古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

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第947話

 アウレール王の気遣いなのか、ニーレンス公爵達を交えた打合せには出席しないで自分の屋敷に帰って良いと言われてしまった。単身赴任ばかりだから、家族サービスしろって気遣いかな?

 

 だが区分関連の資料は早めに作成した方が良いので、取り敢えず自分の執務室に戻って来た。草案を提出し内容を精査し清書にて関係各所に根回しの後で申請する。

 

 今回は国庫の予算を多く使用する為に、財務担当部署と下打合せが必要になる。自前の人員で賄えるから国軍の派兵人員の調整が無いのが救いだが、人間以外の種族が多いから注意は必要。

 

 

 

 その分、資材や機材は大量に手配するし差別意識が強いって訳ではないのだが、人間以外の魔牛族や辺境の少数部族に対して多額の予算を投じるのだ。損得でない感情による反発は馬鹿に出来ない。

 

 反対派には可能な限りの説得と交渉をする必要が有る。建物やインフラは凡その部分は自前でなんとか出来るけど、細かい仕上げや備品類までは手が回らない。

 

 そこは王都の生産系ギルドに声を掛けて手配するしかないのだが、ライラック商会経由でしか伝手は無い。まぁ複数の商社に声を掛けて合い見積もりを行い安く抑えるつもりだけど……

 

 

 

 二つの部族と二つの街を造るとなれば、そう簡単には行かないのが現実だよな。

 

 

 

 どちらも候補地しか決まっていない。カシンチ族連合はソレスト平原の一部となっているが、人が住むには水源が必要で交易が必要だから街道沿いが望ましい。

 

 ソレスト平原には大きな川や泉は無いが水脈が無い訳じゃない。新しく水源を造る事は可能だし、土属性魔術師の僕ならば地中深く有る水脈を探す事も不可能じゃない。

 

 だが凡その位置位は事前に調べて貰わないと、闇雲に探査して探すのは効率的じゃない。時間との勝負、そこに無駄は極力省きたい。

 

 

 

 水見(みずみ)と呼ばれる水脈を探す技術師集団が居るのだが、伝手が無い。因みに鉱脈を探す連中は山師と呼ばれている。水見の集団は山師と間違えられる事を極端に嫌っている。

 

 理由は山師とは、詐欺師や一攫千金を狙う人にも使われる事が有るので嫌なのだろう。一山当てるとか、確かにギャンブル的な感じもするので技術師集団としてはマイナス評価だね。

 

 あとは『占杖』とか『水脈占い』を行う、ダウザーと呼ばれるダウジングという技法で地中の埋設物を調べる事が出来る連中がいる。彼等とも伝手が無い。そもそも彼等は定住しない連中らしいし……

 

 

 

 僕も調べたのだけど、何故二本の鉄の棒を持って動き回るだけで地中の物を探れるのか?彼等に聞けば超常的な力では無く誰でも強弱は有れど持っている『潜在的な意識の力』らしい。

 

 余計に分からない。誰もが持っている能力、無意識に基づき筋肉が動く「不覚筋動」によるモノ?らしい。不覚筋動って筋肉が無意識の内に動く事だよ。

 

 それで何故分かるの?何故感知出来るの?おかしくない?人の秘めたる不思議な力?意味が分からないよ。未だギフトとか言われた方が理解できるよ。

 

 

 

「ん?ギフト?嗚呼、そうだ。知り合いに居るよ。地中の捜索のスペシャリストが!」

 

 

 

 デスバレーで一緒に行動した、ティルノーツさん。彼女のギフトは『失せ物捜索』イメージした物の位置を知る事が出来る。つまり水をイメージすれば水脈を探せる筈だ。

 

 本当に水脈を探せるか確認したいけど、本人に直接話を持ち掛けるのは……少し問題かな?王都の盗賊ギルド本部に指名依頼を頼んで、それから詳細を詰めれば良いか。

 

 エムデン王国からの正式な指名依頼ともなれば、ギルド長も出張ってくるだろうか?出張ってくるよな。新代表のビーツ殿なんだが、イマイチ小物臭いと言うか微妙に信用出来ないと言うか何と言うか。

 

 

 

 正直、エムデン王国からよりも、僕からティルノーツさんに指名依頼を出した方が大袈裟にならなくて良さそうな気がする。オバル殿の後任で盗賊ギルド本部を掌握仕切ってない状況を考えれば、成果を求めてくるだろう。

 

 国家事業に食い込めるチャンスなのに、派遣するのが少女一人じゃ大きな影響力は得られない。水脈探しは重要だけど、移住する連中の街造りの協力だからな。

 

 個人的な依頼にするか、国家からの依頼にするか?ティルノーツさんの経歴的には、国家からの指名依頼の方が箔が付くし嬉しいだろう。指名依頼を請けるのは一般的には誇らしい事だし。

 

 

 

 貴族個人からの指名依頼とかだと、裏が有りそうとか邪推される可能性も少なくない。特にうら若き女性だと余計に、困った事になるかもしれないな。

 

 

 

「うん。エムデン王国からの正式な指名依頼にしよう」

 

 

 

 カシンチ族連合の貸与先の候補地は既に計画されているので執務机の未処理の棚から関連書類を取り出し、目的の候補地の載った書類と地図を探し出す。

 

 候補地は三ヶ所、共に街道から少し離れてそれなりの面積の有る平地が候補となっているが近くに水源となる川や池は無い。だが周囲には林が有り荒野ではないので水脈は有りそうだ。

 

 どれも悪い場所ではないので、近くに水脈が有る場所に街を設けたい。自給自足と収入確保の為に農業も行わせる予定なのだが、年間の降水量は天水農業を行う程は雨が降るか分からない。

 

 

 

 最悪は僕が近くの水源から用水路を錬金して水を引き込む事も考えないと駄目かもしれないけど、近くの川まで結構な距離があるし水の利権は複雑だから関係者との協議が発生する。

 

 国家事業だからとゴリ押しは悪手だから、相応の時間を掛けて納得させるしかない。時間を掛けられないので、この案は予備か没だな。

 

 トントントンと地図に示された場所をペンで叩く。元々はソレスト荒野と呼ばれていた土地をエムデン王国側だけ土属性魔術師が長い年月を掛けて地盤改良を行い、牧草地帯に変えた。

 

 

 

 主導したのは、ザスキア公爵の派閥構成員であるスプリト伯爵。彼にも話を通す必要が有るんだよな。元々国境の警備として配置されている武闘派の一族。

 

 彼と配下の兵達にも事情を説明して理解を求める必要が有る。もしも彼等がカシンチ族連合を快く思わない場合、街を造り移住させる事が難しくなる。いや移住後の関係の悪化は困る。

 

 防衛の最前線がバニシード公爵、第二陣がカシンチ族連合、最後の要がスプリト伯爵率いる元国境警備隊。この三重の布陣が今回のキモとなる。故に各々の連携は必須で不和は困る。

 

 

 

 まぁバニシード公爵の第一陣とは微妙な関係になるのは仕方無いと飲み込んでいる。今迄、政敵として戦って来た相手だし連携はすれども最低限だろうな。僕だけでなく他の公爵との兼ね合いも有るし。

 

 

 

 甘かった。王命にて区分を明確にすれば自分の仕事は終わりとか思っていた、少し前の自分を叱りつけたい。調整業務だけで山盛り、実際の手配の段階まで進めておかないと終わらないぞ。

 

 大まかな内容を決めて関係各所に指示を出して裏取りしてから、申請を回せば何とかなるか?何とかするしかないかな。ラビエル子爵達には苦労を掛けるけど、相応の評価と報酬を積もう。

 

 時計を見れば夕刻迄には時間が有る。今日中に大筋の草案を纏めて、ラビエル子爵に明日から内容の精査と肉付けをさせれば良いな。前回の物資調達で幾つかの商会とも伝手は有るし、ゼロからのスタートではない。

 

 

 

「そうだ。入札に参加して貰った商会に、新しく作る街との交易にも参加して貰うか」

 

 

 

 街二つの住人が消費する物資は大量で多岐に渡る。新天地で自給自足を始めるには準備が足りないし、物資の供給を握る事は依存させる意味でエムデン王国としても悪くはない。

 

 衣食住の殆どを握れば、離反等の心配も少なくなるし生活の向上は民意の向上でも有る。カシンチ族連合の場合は、この方針で問題は無い。時間を掛けてエムデン王国の国民として意識を変えて行くのだから。

 

 魔牛族の場合は少し違う。生活の補助を行う事は悪くは無いが、支配とか配下に組み込むつもりは無い。ケルトウッドの森のエルフ族との関係も有るし、国内に特区を設けて半分隔離というか距離を考えて接するべきだな。

 

 

 

「エムデン王国中の母性を求める紳士達が大集結とか笑えない。移住地が性の祭典場みたいな扱いとか笑えない。本当に笑えない。エアレー達を危険に晒す事は出来ない」

 

 

 

 目と目の間を指で揉む。バーリンゲン王国の二の舞など断固お断りだ!

 

 

 

 今の苦労が何の為なのか、良く考えて欲しい。バーリンゲン王国に続いて、エムデン王国まで森に呑まれる訳には行かない。

 

 平民の女性に悪戯した実弟のインゴの件も有るし、性関連についてエムデン王国の貴族と言えども信用度は低い。幼女愛好家のヘルカンプ殿下に、自分の欲望を優先して関係の改善を無視したワーグナルス殿とか……

 

 自分だって異性の匂いに執着するし……嗚呼、もしかしなくてもロンメール殿下が一番危険かもしれない。

 

 

 

 前に『女性の母性的な優しさや包容力を「赤子のように素直に甘えたい』という新しき世界を広める賛同者となって欲しいのです』とか謎の理論展開と依頼が有り、グーデリアル殿下が慌てて執り成してくれて有耶無耶になったんだった。

 

 これも芸術、頭の中に浮かんで来た称賛の言葉、『バブみ』や『オギャる』という造語を熱く語る目は、新たな宗教を広めようとする狂信者のようだった。

 

 

 

「だがロンメール様の凶行は、キュラリス様に密告すれば抑えられる。大丈夫、我が国の殿下達は大丈夫な筈だ。グーデリアル殿下は性に関してはノーマル思考らしいし、大丈夫な筈だ。大丈夫だよな?」

 

 

 

 下らない内容を真剣に悩みつつ、手は動かして草案を書き殴っていく。定時までに終わらせて、今日は自分の屋敷に帰る。もう匂いの禁断症状が出始めて辛いんだ。早く、イルメラ達の匂いを嗅がないと変になってしまうよ。

 

 他人の性癖を危惧しながら自分も怪しい行動をしている自覚は有るが、双方が合意で犯罪性が無いのだから文句は言わせない。

 

 『英雄の看板に傷が付く?』英雄色を好むと言いますよ。『清廉潔白で慈悲深い?』性癖の矯正じゃなく私的な楽しみだから無関係です。『公明正大?理想の貴族?』疚しい事はありますが堂々と誇る性癖です。

 

 

 

 知りませんよ、他人からの評価よりも自分の幸せが最優先です。

 

 

 

「良し、終わった!明日以降で草案の精査と肉付けをお願いします。今日は残業は無し、皆、今日は帰るよ!」

 

 

 

 机に両手を叩き付けながら立上り、ラビエル子爵達に声を掛ける。今日はノー残業デーです。異論も受け付けないし反論も許さない。上位者である自分が帰るので全員帰宅です!

 

 名残惜しそうに机の上の書類を見詰める、ラビエル子爵達をアイン達に指示して執務室から追い出す。悪い上司と言わないで下さい。自分の幸せタイムの最中に部下に残業を押し付けるのは嫌なのです。

 

 明日から仕切り直しで、自分も一緒に頑張るので今夜は身体を休めてリフレッシュして下さい。

 

 

 

 貴方達は僕の不在中に存分に残業を満喫していたという不思議な報告が上がっていますが、普通は逆ですよ。上の居ない時くらい、少しは身体を休める為に手を抜きなさい。

 

 

 

 

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 

 

 

 定時に帰宅し夕方に自分の屋敷に帰る事が出来た。この時間の呼び方について、貴族は厳しい決まり事が有る。命令を出す側として何時指示を出して、何時迄に終わらせる為に曖昧な表現を嫌ったのが起源らしい。

 

 先ず0時から3時を『未明』3時から6時を『明け方』、そして3時間毎に『朝』『昼前』『昼過ぎ』『夕方』『夜のはじめ頃』『夜遅く』となる。

 

 もっと大まかには0時から12時を『午前中』12時から24時を『午後』とし、9時から18時を『日中』18時から24時を『夜』という。今は18時前だから『夕方』だね。

 

 

 

 王宮から上級貴族街にある屋敷迄の距離は近い。馴染みの有る他の貴族の屋敷を眺めて漸く帰って来た実感を噛み締めていれば直ぐに到着した。エムデン王国の王都の賑わいは凄い、何台もの馬車と擦れ違う。

 

 正門には前回同様、メルカッツ殿とニールが完全武装で待ち構えている。その後ろには同じく完全武装の私兵達が整列している。今回も君達も連れて行く予定だが、戦闘が発生する可能性は低いと思います。

 

 毎回だが彼等の僕を見る目はキラキラしているよね。今回はエルフ族との難易度の高い交渉と他種族との交渉及び移動の護衛と盛り沢山だが、公(おおやけ)にしている部分は少ない。

 

 

 

 だから毎回言うけど、凱旋帰国じゃないからね。

 

 

 

「旦那様。王命の連続達成、おめでとうございます」

 

 

 

 一斉に頭を下げて出迎えてくれた。うん、王命には違いないけど公式にはしてないから大袈裟にしないで下さい。あと連続達成って、まぁ違わないけど正面から言われると照れくさい。

 

 あと毎回思うけど、訓練されたと分かる一糸乱れぬ行動。レベルも相応に上がっているのが分かるので、猛訓練をしたのだろう。特に、ニールからはデオドラ男爵達に通じるオーラ?圧を感じる。

 

 魔法迷宮バンクにローテーションを組んで攻略しているので、後でニールに何階まで攻略したか聞いてみよう。イルメラさん達と共に地下八階位は攻略してそうだな。

 

 

 

「うん、ただいま。メルカッツ殿もニールも変わりは無いかな?」

 

 

 

「はい。王都の平和も御屋敷の平和も万全です」

 

 

 

 変わり過ぎたね。とは言えない。馬車を降りて、最初に、ニール。次にメルカッツ殿と私兵達にも同様に短いが声を掛ける。配下の評価は上司の務めで義務だから、端折らずに行うのが大切なんだ。

 

 

 

「お帰りなさいませ、リーンハルト様。使用人一同、リーンハルト様の帰国を心待ちにしておりました」

 

 

 

「うん、有難う。暫くしたらフルフの街に行く事になるので、また留守にしてしまうけどね」

 

 

 

 メルカッツ殿達の次は、メイド長のサラと執事のタイラントを中心に使用人達が並んでいる。リィナとナルサも控えている、メイド達の服装がまた変わった。より一層、僕の好みに近付いているのは、イルメラさんの仕業かな?

 

 ベリトリアさんとクリスも今回は同じメイド服を着ている。前回とは違い今回のメイド服は気に入ったのだろうか?ベリトリアさんは前回うっかり、太った?って言ってしまい拗ねられて大変だった。

 

 猛烈なダイエットを行い、自己最高レベルのスタイルを手に入れたと薄着で自慢に来た時は慌てたが……イルメラの指示でクリスが拘束して運び出し事なきを得た。『口は禍(わざわい)の元』とはよく言ったものだ。

 

 

 

 アシュタルとナナルとハンナ、グレースとニルギも同じく貴族子女が好んで着るドレス。毎回思うが、コレットは中性的というか女性寄りのデザイン重視の衣装だね。似合う似合わないが有るから仕方が無いので何も言わない。

 

 何時ものメンバーの何時もの様子に、王命を終えて帰国し日常に戻った気分となり自然と口元が緩んでしまう。こういう何気ない日常に幸せを感じられる事が最高に幸福なのだろう。

 

 一人一人に言葉を掛けながら、漸く屋敷の中に入る。正面玄関には、ジゼル嬢を中心に右側にアーシャ、左側にイルメラ。その後ろにウィンディアやエレさん達が並んでいる。リゼルは未だ王宮に居て、とユエ殿は妖狼族の里に居て不在。。

 

 

 

「「「「お帰りなさいませ、旦那様!」」」」

 

 

 

「うん、ただいま。留守中に何か問題は無かったかな?それと次の仕事はフルフの街に長期滞在だから向こうにも屋敷を構えるから、皆で引っ越しだよ。暫くは王都で準備作業だから、皆とゆっくり出来ると思うんだ」

 

 

 

 だから今は不足分の匂いを堪能させて補給させて下さい。そろそろ禁断症状がですね?ヤバいのです。ロンメール殿下の事を危険視しておきながら、自分も危険人物一歩手前な自覚が有ります。

 

 


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