古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

873 / 1001
第867話

 バーリンゲン王国内のケルトウッドの森のエルフ族との交渉について、伝手の件で話し合いが進まない。ゼロリックスの森のエルフ族と『古の盟約』を結ぶニーレンス公爵の伝手を使うか。

 レティシアやファティ殿、ディース殿と友好関係にある僕の伝手を使うか。前者は部族との契約関係で後者は個人の友好関係、伝手の強さでいったら前者だろう。

 だがニーレンス公爵は盟約という縛りの有る契約で、定期的に護衛の人員を派遣して貰うというもの。教えて貰ってないが、相応の対価を払っている筈だ。つまりエルフ側にも益の有るモノを差し出している。

 

 僕の方は個人的な友好関係だから、逆にいうと自由度が高い。好感度によっては結構な無理も押し通せるから。レティシア達は350歳以上の古参、当然だが実力も高く発言力も大きい。

 彼女ならば、僕が頼めば快諾しケルトウッドの森のエルフ族との交渉にも同行して尽力してくれるだろう。だが人族に助力し慣れ合っているとか、同族に思われる事は彼女にとってはマイナスだ。

 ファティ殿やディース殿は、そこまで好感度は高くない。頼めば助力はしてくれると思うが、相応の対価が必要になる。場合によっては友好度が下がるだろう。人族の肩を持つとは、そういうリスクが有る。

 

 エルフ族の若手の増長を諫める事の対価は貰っているし、それ以上を求める事は憚られる。さて、どうするか?ニーレンス公爵を見れば、腕を組んで考えに耽っている。

 公爵四家の第一位の立場でも王命は絶対、格下の僕に伝手を使えと振ってきてもおかしくはない。僕との今後の関係性を天秤に掛けているのだろう。あと地味に、ザスキア公爵が睨んでるから。

 彼女の不興を買う事の恐ろしさが身に染みていると思います。僕だってそうです。でも貰い事故みたいなモノで、責任を追及されても困る事も確かですよね。

 

 誰が悪い訳でもなく、強いて言えばバーリンゲン王国とモンテローザが悪い。

 

「ふむ、最大限の助力はしよう。ニーレンスよ、国庫からの特別予算を許す。宝物庫の品物も特別なモノでない限りは譲り渡して構わない。先ずは、お前がゼロリックスの森のエルフを通じて交渉してくれ」

 

 この王命に、ニーレンス公爵が深々と頭を下げた。実質的に最初は一人で交渉してみろって事だからキツいですよね。胃の辺りを押さえないのはプライドなのか?僕なら押さえてしまう自信が有る。

 

「分かりました。当家も古き盟約を結んでいますが、対価として渡しているものは嗜好品の類だけなのです。正直釣り合っているとは思えませんが、エルフ族としては下界への経験を積む為の事らしいのです。

つまり人間界で公爵という権力を持つ者が、彼等の身分の保証をする事自体が対価なのでしょう。特に金銀財宝の類は欲しがらず、最近は紅茶の茶葉を欲しがっていましたな」

 

 紅茶の茶葉か、確かに嗜好品であり品種改良が盛んなものだよな。種族的にも線が細い連中だし、優雅に紅茶を嗜む姿が似合いそうだ。他国の同族への繋ぎ程度なら対価としては十分かもしれない。

 ゼロリックスの森のエルフ達はそれで良い。でもケルトウッドの森のエルフ達はどうだろうか?同族のよしみで交渉のテーブルについてはくれたが、要望を聞かせるには別の贈り物が必要か?

 彼等は精神的な繋がりを重視するけど、その繋がりを得るには長い時間が掛かる。僕等は彼等との付き合いが全く無いし、バーリンゲン王国を属国化させた事を伝えに行った時も素気無い対応だったらしいし……

 

 結局、それ以上の進展は無く解散となった。僕と強引に付いて来たザスキア公爵は、ニーレンス公爵の執務室にお邪魔する事になった。ローラン公爵は逃げ出したが、後で経緯だけでも伝えておこう。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 ニーレンス公爵の執務室にお邪魔した。専属侍女達が紅茶を用意した後、人払いの為に席を外した。エルフ族絡みの話し合いだから、防諜対策は厳重にって事なのだろう。

 何故か、メディア嬢がエルフを従えてパンター達と先に執務室で待っていたのだが?話し合いに参加するって事なのだろうか?そう言えば、ディース殿の護衛対象ってメディア嬢だよね?

 最近友人にエルフ率が高い。普通に暮らせば一人と知り合う事だって珍しいのに、三人も一応友人枠として良い関係を築いているのだから。まぁレティシアは過去の腐れ縁、ファティ殿は模擬戦相手。

 

 ディース殿は?精霊魔法の師匠?それは全員か?

 

「難題を申し付かったな。エルフ族との交渉の伝手探しとか、公爵にだって無理な事は有る」

 

 どっかりとソファーに座り、両手で顔を擦るニーレンス公爵は少し老けたようにも見える。だが公でエルフ族と交流が有るのは、ニーレンス公爵が一番なんだよね。他の連中だと、遠目で見た事しか無いなんてのも普通だし。

 メディア嬢はニコニコして、ザスキア公爵は不機嫌だ。だが最初は直接王命を受けたニーレンス公爵に動いて貰うしかない。手段も方法もあるので、腕前を見させて貰うが正解だよな?

 可能ならばリゼルを同席させたかったが、謁見室から執務室に直行だったし話し合いに同席させる理由も思い浮かばない。先ずは急かさずにお手並み拝見にすれば良いのかな?

 

「愚痴や文句を言っても始まらないな。先ずは、ディース殿経由でゼロリックスの森に口添えの打診をしてみるつもりだ。彼等はプライドが高く俗物的な事を好まないので対価が難しい。

リーンハルト殿は個人的にエルフ族と友誼を結んでいるが、何か彼等の欲しがりそうな物が知らないだろうか?」

 

「知り合いといっても何か彼女達に贈り物をした事はないのです。レティシア殿もファティ殿も模擬戦で負けた事からの付き合いなので、何を欲しがっているかは全く分かりません。

強いて言えば再戦を望まれていますが、今は力不足なので年単位で待っていて貰っている状況ですし……」

 

 溜息を吐き出しながら、模擬戦で負けたが見込みありと思われていると言う。実際にそうだし、少なくとも僕とファティ殿の関係は見込みある人間の成長を見守って貰っている関係だ。

 これがレティシアならば転生前の前世からの付き合いなので多少は違うのだが、彼女は彼女で転生前の僕に負けた事を悔やんで転生後の僕との再戦を希望している。何だ、二人とも同じじゃないか!

 ディース殿は分からない。前にエルフの里でバイカルリーズに絡まれた時に仲裁してくれただけだし、バイカルリーズと模擬戦した時は応援してくれたが、それはレティシアと同調しただけだと思う。

 

 わざわざエルフの里の責任者の地位を投げて、ニーレンス公爵との盟約の為に護衛に立候補した意味が分からない。

 

「そうだな。ファティ殿との模擬戦は心躍る戦いだった。今思い出しても……」

 

「その件は私は知らないわ。現役宮廷魔術師第二席とエルフ族との模擬戦を行わせるとか、何を考えているのかしら?貴方も妖怪婆様も?」

 

 嗚呼、ファティ殿との模擬戦は秘密だったんだっけ?メディア嬢も額に手を当てて困ったって表現してるのは、わざとだね?ザスキア公爵を見て微笑んだけど、貴女は何時の間に『新しき世界』の盟主と渡り合える位に強かになったの?

 ジゼル嬢も最近妙に悪友がしぶとくなったと言っていたけれど、何かを切っ掛けに成長したのかな?ニーレンス公爵も言葉を濁したけど、一族の問題児騒ぎを解決したとかなんとか……

 隠語で『惰眠を貪る者』と言われる、一族に一人位は居るという貴族らしい性質を持ち能力は高いが好きな事しかしない連中。エモア嬢と呼応した有能な連中も纏めて更生させたとか。

 

 ん?待てよ。確かにメディア嬢はエモア嬢達を更生させたけど、それは『新しき世界』の信奉者達と協力した筈。つまり盟主たる、ザスキア公爵と共闘した。その二人の関係性から言っても、この非難ってどっちの意味?

 

「ファティ殿からの強い要望を叶えた形かしら。つまり私達は彼女に貸しがあるので、ディーズ殿から彼女に連絡を取って貰うのが良いのかしら?」

 

「その対価に、リーンハルト様との再戦は無いようにして下さいね。レティシアさんとも数年後に再戦の約束をしてるらしいのに、もう一人ともなんて困るわ」

 

 お互い笑顔で話を進めているけど、蚊帳の外の僕もニーレンス公爵も苦笑いしか出来ないよ。最初から二人で仕組んだにしては時間が無いから、ニーレンス公爵に王命が下った時点で二人に腹案が有って擦り合わせているのかな?

 ニーレンス公爵もメディア嬢が頼もしくなったと喜んでいるみたいだし、ファティ殿にお願い出来るなら安心だ。エルフ族は気難しい連中が多いし、殆どが人族を見下しているからな。

 彼女なら悪いようにはしないと思うけれど、ニーレンス公爵家の貸しを一つ使わせる訳だからな。何かで報いておかないと駄目だろう。エルフ族との伝手って、割と大きな意味を持つから。

 

 妖怪婆様と呼ばれた、リザレスク殿とは会えなかったからな。あの婆様の事だから、今回の件に不干渉とも思えない。彼女はイマイチ信用出来ないし油断がならないと思うんだ。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 ザスキアと一緒に我が執務室から退室するリーンハルト殿の背中を眺める。扱いが難儀なエルフ族との交渉について、特に不安とも感じていなかったのは我等以上にエルフ族と関係が深いのだろう。

 ソファーに仰け反り思う。ファティ殿の後任として、わざわざディーズ殿が名乗り出て我が屋敷に来た時の事を……二人で引継ぎをしている会話を盗み聞きした訳ではないが、彼女達はリーンハルト殿の事を名前で呼んでいた。

 それと定期的に会っている様な事も言っていたな。エルフの里を定期的に訪ねているらしいし、思った以上にエルフ族と関わり合いが深いのかも知れない。まぁレティシア殿が膝枕をする位だし、今回の件だって我等の助力が本当に必要だったのか?

 

 手柄の独り占めを避けたのか、エルフ族との関わり合いが深い事がバレない為の対応なのか?イマイチ心情は分からないが、悪い事ではないな。俺が万が一にも失敗しても、リーンハルト殿が尻拭いをしてくれる。

 共に王命を受けたのだから、個人的に借りは出来ても王命は共同作業という事で達成される。最近はリーンハルト殿が立て続けに高難易度の王命を最上と思われる結果で達成するから、ハードルが高いのだ。

 王命の失敗は公爵である俺でも大きなダメージを負う。故に今回の件は渡りに船だった。まぁ我が家の貸しを勝手に使う事による、母上の嫌味は甘んじて我慢しよう。

 

「メディアよ。ザスキアと下打ち合わせでもしていたのか?妙に話がスムーズに進んだのだが?」

 

「はい。前回の緊急招集の時に、御父様がエルフ族関連が問題だと提案したと聞きましたので。エムデン王国内でエルフ族と強い関わり合いが有るのは我が家とリーンハルト様だけ。次の招集の時に話を振られると思い、差し出がましいとは思いましたが連絡を取りましたわ」

 

 そう言って向けられた微笑みは、全く嬉しくない類のモノだな。我が愛娘の成長は嬉しく思うが、独断専行で毒婦ザスキアと連絡を取り合うのは止めて欲しい。背中をつたう嫌な汗がだな、俺の心情を現している。

 確かに前回の緊急招集の時に、自分からエルフ族の件を言い出した。エルフ族という連中をそれなりに知っているし、バーリンゲン王国の愚か者達の事も知っている。

 その行動を最悪の場合で予測すれば、我々は愚か者共と同列に扱われて敵対される。リーンハルト殿でも敵わない連中が大挙して攻めて来るとか悪夢でしかないぞ。

 

 それなりの腹案もあったし覚悟もしていた。だがアウレール王は最初にリーンハルト殿に命令し、彼が俺に助力を求めた。俺は逆だと思っていたが、アウレール王は我が家よりもリーンハルト殿の方がエルフ族との交渉が纏まり易いと考えたか?

 結果的に、リーンハルト殿から協力を求められる形になったのは良かった。彼の王命の達成度は高く、共に動けば評価も高まるし、何より彼に貸しが出来るのが大きい。律義者だから最大限の協力をすれば見合った見返りが有る。

 それだけでも良かったのだ。だが会議の場で自分の立場を主張し、協力者としての立ち位置も明言出来た。俺は乞われて協力者となったのだ。だが王命は全力で完遂する。

 

「そうか。今回は上手く事が進んだが、次からは独断でなく先に報告してくれ」

 

「ええ、分かりましたわ」

 

 いや、お前!その笑顔は全く分かってないだろ?後継者として頼もしく育ったが、誰を婿として宛てがえば良いのだ?いっその事、リーンハルト殿が貰ってくれぬか?

 その子供をニーレンス公爵家の跡継ぎとして教育すれば良くはないか?内々だが、リーンハルト殿が成果を上げ続ければ将来的に最年少宰相となり、侯爵位を叙される事は決まっている。

 家格も釣り合うし、本妻に拘る必要も無い。どうせ本妻争いはザスキアとジゼル嬢が行うのだし、メディアは側室で構わない。本妻が現役公爵本人になるだろうし、公爵令嬢が側室でも文句など出ないし言わせない。

 

 リーンハルト殿は公爵三家と親戚となる事が、彼の為にも最良なのだ。妻達が腹黒参謀系ばかりなのは同情するが、それも貴族という生き物なので諦めてくれ。

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。