隠密移動にも慣れているし、まさにうってつけだろう。最悪、僕とクリスならば、どんな状況でも負けは無い。

 

 

 

 男女二人と言っても、クリスは僕の私兵扱いだから雇用者と被雇用者の関係。まぁ問題にもならないし醜聞でもない。これが未婚や既婚の貴族令嬢を伴っての二人だけでの移動だと問題だが、そういう状況って殆ど無いだろ?

 

 逃げる時とか緊急時ならば可能性は有るが、その場合は緊急措置として例外扱いになる。不要不急の時に二人切りでの行動は、不逞と捉えられる場合は有るって事か。

 

 まぁ男女間の事に対して、少し神経質になっているのかな?色々と有ったから、どうしても自分にも状況を当て嵌めてしまう。反面教師的な連中が少なくないって嫌だな。

 

 

 

「主様、何か考え事?」

 

 

 

 向かい側に座り、黙々と暗器の手入れをしていた彼女だが手を止めて心配そうな視線を向けている。身体の至る所に収納系マジックアイテムを忍ばせて、大量の暗器を隠している。

 

 僕にも色々な用途の武器を錬金して欲しいとお願いして来たので、その全てを叶えたのも問題だったか?いや、必要な事を出し惜しみしても意味が無い。必要だと求められたから用意したんだ。

 

 武器だけしか望まなかったが、防具や医薬品も大量に渡している。日用品や消耗品、水や食料に嗜好品もだ。僕も彼女も単独行動派だから、一ヶ月程度は補給無しでも大丈夫にしている。

 

 

 

「ん?いや、確かに考えに耽っていたけどね。心配する程の事じゃないよ」

 

 

 

「そう?私でも聞くだけなら出来るから、遠慮なく言って欲しい」

 

 

 

 基本的に、クリスは寡黙だが最近は少しだが会話を振って来る事も有るし、他人を慮ってくれる事も多くなってきた。イルメラさんの情操教育の賜物だろう。感情を素直に出せる様になってきている。

 

 暗殺者として感情を殺す教育を受けて来た、クリスの心を解きほぐした聖女イルメラさんは素晴らしい。クリスも感情を呼び戻す事は弱くなると思いながらも、イルメラを信じて心を開いた。

 

 未だ他人と距離を置いてはいるが、仲間内では徐々にだが打ち解け合っている。少し気になるのが自分は僕の妾としての位置らしく、それを受け入れているのとイルメラも許容している事だ。

 

 

 

 僕は彼女を引き抜いて雇用したのだが、それは大切な人達の護衛としてで妾として欲した訳じゃない。

 

 

 

 僕謹製の特殊な馬車での移動の為、車内で感じる振動は少なく快適だ。窓のカーテンは開けられないので景色は楽しめない、窓を開けて僕の存在が周囲に広まるのは不味い。

 

 自慢でも無いのだが、それなりに人が集まるだろうし情報が広まれば行動を予測される。他国の間者が多く入り込んで躍起になって情報を集めている中に、炎上するネタを放り込む事になる。

 

 只でさえ、バーリンゲン王国はクーデターを成功させてエムデン王国から独立したんだ。そこに侵攻特化魔術師たる、僕が向かうとなれば痛くも無い腹を探られる事になる。

 

 

 

 バーリンゲン王国領内は麻の様に乱れている事は、周辺国家も把握して居る筈だ。諜報部隊の活躍で詳細は掴んで無いだろうが、クーデターを起こした事は知られていると想定している。

 

 つまり属国から早々に独立したバーリンゲン王国に対して、元宗主国であるエムデン王国が侵攻特化魔術師を差し向ける。周辺諸国が考えるのは、報復か粛清か……そういう予想になるだろう。

 

 『聖戦の後に、直ぐに侵略かよ!』とか思われたら、国家の体面的に宜しくない。エムデン王国の方針が周辺諸国の武力侵攻とか思われるのはマイナスだ。

 

 

 

 今は増えた領土の安定を国家の方針としている。領地を増やす事はしたくないのだが、状況が周辺諸国の危機感を煽っているとしか思えない。

 

 戦争は相手が居る国家的行動なので、いかに自国が侵攻しないといっても相手が思わなければ成立しない。国家的危機に対して静観する指導者は居ないが、それが常に正しいとは限らない。

 

 つまりバーリンゲン王国の件を片付けても、その結果を正しく周辺諸国に伝えても此方を敵視し危機感を感じた国が仕掛けて来る可能性は低くないだろうな。

 

 

 

 大きな戦を二回も短期間ですれば、国としての負担が大きいと思えば攻めるチャンスと考える連中も居るだろう。まぁ弱った所を攻めるのは、普通の考えだよな。

 

 

 

「なぁクリス?バーリンゲン王国の後始末の前後で、周辺諸国がキナ臭い動きを始めると思う。仮想敵国である、ルクソール帝国とデンバー帝国が何もしない動かないとは思えないんだ」

 

 

 

 人里を離れたので、カーテンを開けて外の景色を見る。自然豊かな田園風景、その先には緑の山々が見える。エムデン王国領内は自然が豊かで人々が住み易い環境を整えている。

 

 膨大な予算を投入して田畑を整備し街道の維持を行い、環境に配慮し自然破壊を行わない。簡単なようで難しい、計画段階から先を見据えた予定を組まないと無理なんだ。

 

 人口が増えれば煮炊きや暖を取る為の薪が必要となり、近隣の山々の樹々を伐採する。計画的に植樹もしないと、直ぐにハゲ山となり環境が悪化する。森が貯える保水率が下がり水害が発生しやすくなる。

 

 

 

 バーリンゲン王国の荒廃は、無計画に街周辺の樹々を切って薪にした為に豊かだった大地が乾燥し荒野化したと思う。相応の年月は掛かったが、荒廃の原因は人間だよ。

 

 

 

「周辺諸国による反エムデン王国連合が現実味を帯びて来る?」

 

 

 

「危機感を煽られた連中の行動なんて大体予測がつくだろ?迎合するか反発するか?支配者階級の連中が、誰かの下に付く事を飲み込むとは思えない」

 

 

 

 王政を敷いているならば余計にだ。絶対君主制度の頂点に君臨する者が、誰かの下に付く事を簡単に認めるか?認めない。何故なら最悪は自分と一族の『死』だからだ。

 

 元支配階級の王達をそのままの地位に置いておくかといえば、支配下に置いた者は円滑な統治に邪魔だからと排除する。良くて追放か幽閉、悪ければ処刑だな。

 

 自分達も同じ状況で支配する側だったら、相手を放置などしない。だから、僅かでも疑念が生まれれば最悪を回避する為に行動する。

 

 

 

 それが勝てるとか上手くいくかは別問題で、大抵は周りを巻き込んでの自滅なんだよな。巻き込まれた者は悲劇だが、避ける事も難しい。

 

 

 

「捨て身で仕掛けて来る?でも頭を潰せば終わる。私と主様ならば敵国の奥に潜んで居る敵を倒す事は難しくない。倒せなくても敵対する者を虱潰しに倒せば、何れ誰かが裏切って終わる」

 

 

 

 不可能じゃないが、常識的でもない。僕や義父達ならば、敵の主力軍を壊滅させられる。例えとして、僕もアウレール王に進言した事も有るが本気じゃなかった。

 

 実際に行えば、幾ら『現代の英雄』とか『モア教の守り手』とか言われていても危険視されて何れは排除される未来しかないだろうな。人は自分に有益でも最終的には異物を恐れる。

 

 そうなれば、僕の大切な人達にも害が及ぶ。僕に勝てないならば、弱点を突くのが普通だからね。誘拐されて脅迫材料にされるか、嫌がらせの為だけに危害を加えられるか?

 

 

 

「まぁね。敵国の王都に向かって敵を倒しながら進軍すれば、途中で側近達が降伏を進めるか最悪は殺すなり捕縛するなりして降伏するだろうね」

 

 

 

 ん?少し嫌悪感が感じられるな。僕に対してじゃなくて、会話の中の相手に対してか?負けそうだから裏切る事への嫌悪感だろうか?クリスも結構な脳筋だから、逃げるとか裏切るとかは嫌なのだろう。

 

 

 

「変節漢は嫌い」

 

 

 

「変節漢か。難しい言葉を知ってるね」

 

 

 

 変節漢……節義を変える。つまり人としての道を踏み外すって事で良いのかな?信念や主義、主張を変える事でも有るのか?

 

 降伏か玉砕かの選択を迫られた時に、仕えていた人物を裏切り保身に走るって意味が一般的だが……貴族の場合、家の存続を重要視する事も必要だから間違っているとも言えないんだ。

 

 兄弟や親族が敵味方に分かれて戦う事も有る。生き残った方が、家を存続する。非情だが、ありきたりな方法でも有る。条件次第で受け止められ方も変わるけどね。

 

 

 

「まぁ仮定の話だけどさ。仕えし王が人の道を踏み外して全員玉砕覚悟で攻めろ!とか、自分が逃げる時間を死んでも稼げとかさ。忠義を捧げるに値しない場合は、裏切り者だと一括りに批難は出来ないと思うよ」

 

 

 

 バーリンゲン王国の連中だと、その限りではなく自分の命が最重要だから平気で裏切りを行う。殆どが似たり寄ったりの連中だから、悩まずに殲滅出来るのが良い。

 

 でもルクソール帝国やデンバー帝国はどうだろうか?同じく帝政を敷いているが、悪政という程の報告は来ていないが領土拡張の野心が隠し切れてない。

 

 エムデン王国は国王を頂きに据える『王政』で『帝政』は皇帝を頂きに据えている。『王政』と『帝政』の違いは、権力の及ぶ範囲だと思っている。

 

 

 

 『王』という定義は割と広範囲に渡る。一地方の支配者でも『王』と呼称する場合が有るし、対外的にも認められている。辺境の部族の長が『王』を名乗る事も珍しくない。

 

 だが『皇帝』は違う。唯一無二の絶対的な君主に使われる称号。国に一人しか存在せず『世界を統べる絶対者』という壮大な意味も含んでいるらしい。 

 

 故に限定的な地域において国王による政治で支配するのが『王政』であり、広い地域を皇帝による政治で支配するのが『帝政』だと学んだ。解釈としては、そんなに間違っていないと思う。

 

 

 

 そういう話を噛み砕いて、クリスに教えたが表情は微妙だぞ。

 

 

 

「ルクソール帝国もデンバー帝国も自分が唯一の絶対者と思っている『皇帝』を頂きに据える帝国だ。今は協調路線かも知れないけど、何時かは衝突するだろうね。そんな絶対者が降伏などしないだろう」

 

 

 

 自分の為に全員死ねって考えて居るかもしれないし、自分が負けるなら国など要らないって道連れにする事も有り得るだろう。それ程、皇帝という言葉は重いらしいよ。

 

 

 

「むぅ?難しい。でもそんな相手に仕えたいとは思わない。皇帝嫌い」

 

 

 

 会話としては盛り上がりに欠けるかもしれないが、こんなに長くクリスと話すのは久し振りだな。転生前の我が父上も、ルトライン帝国の支配者として君臨していたが……アレ?呼称は『王』だったような?

 

 まぁ良いかな。この考え方は近代になってからかも知れないし、父王は皇帝を呼称していなかったし、もしかしたら記憶違いかもしれないし。深く考えるのは止そう。

 

 

 

「まぁ死なば諸共って考えは嫌だよね」

 

 

 

 馬車の窓から見える景色は代わり映えがしないが、太陽が大地に隠れようとしている。もう夕刻、そろそろ夜営の準備をするかな。

 

 

 

「主様、夕食は私に用意させて下さい」

 

 

 

 ん?クリスが戦闘関連以外で積極的に動く事は珍しい。多分だが。イルメラ監修の料理をマジックアイテムで保管しているのだろう。了承すると、珍しく笑顔を見せてくれた。

 

 聖母イルメラさんの情操教育が順調に進んでいる事に嬉しく思う。料理に目覚めるとか、女性らしくて凄く良い。前にワインに拘りがあるとも聞いたし、趣味として順調にスキルアップして欲しいものだ。

 

 平民の中では夫婦で家事を分担する事が流行っているらしい。夫でも育児や掃除を手伝うし、買い出しや料理もするとか。まぁ貴族階級でそれをやったら、色々と問題が……

 

 

 

「では食材を狩って来ますので、暫くお待ちください」

 

 

 

 あれ?屋敷の厨房で作った料理じゃないの?馬車の扉を開けて素早く飛び出して行った、クリスの背中を見て思う。僕の考えていた夕食のメニューと違うのだろうか?

 

 


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