古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

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第849話

 ベルヌーイ元殿下に会わせた後の、フレイナル殿の様子がおかしい。少し変というか思いっ切り変というか、何か振り切れたような清々しさを撒き散らしている。

 つまり積極的で善人性が強く表れて、何と言うかウザい。何かしらの心境の変化が現れたと無理やり納得させているのだが、素直な評価だと胡散臭い善人かな。

 駄目だな、前評価で判断にバイアスが掛かっているのだろう。彼はベルヌーイ元殿下との面会を機に心境の変化が有り良い方に変わった、そう判断を下すのが上司としての……

 

「リーンハルト卿!頼まれていた木材の乾燥が終わったぞ。次は何をすれば良い?俺としては、焼き畑農法なら火属性魔術師として積極的に手伝えると思うんだ」

 

 臨時の執務室にノックも無く突撃して来た、人が生まれ変わったように働きたい症候群に捕らわれた男を見る。自分で調べたり他人に聞いたりして復興支援のアイデアを持ち込んで来る。

 良い変化だとは思うが、どういう基準で調べてくるのか分からないのだが回答に困る提案が多い。僕だって農業の全てを知っている訳じゃないから、聞かれたら調べて回答するしかない。

 善意のみの提案だから採用するにしても却下するにしても言葉を選ばねばならず、でも大抵は却下の方向になるんだよな。隣にいる、リゼルは苦笑いだ。彼女的には彼の変化には好意的らしい。

 

「どこで聞いてきたか知りませんが、焼き畑農業は熱帯から温帯にかけての多雨地域の伝統農業方法です。アムゼー地方では適さないと思います。ですが草木の灰は肥料になるので不要な木材や雑草を燃やして灰をつくるのは良いと思いますよ」

 

「そうなのか?文献では病害虫の駆除にもなるし、土壌改良にも適しているらしいのだが?」

 

 こうやって色々と調べてきては提案し、却下されても自分が調べたメリットを説明してくるのは良い傾向では有る。僕は農学者じゃないので、その辺を理解してくれれば尚良い。

 確かに熱帯の土壌は栄養塩類の溶脱が激しく農地には適さない、その対策として焼き畑農業が開発され灰が中和剤として効果を発揮し序に肥料にもなり土壌が改良されるだったかな?

 後は焼く事で熱が加わり、土壌の窒素組成が変化するとかだったかな?高名な土属性魔術師が土壌の成分を調査した結果、効果が有る事が証明されたのだが……昔の人は経験則で知ったのだろうか?

 

「熱帯から温帯の土壌は栄養塩類の溶脱が激しいので、灰による中和と肥料の効果を求めたのでしょうね。此処の土壌は農地に適していますし、そもそも錬金で改良し最適化しますので大丈夫ですよ」

 

「そうなのか?分かった。しかし、リーンハルト卿の知識は凄いな。流石は多目的魔術師って言われている事は有る。俺は融通が利かない真面目な魔術師と言われているから……」

 

「多目的?何それ?僕等宮廷魔術師は単一最強戦力の筈ですが?それと、貴方が真面目?不真面目じゃなくて?」

 

 いや、頭を掻いて照れているけどさ。それって融通が利かないの言い換えで『規律を尊重し融通が利かない、考えが一辺倒で改めない等を真面目って柔らかく表現している』んじゃないかな?

 火属性魔術師ってさ。まぁ確かに火力特化一辺倒な感じはするけど、考え方も一辺倒で熱量に異常に拘るだけだけど。だから表現としては有ってるのかな?いやどうなんだろう?

 隣に座る、リゼルに視線を向ければ生暖かい目で見返された。つまり正解には近いけど、貴方がそれで良いなら私は反対しません。かな?

 

 一寸前なら、僕が女性を侍らせているとか仲が良いとか言って嫉妬したりしたのだが、今は落ち着いている。本妻殿や側室殿に定期的に親書を送っている事も送られた本人達から報告が有った。

 流石は英雄様です。近くで仕事をさせるだけで、別人みたいに改心しています有難う御座います。本当は身を任せて良いのか懐疑的でしたが、漸く心配事が無くなりそうです有難う御座います。と興奮気味な事が文面からも読み取れた。

 確かに変わった、良い方に。手紙の情報だけならば満足で安心かも知れないが、実際に目にすると不安になるぞ心配になるぞ。モリエスティ侯爵夫人に洗脳された連中みたいで不安で、少しだけ胃が痛くなるのは秘密だ。

 

「まぁ魔力が余っているならば、風呂を沸かす手伝いとかどうです?入浴は衛生的にも勧められていますが如何せん手間が掛かります。貴方の魔法なら短期間で湯を沸かせるのでは?」

 

 貴族で宮廷魔術師に対する仕事のアドバイスではないが、最近の彼の積極性は復興支援としての仕事に対しては、身分とか気にしなくなっている。徐々にだが、領民からも話し掛けられたりしてコミュニケーションもしている。

 驚く事に異性だけじゃなくて同性ともだ。前ならば未婚の若い綺麗な女性にしかまともな対応をしなかったが、今は老若男女を問わず気さくに話し掛けているそうだ。ウルティマ嬢からの報告には『要注意・洗脳の可能性有り』とまで書かれていた。

 それと同行している女性陣に絡む事も少なくなったし、常識的な範囲での友好関係に努めているとか。彼の本妻達の実家からも、それとなく確認の親書も来ている。

 

 本妻殿の実家のナーベラル子爵とか、側室達の実家のクレストレス男爵とか、イクステリ男爵とかから……再教育有難う御座います。その後で、本当に有難う御座いますと丁寧な礼状も来た。

 フレイナル殿の奇行は、旧ウルム王国では有名だったからな。真面目に復興支援に取り組んでる姿を実際に隠れて確認しに来たらしい。自分の愛娘を嫁がせる相手だから、余計に気になったのだろう。僕も少しだけ心配事が減って嬉しい。

 今も本人は目の前で真面目に考えている。不満は無さそうだから、この依頼は請けるだろう。まぁ普通に上司からの仕事の提案だから、拒否など有り得ないのだが仕事を請ける姿勢の問題かな。

 

「成る程な!最初は贅沢かとも思っていたが、確かに身綺麗にする事は衛生的だな。分かった、館の風呂と街の公衆浴場とかの湯沸かしに協力を申し込んでみるぜ」

 

 そう言って一礼して急いで退室していったが、扉は閉めてくれ。リゼルが笑いながら扉を閉めてくれたが、少し前の火属性魔術師ならば湯を沸かせとか言ったら猛反発だったぞ。

 プライドが高い事もそうだが、湯沸かしなど身分卑しき下男の仕事だっ!とか言ってさ。実際は王宮では入浴を手伝う魔力持ちの侍女とかが行うので、身分卑しい仕事とか言ったら別問題で炎上必死だけどね。

 滞在する館だけでなく公衆浴場と言った事で、変なプライドが無くなり復興支援として領民に寄り添う姿勢を見せている。本当にどうしてこんな変化が起こったんだろう?

 

「国を守る本当の意味を漸く理解したのです。それにより領民に対する意識も変わったのでしょう。本当に良い意味で変わりましたわ」

 

 リゼルさんの彼を見る視線の種類も変わってきたので、改心した事は本当なのだろう。少し疑わしいのだが、ベルヌーイ元殿下との面会の許可を勧めた彼女にしてみても嬉しい変化かな。

 

「洗脳とかされて無いよね?冗談だけどさ。でも自分で意識改革出来たのなら本当に良かったよ。最初は悪い物でも拾い食いしたかと本気で思ったからね。それに年齢や既婚未婚を問わない女性に対しての態度も良くなったそうだしね」

 

 前の未婚の淑女を見ると嫌らしい視線を向ける事が無くなったので、偽者かって本気で思ったからな。ザスキア公爵とメディア嬢にも親書で丁寧な謝罪を行い帰国したら再度、正式に謝罪を申し込んだらしいし……

 二人からも信じられないと確認の親書を貰っている。僕の配下の育成が凄いって勝手に話が膨らんで困る。僕は宮廷魔術師第二席の単一最強戦力の侵攻特化魔術師、孤独な軍団長なので配下の育成とか無理です勘違いが酷いです。

 早くバーリンゲン王国で問題が起こって突撃したい。こういう考え方はしない方だと思っていたのだが、朱に交われば赤くなるの諺の通り脳筋共と接していたから似通ってしまったのか?ストレスが溜まる、発散したい切実に。

 

 デオドラ男爵達の思考が毎回思うが理解出来る。面倒な事はすっ飛ばして模擬戦しようぜっ!って脳筋だと思っていたが、嫌な事や悩み事が有る時は好きな事をしてストレスを発散しなさいって意味だったのか。帰ったら模擬戦を挑もう。

 

「では私とストレス発散の為の、わくわく夜の大運動会でもしますか?」

 

 思考を読んでいるから、ニヤリと笑いながらトンデモない提案をしてきたけどさ。これで少しでも不純な事を考えたら、からかってくる事は目に見えている。僕の貞操観念は強固だから無理だよ。

 夜に中庭で全力疾走でもするのかい?君も僕も体力勝負の仕事じゃないから、身体機能の向上の為のトレーニングは程々で良いんだよ。なんならマジックアイテムで身体能力の底上げするかい?

 わざとらしくにじり寄ってくるけど、本人が本気じゃない事は理解している。最近順調だから時間的にも精神的にも余裕が出てきているからだろう。マインツ領からザスニッツ領、デミン領を終えて予定の半分を消化したしな。

 

 現在はローラン公爵の派閥構成貴族が領主のアムゼー領だが、領主達を含めて協力的だから問題は少ない。難しい問題もないので、後数日でノイルビーン領に向かえるだろう。

 ノイルビーン領は、ザスキア公爵の派閥構成貴族達が領主だから更に協力的で仕事が捗るだろうな。問題は何となくだが、ザスキア公爵が居そうな気がするんだ。この勘は当たるだろう。

 

「しません」

 

 何だよ、わくわく夜の大運動会って不穏なフレーズは?リゼルから若干の焦りを感じるのは、何故かライバル心は剝き出しの相手が待ち構えているからかな?

 ベルヌーイ元殿下だが、秘密裏にザスニッツ領からノイルビーン領に移送されている。デンバー帝国の間者が多数、旧ウルム王国領に侵入しているらしく早々に移送されたんだ。

 何故、それ程の脅威でもない元殿下の事を間者を使ってまで調べるのか不可解なのだが、エムデン王国の王都でも不穏な行動をする間者を捕まえたので諜報の得意なザスキア公爵の手元に移したんだ。

 

 多分だが間者は早々に王都に移送されたか、拉致った可能性の高い僕が身柄を確保して連れ回しているか、一番近い国王の直轄地に送ったかと考えたんじゃないかな。

 裏をかく為に王都に移送せず、他の場所で軟禁する。信用度の高い公爵三家の領地の内で一番適しているのは、ザスキア公爵だからノイルビーン領の某所に軟禁されている。

 故に、ザスキア公爵がノイルビーン領に居る公算が大きい。ベルヌーイ元殿下だが、もしかしたら本人も知らない何かしらの事情や秘密が有るのかも知れない。後々大きな火種にならなければ良いと切実に思う。

 

 多分だが、この予感めいた事は当たる。経験則で分かりたくはないが分かる……二回目か、嫌な勘だな。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 さて順調に復興支援が進んでいるアムゼー領だが、一つだけ問題が有った。武門ローラン公爵の配下の構成貴族達が領主を務めるには訳が有る。それは自然発生するモンスターが多いのだ。

 領地の三割を占める原生林には多くの動物と自然発生したモンスターが共存している。食物連鎖の頂点はモンスターを抑えて灰色狼だ。群れを形成し縄張りを持ち、集団で狩りをする。

 領民達の一部では信仰の対象にもなっている、人間とも共存出来る種族。実際に捕獲して何代にも渡り育成し、猟犬として人間の良いパートナーとなっている。領民は彼等の縄張りを理解し、犯さない様に山の恵みを手に入れる。

 

 そんな共存関係を乱すのが、定期的に大量に自然発生するモンスターだ。特にオークは強大な食欲を彼等にも向ける。灰色狼自体は群れで立ち向かえば負ける事は少ないのだが、彼等の食糧たる動物達を根こそぎ食べ尽くすんだ。

 ゴブリンやコボルド、ヘルハウンドに稀にオーガーの場合も有るが、今回は最悪のオークだった。モンスター討伐ならば、フレイナル殿に任せればと思うかもしれない。だが火力特化の火属性魔術師は原生林に侵入して敵を倒す事を得意としない、苦手ですらある。

 視界の悪い薄暗い森の中、どこから襲ってくるか分からないモンスターを常に警戒し索敵し移動する。冒険者を雇って同行させれば可能だと思うが、今回は僕のストレス発散とクリスの御褒美として二人で参加する。

 

「主様との共同作業、今回はオークの殲滅。何方がより多く討伐出来るか競争しましょう」

 

「やる気満々だね。構わないが領主の兵士と地元の猟師達も参加するから、彼等の御守も込みだよ。流石に僕等だけに討伐を押し付ける訳には、立場上いかないよね」

 

 面倒臭いとか言わない。彼等にも正当な理由が有り、僕等二人ならオーク程度なら彼等を守りながらでも何とでもなる。それに地元の猟師の案内は必要、灰色狼に出会わない様にするにも協力は必要。

 もしも灰色狼に襲われて倒してしまったら、一部の領民から反発されてしまう。それを込みでも僕等二人なら何とかなるんだけど、柵(しがらみ)って面倒臭いよね。

 

「主様、後半の心の声が駄々洩れしています。私には面倒臭いとか言わないと言いながら、本心は面倒臭いのですね?」

 

「だって二人なら、灰色狼と接触しても無傷で撤退出来るし時間だって掛からない。でも、僕もローラン公爵と派閥構成貴族達には配慮しなくては駄目だから、彼等と協力したって事実が必要なのさ」

 

 まぁ効率化より協調性って事だよね?

 

 

 


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