古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

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第911話

 セイン殿とカーム殿の結婚の報告と挨拶を受けた。幸せ一杯の若い二人の門出を祝う事は喜ばしい、面倒臭い根回しの苦労も吹き飛んでしまう程だ。

 貴族的な根回し、これが出来て漸く貴族社会で生きて行けるのだが、微妙に行えない連中が多い。普通に淘汰されていくので、手を差し伸べないと駄目な連中も多い。そういう連中ほど良心的な者が多い。

 それだけ貴族社会が腐っていて闇が深いって事で、善人ほど闇に呑まれやすい。まぁ僕は腹黒だからね、そう簡単には飲み込まれない自信は有る。

 

 仲間と認めた者達を守る事、そこに遠慮も躊躇もない。

 

 慶事は続く。国難続きで抑えられていた所為か、その反動で結婚ラッシュが続く。出席の依頼も多いのだが、日程的にバーリンゲン王国に向かう時期と被るので出席が出来ない。

 式の日程を変更して貰う訳にもいかず、代理人を立てるしかないのだが……僕が立てられる代理人は、騎士として任命したニール、唯一の側室のアーシャ、執事のタイラント位だ。

 伯爵の代理人としてバーレイ伯爵家付の専属騎士の、二ールが下級とはいえ騎士爵なので最上。アーシャは伴侶ではあるが本妻でなく側室、格と言う意味では一段下がる。

 

 タイラントは筆頭執事とは言え使用人だから、主人の代理として式の参加は……厳しいだろうな。

 

 女性である、アーシャは同性の催しへの参加では最上だろう。お茶会や音楽会等、お誘いも多いので代理で出席して貰う事も多い。特に淑女の催すお茶会への招待が多い。

 タイラントの場合も、相手が格下の貴族や平民が相手の場合は問題無く代理を任せられる。ある程度の権限を持たせているので、会合に代理で出席して貰って対応も可能。

 彼は有能だから問題無く権限を行使し、バーレイ伯爵家に利する行動を取ってくれる得難い人材だ。だが最近の相手が、僕と同等かそれ以上の連中が多いので困っている。

 

 格下が格上への対応に身分不相応な者を送り出す事は不敬と取られる場合も有る。僕の今の立場でも厄介な相手もまだまだ多いので油断は出来ない。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 王宮内の執務室で政務に精を出している。宮廷魔術師団絡みの改善については、セイン殿に一任したので報告待ちだが……宮廷魔術師団員の過半数が旧ウルム王国領に出払っている。

 新しい領地の安定に駆り出されているのだが、主に火属性魔術師達の活躍が目覚ましい。火力主義なのでモンスターや盗賊の討伐に力を発揮する連中だが、前はそういう雑務的な仕事を嫌っていた。

 今は、フレイナル殿を筆頭に意識改革っていうか、もう心を入れ替えたの?って位に仕事に積極的に取り組んでいる。偶に視察という名の御褒美で、ウェラー嬢が仕事振りを見学しに行っている。

 

『我等が守護天使、ウェラーちゃん万歳!』

 

 頭が痛い状況だが、純粋に信奉しているみたいで悪気が無いから何も言えないし言わない。因みにだが、フレイナル殿と彼等は彼女に対する感情の違いから距離を置いている。

 片方は幼馴染、片方は信仰の対象。改心した、フレイナル殿でも気安く守護天使ウェラーちゃんに接するなっ!とお怒りらしい。元屑男の看板は伊達じゃない。未だ認められない連中も居る。

 まぁ異性として見ていない事、淑女に対する態度が激変した事により致命的な関係悪化はしていない。そもそも火属性魔術師団員達の派閥の長は、フレイナル殿と父親のアンドレアル殿なんだけどね。

 

 戦場で彼女に不埒な真似をした事は、公開謝罪をしたけれど絶許から条件付きの緩和まで落ち着いた。だがそもそもの怒りのボルテージが高過ぎたので鎮火には時間が必要なのかな?

 当の本人は『そもそも頼りないが兄貴分なので腰に抱き着かれても気にしない。誤解が解ければ問題は有りません。というか異性として見るのは絶対に無理』と結構酷い扱いをしている。

 まぁ彼等も自分達が信奉する少女が、元とはいえ屑男のレッテルを貼られた上司とまかり間違って結ばれるとかじゃなければ問題は少ないらしい。流石に幼馴染の関係を今から解消する事は無理です。

 

 手元にある『正規軍の再編計画』の資料を見直す。少しづつ取り組んでいるが全く時間が足りない。戦後の戦力の再編は急務なのだが、新たに国境封鎖の仕事が増えてしまった。

 これは難民を追い返すという普通の感性を持っている者だと相当なストレスを抱えてしまう。しかも相手が相手なので、此方の良心に訴える様な事もしてくると容易に想像出来る。

 善人ほど良心に消えない傷を負ってしまう。この対策は幾つか考えたが、任期の短縮と配員の入替をスムーズに行う事。任期が短ければ、ストレスの悪化も軽減されると思う。

 

 後は金銭的な優遇も多少の効果が有ると思う。辛い仕事だが高給ならば頑張れる者も一定数は居ると思う。特別手当の支給は、財務担当との協議が必要で、連中が渋る事は予想するに難しくない。

 与えられた仕事の範疇なのだから黙って遂行しろ。戦争や討伐と違い命の危険が少ないのだから楽だろう?とか言いそうだな。だが断る!僕も国家予算の運用について、それなりの権限が有るんだ。

 前は嫌々だったが、今の状況を考えれば良かったと思う。だが気安く権力を行使する事には注意が必要、独裁の始まりって効率化を求め過ぎた事も原因の一つだと思う。

 

「一番効果の有る方法を使えない事が厳しいな……」

 

 兵士達の心の安寧を齎す一番効果的な方法、それは『モア教に協力を要請し、兵士達の心のケアをして貰う』のが確実なんだけどさ。流石に面の皮が厚い連中でも言えないだろう。

 友愛を教義としているモア教に移民を追い払う兵士達の心のケアをして欲しいって頼む事は出来ない。たとえそれが問題の多い隣国の国民でも、信徒ならば依怙贔屓はしない。

 それがモア教という宗教であり、信徒として教義を汚す様なお願いは出来ない。故に独力で行う必要が有るのだが……此方の想定通りに動く確証なんてない。最悪の場合も想定する必要が有る。特にあの国絡みの場合はね。

 

 諜報機関からの報告書に目を通す。

 

 バーリンゲン王国内の動向について、詳細な報告が纏められている。幸いというか何と言うか、連中はモア教に対して過度な要求をしている事が禍してモア教関係者が国外脱出をしつつある。前回は引き留めたが今回は……

 自国に留めるにしても強要は出来ない、見事な程の自業自得。政権を奪取した連中には国家を安定して導くという能力が大幅に欠如していて、目に余る程の好き勝手を行っている。

 本来なら留まって信徒の為に尽力するのがモア教なのだが、その信徒も酷い要求を押し付けてくるのでどうにもならない。僅かなまともな信徒達がなんとかモア教の関係者を守っている状況とは、呆れて何も言えない。。

 

 それを危険視した、グーデリアル殿下とロンメール殿下がフルフの街にモア教の関係者を集めて、いや保護を進めていたので最悪の事態にはなってない。もしもモア教の関係者を害したのならば……

 

「第二の聖戦の勃発だな。馬鹿者共め、権力を握った程度でモア教を好き勝手出来ると何故思った?それは亡びに向かって全力疾走だぞ」

 

 思わず頭を押さえてしまう。馬鹿の行動に振り回されるのは、正直勘弁して欲しい。漸くエルフ族の連中にも彼等と一緒くたにせず別物だと説明出来たのに、今回は同じモア教の信徒だけど別物だと示さねばならない。

 しかし謎の自信を持って自分達はエムデン王国よりも上位の存在で配慮して貰うのが当たり前と思っている連中に対して親身になって動けるか?いや、無理でしょ。常識が通じない連中の相手ってストレスが酷い。

 上司の奇怪な行動に、ラビエル子爵やロイス殿が不安そうな顔をして僕を見ている。反省、悪戯に配下を不安にさせる上司など碌な者じゃない。

 

「バーリンゲン王国の連中が、また何かとんでもない事を仕出かしたのですか?」

 

 正解、毎回とんでもない事を仕出かすけれど、今回もそうだよ。しかも奴等の存亡が掛かっているから、前回よりも全力で想定外の碌でもない事を仕出かす筈だ。この類の期待は裏切らない連中だから、嫌になるね。

 

「支援物資の調達を進めていますが、その関係の事でしょうか?」

 

 バーリンゲン王国が森に沈む件の詳細は未だ一部の者達以外には知らされていない。故に、ラビエル子爵達には未だ教えられない。今回の物資調達の名目は、バーリンゲン王国内の平定の為だ。

 また問題を起こしたのかと呆れ気味だったが、実際に傀儡政権が転覆し指導者達は亡命してエムデン王国内に幽閉されている事を考えれば、彼等の考えは正しい。

 困った連中が、また問題を起こして宗主国の我々が苦労する。代り映えのしない何時もの事、そういう風に慣れて感じてしまうのが駄目だった。困った連中には鉄槌を下す、これが正しい事だった。

 

「困った隣国の馬鹿な連中の仕出かした事を僕達が尻拭いする。こんな馬鹿な事を普通と思ってしまう慣れって怖すぎるかな。まぁ僕の苦労の殆どが、それで間違ってはいないよ」

 

「それは、その……ご苦労様ですというか、ご愁傷様ですというか……何と言って良いか分かりません」

 

「いっその事、滅んでしまえって言いたいです。人道的には反していますが、こうも我々に苦労を強いる事を当然と思う様な連中の尻拭いなど必要無いと思います」

 

 本当に同意見だよ。でも今回の件で国そのものが消滅するので、今後は悩まされる事は殆ど無くなるのが救いだけどね。まだ準備不足で言えない。

 少なくない者が善性をもって助けようとか言い出す可能性も少なくない。モア教の敬虔な信徒達ならば可能性は低くない。助けても恩義を感じない連中でも、彼等は見返りを求めて助ける訳ではないと言うだろう。

 物凄く正しい事で誇れる事なのだが、助けた連中が改心してエムデン王国に恩義を感じる事など全くない。僕は為政者として、国家に害成す連中を排除する義務が有る。自国優先、それは同然の事だろう。

 

 まぁ正直に言えば我慢の限界なので、早急に駆逐したいと思っているし準備も進めている。エルフ族絡みだし、余計に慎重に事を運ぶ必要が有るが道筋は整いつつある。もう少し、もう少しなんだ。

 

「元所属していた国なので思う所が有りますが、本当にそう思います。縁を切られて……いえ、切れた事を嬉しく思います」

 

「君達は汚職が蔓延る連中の中で清廉潔白を貫いた稀有な存在だからね。古巣を思う事は悪く言わないけれどクーデターが成功してしまった時点で、もう元でも祖国とは言えない。

 アレは新しい国家という認識で良い。違う国になってしまった。そして僕等は属国を奪い取った連中と、それを支持する連中を等しく対処しなければならない」

 

 クーデターを企てた連中と、それを支持した国民も等しく滅ぼさねばならない。そういう意味も感じ取ったのだろう。二人共真剣な顔をして頷いた。もう既に気持ちの切り替えは済んでいる、そういう事だね。

 

 そんな僕の内心を見透かしたのか、二人は何も言わなかった。祖国とは、そこに住む人々だけでなく土地そのものに愛着が有る事も多い。故郷とは土地そのもの、何時までも変わらないもの。僕はそう感じている。

 彼等にとって汚職塗れの同僚に未練など無いが、住んでいた土地には愛着が有ったのかもしれない。その土地自体が森に呑み込まれてしまう。飲み込まれる手助けを僕は率先してしようとしてる。

 それがエムデン王国にとって良い事だと思っているから実行するだけだ。何十年・何百年も恨みを忘れない民族と共存など出来る訳がない。何時かは仕返しで滅ぼそうと考えている連中など、付き合う意味を見出せない。

 

「今後、事態が急変する可能性が高い。それは心しておいてくれ」

 

 覚悟しておいてくれ、とまでは言わないが深く心に留めておいて欲しい。正式に許可が下りれば、相応の地位や役職に就いている者達にも周知される。その時に心を乱さない様に注意しておいて欲しい。

 祖国が、故郷が森に呑まれて無くなる。そこに住んでいた連中が難民として大挙して押し寄せてくる。僕等は彼等を受け入れないで拒絶するし、カシンチ族連合に助力して内戦まで引き起こそうとしている。

 それが世間一般的には『悪行』と言われても実行する。未来の連中からどう思われるか分からないが、それは未来の歴史家の解釈にお任せする事にしよう。

 

 きっと300年前から転生した僕と同じ様な感覚になるのだろうか?過去の出来事が未来に正しく伝わる事は多くない。未来での僕等の行動は……

 

 


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