古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

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第948話

 

 久し振りの爽快感を伴う目覚め、大切な人達との添い寝は精神を大いに高揚させる。多幸感、本当に幸せを噛み締められるひと時だ。集団添い寝でも個別の匂いを嗅ぎ分けて堪能出来るので安心。

 

 ぐっすり寝ていたからか、同衾していたアーシャ達が先に起きたけど起こさずに寝かせてくれたのだろう。目覚めたら、巨大なベッドの中央に大の字で寝ていた。気分爽快、寝起きはバッチリだ。

 

 昨夜はお疲れだからと、早々に夕食後に入浴させられて……勿論だが、アーシャと混浴して久し振りに彼女の素晴らしき肉体を堪能させて頂いた。禁欲生活には慣れているが、反動が自分でも止められないとは……

 

 

 

「さて、アーリーモーニングティーを飲んで気持ちを切り替えよう。暫くは王都に滞在して溜まった仕事を片付けないとな」

 

 

 

 両手を上げて身体を伸ばし勢いを付けてベッドから起き上がる。部屋の外で様子を伺っていたのだろう、イルメラがタイミング良く着替えや洗顔用の湯が入ったボウルが乗ったカートを押して部屋に入って来た。

 

 

 

「おはよう、イルメラ。今日は良い天気だね」

 

 

 

 カーテンを引いて窓を開け、外の光と空気を寝室内に取り込む。暖かな日差しに爽やかな微風、心地良い朝の景色。僕が心の底から望んでいた理想、この幸せの為に頑張っているんだ。

 

 

 

「おはようございます。リーンハルト様」

 

 

 

 優しく微笑む彼女のお世話に身を任せて一日が始まる幸せに浸る。これが僕が望んだ在り来たりな、だけどかけがえのない幸せな日常。転生前では考えられなかった、心が満ちて行く幸せ。

 

 

 

「食堂で皆様がお待ちになっております」

 

 

 

 身嗜みを整え終わったのだろう。イルメラから食堂へ行くように促される。鏡を見て確認すれば代わり映えの無い顔が確認出来るが、寝ぐせとかは完璧に直っている。流石はイルメラだ。

 

 彼女が居る場合は、アインも遠慮して世話を焼かない。アインはゴーレムなのだが、一定の力量以下のメイドが僕の世話を焼こうとすると断固として拒否し自分で世話をしようとする。

 

 それが王宮勤めの部屋付メイドであっても、僕が仕事で遅くなり泊まる時の世話は自分でやろうとして任せない。偶に任せる時も有るのだが、その線引きが分からない。不思議な機能が勝手に育っている?

 

 

 

 僕のゴーレムクィーンの成長の謎が深すぎて、果てしないゴーレム道の深淵さを感じさせられる。僕は未だ未熟、そういう事なのだろう。だからこそ、ゴーレム道の追求が面白くて止まらない。

 

 

 

「朝食のメニューは何かな?久し振りの家庭料理なので楽しみだよ」

 

 

 

 専属の料理人が居るので家庭料理っていう表現が正しいか分からないけど、僕にとっては自分の屋敷で普通に食べる食事が家庭の味だ。勿論、一番はイルメラさんの手料理だけどね。

 

 

 

「リーンハルト様の大好きなシュニッツェルです。私がリクエストしておきました」

 

 

 

「良いね、シュニッツェル。大好物だよ」

 

 

 

 にっこり微笑む彼女に近付いて正面から抱き締める。真っ白な首筋に鼻を押し付けて、ミルクの様な優しい匂いを肺一杯に吸い込んで幸せを噛み締める。

 

 僕は、この魔香に敵わない。いや勝ち負けじゃない、勝てる訳が無い。溺れているといって良い。スンスンと匂いを嗅ぐ変態行動をする男を優しく抱き締めてくれる、イルメラさんは聖女。

 

 体臭教の聖女イルメラ、頭の中に変な単語が浮かんで来た。振り払う為に、舌を這わせて耳元の味も確かめる。嗅覚と味覚、この二つが満たされるとは、何という贅沢だろうか?

 

 

 

 無味っぽいが少しだけ塩味?いや、そうじゃない。そんな簡単に表現出来る味覚じゃない。そこはかとなく甘美で……

 

 過去の調査では、アーシャは首筋、ジゼル嬢は項(うなじ)、イルメラは耳元、ウィンディアは胸元が特に良いという結果だった。変更する必要は無さそうだが、再調査の予定は組もうかな。

 

 よし、今夜にでも第二回の調査を開催しよう、そうしよう。定期的に調査結果を更新する必要を感じた。彼女達も日々成長しているのだから、良い匂いを発する場所が変化する事も有るだろう。

 

 

 

 夢が広がり捲りだな。

 

 

 

「あの、そろそろ食堂に行きませんと……皆さんがお待ちですから……その、嬉しいのですが、続きは後程ゆっくりと……その……」

 

 

 

 うむ、今夜第二回調査を実施しますので、その時に続きを堪能させて下さい。

 

 

 

 控え目な言葉に断腸の思いで身体を離す。だが表情には表さず、笑顔を浮かべる。もしも僕が残念な顔をしていたら、彼女は砂一粒も悪く無いのに罪悪感を感じてしまうだろうから。

 

 身体を離す時に、イルメラの両手を握る。細くスベスベして肌触りも良い。水仕事も率先して働く彼女の為に、塗り薬を錬金して大量に渡しているし程度が酷ければエリクサーの使用も辞さない。

 

 勿論だが、彼女は固辞するだろう。だから分からない様に使用する予定だ。幸いな事に今は塗り薬で何とかなっている。塗り薬は大量に用意し、他の使用人にも気兼ねなく使う様に指示している。エリクサーだって在庫は三桁に届いている。

 

 

 

 ネクタルと同じ様に、気兼ねなく使える環境を整える事が大切なのだ。ニギニギとイルメラの指の感触を楽しむ。触っているだけで楽しいし、幸せを感じる。一瞬だけ、ヘルカンプ殿下の顔が浮かぶが、僕は貴方程は変態じゃ有りません。

 

 

 

「うん。御免ね。半月も離れ離れだと禁断症状が出てしまってね。僕も未熟って事かな?イルメラと半月も離れると全く駄目なんだ」

 

 

 

 正直に言おう。僕は彼女と半月も離れたら、壊れ気味になる。転生前は、そんな事は無く独りでも何とかなっていた。これが依存?いや、そんな簡単な言葉で表して欲しくない。

 

 もっと、こう高尚な意味が有る……筈もないね。単純に離れ離れが寂しくて駄目って事だな。転生前よりも弱くなってしまったのかも知れない。だが、それで良い。それが良い。

 

 孤独よりも全然良い。依存?結構じゃないか。頼るだけじゃなく頼られる努力もすれば良い。特定の相手との関係に依存し過ぎる、共依存?望む所だね。

 

 

 

 要は自分を見失わず、イルメラ以外の意見を全く聞かないとかでなく周囲の意見も受け入れる。自分が守らなければならない気持ちは大きいが、彼女が弱いと思っていない。精神的には全く太刀打ちなど出来ないのだから。

 

 

 

「いえ、その様な事は無いと思います」

 

 

 

 名残惜しいが絡めていた指を解いて、イルメラの腰に手を添えて部屋を出る。暫くは王都に滞在予定だし、フルフの街にはイルメラさんを同行させるつもりなので禁断症状は無くなるので安心だな。

 

 昨夜の触れ合いのメインは、アーシャだったし今朝はイルメラ。午後からはウィンディア、夜は全員で添い寝。成る程、クギューの事を思い浮かべる。彼も一夫多妻を維持する為に頑張っている。

 

 ならば僕も頑張らねば、男として幸せにすると決めた女性達の為に努力する事は当然の事なのだ。ふむ、ニールとの触れ合いは、ジゼル嬢の後で更に許可を取る必要を感じる。だが正直、模擬戦でも良い気はする。

 

 

 

 多情と一夫多妻の維持管理は違うから……

 

 

 

 

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 

 

 

 一緒にエムデン王国の王都に戻ってきたレティシアだが、ニーレンス公爵の屋敷に滞在している。メディア嬢が屋敷に親書を寄越して報告してくれた内容には、彼女の他にファティ殿とディース殿も滞在しているそうだ。

 

 饗応役を仰せつかった、メディア嬢の心境は大変です!の一言だろう。彼女も大分成長したが、流石に300歳越えのエルフの御姉様方のお相手には苦労が絶えないらしく……

 

 親書の内容も貴族の子女らしい長文の文面だが、意訳すると『お前が連れて来たのだから、責任取って早く迎えに来い』だな。いや迎えに来いは変で、顔を見せに来いが正解だと思う。

 

 

 

 迎えに来いだと、僕の屋敷に彼女達を招く事になってしまいます。ゼロリックスの森のエルフ達と『古の盟約』を結んだ、ニーレンス公爵家だからエルフ族が滞在しても他から文句が言われないのですよ。

 

 

 

 たかが伯爵の僕では荷が重すぎます。

 

 

 

 そうは言っても無視も出来ず放置も出来ず、王宮に出仕する前にニーレンス公爵の屋敷に寄らせて貰いますとその場で返事を必ず貰って来いと厳命されたであろう執事殿に伝えた。

 

 何度も頭を下げてから帰る、達成感を滲ませつつも執事殿の背中は煤けて見えた。きっと『意に沿う返事を必ず貰って来い』って言われてたのだろう。

 

 ニーレンス公爵本人にリザネクス様もいるので、レティシア達の歓待には問題が無いと思うのだが、これ程にメディア嬢を焦らせている原因って何だろう?

 

 

 

 ザスキア公爵とも連携して、若い貴族子女達の中心的な立ち位置に居るし対外的にも、ニーレンス公爵の影の後継者とも言われている彼女が焦る?何が原因だろうか? 

 

 送迎の馬車の中で考えても原因が一向に思い浮かばない。レティシアもファティ殿もディース殿だって、エルフ族特有の取っ付き難さはあるが無体な事はしない。

 

 そもそもお互い『古の盟約』を結んでいるのだから、問題は無い筈だよな?まぁグダグダ考えるより直接会って話せば良いか。クッションの利いた座席は考え事をしてると眠気を誘う。

 

 

 

 意識が飛びそうになった頃に、ニーレンス公爵の屋敷に到着した。お互い屋敷が上級貴族街にあるので、距離は遠くない。まぁ屋敷の所有面積には差があるけどね。 

 

 案内人の誘導により屋敷の正面玄関まで馬車のままで通された。毎回思うのだが、身分上位者の屋敷に訪ねた時の対応じゃない。主賓クラスの扱いに困惑するが、もっと困惑する事になる。

 

 何故なら、玄関前に既にメディア嬢が待っているとか有り得ない事だ。深窓の令嬢、その代表みたいな公爵令嬢が玄関で立って出迎えるとかさ。そんなに困窮する状況なの?

 

 

 

 護衛のエルフも困惑気味に、思える感じの挙動をしてる。パンター達はメディア嬢の左右に寝そべっているので外部から直接的な危害を加えられる状況じゃなさそうだな。

 

 馬車が停まると、執事が扉を開けてくれる。メディア嬢と馬車の間には十段程度の階段が有り、左右に執事とメイドが並んでいて一斉に頭を下げて出迎えてくれる。

 

 自分が偉くなったと錯覚する程の勘違いはしないが、普通は身分上位者に下に置かない扱いをされれば増長したり勘違いしたりするぞ。

 

 

 

「メディア嬢自ら出迎えとは恐れ入ります」

 

 

 

「私のナイト様を一日千秋の思いで、待ち焦がれましたわ」

 

 

 

 状況と掛けられた言葉だけで判断すれば『一日が長く感じられる程に待ち遠しい。待ち望んでじっとしていられない気持ちになる』で恋愛要素多めなのだが、彼女の浮かべる表情を見れば全く見当違いだと思い知らされる。

 

 不器用な笑顔を浮かべようと努力している、口元の歪みと全く笑っていない据わった目。どう考えても怒っているとしか思えないのだが、全く思い当たる節が無い。レティシアを届けたら、ファティ殿とディース殿も来た。

 

 エルフの御姉様が三人も集まれば普通は気苦労が絶えないかもしれないが、公爵家なら問題は少なくない?少なくない?大事だから二回思いました。

 

 

 

「ふふふ、立ち話もなんですのでお入りになって下さいませ。私の私室に御案内致しますわ」

 

 

 

 困惑気味に立っていると、とんでもない提案をされた。朝からの未婚の淑女の寝室に、のこのこ御邪魔する馬鹿など居ない。誤解されたらどうするの?致命傷一歩手前くらいの愚挙だぞ。

 

 そもそも未婚の淑女の私室に入れる異性など家族か親しい親族、または将来を約束した婚約者とかだろう。僕とメディア嬢の関係は友人か協力者であって、恋愛方面での関係は皆無だ。

 

 急にそんな話を振って来る事を考えるに、正常な判断が下せない状態って事?錯乱している?エルフが物理・魔法を含めた直接的な攻撃には強いが、精神攻撃には弱いというか、対応していない。

 

 

 

 まさか洗脳?精神攻撃?いや、そんな事をすれば護衛として契約をしているエルフ達が許さないだろう。レティシア達もいるのだから、メディア嬢に危害を加える事など不可能だろう。

 

 

 

「ははは、応接室でお願いします。ニーレンス公爵の同席もお願いします。不在ならばリザネクス様かニーレンス公爵夫人を同席させて下さい」

 

 

 

 ほら、僕の魔力反応を感知したのだろう。強大な魔力の塊が三つ、此方に向かって来ているのを感知したよ。つまり、レティシア達が僕の来訪に気付いて此方に向かって来ている。

 

 これで私室訪問は有耶無耶となり、仮にニーレンス公爵の立会いがなくてもメディア嬢に悪い噂は立たない。何故なら、エルフという強大な護衛が三人も居て、彼女に不埒な真似をする事など不可能だから。

 

 メディア嬢もレティシア達の魔力反応を感知して、此方に向かってくる事が分かったのだろう。何故か諦めにも似た表情をしている。もしかしなくても、彼女の変化の原因ってレティシア達なのだろうか?


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