古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

889 / 1001
第883話

 僕の今の置かれた状況を説明すると『魔牛族の里の手前で勝手に野営しようとしたら、ミルフィナ殿に見付かって問い詰められています』になります。

 

「えっと、何時からでしょうか?」

 

「貴方が昼寝を始めた頃からですわ」

 

 昼寝して独り夕食を満喫して、さぁ明日に備えて早いけど寝ようか!っていう所で声を掛けられた。因みにアインの見張りと感知魔法の両方で警戒はしていたのだが、気付いたら後ろに立っていた。

 責める感じではなく呆れている感じの方が大きい。僕も貴女に対するエルフの評価で少しだけ呆れていたので御相子って事にしましょう。クロレス殿の評価を聞いたら、貴女も悶絶では済まないですよ。

 何となく居心地が悪いのだが、見付かってしまったからには仕方が無い。今夜の所は此処で野営させて頂き、明朝改めて交渉に伺う事に仕切り直そう。それが大人の対応でしょう。

 

「えっと、今日の所は此処で野営させて頂き、明朝に改めてエムデン王国の使者として伺わせて頂きたいと思います」

 

 貴族的礼節に則り一礼する。

 

「駄目です。見付けてしまった以上は、里の外で野営などさせられません」

 

 秒で却下されたよ。脊髄反射みたいに速攻だよ。少しは考えて下さい。ならば代案を提示して妥協の線を模索しましょう。

 

「では少し離れた場所に移動して野営し、改めて明朝に伺うと言う事で……」

 

「駄目です。諦めが悪い事は美徳では有りませんわ。見付かってしまったのですから、諦めて歓待されなさい」

 

 え?歓待してくれるの?あれ?僕達って、そんなに関係性が良好でしたっけ?

 

「そもそもなんで見付かったのでしょうか?それなりに距離を置いていましたし警戒もしていましたし見張りの方も居なかったし……もしかして、あの鉄柱の効果でしょうか?」

 

 疑問に思っていた事を聞いてみる。正直に答えてくれるとは思えないが、流石に警戒していたにも関わらずに接近を許す事は後々の不安に繋がる。単独行動の多い僕は奇襲されると弱い。

 発見し難い事が少数の利点であり、先に見付けられては利点が生かせず弱点となってしまう。奇襲が常套手段なのに逆に奇襲されたら目も当てられない。

 ミルフィナ殿は少し考える風に顎に人差し指を当てて上を向いていたが、クスリと笑ったけれども悪い感じの笑みではない。僕に対する態度が良くなっているのは何故?

 

「妖狼族と同じ様に、私達も嗅覚には自信が有るのです。記憶している匂いが近くに居れば気付きます。最初に気付いたのは別の者でしたが、知らせを受けて確認すれば貴方でしたから」

 

 バレたのは嗅覚?鼻が利くって事か?目に見えないから理解できないが、確かに狼や牛の特徴を併せ持つ種族ならではの特性なのかな。一説には狼は人間の100倍以上の嗅覚を持ち、牛はそれ以上らしいし。

 草食動物として食物連鎖の下の方に居る生き物は自分を守る為に色々な特技を持つ。嗅覚が鋭ければ、それだけ早く捕食者を発見出来るし美味しい食べ物も見つけ易い。

 勿論、彼女は動物である狼や牛とは違う種族だが特性は近いモノが有るのだろう。嗅覚、匂いか。僕も女性の匂いには興味が有るし拘りも有るが、嗅覚自体は人のそれと変わらない。羨ましくは無いが妬ましい。

 

 そう言えば、オルフェイス王女の結婚式の後の舞踏会でも、知らない内に接近されていたのを思い出した。あの時も警戒はしていたのにだ。彼女には魔力反応が有るが、魔法か種族的な特性なのか?

 改めて彼女を観察する。結婚式の時は礼装だったが、今は普段着なのだろう。地味だが生地は上質で仕立ての良いドレスを着ている。艶やかなウェーブの掛かった艶やかな黒髪を無造作に後ろに流している。

 黒曜石を思わせる黒い瞳に雪の様に真っ白な肌、特徴的な耳の上あたりから生えている角の先端には金細工が施されている。普通に絶世の美女だが、中身は異種族の同性好き。

 

 世の男性の望む母性の体現者みたいなのに、残念で仕方が無い。

 

「凄い能力ですね。全然知りませんでした」

 

 察知する能力の秘密は分かりましたが、その隠密行動の秘密は流石に教えてはくれないか。動きに難そうな服装だから身体能力でどうこう出来るとは思えない。

 魔力感知・魔素の乱れの感知・視覚の他にも多数の感知方法を組み込んだ警戒網が役に立たない。クリスのギフトですら何となく察知出来たのに、全く分からないとは……

 僅かなヒントも貰えそうにない。当然だろう。自分の優位性をわざわざ教える者など居ない。それが友好的に接しようとしている相手でもだ。僕だって、イルメラにさえ隠し事をしているのだから責めるのは筋違いだ。

 

「普通は教えません。嫌がる人も多いのですよ。特に身嗜みに拘る人とか、自分の匂いが他人に分かるとか……あと不衛生な人達も多いのですが、逆に彼等は匂いを嗅がせたくなるしお詫びに嗅がせろとか迫って来るし」

 

 凄く嫌そうな顔をして『最低です』と吐き捨てたが、彼女達の匂いを嗅がせろと迫る連中も居るのか。

 バーリンゲン王国の連中か?馬鹿者共がっ!体臭を楽しむのは。最低限でも双方の合意が必要だろう。僕はそうしている。

 自分の拘りに確固たるマナーを設けない者は三流以下の屑だ。体臭愛好家として、奴等は抹殺すべき異教徒だな。よし、磨り潰そうそうしよう。今決めた。

 

「あの?確かに私達の匂いを嗅ぎたがる者も居ますが、貴方が其処まで憤る程の事ですか?今にも皆殺しにしてやるぜ!って殺意が沸き上がっていて、少し怖いです」

 

 人間の言う所の『貴族たる者、淑女に対して紳士な態度で接するべし』なのですか?って笑われたが、異性の体臭を愛する者としての最低限の礼節も弁えない者に対する憤りです。

 敢えて自分の事は棚に上げるが、やはりバーリンゲン王国の連中は最低だな。女性の匂いとは慈しむものであり、強引に迫る事など有り得ない愚行だよ。あれか、異教徒か?体臭教の異端か?

 

「落ち着いて下さい。貴方は私達に対して特に興味も無いと思っていましたが、そうではないのですね。もう少し分かり易い態度を取って頂けると助かりますわ」

 

 豊かな母性、優しそうな顔立ちと声。子供時代に描いた理想の母親を彷彿とする、彼女は間違い無く魔性の魅力を持っている。そんな彼女の気遣いを感じれば、大抵の男は魅力に飲まれるだろう。

 だが彼女の態度も行動も、一族の総意では無いのも分かった。何故ならば、警戒していたにも関わらず見知った二人の魔牛族の女性が近くに居て困った顔をしているから。隠密行動は彼女だけの特性ではないのか……

 やはり接近を感知出来ない、僕の感知魔法の構築には穴が有る。そして敵意は感じないが困惑してる二人に、ミルフィナ殿も気付いたのだろう。少し離れた場所まで彼女達の手を引いて内緒話をしている。

 

 何となく手持無沙汰になってしまった微妙な空気が漂う時間。二人の女性に何かを言われても笑顔で受け応えているが、僕の扱いに関して苦労しているのだろうな。隣国の重鎮が一人で行動している事自体が異常だし。

 バーリンゲン王国の愚か者共が、自分達の事を狙って襲ってくるかこないかのタイミングで現れたし。そもそも未だ来た目的すら言ってないや。これじゃ扱いに困るのも当然だった。交渉の使者としては失格だよ。

 少し説明しないと駄目だな。もう陽も落ちて辺りは真っ暗で、何時の間にか魔法の明かりが周囲に灯っているし。これは明朝に改めて訪問とか無理だ。

 

「あの、ミルフィナ殿?今回の訪問の目的ですが……」

 

 おずおずと声を掛けると、ミルフィナ殿が少しだけ苛ついた表情を向けて来た。他の二人は同情的な視線を向けて来たけれど?あれ?これも失敗した?

 

「分かってます。私達を守りに来てくれたのでしょう。クロレス様から連絡は受けてます。その使者の貴方が何も言わずに里の前で陣取っているから、問題がややこしくなっているのですわ」

 

 嗚呼、僕の行動が怪し過ぎると警戒された訳だ。バレていないと思っていたら最初からバレていたんだから当然だな。しかも昼寝して夕食も食べて野営しそうになっていれば、何をしに来たんだ?って疑うのは当然だ。

 

「大変申し訳有りませんでした」

 

 深々と頭を下げる。今回は失敗の連続で何も言えませんです。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 取り合えず里の中に招かれた。あの鉄柱の間を通り抜ける時に違和感は感じたが、どのような魔法が付加されているのかは分からなかったし聞く事自体が詮索してるようで不味いので自重する。

 大きな館が点在している意味は予想の通り、一族全てが生活を共にしているらしい。此方では氏族単位でって事らしく、ミルフィナ殿の場合はラーラム氏族が共同生活を行っている訳だ。

 そしてラーラム氏族が現在の魔牛族を束ねている指導者的な位置付けらしく、あの二人も同じ氏族の血族だそうだ。時刻は午後7時を少し過ぎた頃かな。女性の屋敷に御邪魔するには微妙な時間だよ。

 

 氏族が増える度に増改築を繰り返すらしく中心が共有のスペースで左右に伸びて行くらしい。新人は末端に住むって事らしいが、厳しい序列は作らずに比較的平等な社会構造らしい。

 この辺も牛と同じみたいだ。共通する部分は多いのかもしれないが、まさか野生の牛と同じ生態ですね。なんて言えば侮辱以外のなにものでもないので、思っても無言でやり過ごす。

 玄関を通り二階に上がると正面が大広間になっており、僕が入ると既に多くの魔牛族の方々が待っていた。女性が優位な種族と聞いていたが、殆どが女性だったので驚いた。

 

 年齢も幅広く長老的な立ち位置の方々から現役の方々、驚いた事に子供達まで集まっている。普通は怪しい人物が訪ねて来たら、子供は隠さないかな?まぁ子供といっても少し若い位だが……

 多分だが十歳前後の子供が五人程居て、好意的で興味深い視線を向けて来ている。何故か此処でも割と好意的なのだが?バーリンゲン王国の連中と一緒くたの同一視はされたくはないが、これはこれで疑問だな。

 因みに大人は男女共に居る、比率は7対3位かな。逆に子供は全員女性、いや女の子だな。余談だが子供達の母性の象徴は未だ小さい。どうでも良いのだが、胸に視線がいかない様に注意が必要だろう。

 

 彼女達は異性の視線には敏感だろう。不思議な魅力を醸し出す部位だが、魔術師として鍛えた精神力には自信が有るので全然大丈夫、問題は何も無い。

 

 因みにだが長いテーブルの端部に座り向かい側にはミルフィナ殿が、両側には片側に十人ずつ魔牛族の方々が座っている。他の方々はテーブルを囲む様に立っている状況かな。

 多分だが氏族の代表はミルフィナ殿で、同席している方々が重鎮なのだろう。此処でも悪感情は感じないが若干の警戒心は感じる。子供達は僕に興味津々なのか親と思われる大人が押さえているが、放せば突撃して来そうな勢いだ。

 まぁレティシアの根回しのお陰だろうな。ファティ殿やディース殿も、彼女が頑張って根回ししていたって言ってたし。崇めるエルフ族の古参の彼女に頼まれれば、人間に対する嫌悪感も抑えられるのか。

 

「改めて名乗らせて頂きます。リーンハルト・ローゼンクロス・スピノ・アクロカント・ティラ・フォン・バーレイと申します。宮廷魔術師第二席の任に就いています。本日はエムデン王国を代表して使者として参りました」

 

 何度目かの正式で長ったらしい名前を言う。戦後の復興支援の功績で帰国したら正式に領地が増えるらしいので、暫くすればもう少し長ったらしい名前になると思うと溜息を吐きたくなる。

 領地ばかり増えても管理なんて出来ない。代官に任せれば良いとも言われるが、領主として最低限の責任は有るし色々と自分で行いたい事も有る。正直、時間が全く足りない。領主の責任を全く果たせず税収だけ貰うとか駄目領主の典型だよ。

 宮廷魔術師という本業を疎かには出来ないので、余暇を見付けて何とかするしかない。この任務が終われば、それなりに落ち着いて時間も取れるだろう。先ずは魔牛族との交渉を纏める事が最優先。

 

「色々とご迷惑をお掛けして申し訳ないです。訪ねるには時間的に宜しくないと思い、明朝に改めて訪ねようと思っていました」

 

 自分の里の前で人間が野営しているとか、今思えば彼等の感情を害する行為だった。だが言い訳をすれば疲労困憊だったのか睡魔が酷かった。使者として訪れて疲れて寝てしまうのも問題だったんだ。

 何時愚か者共が襲って来るかも分からなかったので、遠くでの野営も問題が有った。言い訳ばかり思い浮かぶ、気持ちを切り替えよう。僕の段取りが悪かっただけで、時間の調整位は何とかなった筈だ。

 

「その件については気にしないで下さい。リーンハルト殿を最初に見付けた者が、里の防衛機能を作動させてしまったのです。本来は害意有る者が近付けば精神に発狂する程の負荷が掛かるのですが、まさか眠くなるとは予想外でしたわ」

 

 え?僕は知らない内に攻撃されていたの?

 

「ミルフィナに直ぐに確認しましたが発動後だったので慌てました。それなのに普通に気持ち良さそうに昼寝をし始めるし様子を伺っていれば起き出して夕食を食べ始めて寛ぐし。皆で確認して笑ってしまいました」

 

 それはそれで酷くないですか?でも不用心に見えても、ちゃんと警戒していたのか。それはそれで安心したが、全員が好意的なのって面白い人間が来たから珍しいとかなのか?

 

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。