古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

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第823話

 やや強引では有るが、リーンハルト殿を巻き込む事が出来た。微妙に納得はしていないが理解はした顔で帰っていったが、元を辿ればネクタルなんて劇薬をザスキアと言う毒婦に与えた所為だぞ。

 確かに愛する妻は若返り、夜の楽しみが倍増した事は認めよう。俺は年下趣味はないと思っていたが、妻の理想の年齢が十代後半なので仕方無いのだ。下手をしなくても外見は孫娘と同じ位だぞ。

 未だ婚約者の関係の頃を思い出す。国政は周辺諸国と緊張状態だったが、妻との思い出は今でも色褪せない黄金の日々だった。

 

「ローランよ、何をにやけておるのだ?」

 

「ん?嗚呼、リーンハルト殿と同じ年代の頃を思い出していたのだ。今でも色褪せない黄金の日々だった。お前とも大分やりあったが、全てが等しく素晴らしい思い出だよ」

 

 なんだその不審者を見る目付きは?俺もお前も同じ年代で有り共に青春を謳歌した仲ではないか。俺はメラニウスと、お前はアラリカ殿と。社交界の華の双璧を婚約者に持ち同じ公爵家の跡取りとして。

 何時も競い合っていた。お前は学業で俺は武術と得意科目が違ったので決定的な衝突は無かったが、その分バセットとバニシードをコテンパンに下していたな。

 あいつ等は女に現を抜かす馬鹿共と俺達を見下していたのを思い出して腹が立って来たぞ。いや本当にムカムカしてきたが表情に出さない為に両手で顔を擦る。落ち着け、感情的になるな。

 

「俺達、公爵家の正統後継者が四人とも同じ年代だったからな。どうせメラニウス殿の事を思い出していたのだろ?」

 

「まぁな。ソレとバセットとバニシードの事もだ。此方は今でもムカつく、俺達のことを女に傅く愚か者とか言ってたんだぞ」

 

 社交界の若い淑女のリーダー的存在の双璧、メラニウスとアラリカの二人を見下した事により、アイツ等には公爵家を継ぐまで婚約者が出来なかった。公爵家の当主となって、漸く結婚が出来たのだ。

 まぁバセットは王族である、ロジスト様の御手付き女を引き取らされたのだがな。女を政治と出世の駒としてしか見れなかった馬鹿な奴よ。あの女は未だ相手に未練が有ったらしいが、リーンハルト殿に脅すネタとして使い逆に黙らさせた。

 それでも王族との関係は相応の譲歩は引き出せたみたいだが、バセットの元派閥構成貴族の切り崩しの役には立ったか。目ぼしい連中は、ザスキアとリーンハルト殿に引き抜かれたが些末な事だな。

 

「その二人も御家断絶と没落一直線、俺達は勝ち馬に乗れた。今後の繁栄も約束されたも同然だったが……」

 

「ザスキアに一歩も二歩もリードされた。正直、巻き返しは厳しいのだが見方を変えればそうでもない。あの毒婦と俺達とでは求めているモノが根本から違う」

 

「ふむ、成る程な。武門のお前も考え付いたのか?確かに違う。男と女の考え方の違いだと思うが、お前もそれを認めるのか?」

 

「嗚呼、協力はしないが認めてはやる。それだけならタダだし、条件を付ければ逆に有利だろ。その条件の度合いによっては危険な事になるが、匙加減なら割と得意なのだ」

 

 ニヤリと笑った、ニーレンスを頼もしく思う。お前とは終生のライバルだと認めてやる、それも俺なりの友情だろう。思えば出会ってから三十年以上か……

 暫くは無言でワインを飲むだけだが、お互いに相手に注いでやる。こんな関係も面白いものだが、恋のライバルだったら相手が死ぬまで攻撃の手を緩めなかっただろう。

 公爵家の当主が、ただ黙って酒を飲むには理由が有る。それはお互いに分かっているから黙って飲んでいるのだ。だが、そろそろ良いだろう。

 

「さて、行くか」

 

「嗚呼、そうだな。酒の力を借りねば駄目とは少々情けないが、あの魔窟に挑むのには必要だ」

 

 お互いに同じタイミングで立上り拳を軽くぶつける。気持ちが繋がった証拠だな。今なら魔王に挑む勇者の気持ちを理解出来る。そう、俺達は漢達の代表として……

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

「で?私の執務室に来るだけで、大げさな出陣式をした意味を聞かせて頂こうかしら?」

 

「ザスキアよ。俺達が、リーンハルト殿に付けた鈴を手中に収めたのに分からないのか?」

 

「俺達は妻を人質に取られているのだぞ。独身のお前には理解出来ないのか?」

 

 ロッテとセシリアがだな。お前の後ろに立っている事だけで理解出来るだろ?俺達に忠誠を誓わせた才女共を簡単に引き抜き軍門に下らせる意味、最愛の妻達から、お前との諍いは駄目だと懇願された意味。

 最愛の妻(の若さ)を人質に取られたが、相応の旨味もあるし家が傾く事もないから放置しているがな。どこかで線引きをしなければ危険なのだよ、魔王ザスキアよ。笑い話みたいに思うかも知れぬが、俺達は騙される程甘くないぞ。

 お前の弱点を良く理解している。バセットやバニシードならば分からなかっただろう。だが俺達は愛に生きる男、貴様の弱点を十分に理解し、今からソコを責めさせて貰うからな。

 

「妻が世話になっている。セシリアもか?」

 

「同じく妻が世話になったな。ロッテもか?」

 

 お互い疑問形だ。絶対に裏切らない鈴を用意した筈だった、リーンハルト殿に靡いたのなら使い道も多かった。なのによりにもよってザスキアに取り込まれるとは恐ろしいモノだ。

 セリフの最後を疑問形にして睨んだのだが軽く笑いやがった。魔王の使い魔に堕ちやがって、お前達の飼い主は俺達なんだぞ。まぁ今となってはどうにもならないし、する気もない。

 ん?視界の隅で達観した顔つきなのが、オリビアか。お前も大変な連中を同僚にしてしまったな。後で詫びになにか贈っておくか。リーンハルト殿が唯一指名して専属侍女にした才媛だし、中立派の取り纏めもしている。繋ぎを作る必要も有る。

 

「あらあら?飼い猫に愛想を尽かされたのかしら?」

 

 軽い挑発か?今は連携している協力者の筈だぞ。苦笑しているから何を言われるか位は分かっている筈だな。コイツは稀代の悪女だが、見染めた男は悪くは無い。

 これが下らない男にでも股を開いたのならば完膚無きまでに追い込めたのだが、そんな事をすれば逆に追い込まれてしまうわ。全く、鬼札に入れ込みやがって忌々しい限りだぞ。

 ニーレンスも分かっているのか、未だ余裕の有る表情だ。セシリア達を手放すのは勿体ないが、全く使えなくなる訳じゃない。これからも有る一点を除けば有能な駒に変わりはない。

 

「より良い餌を与える飼い主の下に行くのを止める程、俺達は情けなくはないぞ」

 

「その餌の供給元とな、先程協定を結んだのだ。厚く固い漢達の絆は、簡単には断ち切れないぞ」

 

「嫌だわ。私のリーンハルト様に加齢臭が移るじゃない」

 

 ニタリと笑いやがったがな。俺達は未だ加齢臭などしないし、ネクタルは必要としていない。性力増強剤は必須だが、同じ供給元から提供が有るので暫くは問題無いのだよ。

 精力剤に育毛剤、若さよりも下半身の男らしさと頭部の見た目に拘ってしまうのが男の性なのだ。若いのは相手だけで良い。いや若い方がより良い。そういう意味では本当はしたくないが、お前の提唱する『新しい世界』も理解出来る。

 貴族らしい紆余曲折とした分かり辛い会話も良いが、俺達の中では不要だろう。お互いが協力関係を結んでいる公爵家の当主なのだ。小賢しい真似も言い回しも不要、直球勝負だ。ニーレンスも頷いたし、切り出すタイミングは今だな。

 

「本来なら有り得ない話だが、現状では可能性が無い訳じゃない。お前とリーンハルト殿の婚姻の反対はしない」

 

「貴族の血筋的には貴族院も許可出来ないと思うが、リーンハルト殿は特例で侯爵に叙されるだろう。最年少侯爵で最年少宰相、公爵家との婚姻も不可能じゃない。俺達が反対しなければな」

 

 この言葉に魔王が反応した。見詰められるだけで心臓がキュっと締め付けられる感じがする。信じられないが視線だけで他人をどうこう出来る武術の達人みたいな感じだな。これが『恋に狂う女』だな。

 色欲に狂い破滅を迎えた女など何人も知っているが、この魔王は全く違う。既にリーンハルト殿に身内認定されているらしいし、もう一歩位のイベントが有れば堕ちるだろう。信頼しあう男女の関係は割りと簡単に恋愛感情にひっくり返せる。

 今は身内感覚、頼れる姉くらいに思っているのだろう。男女の関係については、万能型と言われる彼も未熟。そこを上手く突いたのだろう、爛れた欲望を隠してな。だが俺達は違う、恋愛経験は豊富なのだ。豊富だが浮気はしていないぞ。

 

「へぇ?詳しくお聞かせ願おうかしら。その私達が結ばれるのに必要な事をね」

 

 良し、食い付いた。魔王の弱点、それはリーンハルト殿の事だ。現状、本妻として望んでいるジゼル嬢がいるからな。病的に一途なリーンハルト殿とザスキアが結ばれる可能性は低い。一服盛って肉体関係を持っても無理だろう、それ程の病的に深い愛情に割り込むのにだ。

 俺達と敵対など出来ないだろう。その為に『紳士連合』みたいな笑える団体を立ち上げたのだ。全てはリーンハルト殿に干渉し易い口実と理由付けの為だけに。

 男だけの関係ってヤツはだな。女絡みで奪い合いをしなければ結構強固になるものだ。それに下ネタは男の友情を育みやすい。それを理解しているから、ザスキアが発する圧が弱まり値踏みする視線に変わった。

 

「リーンハルト殿と結ばれたいのだろ?現状では公爵と伯爵では身分が釣り合わない、侯爵に叙されて巨大な功績を作ればチャンスはある。その時に俺達も賛同すれば貴族連中の七割以上を抑えられる、貴族院の根回しも三人なら可能だろ?」

 

「勿論だが直接的な恋愛の手助けなどしないぞ。それは自分で頑張れとしか言えないが、逆に恋愛を楽しめるのだから余計なお世話だろ?」

 

 直接的な協力はしない。上手く行ったら認めてやるだけだ。それでも貴族院や貴族連中の根回しの七割以上が済むのだから、お前のメリットは計り知れないぞ。和を尊ぶリーンハルト殿の説得の為には、予定調和だぞって言った方が納得し易いのだ。

 リーンハルト殿は常識的で周囲の関係も重視する。故に新興でありながら古参の貴族連中とも上手くやっているのだ。どうしたら未成年が貴族社会で上手く動けるのか不思議だが、調査では誰にも教わらずに行っているんだ。

 レジスラル女官長やモリエスティ侯爵夫人からも教わっていない事の裏は取っている。才媛だが、ジゼル嬢では宮廷内の派閥の事は教えられないだろう。常識的な範囲内のアドバイスが手一杯、故に不思議で怪しいのだが調べようがない。

 

「そう。痛い所を突いてきたわね。賛同するだけって事は、直接的な協力は何もしない。逆に手順を楽しめって言われるとは驚いたわ。貴方達は恋愛結婚だったわね。メラニウスさん達を若返させた所為で、昔の事でも思い出したのかしら?」

 

「「ふん。俺達の黄金の青春時代を甘く見るなよ」」

 

「何故、ハモるのよ?」

 

 ふむ、ザスキアも理解出来たみたいだな。黙って見ていて事が順調に進んだら認めるだけで良い。俺達は大した労力も散財も無しに、魔王に恩を売れるのだ。あの一途で特定の女性にしか深い愛情を注がない粘着質な男を振り向かせる事が出来るのか?

 それを間近で見れるだけでも酒が旨くなるって寸法だ。妻にも女狐に黙って協力していると言える。そうすれば夜のサービスにも力が入って、お互いの愛情が更に深まる。副作用の無い精力増強剤も大量に手に入れたので死角無し。

 思わずニヤけてしまったが、ザスキアとセシリアのゴミを見る様な冷たい目線に怯む。この独身女共め。悔しければ早く旦那を捕まえて結婚してみろ!未経験者共に見下される理由など無いわ。

 

「「妻への愛故にだな。ザスキアも結婚すれば分かるが、今は未だ無理だろう」」

 

「何故上から目線なのよ?」

 

 ふふふ、悔しかろう?ここで仮にも恋愛経験が豊富だとか言った事がだな。リーンハルト殿に知られたら困る事になるからな。奴は貞淑を好むと見た、社交界で浮名を流している相手には近付きもしないのは広まっている。

 色仕掛けが使えない、逆に距離を置かれる。だから手段が限られる。その手段を見せて欲しい、魔王のお前がうら若き乙女みたいな行動を取って奴を篭絡する姿が見たいのだ。

 ふはははは、何だ。蓋を開けたら俺達の圧勝じゃないか。酒の力を借りて魔王に挑んだが、その魔王が乙女みたいに恋愛勝負を仕掛けるのを高みの見物が出来る。愉悦、これが愉悦か!

 

 まぁこの後で魔王の本気の逆襲を身をもって理解させられるのだが、今はこの勝利に酔いたいのだ。

 

 


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