古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

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第864話

 久し振りの王都、移動中も刻々と入ってくる情報。諜報に特化した、ザスキア公爵の王都不在の影響が少なからず有る。まぁ個人の能力に頼り切りっては不味いと思うし、特に叱責も無いそうだが……

 ニーレンス公爵とローラン公爵が自前の諜報部隊をバーリンゲン王国に送り込んで、情報封鎖に動いているらしい。フルフの街までは占領するのが決定事項なので、その動向をバーリンゲン王国側に知られない為にだな。

 殆ど敵国の扱いだが、パゥルム女王が反乱分子達を抑えられないので仕方ない。一国の女王にさえ秘密の作戦が動き始めている。ロンメール殿下は既にフルフの街に到着したらしいが、その後の情報は連絡待ち。

 

 問題が無ければ、グーデリアル殿下が討伐部隊を率いてフルフの街に進軍している。そのタイミングに合わせてモレロフの街とスメタナの街を一気に制圧、援軍をフルフの街に差し向ける。

 今はソレスト平原に諸侯軍が集結し編成をしている最中で、その情報は先行した諜報部隊が秘匿して動いている。実際にモレロフの街には、モンテローザに洗脳された連中が多く即席の諜報員として動いていたらしい。

 そんな連中も調べて捕まえている訳だが、情報が入って来なければ幾ら情報封鎖を完璧に行っても不自然がられて疑われてしまう。時間との闘い、両殿下を害されれば負け、無事に保護出来れば勝ち。

 

 保護さえ出来れば、後は何とでもなる。お二方の損失は、エムデン王国として計り知れない。次期国王と、その補佐として能力も人格も及第点以上なんだぞ。

 後継者の育成は非常に重要で、下手をすれば大国でも簡単に没落する。それと個人的にも好ましいと思っている方々の危機に、何も出来ない事が歯痒い。本当にさ、御神託の件が無ければ直ぐにでも行きたい位だ。

 あと『英雄様万歳!』コールは止めて下さい恥ずかしいです。妙に息も合って乱れも無い万歳コールってさ?練習したの?誰か指揮でもしてるの?

 

「普段通りに行動する為とは言え、復興支援からの帰国が凱旋扱いって?」

 

 一応、帰国日は公表していない筈なのに普通に集まっているし、今も馬車の中での会話が聞き取りにくい位の声援が有るのが解せぬ。万歳コール恥ずかしい。今回の復興支援は、それ程の成果は無い筈だぞ?

 

「国民に大人気な、リーンハルト様の成果は何でも御祝い事にしてしまう。そう言う事かしら?少し羨ましいわ」

 

 先の聖戦の凱旋の準備を行った身としては、国民の熱狂が同じ位な事に引くドン引く。何が熱狂されるの?だって領地改革だよ?

 

「何て言うか、その……嬉しくも思いますが困惑するのが正直な気持ちです」 

 

 乗っている馬車を取り囲み声援を送ってくれる国民達の熱狂具合が恐ろしい。流石に窓を開けて手を振るとかはしない出来ない。そもそも王命とは言え凱旋とは『戦いに勝利して帰ることを表す言葉』だよね?

 何も戦っていない……いや、確かに酷いモンスター達とは戦ったけれどさ。あれは凱旋対象外の戦いだと思うんだ。余り思い出したくない『ウデムシ』とか『ハリガネムシ擬き』とか『洗脳されたハイオークの亜種』とかさ。

 未知の昆虫系モンスターの調査と討伐って意味での凱旋にしても、思い出したくも無い。ローラン公爵には報告書を送って森の調査と対策をお願いしているので、後は任せれば良いよね?昆虫系モンスターの底知れぬ恐ろしさを実感した!

 

 探索に協力してくれ助力してくれ。は絶対に嫌ですから無理ですから!

 

 国民達には知らせていないし緊急事態の真っ最中なので、特に式典も何も無く王宮に到着。例の湯浴みというルーティーン(拷問)を済ませて謁見室に放り込まれた。もう少し優しさを下さい。湯浴み中の洗い方は優しい?違う、そうじゃない!

 毎回思うのだが、ザスキア公爵も同じく身嗜みを整えているのに男の僕より早く終わるって何故だろう?しかも簡略化したとも思えない仕上がりというか完成された身嗜みっていうか……

 余談だが、ネクタル効果で少女化した彼女に、あの王室の問題児であるヘルカンプ殿下が執拗に接触を試みているらしい。彼女自身が目的でなくネクタル欲しさだろう。なにせ彼の望みである『永遠の幼女』が可能だから。

 

 王族の、特に女性王族の動向が怪しい。リズリット王妃の暗躍について、ザスキア公爵が唱える『新しき世界』の信奉者達が色々調べて逐一報告をくれるので後手に回る事は無いと思うけれどね。

 

 謁見室に呼ばれたのは今回も、僕が最後らしい。やれやれ、バニシード公爵から厭味ったらしく文句を言われるの迄が様式美って事かね?

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 今回の参加者は公爵四家に生き残りの侯爵三家の当主達、宮廷魔術師からは筆頭のサリアリス様だけ?おぃおぃ他の宮廷魔術師達はどうしたの?ラミュール殿やユリエル殿は?我々は頭脳労働担当者だよね?

 武官側は両騎士団の団長と、マリオン将軍が出席している。マリオン将軍は魔力付加の武器や防具の大得意様なので良好な関係を築いているが、彼女も『新しき世界』に取り込まれたそうだ。

 武器防具が大好き、身体を鍛えるのが大好き。女性らしさは捨てたかと思っていたが、素材は美人だからか?自身の若さと美貌の衰えには我慢が出来なかったらしい。因みにネクタルは外見は若返るが肉体的スペックは戻らない。

 

「リーンハルト殿の送ってくれた、ウデムシの甲殻を使った盾だが凄いな。熱を殆ど遮断する耐熱性能の素晴らしさ!これって王都の鍛冶ギルド本部が加工するのだろう?」

 

 マリオン将軍が興奮気味に一応声は抑えて聞いてきたが、その内容に他の武官達が聞き耳をたてている。大好きな話題ですよね?

 

「そうです。殆ど未知のモンスターの素材ですが、それなりの量を確保しています。王都の鍛冶ギルド本部が研究して完成品を作り出す事でしょう。僕のはあくまでも試供品、加工させる前に使い勝手が知りたいだけですから」

 

「そうかそうか。それは楽しみだな。やはり、リーンハルト殿は武人の気持ちを理解している。未知なる素材で作る防具、その試供品でも最初に使わせて貰える嬉しさ誇らしさ。何物にも代えがたい贈り物だっ!」

 

 アウレール王が未だいらっしゃらないので多少の会話はOKなのだが、凄い食付き気味に迫られた。僕はあの判断と評価が微妙なウデムシの甲殻の価値を高める為に、高名な武人達に試作品として盾を加工して贈った。

 軽く強靭で、ある程度の魔法耐性も有るので素材としては優秀。だが見た目が悪いので評価にマイナス補正が入る事を嫌った。それを払拭するのは、影響力の高い武人から高評価を得れば良い。

 あとは王都の鍛冶ギルド本部への利益供与かな?ウデムシの素材は其れなりの量が有るので、試行錯誤して良い防具を作成して欲しい。それが技術力の強化と利益に繋がるから。鉄を叩くだけが鍛冶師の仕事じゃない。

 

 後は未知の素材への探究心を養って欲しい。今ある素材の加工で満足して欲しくはない。精進有るのみですよ。まぁジーモン殿とレギーナさんなら嬉々として研究にのめり込みそうだけどね。鍛冶ギルド本部との関係向上の為だが、彼女の奇行は……

 

「王都の主要ギルド本部を全て傘下に収めたという訳か。簒奪も可能な程の戦力の充実振り、要らぬ誤解を招かぬ為にも少し自重が必要だと思うぞ」

 

 思わずといった感じで、バニシード公爵が漏らした不満に同意した者は参加者の中には居なかったが端から見るとそういう感じに捉えるのだろうか?それとも、僕憎しの感情が有るからなのかな?

 他の参加者を確認すると、損得勘定が強いエルマー侯爵は頷きそうになり急に首を振って誤魔化した。洗脳された、モリエスティ侯爵は嘘臭い笑みを浮かべたまま。ラデンブルグ侯爵には焦りしか感じない。

 彼は盟主だったバセット公爵が討ち取られてから勢力を減退させているが、堅実な領地経営の為か資産的な余裕があり静観の立場を取っている。他の参加者で、僕への謀反の疑いを持っている者は居ない。

 

 それだけの成果と日々の態度で強い忠誠心を示しているのだから。言いがかり的な嫌味程度、流せば良いだろう。スルーが正解です。

 

「ふふふ、成果を上げられない誰かさんも忠誠心を疑われてって事も有りますわ。でも類まれな成果を上げ続けて王命を最高の結果で応える、リーンハルト様に疑いを向けるだけで痛くも無い腹を探られるわよ?」

 

 うわぁ!ザスキア公爵が物凄い笑顔で言い放った言葉が凄い。見た目は年齢差的に幼い娘に言い負かされる父親だけど、話の内容は無能は国家に損益を与えないだけで、本心は謀反を企んでないか?って事だぞ。

 バニシード公爵の顔が焦りから怒りに変わって真っ赤になった。ここで皆が納得する言い訳を言わないと、自分の無能を認めた事になるのだが、ザスキア公爵が間接的にとはいえ強い言葉で非難するとは驚いた。

 他の参加者達はニヤニヤして、バニシード公爵を見ている。凄く楽しそうに良くない笑みを浮かべている。皆さんも、もしかしなくてもストレス溜めています?発散する良い機会とか思ってます?

 

「なっ?俺の忠誠心には一点の曇りもないぞ!」

 

 まぁ動揺するよね。最近の成果は散々だし、一歩間違えれば御家の取り潰しすら可能性として低く無かったし、額の汗を袖口で拭くのは衛生的にどうかと思います。

 

「他人を言葉で貶めるような事をする位なら結果で示しなさいな」

 

「ぐぬぬ、貴様こそ肝心な時に居ないで両殿下に何か有ったらどうするのだ!」

 

「貴方の拝領した領地での不始末を処理する為に全ての諜報部隊を率いて、公爵たる私が自ら現地に乗り込んだのよ。旧ウルム王国の王族の扱いの重要性を理解していないなら問題よ」

 

 ああ、遂に興奮して大声を発してしまった。護衛の近衛騎士団が壁際から素早く動いて配置に着いた事に気が付いてる?国王を待っている時に騒いだら不敬案件ですよ。

 涼しい顔の、ザスキア公爵と真っ赤になりカンカンに怒っている、バニシード公爵。彼は短気で失敗も多いのに改善しないの?その年になると性格的な事は治しようが無いの?

 あと、フレイナル殿の不始末でも有るから、あまりその話題は出さないで欲しい。ベルヌーイ元殿下の処遇については、国家機密です。勿論だが公爵四家には詳しい報告書が行っている筈ですよ。

 

 反乱の種を摘み取る事が今回の復興支援の裏の目的であり、ベルヌーイ元殿下の身柄の確保と他国の諜報部員の対処を問題無く行った事は大きな評価に値するのです。

 それを両殿下の危機の責任を追及するなら、一番近い王都に居たのに何をしていたんだ?って事になる。それを言い出すと、ニーレンス公爵やローラン公爵にも責任が波及する事を考えて欲しい。

 バニシード公爵は欠点の改善が上手く行っていない。その分、敵対している僕等にはプラス要素だけど一丸となって立ち向かう事態に仲間割れは勘弁して欲しいと思う。まぁ正確には仲間じゃないけれど……

 

 そんな貴方に、この言葉を送ります。『少しは自重して下さい』

 

 そう思ったらジロリと睨まれた。何を考えていたのか分かったのかな?それならそれで手間が省けるから良いですね。僕に注意を払う位ならば周囲を見た方が良いですよ。サリアリス様の氷の笑顔を見てますか?

 身体から冷気が滲み出していますよ。それに気付いたマリオン将軍が何かを耳元で囁いたら、あくどい笑顔を浮かべて止めましたが何を話したのか気になってしょうがないです。

 マリオン将軍も魔力付加の武器・防具の件で大分軟化してくれたのは嬉しいのですが、武官連中の取り込みのし過ぎとか言われそうで怖いです。エムデン王国の戦力の要に位置するとか、正直心苦しいです。

 

 ん?近衛騎士団員が配置を変えたぞ。そろそろアウレール王がいらっしゃるのかな?

 

「アウレール王がいらっしゃいます」

 

 この言葉に一応は落ち着きを取り戻したが、禍根が残った筈だ。バニシード公爵は僕とザスキア公爵に更に強い敵愾心を持った筈だが、ザスキア公爵も何か考えが有っての事だとは思う。

 ニーレンス公爵もローラン公爵も楽しそうな顔をしていただけで、何か言う事も無かったし。公爵三家は纏まって動いているから、この挑発も予定通りなのかもしれない。あとで聞いておこう。

 僕だけ知らないとか困るし、もしかして本格的に排除に動くのか?今没落させて大丈夫なのか?アウレール王にも根回しが必要なのでは?心配事が一つ増えた。

 

 身嗜みを整え気持ちを切り替えて、アウレール王を迎える為に姿勢を正した。

 

 


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