古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

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第844話

 私の肩を掴んで前に押し出す、主様の事を考える。エムデン王国でも上から数えた方が早い爵位と役職を持ちながらも、自らが仕事を行う事が多い不思議な人。

 一族最高の暗殺者として鍛え上げられた私が、スキル込みでも一度も勝てない非常識な存在。エムデン王国には人の理から逸脱した狂戦士も多い、悪鬼デオドラ男爵を筆頭に数人居るが、彼等でも主様には勝てない。

 いえ、勝てないではなく倒せない。どんな相手にも勝てずとも負けない、そういう非常識なのが我が主様なのです。

 

 地位も名誉も実力も手に入れたのに、妙に腰が低く根回しがクドいのが不満。絶対強者なのだから、もう少し傲慢不遜とは言わないが強気に出ても良いのでは?と思う。

 私もマディルイズ家の娘として貴族令嬢として、貴族社会の事は徹底的に叩き込まれた。それでも主様の周囲への気遣いや根回しは異常なレベルだと思う。もう少し、こう……

 いや、今は主様への不満を募らせる場合ではない。速攻で屑男が逃がした亡国の王族の子供を拉致、主様の所に届けるのが私の役目。簡単でつまらない仕事、でも完遂する。

 

「そろそろ予定の場所かな?」

 

 暗がりでも私の方向感覚は狂わない。定規で引いたように真っ直ぐ進んでいるので、歩数で距離を計算すれば良い。私の歩幅は約60cm、1826歩だから1096m、予定の誤差1割以下なので問題は無い。

 主様が天井部分に穴を開けて地上を確認している。器用に階段まで錬金しているのは、比較的に低い背を気にしているのだろうか?今は私と同じ位だけど、未だ成長期だから大丈夫と思う。

 左右を見回して直ぐに頭を下げないのは、地上の周辺には警戒するモノは無いと言う事。実際に開口部を広げて周囲を岩に似せて偽装、幾つか小さな覗き窓を設置。

 

 その一つを覗いて外の様子を確認してみると予定通り国境を越えた荒野で、周囲には人影も人工物も無い。岩もゴロゴロあるので一つ増えても気付かれないだろう。

 私が最初からスキルを発動して動けば、遠くから監視されていても気付かれない。既に計画の半分は達成、後は子供を拉致って帰れば終了。主様を待たせる訳には行かないので、素早く終わらせる必要が有る。

 視線を送れば頷き、私が通り抜けられる大きさの開口部を開けてくれたので頷いてからスキルを発動。素早く開口部を抜けて、ザンドの街方面へ走り出す。次は出来れば敵の殲滅作戦が良いのだが……

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 主様を残して荒野を走る。周囲を窺うが国境付近の割には警備が杜撰、いえ既に国境の中だから?事前に確認した国境線には柵が張り巡らされている訳でもないし、国境警備隊員が定期巡回している程度。

 勿論だが広大な国境線全てを柵で囲える訳でもないし、主要な街の周囲は厳重な石塀で囲われている。遠目に見えるザンドの街も周辺は畑だが街は石積みの塀で周囲を覆っている。

 私からすればザルみたいな警備だが、普通程度の密偵なら侵入が少し手間だな?程度。未だバーリンゲン王国との国境の方が厳重、警戒は緩めないがデンバー帝国も大した事はないのかもしれない。

 

 ザンドの街に近付いてから異常を感知、周囲に隠れる様に兵士……いえ隠密を生業とする連中が居る。つまり元王族の子供の存在をデンバー帝国は掴んでいる。確信して居るのだろう。

 彼等は国境からの侵入者よりもザンドの街の方に重点を置いて監視しているのは、逃げ出される事の警戒か?エムデン王国側から拉致する連中が来るとは想定していないのだろうか?

 ザンドの街を時計回りに探索し隠密連中の配置と人数を調べる。街の出入口を窺う様に六ヶ所で合計二十七人を確認、だが私の存在に気付かない程度。残念ながら警戒する程の手練れは居ない。

 

「これは予定の変更と繰り上げが必要、早急にモア教の関係者と接触する必要が有る」

 

 もはや元殿下を隠しているモア教に危険が迫っている事は明白。だが元殿下さえ居なければ言い逃れは可能、本人の身柄さえ押さえられなければ……

 

「予定変更、ザンドの街に侵入しモア教の教会に急行。関係者と接触、状況の説明と協力を要請する」

 

 ギフトを使用しているので他人に気付かれずに堂々と正門から中に侵入、通行を許可された商隊に紛れて通過する。特に危険な様子も感じない、一応荷馬車の中も検めているが賄賂も貰わないし理不尽な行いもしていない。

 そういう意味では良い警備隊だろう。モラルも有り良く鍛えられている。戦士職でレベル20程度だろうか?中には堂々と賄賂を要求したり荷物を改める際にネコババしたりする連中も居る。

 問題無くザンドの街に侵入、大通りの左右に店が散在している。人通りは多く活気は有るが、やはり隠密の存在が確認出来る。既に街の中にも人員が配置されているならば、決行は近い。猶予は無い。

 

 モア教の教会の位置は把握している。殆どの領主達が土地を提供する訳だが、大抵は街の中心部に配置されているが領主の館からは微妙に離れている。何方(どっち)が距離を置きたがるのだろうか?

 外観は典型的な石造り、華美でなく質素でもない。入り口は開かれて礼拝堂の内部が見える、何人か中で祈りを捧げているけれど……数人から不穏な気配がする。つまり密偵、敵は既に内部に侵入している。

 正面は無理、裏口に回る。教会の裏側は関係者の居住スペースや厨房、倉庫になっており裏門は閉まっている。周囲と中の様子を確認してから塀を飛び越える。流石に飛び込んだ先に人が居ればギフトで隠蔽していても気付かれるだろう。

 

 足を曲げて衝撃を緩和しながら着地、周囲を確認するも誰も居ない。ここは裏庭だろうか?干された洗濯物が風に靡いている。扉の先は厨房だろう、煙突が突き出ているし料理の匂いもする。既に昼過ぎだが夕食の仕込み?

 流石に姿は隠せても扉の開閉は隠し切れない。誰かが開けるのを待つか他の侵入口を探すか……丁度籠を抱えた修道女が出てきた。中身は野菜屑で庭の隅の穴に埋めるのか。

 素早く室内に侵入、修道女はすれ違い様に違和感を感じたのか周囲を見回すも何も見付けられずに気のせいと思ったのだろう。首を左右に振って、そのまま出て行った。

 

 室内が薄暗いのは、倹約の為に照明用の蝋燭の使用を控えているのだろう。清貧なモア教らしいが、侵入者にとってはやりやすい。闇は味方だから。

 教会の内部構造も、ジェスト司祭に聞いていたから問題無い。司祭の部屋の前で立ち止まり中の様子を確認、気配は一人分。これは司祭だろう。ギフトを解除して扉を軽く叩く。

 中から声がしたので扉を最小限に開けてスルリと室内に侵入、叫び声を上げそうだった司祭を後ろから羽交い絞めにして耳元で囁く。

 

「動くな」

 

 嗚呼、私の今の姿は黒尽くめの完全武装、司祭が私を暗殺者と勘違いしても仕方無い。先ずは大人しくしてもらい、それから事情を説明して協力を仰ぐ。これがベストな行動。

 

「お、脅されようとも屈しませんぞ。ウルム王国の元殿下など匿っては居ない」

 

 失敗、余計に怯えさせたが屈してはいない。身体を強張らせても恐怖に負けていない。凄い、これがモア教の司祭か。命を惜しまず教義を惜しめだろうか?その心意気は素晴らしい。

 拘束を解いて目の前に移動、軽く頭を下げて謝罪し懐から親書を取り出して差し出す。不審な目を向けられるが、黙って親書を受け取り読みだした後で私を見ては親書を見る不思議行動を何度かした。

 親書の内容は確認していないが、ちゃんと私の事も書いてある筈。それとも元暗殺者が元王族を拉致りに行くから文句を言わずに協力しろとか書いて有ったのだろうか?

 

 いやいや、根回し上手で気遣い上手の我が主様が、そんな事など書く訳が無い。

 

「何か不審な点でも?」

 

「いえ、不審者が英雄殿の配下と書いて有る事が信じられなくて。申し訳ない。私はショーニング、モア教の司祭であり教会の責任者です。そして、ジェスト司祭に助けを求めました」

 

 むぅ、中々に毒を吐く殿方。主様は英雄、それは揺るぎ無い事実。英雄とは敵兵を何千何万と屠る者の別称、既に五千人以上を倒している主様は英雄。私は英雄の配下で有る事を誇りに思っている。

 故に不審者扱いは勘弁して欲しい。せめて暗殺者、そう闇に生きる暗殺者と呼ばれる方が嬉しい。また二人で敵兵共を蹂躙したい、皆殺しにする事で役に立ちたい。今は我慢、今日の私は誘拐者だから。

 頷いて会話の先を促す。貴殿が助けを求めたから私が来た。簡単な話、親書に書かれている通りに協力して欲しい。だがモア教の置かれた状況を理解させる必要も有る。

 

「既に国境付近と、この教会の周辺は見張られている。礼拝堂にも数人の密偵が入り込んで信者の真似をしている。此処に踏み込んで来るのは時間の問題。私見だが今夜にでも踏み込んでくると思う」

 

 流れでソファーを勧められたので向かい合わせに座る。危機的状況にも関わらず、律義に紅茶を用意してくれた。紅茶を淹れるのを待つ時間も惜しいのだけれど、文句を言っても聞かないだろう。

 状況的に毒など入っていないだろうし、私に毒は効かない。幼少時から毒には慣れさせられているから。それに主様謹製の解毒薬も持っているので死角は無い。毒殺など無駄、無駄なのです。

 一応の礼儀で一口飲む。普通に安価な茶葉、だが私が飲むと嬉しそうな顔をしたのは何故だろうか?それ程、面白い見世物でもないと思う。

 

「深夜に闇に紛れて拉致と考えていましたが、状況を鑑みて直ぐに元殿下の身柄を拘束し拉致。仮にデンバー帝国の連中が踏み込んできても、殿下が居なければ言い逃れは出来るでしょう。

残される侍女達については、修道女と言う事にして下さい。私でも周囲に悟られずに運ぶのは一人が限界、私は暗殺を提案しましたが、主様が生かして連れて来いと厳命したのです」

 

「そうですか……分かりました。侍女達の説得は私が責任をもって引き受けますし、修道女として生きるなら最大限の配慮をします。ですが、あの殿下が素直に言う事を聞くとは思えないのですが……」

 

 問題無いと説明する為に懐から小瓶を取り出して見せる。主様謹製の睡眠薬、これを一嗅ぎすればイチコロ。ですが勿体無いので当身で気を失わせて連れ出す予定。

 睡眠薬では覚醒には薬の効果が薄まるまで待たなければならないが、当身ならば問題は無い。活を入れれば回復する。それに子供に眠り薬とは言え薬品は使いたくない。強い薬は、それだけで害悪。

 毒薬に慣れ親しむ私だからこそ、多少の知識は持っている。途中で気付いて騒ぎ出したら躊躇なく使う。主様から与えられた命令を熟す事が最優先、子供の戯言など聞く必要も無い。

 

「心配しなくても大丈夫、主殿謹製の眠り薬だから後遺症など無い」

 

「そうですか。ベルヌーイ元殿下は二つ先の部屋に軟禁していますが、侍女達も一緒です。寝る時には年頃の男女は寝室を共にしないと言って分けていますが、彼は少々甘えん坊気質ですね。

年齢を考えれば当たり前、未だ母親に甘えていても許される年齢ですからね」

 

 王族とは普通とは違う人種、数々の特権を享受しているが多大な義務も発生する。子供だからは通用しないし、させない。国が滅んだ原因の殆どが王族と支配階級である貴族の責任。

 子供だから?母親に甘えたい年頃?理解不能、私は否定する。でも声に出しても状況が好転する事もないので口を開かないだけの配慮はする。流石はモア教、優しい優し過ぎる。

 いや、一言言いたくなった。無責任な元王族と、貴族社会の最下層の新貴族男爵の長子から成りあがった主様との違いを知らしめたい。

 

「甘え、元とはいえ王族。我が主様は成人前でありながら数々の偉業を達成している。今回の件も、配下の尻拭いとモア教への配慮の為に無用な苦労をしている」

 

 嗚呼、駄目だ。これは失敗、言わなくて良い事を言ってしまい結局は主様に要らぬ苦労を強いるだけ。私は昔と違って自分の感情の制御がなおざりになっている。

 でも主様は今の私の方が好ましいと言ってくれた。不完全な方が好ましい?分からない、自分の心と考えが分からない。理解不能、最近はこんな事が多い。

 早く主様の下に帰りたい。荷物を持って戻りたい。主様の顔を見れば気持ちが落ち着く、いえ高揚する。何故?帰ったら、イルメラさんに相談しなくては……

 

「そうですな。要らぬ苦労を掛けさせてしまっている事に深く後悔をしています。ですが彼は未だ子供なのです。慈悲の心を持って接して下さい」

 

「了解した。主様の意向を最大限に配慮して、慈悲の心を持って拉致るから安心して欲しい」

 

 ん?ショーニング司祭が微妙な顔をしたが、慈悲の心を持った拉致って言葉が変だったのだろうか?理解不能、これもイルメラさんに確認する必要が有る。

 

「これよりウルム王国、元殿下の拉致作戦を実行する」

 

 ギフトを発動し司祭の部屋から、元殿下の居る部屋へと移動。速やかに意識を刈り取り拉致る!

 

 

 


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