古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

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第932話

 カシンチ族連合。

 

かつてスピーギ族に襲われて捕らわれ奴隷として扱われていた、カシンチ族のコリコ・スアクの兄弟を助けた。

 

 彼等が無事に部族に戻り状況を説明、有能な長老達がエムデン王国の宮廷魔術師第二席の僕と知り合えた事を誇大解釈して周囲の少数部族を取り纏めたのが始まり。

 

 カシンチ族の長老、シュマンジュ殿とゾイルワーム族の長老、ベンバー殿を主軸に辺境の部族達の統廃合を行い最終的に十二部族が残り総所属人数は一万八千人の大所帯となった。

 

 

 

 これは連合全体数の為、戦力としての兵士数は合計で一万人。クギュー率いる攻略部隊が約五千人、斥候用の二部隊が各千人、非戦闘員の護衛及び予備戦力が三千人で合計一万人。

 

 非戦闘員は八千人、彼等は子供でも戦力としてカウントするので本当の意味で戦力外。老人や小さな子供とかなのだろう。彼等は長距離の移動に耐えうるかも問題だな。

 

 基本的に定住しない部族もいるので比較的に全員での移動についてのノウハウは僕なんかよりも経験が豊富なので、その辺は安心だな。これが街に住む連中の移動だと相当大変だ。

 

 

 

 だが定住し農耕を生活の糧としている部族も多いらしく、収穫前の時期に畑を捨てての移動を飲み込んでくれるかは今後の説明と説得次第。

 

 

 

 だがこれは僕の仕事ではなく、カシンチ族連合の指導者層の仕事として割り振らせて貰う。個々の説得は時間的にも無理なので、そこは割り切るしかない。

 

 もしも死を覚悟しても住み慣れた土地に残りたいと言われれば、それを受け入れるしかない。故郷への土地への思いは人それぞれだから、強引に連れ出す事は僕には出来ない。

 

 そこは各部族の指導者層が説得するか強引に連れ出すか、判断して貰おう。僕の仕事は状況の説明、時間的な行程の説明、移住先の整備と関係各所への根回しと通達だな。

 

 

 

 彼等と同行して護衛は立場と時間的に無理、何処かで別れて先行する必要が有る。

 

 

 

 ブレスの街を攻略していたが、クギューに状況の説明をしてカシンチ族連合の指導者達への取次を依頼。斥候部隊にも伝令を頼み、彼等の本拠地へと向かう。

 

 場所はカシンチ族の支配地でもある場所、特定の名前は無いが通称は『カシンチ族の里』と何の変哲もない呼ばれ方をしている。定住していても基本的に移動出来る住居らしい。

 

 つまり家ごと移動出来るのか?便利だが大荷物になると移動も大変だし速度も落ちる。移動して合流するだけで一日を使ってしまったので、残りは最大四日か……

 

 

 

「ご無沙汰しております。この鄙びた地でも、バーレイ伯爵様の活躍は聞き及んでいますぞ」

 

 

 

「本当に素晴らしい活躍、戦中戦後と何方でも多大な実績を上げられるとは……この死に損ないの老人でも驚いております」

 

 

 

 伝令が先に伝えていたので、準備万端で待ち受けていてくれた。カシンチ族の里は広大な平地に集落を中心として周囲を畑で囲むスタイルで、主な作物は豆類かな?一部は小麦か?

 

 割と厳しい乾燥地帯で干ばつも頻繁とは言わないが起こるらしく、農耕での生活を成り立たせるのは厳しいだろう。小麦の穂も小さめで育成不良なのか、そういう種なのかも分からない。

 

 だがフルフの街の周辺は、此処よりも環境は良いので農耕地としては理想に近いし灌漑なら手助けも出来る。その辺の条件が説得のキモだろうか?

 

 

 

「久しいですね。ベンハー殿、シュマンジュ殿」

 

 

 

 綺麗に清掃された天幕に通されて最初の挨拶から持ち上げられる。ある程度の事情を知ったからには、僕の助力はどうしても欲しいのだから下手に出るのは当然だろうな。

 

 上辺だけでない本当の称賛を滲ませるのが老獪なのだろう。本心を知らせないのも交渉術の一つ、伊達に長生きして長老として部族を率いてはいないな。

 

 これがバーリンゲン王国の連中なら感謝などしないで、直ぐに無償で助けろ!はやく何とかしろ!遅れるなら謝罪と保障と賠償を寄越せ!とか言い出すんだよな。

 

 

 

 因みに参加者は、長老二人とクギューの三人のみで他の連中は居ない。天幕の周辺は厳重な警備体制が敷かれていて外から中の様子を伺う事は出来ない。

 

 最初にクギューの妹らしき女性が、全員にお茶を配った後は厳戒態勢を敷いている。まぁ話す内容が割と異常だから最初から大勢に聞かせるとパニックになるだろう。

 

 大勢を掌握し誘導するコツは情報の管理、与える情報を制限する事は有効。だが頻繁に使える方法ではないから使いどころが難しい。多用は不信感を煽るから……

 

 

 

「さて事前に有る程度の事は伝えて有りますが、バーリンゲン王国の愚か者共が……」

 

 

 

 再度、彼等の愚行を説明しエルフ族の行動と今後の展開、それとカシンチ族連合に求めるエムデン王国の思惑を伝えた。途中で長老二人の表情の変化は目まぐるしかった。

 

 呆れ・怒り・困惑・絶望・期待と喜び以外の表情をしたと思う。アンタッチャブルな存在(不可触・タブー視させている強大な存在・もう殆ど聖域)に無謀にも手を出した。

 

 その報復が国に住む全員に等しく降りかかる不条理、唯一の生存の可能性とそこに至る道のりの厳しさ。故郷を捨てる理由が巻き添えとかとばっちりとかだと、やるせないだろう。

 

 

 

 暫くは黙って彼等を見守る。ここは口出ししないで自分達で考えて貰った方が納得し易いだろう。僕が強制すれば従うだろうが、今後の関係性を考えて強要は悪手だ。

 

 形式は属国扱いというか保護国になるのかな?辺境の部族の集まりだから人数も多くないし、国としての体裁が整わないから難しい。妖狼族や魔牛族と同じ扱いだろうか?

 

 僕も考えに耽っていたが、彼等も思い付く限りの罵詈雑言をバーリンゲン王国の連中に向けて物凄い勢いで話していた。でもそろそろ落ち着いたのだろう、居住まいを正して僕を見ている。

 

 

 

「エムデン王国とケルトウッドの森のエルフ族との交渉の内容に沿う事をカシンチ族連合の代表として誓います」

 

 

 

「我等の新天地を用意してくれただけで十分です。これから一族を纏めて直ぐにでも移動致します」

 

 

 

 ベンハー殿とシュマンジュ殿の結論は出た。彼等が部族の皆を説得し、新しい土地に移動すると約束してくれた訳だが、書面で残す訳にもいかないので口頭での約束となる。

 

 エムデン王国が下手に辺境の部族を唆して、バーリンゲン王国を追い詰めたとか後々で言われないだけの配慮はしなければならない。一つの国が、其処に住む国民と共に消滅するのだから……

 

 あとから、どんな言い掛かりを付けられるか分かったものじゃない。アレはゴキブリ以上に生き延びるタフネスさが有る、他国に逃げ延びて自分達の都合の良い言い訳を大声で騒ぐ可能性が高い。

 

 

 

「植物ゴーレムの歩みは早い。一万人規模の民族大移動ですが、荷造りや引っ越しの準備は大丈夫なのですか?有る程度の物資の供給は可能ですが、今預けても問題は無いですか?」

 

 

 

 援助物資を渡すタイミングを聞いてみる。ある程度は行動を共にするが、途中で別行動になるし何時までも渡さない訳にもいかない。敵の領土を横断するのだから、色々と必要になる。

 

 武器や防具は嵩張る。食料や衣料品だって同じ必要な時に必要な物を渡すのではなく、物資の移動や配布の管理まで行って欲しい。流石に横領とか横流しはしないと思うが、全てを信用する事も出来ない。

 

 それは責任の放棄と変わらない。空間創造の中にある物は、エムデン王国の国民の血税で用意されている。最大限、有効に使う必要が有るので無駄には出来ない。

 

 

 

「土地から土地への移動は慣れています。我等も今は農耕を生活の糧として行動していますが、何代か前は狩猟民族でしたし今でも放牧を嗜んでいますので慣れています」

 

 

 

「愛着が無いとは言いません。ですが長年の怨敵の所為とはいえ、この厳しい辺境から脱出出来る術が有るならば万難を排してでも行う意義が有ります。必ず皆を説得します」

 

 

 

 力強く宣言してくれたので、王命の初期段階を一応達成だね。説得は完了、次は移動と障害の排除。目的地に到着したら最後の防波堤としての役割をこなして貰おう。

 

 丁寧に礼をいってから天幕から急ぎ足で出て行った。これから一族を説得するのだろう。だが条件は良いし原因も自分達は一切悪くないから問題は少ないからね。

 

 怨敵と言ったバーリンゲン王国の連中との関係の清算、自分達は生き残り相手は滅亡する。これ程、分かり易い最後は無いだろう。

 

 

 

「なぁ?何でそんなに邪悪な笑いが出来るんだ?俺様でもビビるんだが、そんなに馬鹿共が憎らしいのか?憎らしいよな?酷い内容を噂として国中に流されているもんな」

 

 

 

 邪悪な笑み?まさか品行方正で寛大で優しい僕が邪悪な笑みなど浮かべる訳がないじゃないですか?一応、誤魔化す意味で両手で顔を擦る。確かに口元の形が歪だったかな?

 

 

 

「悪逆非道な殺戮魔術師、同族一万人殺しの人類の敵である邪悪な魔術師の事ですか?まぁ腹立たしくはあります。ですが完璧な縁切りが出来る事を思えば我慢出来る範疇ですよ。クギューは行かなくて大丈夫なのですか?」

 

 

 

 多分だが、クギューは接待役なのだろう。流石に一族を説得する必要が有るとは言え、僕を放置して一人で残していく訳にもいかないし。

 

 

 

「俺様?嫌だぜ、損な役回りは面倒臭いだろ?まぁ爺様達が乗り気だし説得は出来ると思うぞ。残るとか言い出す連中も他の奴が縄でグルグル巻きにしてでも連れて行くさ」

 

 

 

 残れば確実な死が待っているだけだし、条件も悪くないから新天地で気分を一新して新生活を満喫して欲しい。

 

 

 

「まぁ説得はお任せするよ。だが二万人近い連中が一斉に家財道具と共に移動するとなれば大変だぞ」

 

 

 

「自分達の部族で纏まって移動すれば、十二の集団に分かれるだろ?護衛は俺の配下を動かすし、周囲の警戒は斥候部隊が引き続き行うから再編しなくても良い。

 

残念だが家財道具の殆どは、此処に残して行く事になるだろうけどな。バーリンゲン王国の連中と心中するのは御免だぜ。俺達は生き残って、馬鹿共が亡ぶのを高笑いしながら見るんだ」

 

 

 

 まぁ良い趣味じゃないが、今迄の関係性を考えれば仕方無いかな。大分見下されて不当に扱われてきたんだ。同じ事をされても文句は言えないだろう。

 

 

 

「そうだった。クギューと会う前に迷って海辺の寒村に迷い込んだんだけどさ。そこに幼い兄妹が逃げ込んで居たんだが、話によるとクギュー達に助けて貰ったと言っていたけど?」

 

 

 

 そう言うと暫く考え込んでいたが思い至ったのだろう。分かり易い手を叩くと言うジェスチャーと共に頷いた。

 

 

 

「ああ、確かに両親と幼い兄妹が襲われていたのを助けたな。聞けば貴族の落し種らしいし、関わるのも危険だし嫌な思いしかしなさそうだから助けたが村に届けてそのままだったな。

 

あの辺鄙な村に追いやられた連中はさ。俺達の血も引いている中途半端な立ち位置なんだが、途中で声を掛けて望むなら同行させても良いぜ」

 

 

 

 助けただけでなく村まで送り届けたのか。随分と優しい事だが、混血の事も理解している。公然の秘密なのだろうか?普通に部族対立で混血の扱いは微妙なのだが、同行を望めば受け入れるって事だよな。

 

 まぁ止める必要も無いが、あの兄妹に本当の僕の正体がバレたらどうなるのか分からない。貴族の落とし子かと思えば大国の重鎮で上級貴族でしたじゃ、笑い話にもならない。

 

 逆にエムデン王国の貴族は変わり者が多いとかマイナス評価になりそうで怖い。まぁ僕は変わり者だから誤解でも嘘でもないけど、騙したと思われてもいやだし。

 

 

 

「幼い兄妹が危険に晒されるよりはマシだからね。保護できるなら頼むよ」

 

 

 

 交渉事で頼み事には対価が必要になるが、僕は対価となる物資を大量に持ち込んでいる。元々目的が一緒ならば無償で提供しても良いのだから条件を付けても良いよね?

 

 接待役のクギューと世間話まで始めた頃に漸く一族の説得が終わったか進展したのだろう。ベンハー殿とシュマンジュ殿が天幕に戻って来た。

 

 結論から言えば、説得は成功。一部は残りたいと駄々を捏ねたが、親族一同の温かい説得により移動を了承。各部族に分かれて持って行く家財道具の選定に入った。

 

 

 

 一族の総人数に近い馬を飼育し日常でも一緒に暮らしているので、運送力には余裕が有りそうだ。驚くべき事に明日の朝には殆どの連中が出発出来るとの事だ。

 

 話が早くて助かるが、彼等も命懸けなのだから当然かな。敵対はしないがエルフの長老達謹製の植物ゴーレムが迫ってくる。余裕が無いのも当然、エルフ族は甘く考えて良い連中じゃない。

 

 明日の早朝、約一万八千人のカシンチ族連合に所属する連中が移動する。当然だが、バーリンゲン王国の連中も黙って通過などさせない。必ず戦いになる。

 

 

 

「クギュー、護衛部隊の責任は重いぞ」

 

 

 

「分かってる。俺様に任せておけば安心だって」

 

 

 

 胸を叩いて任せろって言うけどさ。バーリンゲン王国の連中の愚かさを知っている。転んでも只では起きずゴネることは想像に難しくない。だが今は統制が取れず各領主が好き勝手している。

 

 そして植物ゴーレム達に手出ししない訳が無い。更に混乱するだろう。この状況を最大限に生かせば、無事にフルフの街にまで移動出来ると信じるしかないか。

 

 まぁ途中まで同行して、彼等の力を確認して駄目そうなら介入するしかないか。エムデン王国というか、僕の事情に巻き込んだ事に対する責任は果たすさ。

 

 

 

 ふふふ、同年代というか年の近い同性と仕事絡みでも接する事が少し嬉しく楽しい。これが年相応って事なのだろうか?

 

 

 

 

 

 


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