古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

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第827話

 参謀連中の不可思議な提案。王命である旧ウルム王国領の復興について公爵四家の当主を呼び出して復興の領地の順番について此方で話し合って欲しいと言ってきた。

 仮にもエムデン王国の中枢を担い国家の運営に深く携わる彼等に対して、依頼という形にするにしても馬鹿げている。まるでバーリンゲン王国の連中を相手にしているみたいだ。

 当然だが公爵全員が苦言を呈した。ザスキア公爵など笑顔の恫喝を行ったのだが、主席参謀アルドリック殿は何か言いたい事があるみたいだ。それが正統な理由なら良いのだが……

 

 居住まいを正した後、何故か僕に視線を向けた。その瞳には敵意が隠し切れてない?

 

「実は復興場所を選定するに当たり、現地に調査員を多数送り込みました」

 

 一旦言葉を止めて順番に全員に視線を合わせた後、最後に僕を見た。はて?旧ウルム王国領なんて、僕は行った事も無いし知る事も少ない。なのに何故、僕を思いっ切り含みが有るように見る?

 

「エデンバラ砦の有るマインツ領にて、旧ウルム王国の王族付の侍女を名乗る者が捕縛されました。捕縛したのは我が一族の者ですが奇妙な証言を得たのです」

 

 何故か隠し切れない優越感を感じるな。エデンバラ砦は報告書でしか知らないが内容は覚えている。聖騎士団のジョシー副団長とフレイナル殿が参加した旧ウルム王国の残党共の最後の抵抗場所だ。

 軍務規定に従い降伏勧告を行ったが、相手が徹底抗戦を望んだ。三度の降伏勧告に応じなかった為に、ジョシー副団長達が突撃を行いエデンバラ砦に籠る残党共は壊滅した筈だが?

 そこから逃げ出した王族付きの侍女を捕縛して報告を怠るとは職務怠慢か隠ぺい工作の疑いありだぞ。ザスキア公爵に視線を送るが、小さく首を振った。つまり彼女の情報網にも引っ掛かってない。

 

「侍女が言うにはエデンバラ砦が陥落する前に、ウルム王国の王位継承権第八位ベルヌーイ・フォン・ウルムが逃げるのを見逃して貰ったそうです。彼女は逃走途中でベルヌーイとはぐれてしまい捕まった。

尋問を行った所、エムデン王国の魔術師に見逃して貰ったそうです。人の良さそうな若い三枚目の魔術師に、隠し通路から出た所で見付かってしまったけれど早く逃げろと言われたとか……」

 

「その侍女は、どうしました?」

 

「元々はぐれたのは怪我を負っていた為でして、白状した後に体調が悪化して亡くなったそうです」

 

 目線を逸らし如何にも遺憾ですって感じで言ったけどさ。それって拷問で殺されたって事だよな。あの戦いには何人かの火属性魔術師も参加していたが、条件に合いそうなのはフレイナル殿だな。

 他の火属性魔術師は宮廷魔術師団員だが全員が中年だった筈だ。自白した捕虜が亡くなった事により自白内容の信憑性が著しく減った、生き証人が居ない自白など幾らでも捏造出来る。

 証拠の決定打にはならないが、フレイナル殿は色々とやらかしたから違う意味での信憑性が高い。あの屑男め!やらかしが酷すぎて否定も擁護も心情的にはしたくないぞ。

 

「ふむ?その条件に合うのは、フレイナル殿かな?敵の王族を逃がすとは、流石は屑男の称号を得ているだけは有りますな。なぁリーンハルト卿?」

 

「はい。我々も危惧した為に、公表せずにこの場で話させて頂きました」

 

 バニシード公爵の嫌味に、アルドリック殿が乗っかった。フレイナル殿と父親のアンドレアル殿は色々有って今は、ローラン公爵の派閥に属している。僕とローラン公爵の政治的失態にしたいのかな?

 いや状況的に証拠の信頼性も低く、どうにもならないだろう。それこそ、フレイナル殿が自白でもしなければ知らぬ存ぜぬで終わりだ。公爵四家の第二位と宮廷魔術師第二席の権力はそれ程に大きい。

 バニシード公爵のニヤニヤした顔も嫌味程度で済ませているのも、この件ではこれ以上追求出来ないと知っていて言っている。

 

「自白したと思われている侍女殿が亡くなっていてはな」

 

「そうです。それでリーンハルト卿に復興活動と並行して情報収集と、逃がした王族の身柄の捕獲に動かれた方が宜しいかと愚考します」

 

 ちょっとだけ、アルドリック殿の思惑が分かった気がする。他の参謀達の態度を見れば、全員が納得している訳じゃない。穴だらけだし、成功する確率が低いのは自分でも分かっているのだろう。

 調整は大変だから、僕が自主的に動いてくれれば責任問題は発生しないってか?そんな安易な考えを主席参謀殿がするのか?愚考って本当の意味で愚かな考えだと思うぞ。

 ザスキア公爵が呆れを通り越して、もう相手にしたくないですわ!状態になっている。公爵全員を呼び付けて、確証の無い自白でお茶を濁すって事か?

 

「それは筋が通らないですね。先ず、その侍女殿を捕縛し情報を得た事を何故に秘匿したのか?何故に死なせたのか?大怪我でもポーションの大量投与で何とか生き長らえる事は出来た筈です。即死や拷問で無ければね。

情報の故意の秘匿、重要参考人を死なせた事。確証の無い話で、宮廷魔術師や宮廷魔術師団員に冤罪を擦り付けようとした事。その責を負うのは誰ですか?」

 

 ニーレンス公爵は黙って腕を組み、ローラン公爵は敵意を露わにしている。バニシード公爵はニヤニヤして、ザスキア公爵は無表情になったが報復を考えている感じがする。

 それでも隠し切れない優越感って何だ?何故、そんなに自信に溢れている?他に隠し玉が有るのか?侍女の自白だけじゃなく、他にも目撃者が居たのか?だが確固たる証拠なんてないだろ?

 それこそ逃げた王族を捕縛して、更に証言を得た位しかフレイナル殿に罪を被せるのは不可能だと思うけど……違うのか?何か見落としているのか?

 

「宮廷魔術師第十一席、白熱線のフレイナル殿を問い質した所、自白こそしませんでしたが大いに動揺しておられました。上司である、リーンハルト卿からも彼に真実を話す様に問い質して頂きたい」

 

 馬鹿やろうっ!動揺したって事は無関係じゃないって事じゃないか!何故、上司である僕や父親のアンドレアル殿に報告しない?

 いや、カマを掛けているのか?仮にも現役宮廷魔術師を尋問するのなら、無許可では無理だ。そうだ、落ち着け。仮に万が一にでも事実で有ったとしても、今は受け入れる事は出来ない。

 男性陣は微妙に可能性ゼロじゃないって思ってしまっている。不味いな、屑男のレッテルは思った以上に深刻な問題だった。僕も一瞬だが、彼ならやりそうとか思ってしまったから。

 

「受け入れられませんね。この非常識な物言いについて、正式に抗議します。旧ウルム王国の復興支援の協力についても一考させて頂きます」

 

「そうね。私達を呼び付けて、埒も無い話で復興計画について煙に巻こうって事など認めないわよ」

 

 席を立つ。此処にいては不味い。少なくとも確証を得るまでは、フレイナル殿が無実だと思って行動するしかない。彼の今日の行動は?未だ王都に滞在してるはずだ。

 ザスキア公爵も援護をしてくれたので、謁見室から二人で退室する。これも十分に問題行動なのは理解しているが、一旦席を外さないと駄目だから敢えてだ。

 バニシード公爵の笑い声が耳に残る。もしかしたら確証は無いが、アルドリック殿とバニシード公爵は組んでいるのかもしれない。敵の王族を逃がした事が重大、もし本当ならば宮廷魔術師の除籍程度では済まないだろう。

 

 執務室を出ると近衛騎士団員と侍女数人が控えていた。ザスキア公爵が目配せすると彼女達が早足で立ち去る。つまり裏取りに動いた訳であり、執務室での会話内容を把握していた事になる。

 近衛騎士団員が侍女達の行動を不審に思わないのは何故だろう?今更ながら、その事に気付いて彼等を見る。当然だが飲み友達です。近衛騎士団員と聖騎士団員達の殆どとは良好な関係を結んでいる。

 その娘達とは友好の内容で攻防が続いており、息子達とは有効関係の改善に動いている。嫉妬とかね、ホントにね、嫌になるよね。

 

「アルドリックが屑男に接触した事は事実。尋問ではなく廊下で偶然を装い接触しての会話程度だが、あの屑は大袈裟に驚いて慌てて否定し逃げる様に立ち去ったそうですぞ」

 

「戦場の最前線に行かず後方で指示を出すだけの参謀連中などに、屑では有るが共に最前線で戦った奴をどうこうされるのも業腹ですな」

 

 えっと?もしかして、フレイナル殿って有る程度は近衛騎士団員達に認められてる?参謀連中って毛嫌いされてる?でも参謀が後方で指揮に徹するのは間違いじゃないんですけどね。

 まぁ言わぬが何とかで、取り合えず彼等は僕等の味方をしてくれて情報をくれたのは助かる。公式な場での詰問や尋問でボロをだしたのなら致命傷だが、立ち話程度なら何とかなる。

 アルドリック殿の余裕には他にも何か根拠が有りそうだが、逃げた王族の身柄の確保の目途が立っているか既に身柄を確保しているか。

 

 ザスキア公爵が落ち着けと背中を擦ってくれたのだが、それを見た近衛騎士団員達が何故か目を逸らせた。その驚愕の表情って何ですか?

 

 

 

 ◇◇◇◇◇◇

 

 

 

「少々不味い事になったわね。私も知らない情報だったけど、あのお馬鹿さんなら全く無いと否定が出来ないのが痛いわね」

 

「本当に。ベルヌーイ殿は未成年で少数の侍女達を伴い逃げたと聞いています。フレイナル殿は女性や子供には寛容な態度を取りそうなのです。確かに本質は優しいのですが、侍女達に良い所を見せたい為にとか?」

 

 ザスキア公爵とアンドレアル殿の執務室に向かう。あの侍女達がフレイナル殿をアンドレアル殿の執務室に強制的に周囲に分からずに連行したそうだ。僕やザスキア公爵の執務室は目立つし、のこのこ来たら尋問されるから。

 参謀連中は、アウレール王に報告していない。他の参謀連中の煮え切らない態度は、今思えば僕やザスキア公爵と敵対する可能性も有るから消極的だったが、アルドリック殿は僕への敵意を隠さなかった事を考えれば……

 用意周到じゃなかった事が救いだが、未だ何か決定的な証拠を握っている可能性も捨て切れない。部下のヤラカシって本当に堪える。そしてアンドレアル殿の執務室に入った瞬間にヤラカシが事実だと理解させられた。

 

「申し訳有りませんでした」

 

「嗚呼、本当に何て事をしてくれたのかな」

 

 実務室の中央で見事な土下座で迎え入れてくれた、フレイナル殿を見て力が抜けて膝を付いてしまった。どうやら僕の部下が本当に、利敵行為をしてしまったみたいだ。

 

 ザスキア公爵の手の者の手配と準備は完璧だ。当事者と必要な人員が全て集められている。僕にザスキア公爵、アンドレアル殿に屑男、セシリアにイーリン。外の廊下には新世界の信奉者達が見張っている。

 フレイナル殿は父親であるアンドレアル殿に殴られたのだろう。右目を腫らして口の中も切ったみたいだ。未だ鉄拳制裁で済んでよかった、最悪はアンドレアル殿の手で誅殺だって有り得る大失態だし。

 まぁフレイナル殿の事だからエムデン王国を裏切って利敵行為を働いたのではなく、ジョシー副団長達の苛烈な残党狩りを見て、女性と子供を見逃したのが正解だろう。人としては正しいが軍人としては失格だ。

 

「一応聞きます。国家転覆とかエムデン王国に害する考えは無く、単純に女性や子供を苛烈な残党狩りから守った。そうですね?」

 

 土下座の状態で頭を上げない、フレイナル殿に質問する。因みにだが僕とザスキア公爵が並んでソファーに座り、目の前にはフレイナル殿だけが土下座をしている。

 アンドレアル殿は興奮し過ぎて危険だったので魔法で眠らせた。息子を殺して自分も死ぬって本気で騒いで実行しようとしたから。アンドレアル殿からすれば、国家反逆位の衝撃的な出来事だろう。

 長年の宿敵、前大戦の怨敵を見逃すなど憤死ものだった筈だ。例えそれが息子よりも年下でも、王位継承権の高い敵国の王族を故意に逃がすなど、後々の事を考えても大失態だ。

 

 エムデン王国と敵対している国家に逃げられて亡命政権でも樹立されたら面倒くさくなるし、敵国の正統な参戦理由にもなりえる。正当な血筋を引く殿下の為に不法に国を占拠する連中を断罪するとかさ。

 

「ああ、そうです。聖騎士団の連中が『一兵たりとも討ち逃す事を禁じる。敵は殲滅、油断も手加減もするなっ!』って騒いでたから、捕まったら殺されていたと思った。未だ子供だったし逃がした時は殿下だとは知らなかったんだ」

 

 エデンバラ砦には旧コトプス帝国の関係者が集まっていたのも事実。ジョシー副団長が三回も降伏勧告をしたが徹底抗戦を選んだ。その状況を考えれば、ジョシー副団長の苛烈な物言いも仕方ないだろう。

 僕等若い世代と違い、彼等は過酷な侵略戦争に参加し多くの犠牲を払ったんだ。その怨敵が降伏勧告を受け入れず戦う選択をしたならば、殲滅するのは軍人として正解。下手な情けは味方に被害を齎す悪手だった。

 フレイナル殿は前大戦の悲惨さをしらないから、年配者の心情を理解出来なかった。受け入れろとは言わないが、その後の事も考えて行動して欲しかった。これは前大戦参加者達からも非難されるだろうな。

 

「予想通りとは言え、何ていうか。その事をアルドリック殿に指摘されたそうですが、変な行動や言葉を発していませんよね?」

 

「いきなり廊下で話し掛けられたんだ。貴殿がエデンバラ砦で逃がした子供は王族、同行していた侍女を捕まえて聞き出したが……何故逃がしたんだ?って。俺は動揺して何も言えずに逃げ出してしまった」

 

 だって見逃さなければ殺されていたんだぞ!女子供がだぞ。彼等に罪はないだろうって慟哭された、その通りだがその理屈が通用するかしないかは僕等が決めれる事じゃない。前大戦参加者(当事者)が納得するかしないかだ。

 漸く顔を上げたが涙を流しながら僕を睨んでいる。最近睨まれる事が多くて嫌になる。僕に対して悪感情をぶつけても何も解決しないのを理解して欲しい。正しい事をしたのに何故責めるんだって事だよな。

 フレイナル殿とアンドレアル殿を救う為に、僕はどう動いたら良いのだろう。言質は取られてないが、他に証拠が無い保証も無い。もしも決定的な証拠を握られていたら、下手な隠ぺい工作は自分の首を絞める事になる。

 

 アルドリック殿の周辺を調べるには時間が少ない。本当に侍女が捕まったのか、拷問で死んだのか、ベルヌーイ殿は捕まっていないのか?どれか一つでも予想が外れたら、僕は上司としてフレイナル殿に……

 

 

 


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