古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

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第896話

 クロレス殿からの情報収集は問題無さそうだ。彼は僕がバーリンゲン王国を見限っているので、自分達の邪魔はしないと理解しているのが大きな理由だろう。

 その理由の根拠が、僕の思考を読んだ事で嘘偽りがないと分かったから。つまり気付かない内に心を読まれた訳だな。リゼルやジゼル嬢の使う『人物鑑定』のギフトでもない。

 前にレティシアが使った魔法でもない。アレは防げたが今回のは防げない。三百年で魔法が進化したのか?全く別の理由か?心の防壁が通用しないのも問題だな。

 

 僕は意識せずに思考の海に沈む事が多いし、大抵はそういう時に問題事を考えている事が多い。治せない癖って、本当にどうしようもない。

 

「まぁ良いでしょう。我等の浄化計画について、教えられる限りの事はお話しましょう」

 

 おぃおぃ、森を広める緑化計画じゃなくて浄化計画って言ったぞ。

 

「有難う御座います。助かります」

 

 クロレス殿の話を纏めると、時間的な余裕だけは有る事が分かった。それだけでも大収穫だ。最初に時間的な事を教えてくれたのは、僕の心配事を正確に理解していたって事だろう。

 

 先ず基点は此処、ケルトウッドの森となる。これは予想通りだった。この国は大陸の端部、横長に突き出ている。簡単に国土を四角形に例えるならば、ケルトウッドの森は上部の中央寄り。

 右側がエムデン王国に接していて、左側は辺境と言われている場所。未だに複数の部族が争っているが、今は統一というか連合を組んで順調に勢力を伸ばしている。

 最初は十七の部族が集まり総勢1万人程度だったが、今はどうなのだろう?確か大小五十以上の部族が居るみたいだが、僕がバーリンゲン王国に交易の口利きをしたから連合の物資はそれなりに充実してるはずだ。

 

 辺境故に限られた物資の奪い合いが、そもそもの争いの元凶。有る程度の物流を押えた勢力が抜きん出る、つまりカシンチ族連合の勢力は拡大している。

 カシンチ族連合、コリコとスアクを助けた事でエムデン王国と繋がりが出来た事を根拠に周辺の部族を取り込んで一大勢力となった。実情はゾイルワーム族のベンバー殿が中心となって勢力を伸ばしている。

 まぁ辺境を統一しても3万人程度だが、今のバーリンゲン王国とならば拮抗するだろう。対抗意識は高そうだし、既に国内が二分化しそうだな。辺境の勢力が纏まれば、エムデン王国との国境付近を任せたら良いか?

 

 それはそれとして森の浸食だがケルトウッドの森を基点として放物線状に浸食させるそうだ。国土全体を森で覆いつくすのには十年位掛かるそうだ。十年、長寿種のエルフとしては駆け足並みの速さだぞ。

 

 だが人間の感覚からすれば長期的な計画の範囲、十分に対応出来る時間は有る。

 

 国土を四角形として上部の中程から放物線状に森が広がるならば、下部の左右の辺りは最後まで残る。辺境の連中は左下に追い込まれ、他の連中は右下に追い込まれる。

 バーリンゲン王国の国土は全体でも16,000平方キロメートル、長辺の長さは約200km。それが十年で森と化すのか。ざっくりと一年で10kmから15km位の距離を浸食するって感じだろうか?

 五年位で国土は森により左右に分断されるから、実質的には三年位を目途に言葉通りの生き残りを掛けて争う事になる。まぁ左側に逃げても最後は何処にも行けずに森に埋まるだけで、実際は右側に逃げるの一択だな。

 

 エムデン王国との国境付近まで森が浸食するのかと聞けば、フルフの街の手前辺りで止まるそうだ。コウ川を挟んで手前迄は森に浸食させるって感じかな。

 元々、エムデン王国との国境線を守る最後の砦だから、境界線としては良いのかもしれない。此処を中心として周辺を連合に預けてはどうだろうか?総勢三万人位ならば養えるだけの土地も確保出来るだろう。

 コウ川周辺を農地に開拓して食料の自給化を進めさせて、元バーリンゲン王国の連中を監視させるとか?いや、僕だけで考える事でもないし適任者に丸投げ案件だな。

 

 関わり合うと胃が壊れる程の苦労を背負わされそうで嫌だ。全力で逃げる案件だよ。一通りの話を聞いたら結構な時間が経っていた。喉の渇きを覚えたので花の香りと甘さの飲み物のお替りを貰う。

 一気に飲んで息を吐く。思いのほか詳細に教えてくれた、クロレス殿に感謝する。もっとぼかされるか、そもそも教えてくれないかと思っていたから。これでバーリンゲン王国対策の事前情報は十分だ。

 因みに具体的にどうやって森を伸ばしていくかとかは聞かない。植物を操る魔法を使える方々だが、わざわざ自分達が魔法を掛け続ける事はしない。効率的にナニかに任せる筈だ。

 

 樹呪童みたいな連中が大量に不眠不休でナニかをする筈で、止めに入った連中の撃退も当然のように行うのだろう。まぁ人間では勝てない。だから触れないし関わらない。

 

「有難う御座いました。因みに何時から始めるのでしょうか?」

 

「ん?そうですね。ミルフィナ殿が帰ったら、徐々に始めますよ」

 

 仮に最大1年で15kmとして1日に換算すれば40m程が森に呑まれる。連中が騒ぎ出すのは直ぐだろうし、一週間ももたないだろうな。本来の連中ならば、直ぐに掌をクルクルと返して援助を強請って来るだろう。

 パゥルム女王時代だったら可能だが、クーデターを成功させた連中とは正式な国交を結んでいないし未来永劫結ばない。ならばどうする?ウルム王国は亡びたし、その先に有るシグ王国とレネント王国、バルト王国やデンバー帝国とか?

 無理だな。どの国もエムデン王国と接しているのでエムデン王国内を移動しないと辿り着けない。連中に入国許可を与える?ないない、門前払いで終わりだよ。武力に頼る?それも無理だろう。そんな程度の圧力に負ける訳がない。

 

 つまりお得意の謎理論を展開させて言い寄って来る可能性が高いのだが……モンテローザ嬢に洗脳された連中の行動は予測不可、普通に攻め込んで来るかもしれない。

 

「とち狂った連中がまかり間違って攻め込んで来るかも知れませんね」

 

 大丈夫ですか?とは聞けない。どう考えても負けるはずが無いから大丈夫だし。逆に同じ人間族として奴等の暴挙を止められないと責められるかもしれない。

 

「ああ、大事な事を伝え忘れるところでした」

 

 気楽な感じで言いましたが、その目は真面目ですよね。話し合いが終わり油断した所で追加要求とかですか?それとも伝えてない大事な情報が未だ有るのでしょうか?

 胃がシクシクと痛くなってきたが、無意識で抑えようとした手を止める。交渉の際の仕草も手段ではあるが、この状況で腹を擦るのは相手を非難しているとも捉えられるし。

 嫌な事を押し付けられそうで困るってアピールだからな。まぁ総戦力という上下関係から言えば、圧倒的に下の立場なので仕草ひとつも考えないと駄目とかキツい。

 

 これがエムデン王国に対する周辺諸国の外交官の気持ちか?

 

「大事な事、ですか?」

 

 ここにきて真面目な顔で大事な事とか言われたが、もうお腹が一杯なんです。これ以上の問題を抱えるのは精神衛生上、非常に厳しいと言わざるを得ません。だが聞くしかない。

 

「それ程、難しい話ではないですよ。エムデン王国の王都には既にゼロリックスの森のエルフの工房が有るが、我等の工房は無い。そもそも人間の国に工房は置いていなかったが……」

 

「エムデン王国の王都の中に土地を提供して欲しいという事でしょうか?」

 

 いまの工房と同規模の場所となると厳しいな。川が流れている場所が良いと言われると条件に合う場所は限られる。だが二つの里のエルフが工房を構えてくれる利益は計り知れない。

 最悪は代替え地を用意して移住させて条件の合う場所を空ければ良いか?強権は発動したくないが、断る選択肢は無い。だが不可能じゃないし調整次第だな。

 

「いや、流石に同じ所にという訳にも行かないし、あそこに植えている聖樹は私達の物でもない」

 

 聖樹の所有権の問題?いや、そこに突っ込むと面倒臭いからスルーしよう。王都が駄目なら周辺の規模の大きな街から選んでもらう?これも自分の領地に引き込みたい領主達の調整が厳しいか?

 いっその事、王家直轄地に来て貰えば問題は無いかな?エルフと伝手が出来るならば多大な優遇をしてでも自分の領地に来て欲しい領主は多い。この調整って難航どころじゃないぞ。

 ごねても無意味、来て貰えるだけで利益は計り知れない。これはアウレール王の判断を仰ぐ案件だが絶対に受け入れるべき事だな。

 

「つまり別の場所が良いと?可能ですが候補地の調整には少し時間を貰いたいです」

 

「場所はフルフの街を明け渡して欲しい。あの場所にはルトライン帝国時代の秘密の地下軍事施設が有るのだが、我等とも関わり合いが深い場所なのでね」

 

 え?ケルトウッドの森のエルフとの関わり?そんな事が有ったのか?アスカロン砦時代の事だろ?頭が混乱して来たぞ。ミルフィナ殿も知っていたし、どうなっているの?

 

「領主の館の地下には封鎖された空間が有るのだよ。エルフは森に棲むが水も好む。コウ川は急流だが森が周辺を囲めば環境は変わり穏やかな清流に生まれ変わるだろう」

 

 それって住人は全て出て行けって事だよな。まぁ森が迫って来ているといえば移住の説得は可能、フルフの街が残るって事を教えないって条件だけどね。それ程難しくも無いし未だ大丈夫だな。

 

「背後が森となり最前線のフルフの街を改良して住み易くしたい。エムデン王国との国交と交易は行って貰えるのでしょうか?」

 

 背後を安心して任せられるのならば関係各所の説得は可能、戦力を貼り付かせても意味が無い実力差だし。周辺の治安を良くして交渉を任せる部署を置かせて貰えれば良いか。

 

「それこそ愚問ではないかな?リーンハルト殿はエルフ族との交渉役を任されているのだから、貴殿もフルフの街に館を構えれば問題は無いでしょう」

 

 いえ、身体は一つなのです。フルフの街に住むのは無理です。

 

「僕と言うか交渉を任せる連中の常駐する屋敷を構えさせて貰えると助かります」

 

 この回答には曖昧な笑みを浮かべて答えてはくれなかった。最悪は僕の所有しているという事で屋敷を構えるしかないか?僕の配下と外交担当の官僚を常駐させて対応するとか?

 いやエルフ族相手に下手な小細工は出来ないし、普通に言われた通りにすれば良い。常駐は出来ないが屋敷は構えよう。多分だがフルフの街に聖樹を植えるだろう。

 最悪の場合、聖樹の力を借りれば王都から迅速な移動も可能、今後の課題となるが今回の件が落ち着けば早々国外へ行く任務も減る筈だ。今迄が特別忙しかったんだ。

 

「これからも宜しくお願いしますよ」

 

「はい。良き隣人として良好な関係を築いていけたらと思います」

 

 エルフ族としては珍しく握手を求めて来たので応える。クロレス殿は何となくだが、ゼロリックスの森のエルフ達にライバル心とか向けてないかな?まぁレティシアとも相談だな。

 今回の王命も一応完遂出来たって事で良いだろう。あくまでも『バーリンゲン王国の連中の蛮行はエムデン王国とは関係が無い』という事をエルフ族に伝えて問題の回避を行っただけだけどね。

 幾つもの重要な情報も貰えた。早急に王都に戻って報告をしたいのだが、両殿下の件も有るしフルフの街に立ち寄らないと駄目だろうか?王位継承権上位二人を失う可能性が高い。ヘルカンプ殿下は論外として、未だ四位のクルステル殿下と第五位のスティング殿下がいらっしゃる。

 

 早急に王都に戻り、この地が森に浸食される事を報告。対策を練り準備を進める → 難民対策、魔牛族の移住の件等を速やかに進められるが、両殿下の安全確保が他人任せとなる。

 

 フルフの街に立ち寄り、両殿下と合流し護衛しながら帰国する → 両殿下の安全の確保とフルフの街の地下の秘密要塞の現状を確認出来るが、王宮への報告が遅れる。

 

 流石に何度も『聖樹』の力を借りる事は出来ないので、一旦王都に帰って報告し『聖樹』の力を借りて戻って来るという選択肢は取れない。エルフに返せる宛ての無い借りを重ねるなど出来ない。

 一度戻れば報告だけでは済まず対策会議に出席する必要があり、相応の役職の連中を集めるならば王都に数日は拘束される。流石に一方的に報告して終わりにはならないし、両殿下の護衛は他の者に任せろとなる。 

 ケルトウッドの森からなら、フルフの街まで全力で三日は掛からない。合流すれば強行軍でエムデン王国に向かえば一週間と掛からずにで国境まで戻れる。

 

 親書を書いて送る事も出来るが内容が重大過ぎて、他に漏れる危険性を考えると厳しい。万が一にもバーリンゲン王国の連中にバレれば各地で暴動が勃発、この国がどうなるか分からない。

 貴族も平民も自国の領土が森に埋まると知れば、どんな行動に出るかなど予想がつかない。分かる事といえば、碌な事をしない連中が更に予想外の事を仕出かすのは確定って事だけだ。

 眩暈がして来た。気持ちとしては、この重圧を一人で抱えるのは辛いから早く伝えて開放されたい。だが予想よりも悪い状況なのに、両殿下の保護をなおざりにして良いのか?悪意は両殿下に必ず向かうぞ。

 

 さて悩ましいが、何方を優先させた方が良いだろうか?

 


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