古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

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第943話

 エルフ族の聖樹を使わせて貰い、エムデン王国の王都にあるエルフの里に戻って来た。途中、移動の馬車の手配の件で帰国した情報がバレたのだろう。

 

 そのままアウレール王達に報告の流れとなった。謁見室にはアウレール王とサリアリス様、それにザスキア公爵だけだった。

 

 他の二人の公爵も呼び出されているのだが人物鑑定という読心術紛いのギフトを持つ、リゼル絡みで後から合流という事なのだろうか?

 

 

 

 取り敢えずケルトウッドの森のエルフ族の長である、クロレス殿との交渉の内容を説明。一番問題になりそうな、フルフの街の住民の退去の件はバニシード公爵に押し付けた。

 

 

 

 一番ヘイトを集める行為だが、難民対策の責任者なので飲み込んで下さい。条件次第では、例えば家財道具一式を持って移動して良いのと僅かだが退去金を出せば……

 

 無理かな?整備された移転先を用意しろ!とか移転費用の他に補償金を寄越せとか言い出すだろう。強権を発動して追い出す事になりそうだ。

 

 その前にカシンチ族連合の移住先を整備して、更に奥に連中を押し出さないと駄目なんだよな。カシンチ族連合も防波堤としての役目を担って貰うから、連中が内側に居ますじゃ駄目だ。

 

 

 

「フルフの街の整備についても、バニシード公爵にお任せしたいのですが……クロレス殿の要望により対エルフ用の大使館を用意したいのです」

 

 

 

 大使館といったが、本来の要求は『僕が屋敷を構えて常駐』なんです。まぁ今後の交渉次第ですが、最初の数ヶ月から一年程度は常駐が必要になりそうだな。

 

 初期の頃の条件の擦り合わせって必要だし、『何事も最初が肝心』って諺(ことわざ)も有る。それにコウ川を清流にする技術も見せて貰いたいし、地下空間の件も有る。

 

 過去にはアスカロン砦と呼ばれた秘密要塞、枯渇した制御球には僕の魔力を補給し管理者権限も上書きしている。そして、クロレス殿はアスカロン砦の存在を知っている。

 

 

 

 早めに隠ぺい工作をしておかないと、違う意味で大惨事になるだろう。

 

 

 

「ふむ。エルフ族とは継続的に交渉する必要が有るので公式な大使館は必要だし、常駐する外交員の選別も必要だな」

 

 

 

 腕を組んで考え込んでいる、アウレール王を見て思う。エムデン王国の外交要員ってイマイチな感じがするし、さらに僕は彼等から距離も置かれている。

 

 だがクロレス殿はエムデン王国が用意した外交要員とは、最初からは交渉などしないだろう。最初は僕とで引継ぎをしても外交要員達は連絡要員程度にしか感じないだろうね。

 

 僕は人間の亜種として特別に認められた不思議な存在らしいので、本来の意味で普通の人間という評価の外交要員達は交渉相手として見られてない可能性が有る。

 

 

 

「実は外交担当として、クロレス殿から自分が指名されています。初期は僕が窓口となり、徐々に外交要員達に引き継ぐ必要が有ると思います」

 

 

 

 多分だが、引継ぎをしても呼び出し要員程度の認識だろうな。その辺の事を僕の表情から察したのだろう。アウレール王は暫く目を瞑り腕を組んで考え込んでいる。

 

 

 

「リーンハルトがフルフの街に常駐となるのは色々と困るのだが……まぁ聖樹という移動手段が有るので問題は無いのか?」

 

 

 

 苦々しい顔で聖樹の移動を条件に常駐を容認するような言葉だが、呼び出し要員は聖樹を使えないから連絡方法を考えないとタイムラグが大きい。

 

 王家の秘儀である『伝書鳩』が一番早く情報を伝えられる。鳩に積載出来る用紙は多くないのだが、呼び出しとその理由程度ならば問題は無いだろう。

 

 それでも一週間とか余裕で掛かるだろうが、現状では緊急の呼び出しといえども相応の時間的余裕は有る。故に容認の流れなのだろう。

 

 

 

「あと大使館とは別に自分の屋敷を構える様に言われました。多分ですが大使館を構えさせて欲しいという要求は呑んでくれましたが、交渉自体は僕だけが窓口という事でしょう」

 

 

 

 他人には任せられないじゃなくて、他人では相手にもされない可能性が高過ぎるのです。クロレス殿の感じだと、僕以外の外交要員が交渉に臨んでも相手にはしないだろうな。

 

 それが分かっているから、越権行為とも思える専門の交渉役を提案するしかない。まぁ外交部門の連中には距離を置かれているし、そもそも彼等がエルフ族との交渉役をやりたいとも思わないだろう。

 

 相手の方に圧倒的な実力差の有る相手との交渉よりは、格下との交渉の方がやり易く楽だし越権行為と騒ぐ連中は居ないと思う。それなら代わりにやって下さい。と言われても困るのだから……

 

 

 

 逆に大使館に詰めてくれる人員が居るかの方が悩み処だよ。絶対嫌がるだろうし、強制しても役に立たないのなら無駄とは言わないけどさ。僕の配下から人員を割く必要も考えないと駄目かもしれない。

 

 だが配下の官吏達は政務で追われているので数人でも引き抜くのは厳しい。新しく人員を育てる?いや、それば僕の仕事の範疇でもないし、それこそ越権行為としてニーレンス公爵との関係が悪化しそうだよ。

 

 あくまでも派遣する人材は僕以外で決めて貰う必要が有り、配置される人材を上手く使っていくしかないだろうな。エルフ絡みだから一定以上の水準の人材が必要だけど、閑職に近いから悩むんだ。

 

 

 

 外交要員はエリート職だし、相手にされないとか必要とされて無いとか我慢出来るか?最悪、有能な問題児が左遷されて来そうだぞ。

 

 

 

「まぁそうだろうな。俺としても何を考えているか分からないエルフ族の交渉役は、リーンハルトに絞った方が安心するのだが……」

 

 

 

 そう言って言葉を濁した。エルフ族の機嫌を損ねる不利益と、僕が王都に不在の不利益を天秤に掛けているのだろう。

 

 

 

 エムデン王国の置かれた大陸の位置的にはバーリンゲン王国が滅んで敵対国家が居なくなった後方よりも仮想敵国と多く隣接する正面側に睨みを利かせたいと考えるのが普通だよな。

 

 デンバー帝国とルクソール帝国は仮想敵国、相手もそう思っている筈だ。バルト王国は逆に融和路線なので不可侵条約や同盟も考えられるが、ベアトリクス王女絡みが微妙な感じ。

 

 ウルム王国を併呑した事により、シグ王国とレネント王国と国境を接したが、この二国は正直良く分からない。聖戦の祝勝会に参加した大使達の反応は良くも悪くも普通というか、敵意は感じなかったが……

 

 

 

 大使に選ばれる程の人材が感情を欺く術を知らない訳が無い。まぁリゼルが心を読んで敵対心が無いのは知っているが本国の考え方は分からない。ザスキア公爵に聞いておく必要が有る。

 

 

 

「暫くは周辺の整備も有りますので、フルフの街に滞在する必要が有ります。ですが先任である、バニシード公爵の指揮下に入るのも問題です」

 

 

 

 基本的に軍属は爵位や階級が同じならば先任者を優先する。僕は宮廷魔術師第二席だが侯爵待遇の伯爵で向こうは公爵、比べるのは微妙だが必ずしも僕が優先される根拠はない。

 

 バニシード公爵がその辺の事情を押し出してくる可能性は高い。拒否する事も可能だが仕事に差し障る可能性も高く妥協を求められる。そういう微妙な立ち位置では仕事が捗らない。

 

 故に明確な仕事や命令系統の区分が必要となる。王命だからと言って政争を軽んじる事などしないだろう。王命だからこそ、拒否出来ない状況に追い込めるのだから……

 

 

 

「王命で区分を明確にしろ!ね?」

 

 

 

「曖昧な部分を残すと調整だけでも相応の時間が掛かります。今回の件は時間との勝負な部分も有ります。余計ないざこざは正直避けたいです」

 

 

 

 僕の懸念事項などお見通しだったのだろう。ザスキア公爵が助け舟を出してくれた。流石に王命が欲しいとかの催促は、僕の立場でもギリギリ駄目なんだよね。

 

 

 

「バニシードさんの事だから、曖昧な指示では先任者を優先して仕事を手伝え!とか言い出すわよ。そして面倒な仕事や困難な仕事を押し付けてくるのは目に見えているわ。嫌がらせも込みでね」

 

 

 

 有り得なくもない。本人が現地に行っているならば、直接会えば先任者として協力という強制をしないとは限らない。いや絶好のチャンスだし、するだろう。命令系統が曖昧だと拒否も出来ない。

 

 エムデン王国に四人しか居ない公爵なので影響力も大きく無視は出来ない。面倒臭いのだが、これが普通に政争だし、相手は長年政争を繰り返していたのだ。

 

 魑魅魍魎の溢れる王宮での政争を繰り返してきたのだ。経験も場数も僕よりも多く、ザスキア公爵とかの助言者が居ない場合だと言い負かされる可能性も高い。僕は仲間に助けられて漸く一人前なので、余計に痛感している。

 

 

 

「自分の失敗も押し付けるかもしれないと?まぁアイツの悪い癖も有るし、無いとは言えないな。だが王命を与えたのだから全力で挑まなければならない。他人を頼るのは駄目だ」

 

 

 

 アウレール王のバニシード公爵への評価は、僕が思っているよりも低いのかも知れない。サリアリス様も首を左右に振っているし、僕の知らない前科も有るのかもしれない。

 

 政敵ではあるが失敗を望んでいる訳でもない。だが協力という名の良い様に使われたりもしない。与えられた王命なのだから、自分の力で全力で取り組んで欲しい。

 

 その上での失敗ならば、条件付きで手伝う事もやぶさかでない。無償でとか甘い事は言わない。失敗には相応のペナルティが課せられるものだ。協力には対価が必要で、逆の立場なら同じ事をするだろうしね。

 

 

 

「可能であるならば、僕の仕事はカシンチ族連合の居住区と農地の錬金による整備。自分の屋敷と大使館の建設、それと前に報告しましたフルフの街の地下空間の調査を行いたいのです。

 

ああ、後は魔牛族の移住について、スムーズに国境を越えたいのです。足止めとは言いませんが、不必要や過剰な検査等は控えたいです」

 

 

 

 地下空間という言葉に、アウレール王は思い出したかのように驚き、サリアリス様は子供の様に嬉しそうに笑った。ザスキア公爵は余り興味が無さそうだな。

 

 既に解明はしていますけど、一応は『古代の神秘』ですよ。お宝は既に何も無いし、制御装置は魔力を抜いて使用不能にする予定です。

 

 残っているのはビネガーに変化した大量のワインボトルと軍船の整備工具に錆び付いた武器や防具、あと兵士達の日用品位だろうか?改めて思うと貰っても困る物ばかりだな。

 

 

 

 保管していた財宝は戻しておくかな。当時は資産が必要だったけど、今はネクタルの売却益だけで凄い事になっているし。既に今生で使いきれるか分からない膨大な資産が有るんだ。

 

 あと魔牛族の入国の為の調査とか言って余計な事をさせたく無い。只でさえ男性貴族が望む理想の外観を持つ連中だからセクハラ紛いの検査などさせられない。

 

 居ないとは思うが人間至上主義の連中が何かしたら、魔牛族や妖狼族。それとエルフ族との関係が悪化し最悪の場合は全面戦争になり、人類は亡びました!とか笑えない。

 

 

 

 何故、連中は正確な戦力比を把握出来ないのだろうか?自殺行為に巻き込まないで欲しい。

 

 

 

「地下空間!そうだったな。確かにエルフ族に引き渡す前に調べる必要は有る。その調査に横槍を入れられるのは困るな。分かった、王命にて仕事の区分を明確にしよう」

 

 

 

「宜しくお願いします」

 

 

 

 そう言って頭を深く下げる。これで煩わしい思いをしないでも大丈夫だろう。詳細については何処まで許可して貰えるかは不明だが改めで要望書を作成して提出しよう。

 

 フルフの街の地下空間の調査については、王都の魔術師ギルド本部の連中も同行させる約束をしている。実際の遺跡調査の手順に則り進めるのが疑わられない細工だね。

 

 つまり最初に単独で仕込みを終える必要が有る。まぁ地下空間の調査の優先度は低く、エルフ族が来るのが約一年後位だから余裕は有る。

 

 

 

 この辺も王命という形で魔術師ギルド本部を絡ませれば、彼等の箔付けにもなるだろう。冒険者ギルト本部と盗賊ギルド本部にも声を掛ける必要が有るかな?一大事業にならないかな?後は……

 

 

 

「リーンハルトよ、帰って来ぬか」

 

 

 

 アウレール王の呼び掛けに我に返る。しまった、またやってしまった。この悪癖は本当に治らない。深々と頭を下げて謝意を表す。女性陣からは呆れた視線を向けられています。

 

 

 

「本当に思考の海に沈むと現実に帰って来ないのよね。食べちゃっても良いって言質を取ってるのに、油断し過ぎよ」

 

 

 

「それは過大解釈だと思いますが、私にも適用されるのでしたら容認はします。ですが、ザスキア公爵も自重が必要ですわ」

 

 

 

 リゼルは本当に逞しくなったな。今のエムデン王国でザスキア公爵に意見出来る者など片手で数えられる程度しかいない筈だ。

 

 リズリット王妃と王族女性陣連合でさえ、言う事を聞かせられないらしいし。アウレール王が生暖かい視線を向けて来たので、再度深々と頭を下げる。

 

 本当に色々と申し訳有りません。王命は完璧に成し遂げますので、ご容赦下さい。

 

 

 

「国王を前にしてもだな。まぁ王命の件で色々と考えているのじゃろう。少し前のフレイナルみたいに妄想じゃないのでマシじゃがな。だが少しは自重せい」

 

 

 

「草案を提出しろ。一応確認の上、リーンハルトとバニシードに王命を下す」

 

 

 

「有難う御座います」

 

 

 

 これで必要な要求を通す下地は出来たと、ホッと胸をなでおろす。

 

 

 

「さて、ニーレンスやローランが来ない内に本題に移るか」

 

 

 

 え?どうやら、これで終わりにはならないみたいだな。ニーレンス公爵達にも秘密の案件?チラリとリゼルを見れば小さく頷いたのは、彼女のギフト絡みの関係か?

 

 

 


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