古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

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第832話

 旧ウルム王国領の復興支援の順番が決まった。参謀連中、特にアルドリック殿はゲッソリと窶れていたのは心労からだろう。目の下の隈も濃い。相当親族の女性連中から圧力を掛けられたのだろう。

 大分妥協と言うか、此方を伺い慮る態度だった。出来ればエムデン王国に近い方から始めて最後に問題の元殿下を逃がしたマインツ領のエデンバラ砦周辺の復興支援を行いたかったのだろう。

 帰りに復興支援が終わった場所を訪ねて歓待を受け各領主と親睦を深めさせたい。最初に一番遠くの領地に向かえば、途中の領主達は王命の最中だから時間を取らせる歓待は自粛しなければならないから。

 

 その辺の要求も各領主達と領主の所属する派閥の主からも言われたのだろう。だが僕は敢えて一番遠いマインツ領から始めると言った。建前上の理由は二つ、一つは早めに元殿下の捜索を行う為。

 もう一つは、マインツ領の領主はバニシード公爵の親族だからアルドリック殿の顔を立てて最初に行う。そう言った時の、バニシード公爵の微妙な顔とアルドリック殿の絶望した顔が正直笑えて溜飲が下がった。

 バニシード公爵は自分の親族が領主として治めている場所に敵の残党が潜んでおり、国の威信にかけても捜索し捕縛しなければならなかったからだ。僕とフレイナル殿の失態とか笑える状況じゃなかったんだよ。

 

 裏の事情はバーリンゲン王国でモンテローザ嬢が引き起こす惨劇に早く駆け付ける為にも、三ヶ月後付近でエムデン王国の近くに居たかったから。序に各領主達の歓待攻勢も減る。

 各領主達とは復興支援の最終日に打ち上げと壮行の意味でささやかな宴会をして貰えれば十分。僕は王命の最中で未だ復興を待ちわびる領民達が居ますので盛大な催しは辞退しますと言える。

 因みに行程はバニシード公爵の領地マインツ領の後、国王直轄のザスニッツ領。ニーレンス公爵の領地デミン領の後、ローラン公爵の領地のアムゼー領、ザスキア公爵の領地のノイルビーン領。

 

 最後に国王直轄のナゥエン領。王家直轄じゃなくて国王直轄を多めに選んだのはルート的に丁度良い場所に有った事と、今回アウレール王以外の王族は聖戦に参加していないので領地は貰えなかったから。

 ザスキア公爵から聞いた嫌な話では、エムデン王国内の国王直轄領を僕に与えるから代替えで多めに確保したとか何とか……そんなに領地は要りません。今だって伯爵として上限一杯の領地なのですから。

 各領地には複数の派閥構成貴族が居て、どこを復興するかは各派閥で話し合って決めて貰った。大体半月程度で次の領に行く工程にして貰っている。つまり各公爵の領地に半月滞在する訳だな。三割は移動で消えるけど……

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 良く晴れた日に王都を出発した。同行者は直属の護衛としてクリス、副官としてリゼル。この二人、何故か仲が良いと言うか気が合っていると言うか不思議な距離感なんだ。何か有ったの?

 実行部隊として試験的に御爺様の領地の農地改革を行っていた土属性魔術師三十人、それと彼等を纏めていたシルギ嬢と親族から選抜された四人。ダルシムにナジャフ、ソルベにルドルフが監督官として同行する。

 諜報部隊として、ウルティマ嬢と配下の諜報部隊二十人。それと協力者としてザスキア公爵の手配した諜報部隊が同じく二十人、彼等を率いるのが、ハイゼルン砦攻略の時に参加したミケランジェロ殿。

 

 共同戦線を張るわけだが指揮権を一本化する為に僕を最上位に、ウルティマ嬢とミケランジェロ殿は同列とした。各々の配下の諜報員に命令は出来ないし何方が上か下かで揉めるのも嫌だから同列。

 ザスキア公爵はミケランジェロ殿をウルティマ嬢の下に付けても良いと言ったが、彼も灰汁が強いから断った。ザスキア公爵の配下だから男尊女卑思考は無いと思うが相応にプライドは高いから年下の淑女に命令されるのはね。

 御姉様属性を公言している生意気系美少年だから『新しき世界』を信奉する御姉様方から大人気、本人も需要が高くて良かっただろう。

 

 護衛については揉めに揉めた。公務だからと王宮警備隊が名乗りをあげ、ならば我々もと聖騎士団も言い出して模擬戦に突入。双方軽症者を多数出して引き分け、結果的に護衛は僕の私兵に落ち着いた。

 そもそも聖騎士団は業務範囲外、幾ら宮廷魔術師の護衛とはいえ僕の爵位と役職で長期間の拘束任務は難しい。彼等の本来の業務は王都と王宮の警護、要人警護だけど王族じゃないから遠慮して貰った。

 貴族が私兵を用いるのは良く有る事、個人的な配下の土属性魔術師の護衛も兼務するのだから、聖騎士団や王宮警備隊に彼等も守れは職権乱用とか言われそうだよ。

 

 今回もメルカッツ殿達が張り切りだした。武闘派の彼等に頼む仕事が戦う事以外ばかり、また前回の灌漑事業と同じ事になる。何かで補填しないと駄目だろうか……

 

「リーンハルト様、旧ウルム王国領のナゥエンに入りますわ」

 

「ああ、開戦前の防御壁は取り払ったのか。すっきりしているね」

 

 元国境線を越える。あまり良い事ではないが、僕は馬ゴーレムに乗り、リゼル嬢を後ろに乗せている。前に座って貰う方が安定するが身長差の関係で後ろに乗せた。見栄って空しい。

 護衛以外の連中は全員、僕謹製の馬車に乗せている。引くのは自律行動型の馬ゴーレム、これは移動を迅速にする為と世話の手間を減らす為。多くの馬を運用すれば相応の手間暇が掛かる。その負担は通過する領地に負わせる事になる。

 馬は大量の水と飼葉を消費するし糞もする。休ませる為には厩舎を借りねばならず、日々の世話だって厩務員が必要。ブラッシングに蹄の手入れ、高いパフォーマンスを維持するのは大変だ。

 

 騎兵は高性能だが運用には高額の費用が掛かる。今回の護衛である、メルカッツ殿達は平民で武芸者だから馬に乗れない。徒歩ならば馬車に乗せて移動した方が早いし楽だし。

 この馬ゴーレムの大量運用は、後々に色々な問題が生まれるだろう。常識の破壊、既得権の侵害、他も有るかな?各方面から苦情が寄せられるかもしれないが、迅速に移動する必要があるから飲み込んだ。

 自律行動型馬ゴーレムの大量運用、これは兵站に革命を起こす。でも僕が同行しないと無理って事にすれば大丈夫かな?うん、多分大丈夫だよな?

 

「静かで振動も少ないですわね。この馬ゴーレムさんは……今回初めて見ましたが、後々で問題になりそうですが。今回は仕方が無いですわ。鈍足では間に合わない可能性が高いですし」

 

「まぁね。半分自律行動が出来る馬ゴーレムと要塞並みの強度を持つ馬車の大量運用。民間でも軍用でも色々と応用出来る。でも前に王宮警備隊の模擬戦で見せているから、大丈夫だと思いたい」

 

 アドム殿達が僕との模擬戦を希望した時に、ロンメール様達が乗っている護衛対象の馬車として見せてはいる。今迄内緒にしていた訳でもないが、制御の関係で公式に使用するのが遅くなった事にする。

 序に僕が同行しないと運用出来ないとすれば良い。僕を抜きに運用出来ないとなれば、宮廷魔術師第二席を拘束してまで使う意味が薄れる。僕だって今迄エムデン王国を支えていた輜重部隊と喧嘩する必要は無いから。

 チリとダリは動物の勘で分かったのか、二頭で僕の髪の毛をベシャベシャにもしょって抗議したが、あの子たちは王都で留守番だ。交互で遠乗りに行ったら機嫌を回復してくれた。

 

「ウルム王国はバーリンゲン王国よりも治世は良かったのだろう。街道の整備状況だけでも分かるね」

 

 主要街道は石畳になっていて定期的に固定化の魔法をかけているのだろう。思った以上に痛んでない。左右に緩い勾配になっていて側溝も設置されて水捌けも考えられてる。

 主要街道から分岐する側道も同程度に維持されていてるのは、組織だった維持管理が継続されている証拠。某屑国家みたいに汚職による公共工事費の中抜きがされずに機能していたんだ。

 バンチェッタ王も旧コトプス帝国の連中が国内で暗躍していた割には、国家の維持管理については有能だったんだな。戦争に勝って後を引き継いでも組織体制が残っていれば維持は出来る。

 

「リーンハルト様が今日来られる事は通達されていたのでしょう。周辺の方々の尊敬の眼差しが凄いですわ」

 

「うん、そうだね。別に秘密にする事じゃないけれど、結構な人数が集まっているね」

 

 街道の左右に新しくエムデン王国に加わった旧ウルム王国領の領民達が整列している。身なりからして農民が多い。国境付近は農地が多いから普通なのだろうが、身なりの良い商人や皮鎧を装備した冒険者もチラホラ見える。

 ナゥエン領は国王直轄領、その領地の殆どは農地だが開戦前にはエムデン王国との貿易の最前線で有り商業も盛んな大きな複数の街も抱えている優良な領地。その財源はアウレール王の個人資産となる。

 今日は国境最大の街、コペルの街に滞在し明日にはノイルビーン領に向かうが到着には二日は掛かるだろう。僕謹製の馬車での移動じゃ無ければ三日は掛かる、移動の為の速力って大切だよね。

 

「彼等は私の事をリーンハルト様の側室だと思っていますわ」

 

 敢えて異性を同じ馬に乗せるって意味では正解でしょう。とか言ってるけどさ。確かに普通は乗せないけれど、珍しいから乗ってみたいだけって言ったよね?

 

「え?無理に同乗したいって言ったのは、この為か?」

 

 珍しい馬ゴーレムに乗りたいって懇願したのって、変な既成事実でも作ろうとしたって痛いよ!もしかしなくても抓ったの?笑顔を浮かべて周囲から見えない様に僕の太腿を抓ったの?

 グッと痛みを堪える。ここで騒いだら情けない男になってしまうから。でも酷いぞ、リゼルが悪女化してるぞ。異性の太腿を笑顔で抓るとか、とんでもない悪女だぞ。

 

「違いますわ。でも良い牽制にはなるでしょう。側室か側室候補を伴っているならば、他の女性を押し付ける事は遠慮すべきですから」

 

「えっと。リゼルが僕の副官って事は公式に通達してるよね?通過する領地の領主達には同行するメンバーのリストも移動計画表も送ってある筈だから、勘違いはしなくない?」

 

 勿論だが行動予定表に同行する人数やリストは通達済みだ。ここは敵地じゃないから移動ルートも通過予測時刻も教えてある。敵国領内の移動なら欺瞞工作で伏せるけどね。

 

「はい。承知しております。ですが平民層でも力の有る有力商人達とかは知らないでしょう。彼等が親族の女性を妾や使用人として押し込みたいと思っても弾けますわ。ザスキア公爵にも了承を得ています」

 

 ザスキア公爵と仲良くなり過ぎてない?連携し過ぎてない?裏でどんなやりとりをしているのか、怖くて知りたくないけど知りたい。てか後ろから抱き着かないでくれるかな?

 普通に腰に手を回すだけで十分に身体を支えられると思うんだ。でも確かに妙に悔しそうに僕等を見る商人達がいるのも事実、彼等の思考はリゼルに筒抜けだな。

 旧ウルム王国領の商人達にとって戦勝国であるエムデン王国の支配者層との繋がりを得る事は急務、手っ取り早いのが親族を側室か妾に押し込む事。間違いじゃないけど間違って欲しい。

 

「商人である彼等にとって、リーンハルト様はモア教の守護者では有りますが商売は守護してはくれませんから。特にライラック商会が御用商人として居ます。提携するにしても傘下に収まるにしても……」

 

「僕との縁は強い方が良いって事?でも僕は複数の側室を娶る事を反対しているし、現状の側室はアーシャしか居ないよ」

 

 騎乗して不安定だから内緒話をするのに顔を近付けるのだが、これも誤解に拍車をかけるのだろうな。

 

「全ての情報が正しく広まる事は有りませんし伝達の速度も遅いのです。彼等には実際に自分が見た情報で、リーンハルト様に側室や妾を押し込む事は不可能と判断させる為です」

 

 うーん?良く考えてるって事で良いのかな?まぁリゼルとザスキア公爵が話し合っているなら大丈夫だろう。任せ切りとかの思考放棄じゃない、信頼の証だから!

 

 


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