古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

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第899話

 フルフの街、対バーリンゲン王国の最前線にして、ケルトウッドの森のエルフ達に割譲する重要な街。此処を戦火に晒して廃墟とする事は出来ない。

 それと地下の軍事施設の事も知っていて興味が有りそうだから、我々が使う事も憚られる。彼等は僕が過去に造った事も人間がその存在を知っている事も知らない。

 故に僕が秘密を暴いて使わせる訳には行かない。だが、フルフの街は狭い。二千人の兵士を収容するスペックは無い。だから今も街の外に陣を張っている。

 

 それでは防衛面で心許ない。なので防衛施設を拡張する事にする。

 

 コウ川の中洲を利用した街なので周囲を川に囲まれている。円形に囲うには川を塞ぐ必要が有り、実際は不可能だろう。

 コウ川の流れは強いので、下手な柱とかを建てれば直ぐに流される。逆に言えば、川に入って街に侵入する事も難しい。上流からの船の侵入さえ防げばよい。

 なので川の上流に複数の杭を建てる。円柱で径は1m、これを1m間隔で互い違いに三列建てれば船は躱せずにぶつかって止まる。小舟でも躱し辛い。そもそも小舟では人数を乗せられない。

 

 少数の侵入を許しても、この街を陥落させる事は出来ない。

 

 これでコウ川の防御陣地は問題無い。次は河原の部分だが、此方は簡単だ。何時もの様に高さ3mの擁壁を錬金、深さ2mの堀を作ってコウ川から水を引き込めば水堀の完成。

 頑丈な門を作り、その前には馬防柵を張り巡らせ出入口には可動式の拒馬(きょば)を設置する。これは先端を尖らせた鉄杭をクロスさせ連結させたモノで尖った先端を侵入方法に向ける。

 騎馬にしろ歩兵にしろ、そのまま突っ込めば刺さって怪我をするので攻め込むには撤去するしかない。自重が重く更に杭で地面に固定しているので、簡単には取り払えない。

 

 擁壁の上には矢倉を設置して見張りと防衛時には弓矢で防戦する。

 

 擁壁の内側にも二重の馬防柵を設けて、更に一段低い擁壁を設ける。その内側に兵士達の居住用のスペースを錬金する。宿泊場所に炊事場、共同だが風呂にトイレ。

 増援は二千人以上と思われるので、余裕を持って倍の人数でも対応出来る様に頑張った。丸一日使って何とか終わらせたが、残りの魔力は二割を切っている。今夜は早めに寝て魔力の回復をさせよう。

 防衛施設の錬金後に見張りの配置や弓矢・落石用の岩・油を順次矢倉や城壁の上に運び込んでくれた。今晩から新しい防衛施設の運用が可能になった。これで迎撃能力は高まっただろう。

 

 困った事は何故か街の住民が自分達の住居等の個人所有の建物や施設の補修を頼み込んで来た事だ。

 

 いや戦火に焼かれたので復旧は宗主国の負担で速やかに実行してくれ!とかさ。なにを勘違いしているのか理解が追いつかない。いや理解不能だな。それが一人や二人じゃないし。

 兵士達が慌てて連行していったけれど、宗主国の上位貴族に対して、平民が要求を突き付けるって凄いぞ。ならば、旧支配者のバーリンゲン王国の貴族連中には同じ要求をしたかと聞けばしないとの事。

 連中にそんな要求をすれば普通に手討ちにされるからだそうだ。なら何故、宗主国というかエムデン王国になら平気なのかと言えば同じ回答が来た。

 

 『エムデン王国はバーリンゲン王国に配慮する必要があるから要求しても大丈夫。むしろ積極的に要求しろ』これがこの国の連中の共通認識らしい。これは根深く恐ろしい事だぞ。

 

 本気で思っているならば、この国の連中をエムデン王国内に入れる事は害悪でしかない。移住先で先住の連中と揉める事は必定。予想した通りの結果にしかならない。嫌な未来予知だ。

 増援部隊の指揮官と擦り合わせが必要だが、街の連中を速やかに周辺の街や村に移住させる必要が有る。残しておけば絶対に、後から来るエルフ族と揉める。

 人間って皆こんなものかよ!とか思われたら堪らない。強権を発動してでも追い出すべきだろう。この件は両殿下にも相談し、許可を取ってから引継ぎの時に言って貰おう。

 

 王族に不敬を働く連中が殆どです。と言えば、引き継いだ指揮官殿が対応してくれるだろう。言う事を聞かない連中?いやいや確実に五千人規模の兵士を引き連れてくるんだよ。

 何を言っても聞かないならば、武力を使ってでも実行して貰う。勿論だが自分の財産は全て持ち出して良いし、移住先の連中にも根回しというか通達はして貰う。

 あとは自分達で話し合って歩み寄ってくれれば良いのかな?増援部隊の指揮官は頭を抱えるかも知れないが、この国の連中の対応は教えなければならない。

 

 曰く『言う事を聞くまで何度も叩いて分からせる。妥協はしない優遇もしない賄賂は受け取らないし贈らない。甘やかさない嘘は許さない』位だろうか?もっと有るかな?

 

 領民の対応だけでも頭が痛いのに、次の頭痛の種が接触して来た。というか、僕は貴女達が此処に居る事は教えて貰いましたが隔離して軟禁していると聞いてましたが?

 何故、自由に動き回っているのでしょうか?いえ、近付いている事は気が付きましたが、周囲を兵士達に取り囲まれていて逃げ出すタイミングを失っていたのが失敗でした。

 いや、それも見越してのタイミングかな?腹黒というか病んでる系の淑女は、正直に言えば御遠慮したいのですが……

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 フルフの街に来るなり、周辺の大規模防衛施設の錬金を一人で行う異常者を窓から眺めている。常識外の化け物という評価は間違いではないわね。改めて自分の目で見て確信します。

 この国を捨ててエムデン王国に亡命して正解でしたわ。アレと敵対したいとか、自殺志願者に巻き込まれるのは御免被りますわ嫌ですわ断固お断りですわ。

 簡単に城壁と水堀が完成、騎馬や歩兵の侵入を防ぐ馬防柵や拒馬(きょば)が見る間に出来上がって設置されていく。この防御を抜くのは並大抵の戦力では不可能ね。

 

 ですが防衛というか籠城に力を入れている感じがします。そろそろ本国からの増援も来る頃ですし、王都まで攻め込むならば戦線を押し上げる筈です。此処までの設備を整える意味は何でしょう?

 此処を拠点として侵攻作戦を実施する?今拡張工事を行ったとはいえ未だ手狭ですし、王都迄の距離も有ります。もっと前線に拠点を設ける必要は有りませんか?

 幾つか考えられる事は、フルフの街を奪還計画の拠点に据える。大規模な戦力を貼り付かせる必要が有る。此処で防衛に徹して静観する。の三つ。可能性の高いのは三番目かしら?

 

 自軍の損害を極力抑えて敵の自滅を待つ。

 

 辺境の蛮族の連合も力を付けて来ていますし、クーデターを起こした連中は支配体制が一本化していない。見込んだ勢力に軍事物資を流せば、あとは勝手に戦って戦力を擦り減らしてくれますわね。

 内戦に突入すれば十年単位の時間が掛かりますし、接収して自国に取り込むには少々困った方達が多すぎます。私の考えではカシンチ族の連合が『親エムデン王国』を掲げていますので、ここに助力する。

 そうして『反エムデン王国』の方々を粛清させます。元々深い恨みを買っていますので、辺境の蛮族達は喜んで間引きに協力するでしょう。

 

 何という悪辣な方針なのでしょう。

 

 過去に私達に対して何度も不義理な行動をしておいて、謝罪も賠償もしないとか考えられませんわ。ですが、アウレール王は私達をと言うか、バーリンゲン王国が滅んでくれた方が良いと考えているでしょう。

 だから私は姉様達を唆して、エムデン王国に亡命させました。流石に懐に飛び込めば守るしか選択肢は無いでしょうから。ですが扱いが不当、軟禁ってなんです?酷すぎませんか?

 なので影の護衛に命令して軟禁場所から抜け出し、丁度防衛施設の構築を終わらせたリーンハルト卿に話し掛けます。私達、姉妹の幸せの為に……

 

「ご苦労様ですわ。リーンハルト卿」

 

 多数の兵士に取り囲まれて労いの言葉というか殆ど崇拝されていると言っても間違いではない、リーンハルト卿に言葉を掛けます。

 顔を隠していたフードを脱ぎ素顔を晒しても特に動揺した感じは受けません。いえ、私が近付いていった時に此方に身体を向けましたので気付いていたのでしょう。

 リーンハルト卿は暗殺対策を厳重にしていると聞きました。強大な力を持つ魔術師に対抗するには暗殺位しか手段が無いのでしょう。聞けば毒も効かないとか、呆れますわ。

 

「これは、オルフェイス王女。この様な場所に来られては、お付きの者達が困りますよ」

 

 背後に二名、影の護衛を連れて来ました。流石に私も既婚で未亡人ですが未だ若い淑女なので、一人で行動する事は控えています。

 ですが最初の言葉が気に入らなかったのでしょうか?本人は気にしていないみたいですが、取り囲んでいた兵士の方々から送られる視線には敵意が隠されて居ません。

 ですが属国でも亡命したとしても、私は一国の王女なのです。宗主国の重鎮でも伯爵のリーンハルト卿に掛ける言葉としては間違いでは無いのです。

 

 ご苦労様は『目上の者から目下の者に対して、労いの気持ちを伝える時に使用されるのが一般的な言葉』なのですから。

 

 一仕事終えた、リーンハルト卿に掛ける言葉としては間違いでは無い。だが兵士の感情的には属国の王女程度が、自分達の英雄様に偉そうな言葉を掛けるな!でしょうね。

 それは狙って掛けた言葉。自分を取り囲む兵士達からの威圧を受けて怯えた様子を見せれば、貴方は私というかか弱い淑女に配慮……いえ、優しくするしかない。

 それが貴族の紳士としての対応なのですから。少し怯えた様子を見せれば、兵士達に注意を促しましたわ。予想通りの単純な殿方、これで此方の要望を通し易くなります。

 

「その、少しお話が有ります。御姉様達を交えての事なのですが……」

 

 両手を胸の前で握り締めて上目使いにすれば、この女性に対して軟弱な男は話し合いという要求を呑み込んでくれます。あとは私達三人で囲んでしまえば……

 

「申し訳ない。パゥルム女王達との交渉役は私から両殿下に移っていますので、その要望には応えられません。誰か、オルフェイス王女をパゥルム女王の所まで送って下さい」

 

「え?」

 

 有無を言わさずの拒絶、そして私を見る目には警戒と侮蔑が色濃く表れていました。どういう事?僅か数ヶ月で淑女の押しに弱いという弱点が消えています。

 相変わらず他人任せな所は同じですが、人前で拒絶する事は相手に対しての配慮を重んじる今迄とは違います。前は取り敢えず会って人目の無い所で、やんわりと断るという対応でしたのに?

 この数ヶ月程度で何か有ったのでしょうか?数人の兵士が私とリーンハルト卿の間に立ち塞がり、有無を言わさぬ圧を掛けて来ましたわ。『私の影の護衛』達なら瞬殺ですのに、まるで恐れていないわ。

 

 此処で揉め事を起こすのは得策ではないので、黙って涙を一筋流してから立ち去ります。

 

 涙は淑女の嗜みの一つ。左右別々でも同時にでも流せますわ。周囲の兵士達は動揺しましたが、リーンハルト卿には通じなかったのかも知れません。目が合った時に暗い笑みを浮かべましたわ。

 これは良くない兆候です。フルフの街の防御力は高まりましたし、明日以降に本国からの増援も来ます。ロンメール殿下もグーデリアル殿下もエムデン王国に帰国するでしょう。

 当然と思いますが、リーンハルト卿は護衛として同行。では私達は?亡命してきた属国の女王と王女達の扱いは?利用価値が未だ有りますから命は保証されますが、待遇はどうなりますか?

 

 良くない状況ですね。最高なのは両殿下と共にエムデン王国に賓客対応で軟禁される事。最悪なのは此処に留まりクーデターを企てた連中と対峙させられる事。反抗作戦の神輿に担がれる事。

 どうでも良い国のどうでも良い未来を担わされるなど、まっぴらごめんなのです。ですが状況は宜しく有りませんね。次の手を考えなくてはなりません。

 でも先ずは、勝手に逃げ出して捕まって送り届けられる事に対しての言い訳ですね。リーンハルト卿には会えましたが、前と違って配慮が無くなりましたと伝えても信じてくれますかどうか?

 

 モンテローザ嬢の提案を拒否した事に後悔は有りませんが、この転がり続ける悪環境の打破をどうしたら良いのか?今夜も御姉様達との話し合いですね。ですが御姉様方は考えが甘過ぎて微妙なのです。

 はぁいっそ逆夜這いでも掛けて押し倒しましょうか?何も無くても深夜に寝所に私を連れ込んだとなれば、外聞を気にする方ならば多少の配慮位は掴み取れるでしょうか?

 どうにも淑女に対しての扱い方が変わって来ている事が気になります。またはバーリンゲン王国全体に対してでしょうか?元々敵対相手には容赦の無い殿方ですし、心境の変化は調べなければ火傷では済まないダメージを受けそうです。

 

 

 

 


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