古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

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第928話

 

 複雑な環境に置かれている兄妹を見下ろす。背が低い事がコンプレックスな自分より更に低い身長、兄でさえ十二歳以下という年齢なのに自立を考えている。

 

 だが安易に冒険者になろうという事は勧められない。実際に冒険者ギルドに登録する事は不可能じゃないと思う。不正蔓延るこの国ならば、少額の賄賂でも年齢詐称くらいは出来そうだ。

 

 仮に冒険者になったとしよう。この子の年齢と能力で受けられる依頼で兄妹が生活出来るのか?無理だと思う。では兄一人では?それも無理だな。

 

 

 

 こんな田舎の片隅で冒険者として活動出来るか?頑張っても討伐依頼で稼ぐ位しか無理、そもそも最寄りの冒険者ギルドに行って依頼を請けるだけで一苦労だぞ。

 

 安定した生活など無理、老人と共に此処で生活するのが一番良いとは思うのだが……ここの生活は早々に破綻する。エルフ達を怒らせた所為で、森に埋まる事が決定しているから。

 

 僕もその責任の一端が有る。辺境の一部をエルフの古老達の好き勝手な植生の森にすれば良いと、クロレス殿を唆したから苦労しているんだ。

 

 

 

「ならさ、妹だけでも連れ出してくれないかな?此処よりはマシな生活が出来るだろ?」

 

 

 

 変な笑いを浮かべながら、妹の両肩に手を置いて此方に押し出してきた。閉塞した此処の暮らしよりも、僕と一緒の方が妹の幸せだと考えたのか?

 

 実際に僕が面倒を見る事も可能だし、端から見れば幸せに思える程度の援助も可能だろう。大した手間でも費用でもない。エムデン王国に連れ帰って屋敷で雇えば良いだけだ。

 

 イルメラさんに事情を説明すれば、モア教の僧侶としての立場でなら受け入れてくれる。だが僕の恋人としての立場なら、悲しませる。ホイホイと身寄りのない女の子を連れ帰って来るなってね。

 

 

 

「それは無理だよ。兄妹が離れ離れに暮らす事に幸せが有ると?他人に自分の妹の幸せを委ねる事が、兄として妹の幸せだと思うのか?」

 

 

 

 厳しい状況下で生かすという意味では幸せだろう。その考えは間違いだと否定は出来ない。だが僕には受けられない理由が有る。最低な理由がね。

 

 この国の連中とは距離を置きたいという最低の理由……恨まれる覚悟は有る。自業自得とは言え国が無くなる事に助力はせずとも黙認はする。いや消極的な協力かな?

 

 どちらにしても、今回の任務は極秘だから子供を同行させる事も出来ない。どこから情報が洩れるか分からないのだから、危険は極力避けるべきだ。

 

 

 

「やはりアンタは良い人だよ。この国の連中だったら妹みたいな小さくて可愛い女の子を託すって言われたら、一秒も悩まずにウンって言って引き取って、直ぐに味見してさ。その後で誰が一番高く買ってくれるか考える奴等しか居ない」

 

 

 

 年下の子供が吐き捨てる様に言った内容に驚きを禁じ得ない。まさかこんな子供でさえ、味見って意味を理解しているのか?それって性的な意味だろ?

 

 そういう事を理解出来るだけの事を見せられてきたって事だぞ。どれだけモラルの低い連中が多いんだ?しかも幼女に対してだぞ。それだけで、この連中を滅ぼす理由が上乗せされる。

 

 そうか、自分では悩んでる様に考えていたけど全然違うんだ。既に滅ぶべしと思っているから、その外付けの理由を探して自分の心の負担を軽減していただけだ。

 

 

 

「うわっ、それは最低だな」

 

 

 

 思わず呟いてしまった。そいつ等に対しても自分に対しても、最低だと心から思ってしまった。まぁ自分の、自分達の幸せを最優先する覚悟は出来ているので今更だね。

 

 しかしこんな子供でさえ、最悪の予想が出来る位には日常茶飯事の最低な行為を知っている。小さな子供が『性的な味見』とか普通に言える異常性が、この国の連中の日常の行動なのだ。

 

 此処に残っても何も出来ない。早々に引き上げる事がお互いの為だな。兄妹の頭を軽く撫でた後、交渉用に用意していた蜂蜜の小瓶を渡して集落から立ち去る。

 

 

 

 小瓶の中身を確かめて、蜂蜜だっ!って喜んでいる隙に足早に離れる。久し振りの甘味に、興味が蜂蜜一色になってしまったのかな。

 

 

 

「カシンチ族が助けた兄妹なら、彼等と接触した時にでも話そう。可能ならば彼等をカシンチ族で引き取って育てて欲しいが、それは無理だろうな……」

 

 

 

 

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 

 

 

 教えられた道順を辿り、イエルマの街が見える所までやって来た。距離にして1km程離れた丘の上から身を隠しながら街の様子を窺うが、黒煙等は見えないし街を囲う擁壁も壊れた場所は確認出来ない。

 

 少なくとも破壊されたり焼き討ちにあったりはしていなさそうだが、遠目でも門が閉まっている事は分かる。それと街の周辺に粗末なテントが幾つも見える。あれはカシンチ族の連中だろうか?

 

 テントの周りには人影も見えるが、大きさからして成人男性。武器の携帯までは分からないが、周囲を警戒している感じはする。暫く観察する為に外観を岩で偽装した小屋を錬金する。

 

 

 

 見た目は普通の岩で、監視用の細いスリットから外の様子を伺う。空間の高さは中腰にならないと頭が天井に当たるが、中は其れなりに広く大の字で寝れる広さは有る。

 

 

 

「取り敢えず、暫く様子を窺って夜になったら近付いて地下からトンネルを錬金して侵入するかな」

 

 

 

 街への夜間侵入は慣れたし、今回も同じく夜間に地中からの侵入を考えている。空間創造から果実水を取り出して喉を潤しながら観察を続けるも、特に大きな動きは無い。

 

 これだけの規模の街で出入りが無い事自体が異常だとは思う。領民が生活する為の物資が街の中だけで賄える筈もなく、定期的に外から運び入れる必要が有る筈なのだが……

 

 既に運び込まれたのか、これから運び込むのか?うーん、こういう時って時間の無駄と思ってしまうのは職業病なのだろうか?監視も重要な仕事だけど手持無沙汰だからか、時間を勿体無く感じてしまう。

 

 

 

 駄目だ、この思考は良くない。視野が狭まっているし余裕も無い。任務と仕事に対して強迫観念が有るみたいじゃないか?もっと落ち着いて、全体を俯瞰で見る事を心掛けないと駄目だ。

 

 この思考は全体を統括する者の思考じゃなくて、末端の管理職の考え方だ。不味いな、毒されていないか?思考の切り替えが必要、ゆっくりと果実水を呑んでイエルマの街の動向の観察を続けなければ……

 

 半日ほど観察し時間は夕方、スメタナの街の外壁を夕焼けが赤く染めている。昔、ウィンディアが『街が燃えているみたいだ』と感動しながら言ったけどさ。それは不吉だぞ。

 

 

 

 街の中のあちこちから白い煙が立ち昇ぼる。夕食の支度で煮炊きを行っているのだが煙が太くて本数が少ないのは、もしかしたら個々の家でなく纏めて煮炊きを行っている可能性も有る。

 

 つまり配給を行っている前提とすれば、食料を為政者が纏めて管理しなければ駄目な量しか確保していない。戦時中の対応と考えれば良いのかな?だが統制は取れていると見て良いか。

 

 食料を備蓄し配給出来るだけの準備が有り、領民もそれに従う程度の民度が有り支配下に置かれている。不満が有れば勝手に暴発する連中が多いのだから、それを考えれば有能なのだろうか?

 

 

 

 いやハードルが低過ぎるだけで、エムデン王国の支配階級の連中ならば普通だ。出来なければ罷免されるだけだし特別有能って事でもない。

 

 暫く待てば完全に陽が落ちて辺りは真っ暗、辛うじてイエルマの街の明かりが城壁の上の方を照らしている。それと僅かだが門の周辺に篝火を焚いて周囲を警戒しているが、完全ではない。

 

 結局、見張っている最中にイエルマの街への出入りは無かったな。完全に籠城するならば周囲への警戒を厳重にするのが普通だが、殆どしていない。

 

 

 

「中途半端過ぎるが、事前情報だけで判断するのも悪手だし自分の目で確認するのが正解か……」

 

 

 

 この見張り場所には戻って来ない。少しでも地下侵入の痕跡を残す訳にはいかないので塞ぎたいが錬金する地下通路が酸欠にならない程度の空気穴が必要なので直径30cm程度の穴を残す。

 

 見付かってもキツネやウサギの巣穴だと考えてくれれば儲けモノ。地下通路も僕が通ったら空気穴だけ残して埋めるし、空気穴も暫くすれば自然に崩れて塞がってしまうだろう。

 

 正直、慎重過ぎるとは思う。いずれ森に埋まるので放っておいても証拠隠滅は完璧だが、普段から手抜きをしていると肝心な時に手を抜きかねないので慎重な位が良いんだ。

 

 

 

「特に僕は普段が抜けてるから、慎重な位で丁度良いんだ」

 

 

 

 途中、何度か地上に頭だけ出して方向を確認しながら進む。流石に1kmもの地下通路を進むと方向感覚が狂うので微調整は必要、100m位手前で最後の確認をする。

 

 正面には伐採した材木を縦に並べただけの簡素な城壁が見える。丸太の隙間から街の中の明かりが漏れているが光量は小さく、街の中もそれ程明るい訳じゃないので十分に暗闇に紛れ込める。

 

 正面右側は門に近いので城壁の内側は拓けた広場の可能性が高い。左側は隙間から漏れる明かりが殆どなく暗いので、侵入しても発見し辛いと思う。

 

 

 

 進行方向を左側に微調整して前に掘り進む。大体の距離感で、僕の歩幅を60cmとして約100mならば167歩なので180歩進んで地上に頭を出す。

 

 

 

「む、建物の土台の下か?」

 

 

 

 街の中の建物は木造建築が多い。エムデン王国は材料に石を多用するが、調達し易いのは木材の方だ。束石の上に束を建てて根太をながして床板を貼る構造だな。丁度上の部分に人が居るのだろう。

 

 話し声が聞こえるし動き回ると床板が軋んで嫌な音と埃が落ちて来る。情報収集と我慢して聞き耳をたてると、上で何を話しているかが何となくだが分かるが聞こえない部分も多い。

 

 床板一枚でも防音性能は有るって事なのか?気配を消して会話に集中する。

 

 

 

『また配給か…………の所為で余計な苦労ばかり……なら良かったのに…………何故………』

 

 

 

『仕方無いだろ。……の方が、未だマシ………はどうするのだろう?』

 

 

 

『………カシンチ族連合だ………勝手はしていないが…当分出て行かないだろ?……の奴等が……』

 

 

 

『追い出すのは……だし、居なくなられても………面倒臭い話だな。明日の………だろ?』

 

 

 

『ああ、そうだな。明日は…………だから…も…………だろう』

 

 

 

 思った通り配給制になっている。カシンチ族が街を支配下に置いているとみて間違いは無さそうだし、街の中で乱暴狼藉は行ってはいない。懸念したよりも上手く街に溶け込んでいる。

 

 明日、なにかイベントが有りそうだが良く聞こえなかった。それ以降の会話は食べ物を咀嚼する音と配給の食事についての不平不満だらけ、この会話を聞くとバーリンゲンの領民だと思ってしまうな。

 

 不平不満ばかりを言い、自分では改善に動こうともしない。文句だけは一人前だが、自分達の希望ばかりで改善策が全く無い。隣の家に移動するか……

 

 

 

 横並びの家の中を何件か伺うが殆どが配給された食事を食べているか無人と思われる家、この擁壁の周辺に建つ家の住人達は比較的後から街に住み着いた連中らしい。

 

 中心部は古参の、それなりに力を持つ連中が占拠し街の外周は立場の弱い連中が住んでいる。この辺はどこも変わらない、街の中心に行くほど土地の価格は高くなり住める者は限られる。

 

 エムデン王国も同じだ。王都・貴族街・新貴族街・商業地区・居住地区と王都を中心に重要区画から広がっている。外周に住む連中は末端に近いが、それなりの情報は得られた。

 

 

 

「次はもっと中央の方に移動するか」

 

 

 

 軒下から周囲を確認するが夜の八時過ぎなので人通りはそれなりに多い。配給の食事を貰って家に帰る連中が殆どだな。武装した兵士が三人一組で巡回しているが、練度は低そうだ。

 

 だが領民に日常的に乱暴狼藉をしている感じはしない。それは領民達に避けられたりしていないし、威圧的に接していないから。普通に挨拶程度は交わしているし、割と統制が取れているのかな?

 

 うーん、もう少し情報を漁ろう。丁度、この上の家には人の気配が無いので侵入してみるか。生活の感じから、どの程度の水準で暮らしているかが分かる筈だ。

 

 

 

 人の住む家は中の状況を確認するだけで、ある程度の生活水準が分かる。末端の住人の暮らしのレベルが分かれば、中央に住む連中はもっと良い暮らしをしているから。

 

 

 

「お邪魔します」

 

 

 

 何となく小声でお断りを入れる。床の木材を錬金で開口に変えて、感知魔法で周辺を確認。両隣の家の中には人の反応が有るが、この家は無人だ。素早く穴から登って室内を観察する。

 

 窓にはガラスが入ってなくて格子状の為、外の明かりが室内をほんのりと照らしてくれるが逆に外からも室内の様子が窺えるって事だな。ガラスは貴重品なので普通は防犯用の格子窓だな。

 

 素早く左右を確認する。無人だが空き家ではない、人の生活の匂いというか何というか微妙な感覚。色々と混ざった匂いというか何というか。正直に言えば少し臭い。

 

 

 

 理由はトイレ用の壺が土間の衝立の奥に置いてあるからか?

 

 

 

 家探しをするつもりはないが、タンスを開けて中身を確認すれば品質は悪いがそれなりの数の衣装が吊り下がっている。衣服は貴重品で替えが有るって事は生活水準は低くない。

 

 水瓶に溜まった水も澄んでいる。井戸水か湧き水かは分からないが綺麗な水が普通に飲める環境、近くの棚の中身は小麦粉や謎の干し肉と少量のフルーツだな。

 

 配給制とはいえ、全く食料が無い訳でもない。つまり末端でも余裕が有る。それでも配給制を敷くとなれば、別の理由が有る。此処の支配階級の連中は、それなりに先を見通している。

 

 

 

「危機感を持っているって事かな。カシンチ族連合の存在は未だ感じられないが、このイエルマの街は今迄の街とは少し違うのか?」

 

 

 

 まぁ良いか。家主が帰ってくる前に移動しよう。地下通路に飛び込み床板を元通りに塞ぐ。少し綺麗になってしまったが、気にする程でもないだろう。

 

 さて次は、領主の館に侵入するか。領主がそのまま残っているのか、カシンチ族連合の連中とすり替わっているのか?それとも他の誰かなのか?

 

 事前情報では強欲な領主が居て、領民達は近隣の街に逃げ出したと言われていた。だが実際に訪れてみれば、それなりに統制された暮らしをしている。治安も悪くない。

 

 

 

 この情報の違いは何だろうか?ここの支配者に会うのが楽しみだよな。

 

 

 

 


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