古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

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第95話

 バルバドス氏の屋敷から自宅に戻る、今回も徒歩だ。貴族街で馬ゴーレムは不味いので綺麗に整備された石畳を歩く……

 上級貴族達の屋敷が連なる地区なので一人歩きの僕は目立つだろうな、門を守る警備兵達がさり気なく監視してるのが分かる。

 だから此方も不用意に屋敷を見ない様にする、怪しい者が下見に来てるとか思われたら最悪だ。

 丁度考えなくてはならない事が有るので真っ直ぐ前を向いて歩く……

 

 バルバドス氏の指名依頼、土属性魔術師としては請けるべき内容だった。だが何故僕に依頼したかが気になる、他に適任者が居なかったのだろうか?

 弟子は総じてレベルは低いから問題外、元同僚の宮廷魔術師には声を掛け辛かったのだろう。

 高位魔術師の力を借りる事に抵抗が有るのは考えられる。元とはいえ魔術師の頂点、宮廷魔術師の一員だったのだからな。

 塾生との模擬戦は建前、一応僕は二十四体ものゴーレムを操れてゴーレムポーンを直に見ているから声が掛かったのだろう。

 契約書の内容には依頼内容は他言禁止となっていたし立場は圧倒的に向こうが上だから口止めもし易いか……

 

 そろそろ貴族街を出る門が見えた時、如何にも上級貴族が乗っていそうな馬車が僕の脇に停まった。

 僕に用が有る訳ではないので通り過ぎ様としたが、馬車の扉が開いて執事服を来ている壮年の男性が降りてきた。

 

「リーンハルト・フォン・バーレイ様、突然では有りますが我が主が面会を求めています。馬車に乗って頂けますでしょうか?」

 

「僕に?どなた様でしょうか?」

 

 僕に上級貴族の知り合いは居ないしチラ見した馬車には家紋が付いていないので特定が出来ない、怪し過ぎる誘いだ……

 

「ニーレンス公爵の四女、メディア様で御座います」

 

「メディア様ですか?」

 

 ニーレンス公爵は確か財務卿で僕の父上の所属する派閥と敵対している。

 何時の時代も騎士団と官僚が仲が良い訳は無いので当然といえば当然だが、何故そんな大物の娘が僕に会いたがる?

 

「はい、どうぞ此方へ」

 

 慇懃無礼な態度で馬車に乗る様に勧めるが、幾ら家紋が無いとはいえ相手は名乗っているのだ。断るのは不可能だろうな。

 タイミングの悪い事に周りに人は居ないし門からは馬車の影となり見えない、この状況を作り出して声を掛けて来たと見るべきか?

 どちらにしても相手を待たせるのは不敬だろう。

 

「失礼致します」

 

 僕が馬車に乗り込むと執事も乗り込み扉を閉めた、直ぐに走り出す所をみると行き先は決まっているのだろう。

 

「不躾なお招きに応えて頂き有難う御座いますわ、リーンハルト様」

 

「また会ったな、少年」

 

 前回のバルバドス氏の屋敷で会った謎の令嬢とエルフの女性が向かい側に座り、微笑んでいた。不味い、これは詰んだか?

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

「メディア、悪いが客が来たので席を外すぞ」

 

 私位の立場となれば、バルバドス様も直に色々と個人指導もしてくれる。この気難しい変人が妙に嬉しそうだけど、相手は誰でしょうか?

 

「まぁ、来客で御座いますか?」

 

 過剰に驚いた表情をすれば、大抵の相手は誰が来たか教えてくれるわ。

 

「ん?ああ、ウチの馬鹿弟子共に喧嘩を売られて返り討ちにした餓鬼だ。興味が有るから呼んだ、塾生と模擬戦でもやらせてみようかとな……」

 

 ああ、リーンハルト様の事ね。どうやら気に入ったのかしら?

 同じ土属性魔術師として興味深いのは確かでしょうから……これは良い機会だわ。色々と準備を進めていたけど向こうから来てくれるなら丁度良いわね。

 

「それではキリも良いので私達は帰りますわ、ゆっくりとお話なさって下さい。レティシアも良いわね?」

 

「む、そうか。分かった」

 

 仇敵さんの事になると煩い彼女だが、今騒いでも会う事は無理なのは理解しているので素直に従う。

 全く、仇敵と言いながら嬉しそうに話すのは片思いの乙女と同じ事に気が付いているのかしら?

 前回同様、一人で訪ねると思うから屋敷を出た所で接触しましょう。

 

 先に屋敷から出て、リーンハルト様を待つ。

 あの後、彼の事を調べたけど冒険者ギルドとデオドラ男爵を後見人にして、ジゼル嬢の婚約者になるとか手が早いのよね。

 実績も凄いわ、僅か半月の冒険者家業で名有りの『口裂け』と『錆肌』を倒し既にDランクに昇格、ラコック村の救世主として噂も広がっている。

 近年で四番目の大型新人と言われているし、早めに取り込むなり排除するなりしなければ……

 

「お嬢様、リーンハルト様が屋敷から出て来ました。接触しますか?」

 

「此処は人目も多いわ、何よりバルバドス様の警備兵が見ているのは都合が悪いの。少し先に進ませましょう」

 

 彼の家の場所は既に確認しているが、貴族街のどの道を通って最寄りの門に行くのかが分からないので門の近くで待ち伏せする。

 特に警戒もせずにのんびりと歩いて来る彼を見付けて後から近付いて声を掛ける。

 この馬車はお忍び用の家紋を外し地味な外装にした特注品だから、乗り込む所を見られても直ぐに特定はされない。

 執事のダーヤンに声を掛けさせて馬車に招待する。

 

「失礼します」

 

 特に緊張も萎縮もしてないわね、真っ直ぐに私を見詰めているわ。

 

「不躾なお招きに応えて頂き有難う御座いますわ、リーンハルト様」

 

「また会ったな、少年」

 

 一瞬だけ目を見開いて驚いたけど直ぐに無表情に戻ったわ、これは中々度胸の座った殿方ね。

 私の微笑みにも、レティシアの美貌にも動じないとは女心が傷付きますわ。

 

「未婚の貴族令嬢が僕の様な者と馬車とはいえ同席する事は宜しくないでしょう、周りから要らぬ誤解を受けます。

其方のエルフ殿も同じ考えで僕を威圧していますから、早々に立ち去りたいのですが宜しいですか?」

 

 彼の評価を一段階上げなくては駄目ね、エルフであるレティシアのプレッシャーを一切気にしてないわ。

 逆にレティシアが気圧されている、多分だけど何時もの探査魔法や精神制御系の魔法の全てがレジストされているのね。

 

「レティシア、リーンハルト様に無礼を詫びなさい。貴女が彼に魔法を使っていた事は知ってますよ。驚くべき事ですが、全てレジストされたみたいですわ」

 

「エルフ族の方とは初めて間近で接しましたが、これが人族への対応と思って宜しいのでしょうか?

探査魔法や精神制御系の魔法を問答無用で仕掛けるなど、敵対の意志有りと判断しますが?」

 

 不味いわね、レティシアの魔法は相手のレベルや能力を調べる事と精神を落ち着かせて敵意を薄める事。エルフの高等魔法を一目で見破られたのは初めてだわ。

 上級貴族令嬢の私とエルフのレティシアを前に一歩も引かないって、こんな相手は今迄居なかった。

 

「あの時と……あの時と同じ応えを……すっ、すまぬ。無礼を詫びよう。

探査魔法は武器の携帯の有無、精神制御系は落ち着かせて話を円滑にする為のものだ。リラクゼーションと思って貰いたい」

 

「ほぅ、リラクゼーションですか?」

 

 彼の警戒心だけが上がる悪手だったわ。レティシア、馬鹿な事を……

 どうせ仇敵さんの情報を知る為に精神操作をしてレジストされたのよ。でも、あの時と同じ応えって何かしら?

 

「あとは……メディアの護衛も兼ているので、その……本当に済まなかった」

 

「いえ、此方も言い過ぎました。気にしてませんし他言はしません。それで、用件の方をお聞かせ下さい」

 

 エルフ特有の人を見下す癖の有るレティシアが、全面的に非を認めて頭を下げるなんて驚いたわ。

 それに他言はしないなんて派閥の軋轢を避けたいって事、つくづく嫌味な殿方ね。

 

「私も土属性魔術師として、リーンハルト様とバルバドス様の模擬戦を見て、貴方に強い興味を持ったのですわ」

 

 笑顔で告白してみたが、特に表情に変化も無いわね。この年頃の男性が美少女から興味を持たれたら少なくとも嬉しくなる筈なのに、全くの無反応って……

 

「そうですか、有難う御座います。未だ未熟故に不甲斐ない負け方をしてしまいました、お恥ずかしい限りです」

 

 酷い謙遜ね、私達が傷一つ付けられなかったキメラの一部でも壊したのに未熟とは……

 

「いや、あのバルバドス殿のキメラを一部でも破壊したんだ!それに少年のゴーレムは、その年では破格の性能だぞ。もっと自分を誇るべき事だ」

 

 レティシアが褒めるなんて珍しいわね。最初は見下してたのに今は持ち上げるって、どういう心境の変化かしら?

 

「人より遥かに魔術技術に長けたエルフの方に褒められるとは嬉しいですね」

 

 漸く自然な笑顔を見せてくれたけど、私は無視かしら?

 明らかに私が今迄接して操っていた殿方と違う、これが若くして成果を出し続ける男なのか……他に秘密が有るのか分からない。

 

「残念な事に私達は対立する派閥に属しているわ。でも、それって悲しい事じゃないかしら?

私達個人には関係無いですわ、私は貴方と仲良くなりたいの。同じ土属性魔術師として互いに研鑽したいわ」

 

 どうかしら?この言葉なら何らかの反応が有る筈だわ。私個人と伝手が出来る訳だし廃嫡予定の貴方ならどうするの?

 ニーレンス公爵とデオドラ男爵と、どちらの庇護を求めるのかしら?

 

「大変有難いお申し出ですが、僕も貴族の一員として父上やデオドラ男爵に迷惑を掛ける訳にはいきません。

それに仮にもジゼル嬢の婚約者としての立場も有り、未婚の貴族令嬢と縁を深める事も差し障りが有ります」

 

 私の誘惑を即断するなんて、何て無礼で無知なのでしょう。貴方一人くらい抹殺する事は簡単に出来るのよ、私は!

 

「そろそろ降ろして頂けますか?どうやら我が家まで送って下さるみたいですが、家の前で降りては問題でしょう……」

 

「そうですわね。ダーヤン、馬車を停めなさい」

 

 人目の無い場所を探し馬車を停める、一礼して降りると一度も振り返らずに路地へ消えて行ったわ。

 

「最低な結果だわ、急遽思い付いて行動した結果がコレよ。私らしくないわ、折角準備を進めていたのに無駄にしてしまった。

ただ相手の警戒心を煽り私は拒絶された、私よりジゼルの方が良いってね!一瞬も迷わずに拒絶したのよ、この私を!」

 

 殺してやるわ、どの道私と敵対するなら始末するしか無いわね。

 

「落ち着け、メディア。私は確信した。奴は私に必要だ、下手な手出しはさせないぞ」

 

「無駄よ、諦めなさい。アレは私達の派閥には引き込めない、排除する必要が有るのよ」

 

 まだ今なら処分出来る、今なら私の力が及ぶわ。これ以上力を付けられたらお父様の力を借りなければならなくなる、それは不味いわ。

 

「駄目だ、力ずくで止めるぞ。場合によっては契約も破棄する、少年は殺させない」

 

 エルフの里の族長との契約によって派遣された貴女が私に逆らうの?レティシアと敵対してまで彼を殺す必要は……無いわね。

 

「分かったわ、でも理由を教えてくれるかしら?」

 

 深呼吸をして昂ぶった気持ちを抑える、私とした事が随分と無様な姿を晒してしまったわね。

 

「前と同じだ、あの少年は奴の面影が重なる。態度・仕草・言葉使い、不思議だな、魔力の質も量も全然違うのに……」

 

「つまり彼と仇敵さんとの繋がりを確信した訳ね」

 

 師弟は似てくると言われるから、彼の師が仇敵さんな訳ね。

 でも調査報告では彼がエルフや他の魔術師達と接触している事は掴めなかったのに、レティシアは仇敵との関係を確信しているわ。

 何か秘密が有るわね、上手く彼を引き込めれば良いのだけれど焦って失敗してしまったのが悔やまれる。

 馬鹿な自分に呆れてしまうけど、此処から挽回すれば良いわ。

 

「同じ謀略を好む女として、ジゼルには負けたくないのよ。今は謀略だけでなく女としても負けている、悔しくて仕方ないわ」

 

「ああ、『人物鑑定』のギフトを持った少女か。少年とは婚約者同士らしいな、どちらも曲者だからお似合いだろう」

 

 このエルフ女には年頃の乙女の気持ちを理解する事は出来ないのね、これだから350歳のババアは困るのよ。

 


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