「どうだった、ジゼル?リーンハルト殿に可愛がって貰ったか?」
「お戯れを……あの方は私をその様な対象として見ていませんわ。
今回は彼に対してギフトを使いませんでしたが私の事は女性としてこそ扱いますが大切な依頼人の娘としか思っていません。
下心丸出しで擦り寄ってくる有象無象は多く見ましたが、清々しい位に私には無関心でした」
そう、あの方は私に微塵も欲望を向けなかった。感じた事は困ったと扱い難いかしら?
ギフトで心を読んでも表層しか分からず心の奥底では何を考えているか分からない怖さが有る人……
「ふむ、そうだったか?遠目で見る分には話が弾んでいた様だが?」
「パーティーに慣れを感じました。気負わず自然体に、マナーもエスコートも合格点ですわ。
女性に対しては一歩以上引いてますね、言い寄る女性陣は全く相手にしてません。
私をエスコート中に寄ってくる有象無象でしたから当然でしょうけど……」
媚を売り捲る女達に笑顔で対応していたが、路傍の石を見ている様で恐かった。
リラ様や私には困った感じで配慮するのに初めて会う下心丸出しの方々への対応は……アーシャ姉様には荷が重いお方かも知れないわ。
「慣れ?公式のパーティーには数回しか参加してない筈だが、貴族のマナーは家族で教える物だからな。
ディルク殿の教育の賜物か……それにしても見事な銀細工だな、デザインは古めかしいが逆に品が有る」
お父様の言葉に反応し彼から貰ったブレスレットに触れる、アーシャ姉様の鷹のデザインといい今回の薔薇のデザインといい確かに品を感じる……品を?
このブレスレットだけど王家に伝わる古代の装飾品にデザインが似ている、あの鷹のデザインは今は亡きルトライン帝国の国鳥を模した数々の装飾品にみられる特徴だし……
お父様やアルクレイドが言っていた古きゴーレムの運用法、古武術の型、滅亡した国の古めかしいデザイン、これが意味する事は何かしら?
これがあの方に感じる違和感と恐怖の……
「どうした?ブレスレットを握り締めて黙り込んで……そんなに嬉しかったのか?確かに見事な出来だが相応の礼はしておけよ」
見事だが素材がルビーと銀では価値は精々が金貨三十枚程度かしら?
「申し訳有りません、お父様。少し考え事をしておりました。
前にリーンハルト様と模擬戦を行った時に操るゴーレムの武術が古めかしいと言っていたと記憶してますが?」
「ん?ああ、槍術の型がな。それに刺突三連撃だったか……アレはカルナック剣闘技の奥義に酷似していた。
動かずに連続で突くには身体全体の力を余す事無く腕に伝えねばならぬ。
腰の回転を軸に上半身を捻り腕を突き出す……簡単に見えるが実際には長い鍛練が居る。奴はゴーレムだから人間とは性能が違うと誤魔化したがな……」
カルナック剣闘技、確か今有る剣技の祖となった流派ですが今は本流の継承者は居ない、傍流が辛うじて数ある武術の一派として生き延びている筈よね。
「リーンハルト様には謎が多過ぎます。
彼の得体の知れない怖さの源流には古(いにしえ)の技や知識、技能が深く関わっていると思いますわ。
あの方の近くには相当の技量を持った師が必ず居ます、ディルク様でも亡くなったイェニー様でもない誰か他の方が……」
独学で学べる水準を遥かに超えた誰かが……あの女狐メディアの抱え込んだエルフみたいな人を越えた存在が。
「俺も奴のバックに誰か居るのは考えていた。
奴の着ている皮鎧だがな、相当の魔力付加が重ね掛けされている。
今風の普通の大量生産品の皮鎧に魔力付加など有り得ないな、本来は高性能の物に魔力を付加するだろう。
だから『ブラックスミス』に連れていく、何か分かるかもしれない」
『ブラックスミス』ですか……
なる程、あの長寿種のドワーフ共なら鍛冶と錬金に特化してるわね。
リーンハルト様はエルフよりもドワーフ寄りだし、彼はドワーフに師事している可能性は高いわ。
でも錬金関係のゴーレムや細工については納得するが古武術については?
彼等も戦士として有名だが種族全体が斧を扱う重戦士だから剣や槍の技能は関係無い筈よ。
人間の武術とドワーフの武術は根本的に違う、体型や力強さとか別物だし。
「でもドワーフ達では剣や槍の武術は無理なのではないでしょうか?」
「そうだな、謎だな。だが今は問い詰める事は下策、離反されては元も子もない。今はウィンディアに任せれば良いだろう、大分大切にされているそうだぞ」
懐まで入れば面倒見は良いと言う事かしら?
「それではアーシャ姉様とは?」
「それは別だ、アーシャの誕生日には招待したが未だ先だな……
アレの贈物をリーンハルト殿に依頼するか、ならば希望とか採寸とか接点は作れよう。それで、アーシャはリーンハルト殿の事を何て言っていた?」
アーシャ姉様が?ふふふ、それは夢見る乙女の顔をしてましたわ。
あんな得体の知れない怖さを持つ男性を思えるなんて私には無理。
「悪くない感じでしたわ。アーシャ姉様の理想の男性ですもの、リーンハルト様は。強いて言えば年下な位でしょうか……」
そう、未だ彼は十四歳なのよ、それなのに秘密が多過ぎるわ。
◇◇◇◇◇◇
パーティー翌日、天気は雲一つない快晴で花嫁の出発を祝っていた。
ライラックさんの用意した花嫁行列は贈物の馬車が二十台、徒歩での同行者が百人に護衛が二十人、関係者用の馬車が十台、それと楽団。
順番は徒歩の同行者五十人を先頭に護衛が十人、馬に乗る僕とゴーレムポーン二十四体、花嫁の馬車に贈物の馬車が二十台、関係者用の馬車十台に徒歩の同行者五十人に護衛が十人の順番だ。
関係者用の馬車の中にはライラックさんの他にイルメラ達、それに直属の護衛達や女給さん達に楽団が乗っている。
二十人の護衛は冒険者ギルドに依頼したDランクの冒険者達で戦士職の他に僧侶と魔術師、それに盗賊職が一人ずつ居る。
冒険者ギルドが選抜した見栄えと品が比較的良い方々だ……
ライラックさんの屋敷の正門から出発するが途中で小銭やお菓子を包んだお捻りを放り投げる為に既に観客が大通りの両脇に並んでいる。
ライラックさん、王宮関係者にも話を通したらしいが幾ら賄賂を配ったのかな?
花嫁が馬車に乗り込む前にゴーレムポーンを召喚し玄関から馬車迄の間を挟む様に二列で整列させ馬車の前に僕が立つ、恥ずかしいがゴーレムポーンと同じデザインの鎧兜を着ているがフェイスガードは上げている。
「おお、花嫁の登場だぞ!」
玄関扉が開け広げられて花嫁と父親が現れた……
未だウェディングドレスは着ていないが純白のドレスを来たリラさんが、ライラックさんに手を引かれながら歩いてくる。
ゴーレムポーンの間を通る時に抜刀しクロスさせてロングソードのアーチを作る、白銀のゴーレムポーンは太陽光を反射し煌めいて幻想的な雰囲気を醸し出す……
「おお!まるで王族の結婚式で見られる騎士の剣のアーチだ、素晴らしい!リラよ、これが私からのサプライズプレゼントだよ!」
「リーンハルトさん、有り難う御座います……お父様の言っていたサプライズってリーンハルトさんのゴーレムさん達だったんですね?」
彼等が歩き出すと同時に楽団が演奏を始める、馬車に乗り込んだのを確認しロングソードを鞘に納めて馬車の前へと整列。僕は馬に乗り込んだ……
「では、出発だ!」
ライラックさんの掛け声を合図に先頭の同行者五十人が歩き始める、続いて護衛の十人、そして馬に乗った僕と三体横並び八列のゴーレムポーンが一糸乱れぬ行進をする……
フェイスガードを下ろして素顔を隠す、今着ている鎧兜は所謂パレードアーマーで見た目重視の実用的では無い物なんだよね。
◇◇◇◇◇◇
ライラックさんの屋敷を出発し住宅街から商業区を抜けて城壁へと進む。
途中で同行の馬車から小銭やお菓子を入れたお捻りが撒かれて観客達から歓声が上がる……
周りから声援を送る人達の中にはお捻りが目的で何の行列だか知らない連中も沢山いるんだろうな。
城門に到着したが制止される事も無く関所を通過出来た、これには理由が有り事前に荷物の目録を渡し前日から騎士団員を派遣して貰い積み込みに立ち会って貰ったからだ。
馬車二十台の荷物検査など何時間も足止めを食らうのを事前に避けたのだが、騎士団への根回しも大変だっただろう。
王都を出発し三時間程歩いてから昼食休憩に入る、既に馬車からテントを出して組み立てを始めている。
こんな財宝山積みの花嫁行列にしては護衛が二十人では少ないと思うだろう、だが同行者百人の半分はライラック商会所属の私兵だし行列の前後には各二十人の護衛が付かず離れず警戒している。
そして、リラさんの馬車に同乗している女性が護衛の切り札……エムデン王国全体でも百人も居ないBランク冒険者。
火属性魔術師、白炎のベリトリアさんだ。
広域殲滅魔術の使い手、パーティを組まずに単独で数々の高難易度依頼をこなす人が、あんなに普通の容姿の人だったなんて驚きだ!
見た目は完全にリラ嬢の付き人だよ、でも本性はドラゴンと一騎討ちして勝てる人なんです。
しかも魔力隠蔽のマジックアイテムまで装備してたので初見殺しが可能だ、舐めてかかれば即消し炭になるだろう……
「リーンハルト様、ライラック様が昼食を共にと……此方のテントの方へ」
どう見ても普通の付き人にしか見えない、僕が表の護衛代表で彼女が裏の本命の護衛だ。
魔力が感知出来ないので力が測れないのが悔しいが今の僕よりも遥かに強い人だ、王都冒険者ギルドでもAランクに最も近い人って噂の魔術師。
「リーンハルト君、纏っている魔力が均一過ぎよ。
力を隠してるのバレバレだし常時展開型魔法障壁の強度も凄いわね、レベル22?嘘でしょ?隠さないで、お姉さんに本当の君を見せて欲しいな」
何故か僕は彼女に(玩具として)気に入られたみたいだ、凄く絡んでくる。
「ははははは、買い被り過ぎですよ、ベリトリアさんから見たら僕なんて玉子の殻がお尻から取れてないヒヨッコですから……」
「あらあら?じゃ、お姉さんが君を本気にさせちゃおうかな?」
本気か冗談か分からない言動で僕を脅かす困った人だ、彼女が本気になれば今の僕では瞬殺だろう。
全く力量が分からないのに勝てる気がしないって自分でも不思議で仕方ないのだけど……
一緒に並んで歩き依頼主用のテントに到着、ゴーレムポーンで周囲をグルリと囲んで警戒する。
「リーンハルトさん、ベリトリアさん、お疲れ様でした。さぁ此方の方へ、今食事を運ばせますから休んで下さい」
テントの中にはライラックさんとリラさん、イルメラ達三人が既に用意された食卓に座って僕等を待っていた。
「護衛として雇われている僕達まで昼食に招いて頂き有り難う御座います」
お礼は言っておかないと駄目だ、幾ら気に入られていても……
それと飾りの鎧兜を魔素に還す、移動中は仕方ないが休憩中は脱いでも良いだろう。
万が一敵襲が有った時は脱いでいる方が対応しやすい、緊急時まで着ている事に拘るつもりは無い。
「いやいやいや、私も鼻が高かったですよ、リーンハルトさんのゴーレムは実に見事です。
実は花嫁行列をエレメスの奴の店の前を通らせたのですが……店の前に立って私を見ていた奴の驚きと悔しさの混じった顔を見れて大満足ですよ!」
「お父様ったら……本当は仲が良いのに子供みたいに張り合って。でもリーンハルトさんの鎧兜も錬金製なんですね」
ああ、エレメスさんって同郷のライバルの人だっけ?ライラックさんも結構人が悪いし根に持つタイプなんだろうか?
「それは……良かったですね……」
誰も反応しないので仕方なく応えたが、リラさんは苦笑してるし何時もの事なのかも知れない。
ライラックさんが落ち着いたのを見計らって料理が運ばれて来た、普通にコース料理だが時間は大丈夫なのかな?