古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

929 / 1001
第923話

 慌しくゴーレム製の馬に跨って駆けて行くゴーレムマスターを見て思う。よくも俺の悪巧みを潰してくれたものだ。俺が居なければ我が家は立ち行かない、無能者の集まりだからだ。

 

 そんな実家に括られてこき使われる事を嫌って、領地に巣食う強欲な連中を唆して狂言誘拐を仕掛けた。身代金など払いたくは無いが、俺がいないと立ち行かないから払うしかない。

 

 まぁ馬鹿な親に兄貴達は、それでも手持ちの金を払うのは嫌だからと見捨てる可能性の方が高い。普通は身代金を払って身柄を確保して、損分を働かせて補填させるとか救出を試みるとか色々考えると思うだろ?

 

 

 

 それをしない出来ないのが我が親族達なんだ。だから一計を案じた。

 

 

 

 我が一族の隠し財産、俺がその隠し場所を知っていると思わせた。偽の古文書やら先々代の調査報告書をそれっぽく偽造して分かり易い場所に隠した。それを愚鈍な兄が見付けた段階で、俺が誘拐される。

 

 隠し財産の総額は身代金の五百倍、そんな金は有る訳がないが馬鹿だから気付かないし分からない。逆にそれ位の差が有ると思わせないと身代金など払わない、本当に愚かでどうしようもない。

 

 我が家の財産の殆どを身代金として払っても五百倍の隠し財産が手に入るとなれば、断腸の思いで身代金を用意する筈だ。そして恩着せがましく、親父か兄貴が身代金を持ってくる。

 

 

 

 理由は独り占めしたいから。身代金を払い俺を引き取ったら、隠し財産の場所を聞き出して殺すつもりだろうな。五百倍の財産が有れば、俺を生かしてこき使う理由が無いから口封じを兼ねて絶対に殺す。

 

 序に他の連中に知られたくないから護衛も最小限しか連れて来ない。本当に危機管理能力が欠如している。まぁ俺も身代金を持ってきたら、死んでしまった連中に殺させて奪って逃げるつもりだった。

 

 バーリンゲン王国は終わり、お先真っ暗で滅ぶしか無い。馬鹿共が属国と言う名の保護国に甘んじて入れば、エムデン王国から継続的に融資を引き出せたんだ。それを見栄か欲かは知らんが、クーデターを起こしやがった。

 

 

 

 いくらエムデン王国が我が国を優遇しなければならないとしても、流石に傀儡政権を倒せば周辺諸国との関係上は無罪放免とはいかない。

 

 

 

 その辺の匙加減が甘いんだ。我が国は地政学的に最高の場所、敵国と隣接せず全てを負い目の有るエムデン王国に守らせる。そして謝罪と賠償を継続的な援助や融資という形で貰いヌクヌクと生きて行ける。

 

 この完璧なシステムを崩壊させた中央の連中の事など知らない、俺の責任じゃない。とっとと殲滅して元の正しい関係に戻るべきなのだが……少々、情勢が怪しくなってきているぞ。

 

 ゴーレムマスターが単独で我が国の中を動き回るのは前例も有り理解出来る。アレは俺達の為に身を粉にして働く義務が有り、少し前まではそうしていた。便利で使い勝手の良い奴だったが、先程の態度が気に食わない。

 

 

 

 まるで俺達の方が悪いという態度だったぞ。

 

 

 

 気に入らない。自分達の罪を棚上げして、まるで『自分は悪くない、お前が悪い』みたいな態度だったな。謝罪も賠償も全然納得のいく水準までしていないのに、もう関係無いみたいな愚劣な態度。

 

 許されざる暴挙。何を考えたら、あのような考えに行きつくのか全く分からない。これだから辺境の蛮族と同等の存在を相手にするのは疲れる。俺達が指導してやらねば駄目な国、それがエムデン王国だ。

 

 あのモンテローザとか言う女の話の通り、『正しき過去の歴史を思い知らせて正しき未来を歩ませる』教育と指導をしなければならない。思い知らせないとならない。これは贖罪であり、俺達は未だ許していない。

 

 

 

「くそっ、溜め込んだ宝も全て持ち逃げしやがった。だが、あの場で俺のだから返せとも言えなかった。寄越したショートソードが保管されていた物なら、正しい所有権を主張できたのだが安物レベルの錬金武器を寄越すとは……」

 

 

 

 腹立たしさを込めてショートソードで近くの壁を思いっ切り叩く。簡単に刃こぼれした、安物を寄越すとは呆れる。あと衝撃で手が痛い。武器など貴族が扱うべきモノじゃない。下賤な兵士の扱うモノだろ。

 

 しかも呆れ過ぎて何も言えなかった。『ゴーレムマスター』とか『稀代の錬金術師』とか『ツアイツ卿の生まれ変わり』とか言われているが、盛りに盛った嘘だな。只の生意気で無礼な餓鬼だ。

 

 大した男じゃない。貴族としても未熟、同じ貴族たる俺を保護せずに放置とか有り得ない愚行。これだからエムデン王国の連中は使えない、威張るだけならボス猿でも出来るぞ。

 

 

 

「まぁ元々は新貴族の男爵の長男という貴族でも最低の立場だったのだ。似非貴族といっても仕方が無い。ここは、俺が大人の対応をしなくては駄目なのか。全く罪状が積み重なるぞ。返し切れるのか?

 

 

 

 しかし少し変だな。あの慌てようで王都以外の方面に向かっていったとなれば……考えられる事は、それほど多くは無い。

 

 

 

「クーデターを起こした連中が居る王都に攻め込んだという情報は聞いていない。本来ならば最初に攻め込む場所な筈だが向かわない?あの凶悪で幾つもの街を攻め滅ぼした暴君が王都に向かわずに……そうか、辺境か?」

 

 

 

 瓦礫に座り、ショートソードをブラブラと揺らして考える。この道を真っ直ぐに行けば、幾つかの領地を通過して最後は辺境に繋がっている。俺も交流は無いが、まぁ強欲でどうしようもない連中だな。

 

 領主達とゴーレムマスターとの接点は無い筈、奴は俺達との関わりを極端に避けていた人付き合いの出来ない愚者。そこに用など無いだろう。つまり素通りして行き付く先は?

 

 辺境の蛮族共と接触するつもりか?あのゴキブリの如くしぶとく生き汚い連中に頼るのか?本当に度し難い、それでも貴族か?いや似非貴族だった。これだから困る、常識が通用しないからな。

 

 

 

「たしか辺境の蛮族のカシンチ族連合と接点が有ったと聞いたな。嗚呼、なる程な。奴等に助力して俺達と共食いさせる考えか?汚いし非道だが、それなりの効果は有る。全く浅ましい連中だな。嫌になる」

 

 

 

 立ち上り尻に付いた埃を叩いて落とす。さて、困った事に奪う筈の身代金を強奪されたので金が無い。だが親父と長兄は殺したが次兄が生き残っている。家を継ぐには邪魔だが、財産の無くなった家を継ぐ気も無い。

 

 ここは親父達と共に、俺も殺された事にして縁切りするのが正解だな。この家のお宝は全て盗まれたが、殺された他の連中の家を漁ればそれなりのお宝は残っているだろう。

 

 ゴーレムマスターと逆方向に行くのが正解だな。馬はないから徒歩、護衛も居ないから昼間は隠れて夜に移動だな。全く苦労ばかりを掛けさせられる。これはエムデン王国に亡命して生活の保障をして貰うしかないな。

 

 

 

「うん、そうだな。ゴーレムマスター殿に迷惑をかけられたと事実を伝えて、厚遇して貰うか。奴も急いでいたので仕方無いが、落ち着いたら謝罪と賠償をして貰って悠々自適の生活を送る事にするか」

 

 

 

 苛つく不遇も最後に幸せになれると思えば我慢は出来る。途中で同じ様な境遇の連中を募って戦力の補強をするか。そいつ等にも俺の協力者として、それなりの援助をさせれば良いな。

 

 先ずはエムデン王国の殿下達が居座る、フルフの街を目指すか。そこで護衛を付けて貰い馬車でエムデン王国まで送って貰えば良いな。ふふふ、完璧な計画。流石は俺だ。

 

 嫌々だが家探しをして金目の物を漁るか。俺の役に立つのだから、死んだ奴等も本望だろう。有効活用してやるか。

 

 

 

「残念なのは女子供共は既に人買いに売り払ってしまったんだよな。その代金は全て奪われてしまったのが悔しくて仕方無いぜ。良い金になったのにな」

 

 

 

 取り敢えず一番近い家の扉を蹴破る。確か野盗の幹部の一人、幹部?ただの破落戸(ごろつき)が大層な役目を自称していたな。まぁ腕っぷしが強いだけの間抜けだったがな。

 

 さて、何処にお宝を隠したか家探し……いや、宝探しか?それはそれで楽しみだな。戸棚を開けて中身を引っ張り出す。腐りかけの食い物に汚い服?何だ、碌なモノがないじゃないか!

 

 駄目だ、金目の物が全く無い。腐ってない食い物を選んで持ち出し、次の家に移動する。最初はハズレだったが、此処はどうだ?同じ様に扉を蹴破り中に入る。前の家よりは小綺麗にしてるので、期待できるか?

 

 

 

「ほう?良いワインが有るじゃないか?平民には勿体ない、俺が飲んでやるぜ」

 

 

 

 棚に並んだワインの瓶を見て、俺では飲めない銘柄だと確認出来て嬉しくなった。そこそこ良い食い物もテーブルに並んでいるし、一人宴会と洒落込むか。

 

 コルク栓を抜いてラッパ飲みをすれば、喉を流れるアルコールの刺激に心が痺れる。ああ、これこそが自由。好きな事だけをして生きられる貴族という高貴なる者の生き様よ。

 

 ふふふ、ゴーレムマスター殿。早く用事を済ませて戻って来い。俺への謝罪と賠償は盛りに盛っておくが、エムデン王国の貴族なのだから諦めてくれ。

 

 

 

 俺も今は我慢してやるからな。はははっ、あの女と話した後からだが我慢する必要が無くなったな。人間として男として一皮剥けたって事だろうか?

 

 モンテローザといったか?そこそこ良い女だったし、手を出しておくべきだったか?未だ餓鬼だったし抱いてやるには早いと思ったが、今考えれば強引にでも抱くべきだったか?

 

 俺に抱かれるなら幸せだろ?しかも侯爵家の娘だった筈だし、惜しい事をした。次に会う機会が有れば強引にでも抱いておくか。侯爵家の縁者、良い響きだしな。

 

 

 

「そう言えば、あの女も辺境に行くとか言ってなかったか?」

 

 

 

 

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 

 

 

 非常に珍しい事ですが、ゼロリックスの森のエルフの方から妖狼族を通じて情報が寄せられました。親書や手紙等ではなく口頭での通達に近い形でしたが、リーンハルト様の行動について教えて下さいました。

 

 リーンハルト様にしては珍しく慌てていた様子で単独でバーリンゲン王国領を突破し辺境のカシンチ族連合まで物資を送り届けるとの事ですが……

 

 ケルトウッドの森に行って森の浸食の状況を確認し魔牛族の移動を妖狼族の選抜部隊と調整してから、辺境に向かう筈でしたが予定を変更する程の大問題が起きました。

 

 

 

 詳細は教えて貰えませんでしたが、エルフ族の古老の方々が森の浸食を助力する関係で予定が大幅に短縮化するそうです。

 

 その件について、リーンハルト様は適切な助言をしたらしく、ケルトウッドの森のエルフ族の代表のクロレス様が相当感謝したらしく、彼が情報を寄越す様に指示したそうです。

 

 またですか?ゼロリックスの森のエルフ族だけでは飽き足らず、ケルトウッドの森のエルフ族とも友好を深めるとか信じられません。思わず頭を抱えてしまいます。

 

 

 

「何ですか、ジゼル。頭を抱えて蹲るなど、はしたないですわ」

 

 

 

 リーンハルト様の御屋敷に設えた私専用の執務室に続々と報告が集められ、その精査だけでも大変なのにエルフ族絡みの問題まで寄せられてはですね。

 

 いくら温厚な私でもキレるんです!この執務室に入れるのは信用に値する者達だけ。私とアイシャ他、リーンハルト様の政務を手伝える厳選された者達だけです。

 

 ウィンディアは駄目ですが、イルメラさんは例外でOKです。あの方はリーンハルト様が一番信頼されているので、特に何か手伝って貰う事はなくとも選考から外す事は出来ません。

 

 

 

 悔しいのですが、本妻の私や側室のアーシャ姉様、謀略毒婦のザスキア公爵よりも一段上の存在なのです。その他の方々も同様に、イルメラさんの一段下で横並びですわ。

 

 平民として侮ってはいけない女性。もし、もしも彼女が現状に不満があるとか悲しいとかを言えば、リーンハルト様は悩み抜いても最終的には要求を呑んでしまいます。

 

 勿論ですがモア教の僧侶であり思慮深く慈愛に満ちたイルメラさんが、そのような事を言う可能性は限りなく低いとは思いますが……

 

 

 

「そうは言ってもですね。フェルリルさんとサーフィルさんからの報告について、また他の森のエルフ族と親交を深めたとかですね。どう考えても異常な事ですわ。

 

しかも事前の予定を変更して辺境のカシンチ族連合に単独で急行するなど、普段のリーンハルト様からしたら異常です。それは、エルフの古老達の行動が……」

 

 

 

「常軌を逸していた。そういう事でしょう。その対応に、旦那様は単独で動かれたのです。私達は旦那様を信じて出来る事をしなくてはなりません」

 

 

 

 具体的には、妖狼族の方々に魔牛族の引っ越しの護衛と手伝いを円滑に行わなければなりません。幸いにして、妖狼族の方々はエルフ族の方々と良好な関係を結んでいます。

 

 元々、魔牛族も妖狼族もケルトウッドの森のエルフ族の傘下みたいな関係性でしたので、今回の件については問題は少ないでしょう。事前に計画はされているので、粛々とこなせば良いのです。

 

 フェルリルさんもサーフィルさんも一部隊の指揮官として、リーンハルト様も認めた実力は有ります。私がする事は少ない、精々が連絡を密にして補給等のサポート程度です。

 

 

 

「そうですわね。あの方は自分で何でも出来ますし出来ると思っていますので、一人で先走ってしまう事が多いのです。困った事です」

 

 

 

 本当に有能というか何というか、単独で小国とはいえ独立国家相手に喧嘩を売って勝ててしまう非常識な殿方なのです。深々と溜息を吐いてしまいます。

 

 いえ、嫌いではないですし嫌でも有りません。只、自分の常識が通用しない事が悔しいのでしょう。少し前は理解が出来ない事を恐ろしく思ってしまいましたが、今は違います。

 

 何度か深呼吸をして気持ちを切り替えます。先ずは、フェルリルさんとサーフィルさんを呼んで計画の修正を行って実行に移しましょう。

 

 

 

 ああ、そうでした。一つだけ問題がありました。魔牛族の里に設置されている防衛機能の件については、破棄なのか撤去なのか移設なのかをケルトウッドの森のクロレス様に確認する必要が有りました。

 

 フェルリルさんに失礼に当たらない様に、クロレス様に問う様に厳命しておかないと駄目ですわね。私って内助の功が過ぎます。早く本妻として娶って貰わなければ、駄目です。ダメダメです。

 

 ザスキア公爵と張り合うには、力が足りませんが……誰を味方に引き入れれば良いのでしょうか?私の影のリゼルも護衛のクリスも今一つ信用がなりません。

 

 

 

 イルメラさんと良好な関係さえ維持していれば問題など無いのですが、あの方も旦那様最優先なので方向性さえ間違えなければ大丈夫でしょう。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。