古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

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第903話

 パゥルム女王の件について、既に両殿下が色々と苦情というか酷い事実を逐一送り付けた為だろうか。パゥルム女王達の処遇を準備万端整えていたのだろう。自業自得と言えば良いのか?

 まさかの国境で待ち受けての軟禁及び別便による王宮への護送(強制連行)の段取りがついていた。彼女達が騒いでも抵抗しても周囲には軍団レベルの兵力が詰めている。

 何をしても無駄だと理解したのか、大人しく護送されていった。もう一悶着有りそうだが、ザスキア公爵の手配に抜かりはないだろう。問題児である事は実際に会って知っているのだから……

 

 そして、サナッシュ嬢とタイロン嬢が有能なギフト所持者とは知らなかった。国境を任される程の貴族の一族だし、密入国とかの重要人物の確保や護送も必要だったんだな。

 

 肩の荷が下りて気分も良くなったし、治安も良いし街道の整備も整っているエムデン王国内の移動は楽で楽しい。今も街道沿いに子供達が並んで手を振ってくれているので笑顔で手を振り返す。

 本当に為政者の能力の差って領地を見れば残酷な位に分かり易い。バーリンゲン王国の連中とは雲泥の差だよね。心が洗われる気持ち良さだ。残念なのは天候が良くない事くらいかな。

 遠くに見える山々の辺りに真っ黒な雨雲が見える。この調子で進めば、次の宿泊予定の領主の館に辿り着く前に天候が荒れそうだ。何処か手前で野営するか?

 

 翠玉(すいぎょく)軍と共に移動しているので大人数だから、急遽何処かの近い街や村に泊まる事も難しい。宿泊予定地でも結局は大多数は周辺での野営になる。千人単位の宿泊施設が有る街は限られる。

 

 だが両殿下とキュラリス様は前提として屋根の有る場所に優先して宿泊して貰う。まぁ僕が錬金で野営地を用意すれば良いだけだが、予定を変更するなら早めに領主に伝令を送る必要が有る。

 えっと、此処の領主は誰だったっけ?駄目だな、リゼルとか同行してくれる女性陣に頼り切りだった。こういう細かい事でも、彼女達の有難みが分かるよ。僕に不足している事は嫌に成る程に多い。

 筋としては、グーデリアル殿下に予定を早めて野営する事の許可を貰い、翠玉軍の指揮官に伝えて伝令を出して貰えば良いかな。大規模錬金は地味に経験値が溜まるので、僕としては大歓迎だ。

 

 長閑な田園風景、街道沿いに何処までも続く麦畑。今年も豊作らしいので、食料の備蓄の入替と調整が必要だな。何となくだが余剰分の食糧は、難民対策で放出しなければ駄目な気がする。

 旧ウルム王国領は領民の消費量で一杯で余剰分は少ない。改善はしたが結果が出るのは次の収穫時期以降だし、食料事情の改善は急務。嫌々だがコレから数年に掛けて無駄飯食いな連中が大挙してやってくる。

 自国民に負担を掛けて不満が出ない様に準備が必要。各地に大規模な食糧貯蔵庫を作る必要も有りそうだな。いっその事、王都に隣接した平原に巨大な倉庫群を錬金して備蓄するか?

 

 アウレール王に進言する事が次から次へと溢れて来る。国家の中枢を担うって事の大変さが分かるよね。自分やその周りの人達の事だけじゃ駄目なのだから、為政者は大変だ。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 野営の件は了承して貰えたが、何故かロンメール殿下とキュラリス様と共に野外音楽会を開く事になった。グーデリアル殿下は不参加、一応王族の義務で楽器は嗜むが天才の弟と比較されるから嫌だそうだ。

 あの、僕も貴族(元王族)の義務で嗜む程度の技量しかないので、ロンメール殿下と比べられるのは困りますと言ったのだが……何を謙遜してるのかと笑われて肩を叩かれて終わり。酷くないですか?

 グーデリアル殿下とは今回の件で気心が知れる位の友好を結べたのだが、彼も僕の事を勘違いしている。僕は万能でも何でもない魔法馬鹿なのです。ミュレージュ殿下に近い一点特化の感性の持ち主なのです。

 

 実際は、キュラリス様の気分転換の為に催すらしい。バーリンゲン王国を離れて大分リフレッシュしたみたいだが、抱えていたストレスが大き過ぎて何かしてあげたい。そんなロンメール殿下の気持ちを汲む事になった。

 だが楽器に触るのは久し振り過ぎて失敗しないかヒヤヒヤなのです。観客も少なくないし特設会場まで錬金させられるし、僕も今回の任務ではストレスが溜まってますよ。ええ大分溜まってます。早くイルメラの匂いを嗅がないと駄目になる位にはね。

 予想通り雨が強く降り出し止む様子も無い。だが無観客でもない。特設会場は野営地の中心に設置し、その周辺に宿泊用の天幕が張られている。観客は自分の天幕の中で演奏を聴く事になる。

 

 天幕を張る場所決めは熾烈を極めたらしいが、ロンメール殿下が強権を振るって全てを決めた。まぁ女性陣優先で残りは王宮の役職や階級という分かり易い決め方で、誰からも文句は無かった。

 

 三人だけの演奏会、夕食後で後は身体を休めるだけ。寝る前に少しだけサプライズの演奏会。ドーム型に錬金した特設会場にも雨は入って来ないが風は流れ込む。夜は冷え込むので身体に悪い。

 キュラリス様用にブランケットを渡し羽織って貰った。バイオリンを演奏するには邪魔だが、風邪でもひかれたら本末転倒だから。ロンメール様も気が付かずに悪かったと彼女に謝っていた。仲睦まじくて良いですね。

 グーデリアル殿下のみ特設会場の隅に椅子を用意して座っている。主催者及び権力者の特権らしいので、ドヤ顔で腕を組んで座っています。しかもサイドテーブルにワインと摘みまで準備していますね。用意周到?

 

「この様な天候ですが雨風の音は自然の演奏でも有ります、調和すれば素晴らしいオーケストラになりましょう」

 

 何処かで聞いた台詞を聞いたが、悪天候の時に王宮に出仕した事を思い出した。同じように大雨の中で庭に面したベランダで音楽会を催した時に聞いた台詞と同じだよ。あの後は、クリスが襲撃して来たりと大変だった。

 王宮内でも波乱万丈の人生、頑張ってはいるが過労死するレベルじゃない?この件が片付いたら少し長い休みを申請しよう。新しい領地巡りもしてないしって、これは領主の仕事で正確には休暇じゃない?

 妖狼族の新しい里に視察という名の遊びに行くとか、魔牛族の新しい里の候補地を探しに領地の風光明媚な場所を巡るか?イルメラ達と一緒に出掛けよう。それぐらいの我儘は通せると思う。

 

 だが今はロンメール殿下の希望を叶える事が臣下の務めかな。頭を振って思考を切り替える。

 

「その、素晴らしいお考えですが……魔法に傾倒する僕には高尚過ぎて未知の世界です」

 

 多分だが当時も同じ様な台詞を言った筈だ。その遣り取りに、キュラリス様が面白そうに笑った。自然の笑いだったので、少しはストレスの緩和になったのかな?

 

「ふむ、では当時と同じ事を言いましょう。リーンハルト殿は雨は嫌いみたいですね……朝、目が覚めると雨の音と匂いがした。カーテンを開けて外を見れば、一面が鉛色に染まり窓ガラスに当たる雨粒が涙の様に伝わって滴り落ちる。これは天が地上を憂いて泣いているのです」

 

 ロンメール殿下も乗って来た。話しの流れを知らない、グーデリアル殿下は微妙な顔をして手酌でワインを飲み始めた。芸術家連中の感性は分からないとかブツブツ言ってるが、僕だって知りませんよ。

 だがこの流れを断ち切る訳には行かない。当時を思い出し自分が喋った台詞を思い出す。一応、記憶力には自信が有るので何とか脳内から記憶を引きずり出す。

 

「僕は雨に絡む曲は、冬の雨の哀歌しか知らないです」

 

 実際は、あの演奏の後でロンメール殿下から幾つかの楽譜を贈られている。つまり時間を作って覚えておけって事で、今回その成果を試されるのだろうな。

 

「流石はリーンハルト卿です。では演奏を始めましょう」

 

 ロンメール様が嬉しそうに両手を広げ、キュラリス様が微笑む。芸術肌の人達って他人に理解されると喜ぶよな。今回も感性を共有したとか思ったのだろうか?

 楽器はチューニング済みで空間創造に収納しているので取り出せば準備は完了、ロンメール様に合わせて演奏を始める。奏者もキュラリス様と僕の三人だけ。

 ロンメール様に合わせてバイオリンを弾く、二人とも腕は確かだから付いて行くのがやっとだ。前回よりも少しは腕が上がっているが、練習をさぼっていた分キツい。

 

 多少の弾き間違いや音程のズレは御愛嬌、身体はちゃんと覚えていてくれて恥を掻かずにすんだ。それに少しだが楽しくなっても来た。ロンメール殿下はノリノリで最終的には四曲ほど演奏して終了、僕の疲労はマックスですよ。

 

 何とか『冬の雨の哀歌』を引き終え三度のアンコールにも応えると、途端に各天幕から盛大な拍手が鳴り響く。後にグーデリアル殿下が『それは悪天候の中に鳴り響く雷鳴の様だった』と評して話題となった。

 関係の無い話だが両殿下は、リズリット王妃やセラス王女の耳に入った事で盛大な嫉妬が両殿下に向いたらしく『水上のダンスと星屑のドレス』の第二回開幕を強制的に約束させられたとかなんとか……

 その件については、僕に正式な依頼は来ていない。レジスラル女官長が抑えていてくれているのか、他の王族の女性陣との調整が上手くいってないのか?謎は謎のままで放置推奨一択だな。

 

 まぁ直ぐに新しい王命で王都を離れる事になるだろうから、先送りで良い。その後は休暇を捥ぎ取り、必ず遊びに行く。これは決定事項です。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 悪天候の演奏会の後は汗ばむ程の快晴が続き、予定より少し早めに王都に到着。流石に今回は凱旋とはいかず、粛々と王都の門を潜り王宮に直行となった。

 今回は対外的に見ると、両殿下を送り込んでいながらクーデターを許してしまったのだ。僕のエルフ族との交渉も公にしていないので、同行して帰国した事も公にしていない。

 だが帰国途中に寄った街や村で顔を晒していたので噂として同行している事は広まってしまった。僕は毎回、王命を受けると内容が公開されているので今回は国境付近まで両殿下を迎えに行ったと公表したそうだ。

 

 理由としては弱いのだがトチ狂ったバーリンゲン王国の連中がエムデン王国に攻め込んで来る可能性を考えての措置であり、両殿下の持ち帰った情報ではその危険性は低いので同行し王都に戻った事らしい。

 この辺の情報操作は流石と言って良いだろう。戦力的に異常な僕の行動は、国内外の連中から注目を集めているので秘密裏に動いているとかになると周辺諸国が疑心暗鬼になるらしい。

 まかり間違って自分の国に内緒で潜入してたとか笑えないからだ。最悪、王都に侵入を許せば、そのまま王宮が制圧される危険性が高いから。

 

 そんな危険人物の動向は限りなく掴んでおきたいのが、周辺諸国の心情だそうだ。失礼な、僕は誰かれ構わず噛みつく狂犬でもないし戦闘狂でもないぞ!

 

 まぁ自国内に侵入された時点で負けが決まるとか思われているらしいので、気持ちは納得出来ないけれど理解は出来る。なので僕の行動は一応公式に広まっているらしい。

 偉くなれば成る程、プライベートは無くなるって事だな。今回のケルトウッドの森の移動方法が『聖樹』を使った瞬間移動に近いものだったので、情報を隠す事は楽だったらしい。

 だが独自判断で直帰せずに、フルフの街に寄って両殿下と行動を共にしていた件はお叱りを受けるかもしれない。それが両殿下の安全確保という意味が大きくてもだろうな……

 

 そんな事を考えている内に王宮に到着、恒例の身を清める儀式の為に何時もの侍女四人に取り囲まれて上級浴場に放り込まれて隅々まで清められて謁見室に放り込まれた。この儀式、何とかならないだろうか?

 

「本日の主役の登場だ。呆けてないで早く座れ」

 

 また出席者で最後に来たのが僕だよ。今回の参加者は、アウレール王とグーデリアル殿下にロンメール殿下。公爵四家の当主と宮廷魔術師筆頭のサリアリス様の8人、事が事だけに最小限の人数。

 この御前会議で話した内容も、厳重な情報漏洩措置が課せられるのだろう。エルフ絡みだしバーリンゲン王国の国土が無くなる大問題だし。難民対策、魔牛族の処遇、揉める内容は山積みだよ。

 一瞬で頭の中を過ぎるが、今は目の前の事に集中しなければならない。この会議の内容如何によって、僕の動きが大きく異なる事になる。現実逃避はしたいけど無しだ。

 

「はっはい。毎回お待たせして申し訳ないです」 

 

 指定の席に座る。既に冷たい水の入った水差しとコップが用意されている。風呂上りで火照った身体を冷ます為に水をコップに水を注ぎ一息に飲み干す。

 さて此処からが本番だぞ。参加者を見回す。アウレール王と両殿下、それにサリアリス様は落ち着いている。公爵の面々は、ザスキア公爵は満面の笑顔でニーレンス公爵とローラン公爵は苦笑い。

 最後の、バニシード公爵はだが……今回は何時もと違い不機嫌さを隠そうとしてか変な顔になっている。毎回不機嫌だとアレだから、頑張って取り繕っているのだろうか?

 

 ザスキア公爵の満面の笑みだが、何と言うか今回は背筋が寒くなるというか微妙に居辛いというか何とも言えない気持ちになる。この気持ちは何だろう?例えるなら、内緒事がバレて母親から叱られる子供の気持ちかな?

 

 


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