古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

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第882話

 ケルトウッドの森のエルフ達との交渉は問題無く終わった。妖狼族は分かるが魔牛族まで口添えをしてくれた事に驚いた。ミルフィナ殿には感謝しないと駄目だな。

 その魔牛族に対して、バーリンゲン王国の愚か者共が行動をおこしている。その事がケルトウッドの森のエルフ達にも伝わっている事を考えると、世捨て人っぽいのに情報収集には力を入れているのだろう。

 時間的には危なかった。聖樹の力を借りて移動せずに陸路で移動していたら、バーリンゲン王国の蛮行の阻止には間に合わなかった。結果的にエルフ達が愚か者共の排除に助力、人間に対する悪感情は増大した。

 

 魔牛族が襲われた後に、のこのこと来たら交渉など最初から始まらなかっただろう。拒絶されて罵倒されて終わり。

 

 長寿種のレティシアが急いだ理由はコレだったのかもしれない。彼女とミルフィナ殿との関係を考えれば、情報は高い精度で伝わっていた筈だ。もっとも、ミルフィナ殿がレティシアに頼るかは分からないが……

 多分だが慕っている相手に苦労は掛けさせられないとか考えて、報告はするが対応は自分達だけでするとか?だが魔牛族は妖狼族と違い、純粋な戦闘種族では無い。

 人間より長寿ではあるがエルフには劣り、身体能力でも人間よりは高いが妖狼族には劣る。魔力も人間よりも高いがエルフには劣る。何となく中途半端で微妙な感じがするな。いや魔牛族を下に見てはいないよ。

 

 個として人間よりは全ての面で優れてはいるが、少数種族の為に数の暴力で来られたら圧し潰される。だが被害が甚大なので、馬鹿共も手出しはせずに懐柔した。

 しかし洗脳という枷を取り外す事で暴発、その澱んだ薄汚い欲望が最初はエルフ族へ向かい次は魔牛族へと向かった。圧倒的強者のエルフ族と違い、魔牛族は負けはしないと思うが被害は受ける。実際は負けるが、魔牛族にも甚大な被害を及ぼすだろうな。

 元々、自己中心的で後先が考えられない連中が洗脳で欲望が弾けたから始末に負えない。バーリンゲン王国の罪がエムデン王国に飛び火しない内に磨り潰すしか無い。

 

 最初に感じた通りの結果になっただけか……

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 ゼロリックスの森から魔牛族の里への道案内は風の下級精霊である一体の空鼬(からいたち)が請け負ってくれた。特に反対もしなかった、リゼルの事をレティシアに任せて駆け抜ける。

 空鼬は尾の部分が竜巻の様な感じで推進力があるのかゴーレム馬で追いかけるのが精一杯の速度で飛んで行く。直線的な動きなので道無き道を驀進する感じだ。

 途中でゴーレムキングに切り替えた。流石に岩山や森、藪や川の中を走り抜けるのに四つ足の馬形状では無理が有り、人型に変えた。殆どトレッキング?いや登山に近いのか?

 

 自然や景色を楽しむ余裕も無いし、途中で遭遇した野生のモンスターや野盗や怪しい武装勢力を遭遇と同時に問答無用で叩き潰した。

 流石に自警団や冒険者と思われる連中は無視したが、一目で怪しいと分かる連中が多過ぎる。他人の不幸につけ込んで利益を貪ろうって連中が多いのが嫌になる。

 後から判断する為に死体や持ち物は空間創造の中に収納し、捉えられていたと思われる連中は解放した。そんな連中も持ち物を返せとか寄越せとか酷かった。一応は助けた恩人なのだが?

 

 彼等には空鼬は見えないらしく、猛スピードで大きな鎧兜を着込んだ僕が飛び掛かってきた位な感じらしい。それはそれで好都合だが、それでは僕が危険人物みたいに思われて嫌だな。

 魔牛族の里はケルトウッドの森から歩いて五日程の距離と、それなりに遠いのだが休みなく全速力で移動したお陰で二日目の午後には近くまで到着。

 まだ愚か者共に襲撃されてはいなかった。途中で愚か者共と遭遇しなかったが、擦れ違ってはいない。別ルートで向かって来ているのかな?

 

 完全武装で魔牛族の里に押し入る訳にも行かず、強行軍で疲れて表情が険しいのも緩和する必要が有る。何が言いたいかというと、問題事を処理する前に少し休みが欲しいのです。

 飲まず食わず睡眠無しで一日半の強行軍、途中野生のモンスターに三回遭遇し怪しい武装勢力を三組ほど蹴散らしたので疲労はピークに達している。精神的にも肉体的にも疲労が濃い。

 魔牛族の里は、なだらかな起伏や小山の続く地形、丘陵地帯と呼べば良いのだろうか?地形学では高度や起伏が土地より小さく、台地より大きいものを指すらしい。

 

 つまり防衛に適さない領地という事だ。逆に妖狼族はウェステルス山脈の中程にあり防衛に適しているから後回しにされたのかもしれないな。幾ら馬鹿でも襲い難い易いの区別くらいはつくだろう。

 遠目で魔牛族の里を観察すると幾つか人間の街や村との違いが分かる。まず建物が密集していない、一棟が一寸した館のように大きい。これは家族単位でなく一族単位で一緒に住んでいるのだろうか?

 増築を重ねた様に大きくなっているのが、外観の劣化状況や使用材の違いで分かる。もしかして家族が増えたら増築するとか?魔牛族の事前情報は殆ど無いから分からないので、違うのかも知れない。

 

 一応境界線と思われる場所には木製の柵が張り巡らせているが、賊の侵入防止には心許ない。はっきり言って気休めで区画の表示以外の意味は無いかも知れない。里の境界での防衛は無理っぽいな。

 魔力も感知しないので、多分だが魔術的な防衛措置も無い。だが少し先に等間隔に2m程の高さの鉄柱が植わっていて、それからは魔力の反応を感じる。此方が本命という事かな?

 見える範囲では魔牛族は居ない。館の周辺にも居ない。無人の里みたいに見えるが、煮炊き用の煙は見えるので居る事は分かる。違和感を感じるが襲撃されて荒らされた感じはしないので、一先ず安心した。

 

 特に見張りを配置していないのは、魔術的な対策を講じているとはいえ不用心だと思うぞ。因みに空鼬は目的地が見えた時に案内を終えたと感じたのだろう。右頬を一舐めした後、空気中に溶け込む様に消えてしまった。

 少しだけ寂しく感じるのだが、僕の精霊魔法の適性ってどうなのだろうか?帰ったら、ディース殿に確認してみよう。魔術師の性というか、学ぶ事の喜びをひしひしと感じる。つまり抑えが利かなくなる前にって事だな。

 空間創造から、アインを呼び出し見張りを任せて草むらに身体を横たえる。首の後ろがチクチクして擽ったいが青臭い匂いに心地良い日差しと穏やかな風を受けると眠くなって……

 

「お休み、アイン。少し寝るから日暮れ前に起こして、あと何か異常が有れば構わず起こしてくれ」

 

 使者として夕暮れ時に赴くのは失礼だと思うけれど、体調不良で押し掛けるのも気が引けるし余計に気を遣わせそうだし。いや、魔牛族が其処まで配慮はしてくれないかも知れないな。

 何と言っても魅力的な外見だからと強引に迫られる事も多かったと聞くし、人間に対して悪感情を高めている筈だし。ケルトウッドの森のエルフ族みたいには迎え入れてはくれまい。

 先ずは体調を整えて、場合によっては此処で一晩明かして明朝に訪ねても良いかな。そろそろ眠気が凄い事になってるから、寝不足で交渉失敗とか笑えないから……

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 身体を優しく揺すられる感覚で意識が覚醒する。薄目を空けて周囲を見れば、ぼやけた視界に燃える様な真っ赤な色が飛び込んで来る。夕暮れ時、夕闇に包まれる前の僅かな時、たそがれ時。

 段々と意識が覚醒して来るに従い、身体が寒気を覚え始めたので空間創造から外套を取り出して羽織る。特に異常は無さそうだし、魔力で周囲を探っても今夜にでも夜襲される心配も無さそうだ。

 例の鉄柱だがボンヤリと輝き始めた。篝火の役目も果たすのだろうか?完全に日が落ちれば月明かりしか頼れないので、光量が低くても篝火の代役は出来るだろう。幾つかの館の窓も明かりが見える。良かった、魔牛族はちゃんと生活しているんだな。

 

「野営して明朝にでも訪ねるかな。バーリンゲン王国の連中も未だ来てないみたいだし、無理に夕刻に訪ねるのも失礼だしね。里に近付けば、何かしら反応してくれると思うし」

 

 半分以上は自分に言い聞かす為の言い訳だが、苦労する事は明日の自分に放り投げて今は身体を休める事に専念する事にしよう。太陽が完全に隠れると周囲は一気に暗くなり、月明かりを頼りに心許ない視界となる。

 ここで普通に焚火とかすれば、僕の存在が敵味方構わず知られてしまい、魔牛族からは自分の里の近くに居座る不審者として愚か者共からは襲撃地の前に居座る不用心者として。

 どちらも願い下げな評価だが、幾ら丘陵とはいえ夜は暖を取る為に焚火は必須な時期だから地下に潜って過ごすかな。

 

 大自然を独り占めにして味わう一人飯とでも言うのだろうか?野外では不釣り合いなロッキングチェアを錬金する。背もたれが傾斜して頭もたれとひじ掛けが有る休憩用の、例えれば安楽椅子とでも言うのだろうか?

 アインが気を利かせて前後に揺らしてくれる。睡眠は十分な筈だが、また眠気が襲って来そうだ。先程は草むらの上に外套を敷いただけで寝てしまったが、安楽椅子も眠気に抗しがたい魅力が有る。

 簡単に食べれるサンドイッチを取り出し、だらしなく背もたれに身体を預けながら食べる。ハニーマスタードチキンのサンドイッチを桃の果実水で流し込む。満天の星を無心で眺めてサンドイッチを食べ続ける。

 

「なんか細かい事はどうでも良くなっちゃうな。さっさと愚か者達を滅ぼして両殿下と合流してエムデン王国に帰ろう。後始末は僕の仕事の範疇じゃないから、他の担当者が何とかするだろうし……」

 

 僕の仕事は、ケルトウッドの森のエルフ族が人間族の諍いには不干渉を貫いてくれれば良いだけだし、魔牛族を襲う連中を排除して反エムデン王国の連中を倒しながら、フルフの街に向かおう。

 両殿下は帰国の命令が出ているから残って何かする事もないだろうし、護衛として同行すれば一緒に帰国出来る。パゥルム女王?知らない女王ですね。会わない話さない関わらないの『さんない』を心掛けます。

 最後のサンドイッチを食べ終わり桃の果実水で胃に流し込む。両手を叩いてパンくずを払い落し、満腹で満足なお腹を擦る。久し振りに落ち着いた食事を終えたら、また眠気が襲って来た。何故、こんなにも眠気が襲ってくるのだろう?

 

「良い御身分ですわね?私達の里の前でアウトドアライフを満喫ですか?」

 

 えっ?頭の上から女性の声がして視線を向ければ、とても大きな何かが二つ。

 

 ロッキングチェアから起き上がり、声のした方向に身体を捩じって見れば……胸の下で両手を組んで不満げな、ミルフィナ殿が立っていた。何故だ?警戒は怠ってなかったし、アインだって側に置いていた。

 そのアインは、ミルフィナ殿に対して優雅に一礼しているよ。おぃおぃ、害意を感じなかったからなの?普通に挨拶を交わしているけど、ミルフィナ殿もゴーレムに対して友好的過ぎない?

 イマイチ状況が把握出来ないのだが、僕の存在を魔牛族が感知してミルフィナ殿が確認に来た。で良いのか?他には誰も居ないみたいだけれど、里の近くだからって一人で出て来るのか?不用心過ぎない?

 

「何です?その不満げな顔は?貴方の事ですから『夜半に女性の下を訪ねるのは失礼に当たるから野営して明日の朝にでも改めて訪ねよう』とか考えたのでしょう?ですが私達の警戒網に感知されていましたわ」

 

 気遣いは嬉しいのですが、まさか里の前で野営するとは驚きましたわ。って呆れ気味に言われて溜息まで吐かれてしまった。だって疲労困憊で訪ねるのもアレだし、起きたら夕方だったし、不思議と眠かったし。

 夕暮れ時に訪ねるとか失礼だし、先触れを送る時間的余裕なんて無かったし、夜空が綺麗で星を見ながら寝たかったし、子供っぽい言い訳しか思い付かないし。僕って王命の最中でも、こんなに子供っぽかったかな?

 ロッキングチェアを魔素に還して身嗜みを整える。一応、僕はエムデン王国を代表して来た使節なので、最低限の礼節は守る必要が有る。ミルフィナ殿の零した『今更ですか?』は聞こえない。 

 

「えっと、何時頃からでしょうか?」

 

 精一杯の威厳を込めて情けない質問をする。もうどうしようもないです。申し訳ないです。

 

「貴方が昼寝を始めた頃からですわ」

 

 それって、最初からって事ですか?それは恥ずかしいのですが、魔牛族の里の警戒態勢が有効だって事が確認出来たから良しとすればよいでしょうか?

 うわぁ最初から失敗してしまったけれど、未だ挽回できる筈。いや挽回するしかない。取り合えず、この心のモヤモヤを八つ当たりする連中が早く来てくれないかなと思う。

 

 

 


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