古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

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第880話

 エムデン王国軍によるバーリンゲン王国平定は順調に進んでいる。既にスメタナの街を占領し周辺の村や小規模な砦にも兵を送り敗残兵の討伐も順調みたいだ。各都市は独立自治を掲げたが反エムデン王国精神は変わらずとは……

 この敗残兵の討伐だが、エムデン王国軍よりも周辺の領民達による敗残兵狩りが情け容赦なく酷いらしい。当初は密告が多かったが、最近は直接的な対応が目立つとか。まぁエムデン王国への貢献よりも敗残兵達に対する略奪が主目的みたいだ。

 方法も悪辣で、敗残兵達を村に暖かく迎え入れた後で食事や酒を振舞い酔わせて眠っている所を襲う。身包み剥がされて怪我を負わされ拘束した状態で村の外れに放置、エムデン王国軍の回収を待つ。

 

 当初はバーリンゲン王国の兵士が村から戦略物資の徴発という略奪を行った事への報復も含まれているのかと思ったが、実際はそうでもないらしい。確かに徴発は有ったが、最低限の食糧とからしかった。

 彼等もエムデン王国を跳ね除けた後の事を考えて、無体な事はしなかったらしい。だが村の有力者達が酷い略奪を受けたとエムデン王国側に訴えて保護だけでなく補償や賠償を声高々に訴えたらしい。

 そして逃げ込んで来た敗残兵を表面上は祖国の為に戦った勇士として迎え入れ、油断させて命以外を全て略奪する。これを悪辣非道と言わずして何と言うのだろうか?何処迄も自分本位で自己中心的な連中で嫌になる。

 

 両殿下も領民達の対応に苦慮しているらしいが、詐欺を働く連中には厳しい対応をしているらしい。だがタダ飯が食べれるとフルフの街に自称難民達が押し寄せて無駄に物資を浪費させられている。

 故にスメタナの街を占領後に軍を再編し物資も多めに用意しているのが、最新の報告書の内容だ。最悪の国民性、最悪の隣国、コイツ等は今回で思い知らせないと何時まで経っても我等の害悪でしかない。

 そう改めて思い知らされた。両殿下の身も心配だが、酷い苦労を強いられている事にも同情する。しかも、パゥルム王女達も早々に亡命して身を寄せているらしいし、無理難題を言っている事も容易に想像出来るし……

 

 パゥルム女王達は、クーデターの勃発前に既に逃げ出していたらしい。正確には女王と王女でありながら、王都を空けてフルフの街の謀反を討伐する両殿下の後を無許可で追った。

 そして女王達が不在時にクーデターが起こり政権は転覆、今の事態に陥っていると……保身に長けた連中だし、早々に自国に見切りを付けて逃げ出したのだが時勢を読む事には長けていた。

 確かに自国の状況や変化に応じて有利な行動をおこす事が出来る。それが依存体質な連中というのが、エムデン王国にとっての不幸なのだろうか?関わり合いになりたくないのだが、無理っぽい。

 

 紳士として女性に向ける感情ではないのは理解しているが『本当に関わり合いになりたくない』連中というのは居るんだな。徹頭徹尾、一貫して自己中心を貫く姿勢は……評価はしたくないが迷惑で凄いとは思う。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 エムデン王国軍が両殿下の身柄を確保する事が順調ならば、僕の方も与えられた仕事をこなさなければならない。妖狼族達にも軍備を整えさせて、何時でも進軍出来る様に待機させている。今回、彼等にも役割が有る筈だから。

 ケルトウッドの森のエルフ族との交渉について、事前にニーレンス公爵とも打合せを重ねて諸問題も解決。時間との勝負なのは理解しているので多少強引に進めてしまったが、特に反発は無かった。逆にエルフ族との交渉という大任に同情されたよ。

 『聖樹の指輪』を利用した聖樹での移動について、詳細を濁して報告した。それは色々と想像を掻き立てられる報告だったろう。僕の胃のストレスも最高潮に達したが、公務で王宮を離れる事になるので、時間と共に鎮静化して欲しい。

 

 エムデン王国の王都に有る『エルフの里』に来ている。精霊魔法を学ぶ為に定期的に訪れて『聖樹』による移動は経験しているけれど、『ゼロリックスの森』以外に行くのは初めてだ。

 今回の同行者はエムデン王国側としては、自分とリゼルだけだ。リゼルも可能ならば同行を遠慮したいのだが、自分一人が行く事は流石に不味いという事で選ばれた。本来ならば、ニーレンス公爵の配下の外交要員が同行するのだが……

 エルフ族は基本的に人間嫌いだし畏まった貴族の男性よりも、エルフの王が配慮している僕の配下の女性の方が良いという判断が下ったからだ。アウレール王の決定なので、誰も文句を言わないし言えない。

 それとエルフ側の同行者として、レティシアにファティ殿。それとディース殿の三人が同行してくれる。僕の貰った『聖樹の指輪』は本人のみしか移動出来ないので、リゼルを連れて行ける者に同行をお願いするしかない。

 

「不思議ですわ。エルフの方々とは人間を見下して毛嫌いしていると聞いていましたが、このエルフの里の方々からは余り嫌悪感を感じませんわ」

 

 声こそ掛けられないが、目礼程度の挨拶は交わしている。レティシア達を介して何度か言葉を交わした事の有る連中も、それなりに増えている。最初は警戒されたが、今は一応信用されている。

 精霊達と交流を持った事が、彼等の人間に対する分厚い壁を薄くしたのだろう。それだけ、エルフにとって精霊とは大切な事なんだ。その精霊魔法を学ぶ事が許された僕は、人間族という一括りには出来ない存在らしい。

 人間族の亜種、この言葉が本当に当たっているとしたら何という皮肉だろうか?まぁ転生したのだから、一般的な人間とは厳密には違う事は自覚している。転生の秘術、禁呪だが当時の連中ならば他にも使える高位魔術師は何人も居たよな?

 

「彼等はバーリンゲン王国の連中とは縁が無いからね。アレが普通の人間だと思われたら困惑しかないよ」

 

「元祖国の方々ですが、確かにそうですわ。外から見る機会を貰えたので良く分かります。私は、リーンハルト様に見染められて身請けして貰えて幸せです」

 

「いやいや引き抜きだから、雇用だから。身請けとか貴族にその言葉は良くない意味に捉えられるから止めて下さいね」

 

「リーンハルト様は、相変わらずいけずで御座いますわ」

 

 エルフの里の入り口で馬車を降りて雑談しながら歩いているが、特に敵意を感じる視線を向けられてはいない。これは結構な頻度で、僕が訪ねている事。事有る毎に、レティシアが僕の事を言い触らしている事も影響している。知り合い程度の好感度は有る。

 それと国民性、バーリンゲン王国とエムデン王国の民度の違いが最大の理由だと思う。逆に言えば、ゼロリックスの森のエルフでもバーリンゲン王国の連中に絡まれれば人間に強い嫌悪感を抱くだろう。

 その辺の違いを理解して貰わないと困る。奴等は人間族でも特殊な連中だと理解してくれれば良いのだが、上手く説得出来るか分からない。今回は、その違いを説明してエムデン王国は害が無いと認めて貰う必要が有る。

 

 迷惑な隣国の連中と同一視しないで欲しい。それに尽きるのかな?

 

「リーンハルト、予定時間より早いな!」

 

「ディース殿、本日はお世話になります」

 

 里の中に流れる水路に沿って、ゆっくりと目的の聖樹に向かって歩いていたら呼び止められた。長寿のエルフ族って時間的にゆったりしていると思っていたが、この御姉様方は割とせっかちなんだよな。

 軽く手を上げながら出迎えてくれた、三百歳以上の古参のエルフの女性。一応、今回はエムデン王国の交渉団の代表として出向いているのだが……彼等に人間の役職とかは無関係なんだよな。

 緩い出迎えに苦笑いをしながら、少し許容範囲外な受け答えをする。長々と口上を述べても迷惑がられるだけだし、僕とリゼルしか居ないから良いとしよう。向こうに付いたら、外向けの態度に切り替えれば良いと割り切ろう。

 

「相変わらず固いな。若いのだし要職に就いているとはいえ、もう少し砕けても良くないか?」

 

「一応はエムデン王国の代表として来ていますので、相応の態度は必要なのです」

 

 リゼルの事を触れずに話を進めるだけでも失格だと思うけれど、まぁ精霊魔法の師匠として師弟関係だから『今は』良いだろう。向こうに着いてからは、レティシア達との距離感を考えないと駄目だな。

 馴れ馴れしいとか不快に思う連中が居ると思っておいた方が良い。バーリンゲン王国基準だろうし、相当気を遣わないと同一視されかねない。いっその事、僕の手で無礼者を殲滅しろって言われた方が楽だな。

 まぁ現実的には同族を根絶やしにしろとか言われたら、断るしかないんだけどね。そうしないと人間族の裏切者とか言われかねないし、最後まで面倒を掛けてくる連中だ。まぁアウレール王が根絶やしというか『群雄割拠時代まで叩き落とす』らしいし。

 

「レティシアが張り切っているぞ。昨日の内に向こうに行って下話は済ませているからな。全く、リーンハルトとレティシアの関係は不思議だな。まるで過去の事を思い出させる。アレは……」

 

「あの、ディース殿?昔話は後にしましょう」

 

 上を向いて過去の事を思い出す風な仕草は止めて下さい。過去ってアレですよね?レティシアと転生前の僕との事ですよね?僕が父王に謀られて死刑になった事で長らく悲しんだって事ですよね?

 その件を穿り返させるのは不味いのです。今でも心の中に城壁を築いて、リゼルの追求を躱しているんです。不自然なタイミングで思考を読ませない事に、勘の良い彼女は何かを関連付けてしまった筈です。絶対に後から追求されるな。

 今だって、ディース殿から見えない脇腹を抓られているし。痣にはならない程度の力加減ですが、結構痛いです。里の連中が遠巻きにみて微笑ましそうな表情を浮かべてますが、この里の連中って僕に対してこんなにも好意的だったかな?

 

「ん?そうか?まぁレティシアを待たせるのも怖いし、そろそろ行くか。そちらの女性も無視した訳じゃないので気を悪くしないでくれ」

 

「リゼルと申します。一度お会いしていますが、本日は主様共々宜しくお願い致します」

 

 リゼルが優雅にカーテシーにて挨拶をする。本来は目上の者に対する挨拶だが、通常の片足を斜め後ろの内側に引き、もう片方の足の膝を軽く曲げ、背筋は伸ばしたままだが……

 今回は両手でスカートの裾を軽く持ち上げて行ったね?カーテシーには数種類有ると聞いていたが微妙に違う場合は何の意図が含まれているのだろうか?メイド服好きの自分としては、スカートも持ち上げる仕草はグッドだ。グッとクるモノが有る。

 メイド服のロングスカート姿を想像すれば、何かが捗る。帰国したら内緒で、イルメラさんにやって貰おう。それ位の楽しみがないとやってられない。

 

 内心の酷い妄想を笑顔の仮面を張り付けて誤魔化す。それ位の事は出来るのです。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 何となく、ディース殿と雑談をしながら『聖樹』の所に向かう。これも外交の観点から見れば失格だろう。交渉内容に有利に働くような盤外戦術でなく、本当に只の雑談だから。

 懇親と言う意味ならば、ギリギリ失格だろうな。国家の代表なのだが堅苦しく無くて良かったと思うべきだろう。そもそも他種族との交渉なのだから、文化の違いと考えれば良いんだ。

 只でさえ好感度が低いのに此方の文化を押し付ける事は不利益でしかない。エルフ族の文化や暮らしについて殆ど知らないから、何処に危険が潜んでいるか分からない。何が失礼になるかも分からないのだから。

 

「早かったな、リーンハルト」

 

「ディースが我慢出来なくて迎えに行ってしまったのだ」

 

 聖樹の前に、レティシアとファティ殿が並んで待っていてくれたが二人共に正装だ。エルフ族特有のゆったりとした民族衣装を纏い長い杖を持っている。全て強力な魔力が付加された先祖代々、引き継がれている家宝だろう。

 僕は地味目な貴族服を着て、武器にもなる杖(カッカラ)は空間創造の中だ。武器を携えて行って敵対行為とみなされたら嫌だし、そもそも戦闘になったら絶対に勝てないし。

 リゼルもドレス姿だが森の民のエルフに配慮したのかグリーン系のグラデーションの控えめな色合いだな。当然だが、彼女に戦闘力は皆無なので武装はしていない。

 

「レティシア、ファティ殿。今日はお願いします」

 

 リゼルと合わせて頭を下げる。多分だが今回の交渉の鍵を握るのは、レティシアの存在だろう。自分の王の命令とは言え、通達だけでは限界が有る。だが彼女が同行してくれれば全く対応は違う。

 それに甘えるだけでは駄目だが、国家を代表しての交渉なのだから可能な限り成功率を高めたい。幸いというか、ゼロリックスの森のエルフの三人娘は何故か僕を気に入ってくれている。

 相応の礼は後で必ず行うが、今は好意に甘えさせて貰おう。全てはバーリンゲン王国の連中を根絶やしにして、モンテローザ嬢を倒してからだ。

 

 


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