古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

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第819話

 舞踏会三日目最終日、目の回るような忙しさだった。アヒム侯爵の謀反でクロイツエン領の平定に参加した近衛騎士団六十四家の関係者達も参加したから。

 全員が未婚の娘を同行させて挨拶から一曲の流れだったけど、そもそもダンスは時間的にも何曲も踊らない。つまり挨拶の順番とタイミングを相当細かく調整したみたいだ。

 ここでも家の力関係が遺憾なく発揮されて、最終的には八人の淑女達と踊る事になった。踊れなかった淑女達とは合同のお茶会と言う不思議な会に参加する事で落ち着いた。

 

 残りは戦勝祝いの飲み会だけだ。これで一段落だな。

 

 それとラナリアータの奇行(壺好き)の調査を依頼していた、カルミィ殿が中間報告に来た。この姉妹、どちらも少し変なのだが仲の良い姉妹ではある。

 おっちょこちょいの妹に、しっかり者のお姉ちゃん。だがしっかり者ではあるが、僕との会話中に額を何かに当てる癖が有る。結構な勢いで額を叩くんだ。

 偶然じゃない、三回ほど目撃しているし、誤魔化しきれない微妙な笑顔も確認している。彼女は自傷癖が有るのかな?それはそれで改善させる必要が有る。

 

 今回は執務室に通して、ラナリアータのプライベートな事なので人払いも済ませてある。イーリンが不審がったが調べものを頼んだ報告と言って下がらせた。

 イーリンもセシリアも僕関連の事では一歩も引かない時も有るが、今回は妙に大人しく引き下がったのが気になる。絶対に何かを企んでいる筈だ。あの二人は有能腹黒侍女だから……

 オリビアに紅茶とフルーツの盛り合わせをたのんだ。今回は珍しいフルーツが手に入ったそうで、色々と説明してくれた。だが微妙過ぎる、カルミィ殿もフォーク刺して固まっているし。

 

「スターアップルっていうらしいよ。熱帯地方でしか育たないらしい。今回の祝勝会は近隣諸国だけでなく国交の有る遠方の国々も来てくれたからからね」

 

「はい。普通なら私などでは食べられない貴重で珍しいフルーツですが……」

 

 フォークに刺して持ち上げたが、淑女のマナーとしては微妙だぞ。10cm程の濃い紫色の球体、輪切りにすれば中は星形の模様が見える。

 この果物だが正気を疑うような下準備がいる。なんと皮を剝く前にモミモミするんだ。つまり揉むんだよ。普通は果物を揉んだら痛むのに、これは揉むのが普通らしい。

 オリビアも首を傾げて不思議がっていたが、一応説明の後に揉んでから切り分けてくれた。もし一人の時に揉んでいるのを見られたら、僕に痛んだフルーツを出すのかって誤解されそうだからとか。

 

「まぁ僕も食べる前に揉むとか正気を疑ったよ。しかも現地ではミルクフルーツとか呼ぶらしいし?」

 

「その、誤解を生みやすい果物ですわ」

 

 真っ赤になって下を向いてしまったが、セクハラじゃないぞ。ミルクの味などしないのにミルクフルーツとは、乳房のように揉むからとか何とか。最低な説明だったらしい。

 『女性の胸を揉むみたいに優しく揉んでから食べて下さい』とか説明書があったそうだが、毒見の試食では美味しいらしい。僕は王宮内での序列が上がったので、こういう珍しいモノも優先配布される。

 最年少宰相とか最年少侯爵とか、冗談でも止めてくれ。それを聞く時の、アウレール王の笑顔が怖いんだ。どっちも無理だぞ、普通に僕の年齢や血筋を考えてくれ。

 

「本来はスプーンで掬って食べるらしいが、紫色の物は果汁が少ないので切り分けても平気らしい。緑色や黄色もあるらしいね」

 

 そう言って一口食べてみる。口の中に広がる優しい甘み、リンゴの酸味は感じられない。どちらかと言うとバナナと梨を混ぜたような?どこにアップル成分?厚く剝いた皮から白い乳液みたいなモノが?これがミルク?

 

「まぁ美味しいよ。見た目はブドウで名前はアップル、味はバナナ?先入観と視覚情報に惑わされないでね?」

 

「はぁ、その、頂きます……本当ですね。バナナと梨を混ぜたような不思議な味です。それと皮に近い部分は渋みもありますね」

 

 モグモグと無言で食べる。半数は剝かずに残してあるので、後でイーリン達にも食べさせてあげよう。他にも黄色でトゲトゲの外観のキワノとかあるけど、それは今度にしよう。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 変わったフルーツを食べさせた。非常に珍しく貴重でそこそこ美味しかったので、最後はカルミィ殿も話題の一つとして喜んだので良しとしよう。気持ちを切り替えて、カルミィ殿の報告を聞く事にする。

 

「その妹の、ラナリアータの事ですが……」

 

 カルミィ殿がラナリアータも尋問?いや姉妹の会話の中で聞き出した事だが、ラナリアータの壺好きは四歳の頃には自覚が有ったらしい。驚きの事実、幼女が壺好きって、どういう事?

 素材には拘りが無いらしく、陶器でも磁器でも金属でもガラス製でも木を削った木製でも構わないそうだ。因みに陶器と磁器の違いは原料の違いと焼く温度の違いだ。

 陶器の主材料は粘土、磁器の主材料は陶石を粉砕した石粉を使う。見分け方は叩いた時の音で鈍ければ陶器、金属的な高い音だと磁器。

 

 あとは厚いのが陶器で薄いのが磁器だが、ラナリアータは陶器の方が好みだそうだ。因みにエムデン王国で主流なのは繊細な磁器、陶器は庶民の使う物って意識が有る。僕は何方も好きだし錬金出来る。

 ラナリアータが一番最初に惚れ込んだ壺は観賞用の大壺。友人達とかくれんぼで遊んでいる時に、大量の花が活けて有った大壺の中に、構わず入り込んだらしい。その微妙に薄く暗く包み込まれる様な安心感。

 壺の中に入り込むのが最初の奇行?だった。何度も奇妙な行動をすれば親が気付く、そして淑女として壺に入り込む事などしてはいけないと叱られる。まぁ当然だが子供の遊びの延長として大して問題にはされなかった。

 

 ラナリアータは大壺に入る事を両親から禁じられ、屋敷の大壺も全て撤去されてしまった。多分だが両親は水の入った大壺に潜り込む事が危険だから叱ったし撤去したのだろう。浅い水でも溺れる事もあるのだから……

 だが彼女はめげなかった。大壺が駄目なら普通の大きさの壺が有る、だがそれらは大した安心感も与えてくれなかった。所詮は手に持てる大きさで、中に入るなど無理なのだから。

 暫くは壺に対して興味を失って普通に過ごしていたが、彼女は転機を迎える出来事が有った。

 

「父親の収集癖が陶器や磁器に向いたのか」

 

 貴族の収集癖って本当に病気レベルだが、自分だけしか持ってない物とか欲しがって買い集めるんだ。よく騙されて二束三文のガラクタを買わされたとか、それも人生勉強か。

 ウェラー嬢も同じように騙された事があったし、貴族の社会では珍しくないな。僕も魔術関連の事なら同じような事をしそうだが、偽物に騙されない鑑定能力は有る。実際にガラクタを貴重なマジックアイテムだと売りに来た強者(つわもの)もいたし。

 直ぐにお引き取りを願ったが、引き下がらなかったので詐欺行為だと警備兵に引き渡した。あとで調べたら他国の諜報部員でガラクタには毒が仕込んであったらしい。不用意に触ると毒を受けるみたいな?嫌になるが僕を殺したい連中は多いんだ。

 

「はい。ラナリアータが六歳の時でした。私も薄っすらとした記憶しかないのですが、毎週のように屋敷に商人を呼んでは掘り出し物やら貴重な物やらと騒いでいました。暫くして御母様が御父様を折檻して納まりました」

 

 色々と勉強したみたいで、少女らしからぬ鑑定眼を身に着けたのか。『好きこそモノの上手なれ』だな。カルミィ殿はラナリアータが陶器だかを手に取り人差し指で弾いて「良い音色でしょ?」とか得意げに言っていたのを覚えていた。

 確かに指で弾いた音で良しあしが分かるらしいが、僕は鑑定により成分で見極める。弾いた音じゃ陶器と磁器の違い位しか分からない。でも少女が大きな壺を弾いてドヤ顔とはね、端で見ていたら微笑ましいのか何なのか?

 出入りの商人じゃなくて、流れの商人とかが扱う品は禁制品も多いから貴族には一定の利用者が居る。僕も取り締まっているが、違法薬物とか最悪だよ。

 

「それから色々有り、壺を持つ事自体に安らぎと快感……いえ楽しみを覚える様になったそうです。無自覚なのでしょうが、確かに気持ちが良いと言っていましたわ」

 

 ドヤァって顔ですが、快感?言い直したけど快感?えっと壺を持つだけで気持ち良いとか?ヤバい性癖の暴露だ。カルミィ殿は妹の隠された性癖を聞き出して僕に報告してくれた訳だが、どうしたら良いんだ?

 単なる好奇心だけだったのに、想像以上にディープな問題だった。壺に欲情する変態、いや他人に害は無いから秘密にすれば良い。墓場まで持って行こう。彼女の旦那は壺に勝てるのか?そもそも無機物に勝負を挑む訳ないか。

 駄目だ、頭の中が混乱して考えが纏まらない。僕はなんて調査をカルミィ殿に頼んでしまったのだろう。被害の拡散を抑えるのが、好奇心に負けた僕の義務だろう。ラナリアータに会わせる顔が無い、次に会った時にどんな顔をすれば良い?

 

「カルミィ殿、妹の素行調査ご苦労様でした。この内容は他言無用にします。お姉ちゃんとして妹の奇行はって?おおぃまたかよ!」

 

 何故、テーブルに額を打ち付ける?四度目の奇行だが、カルミィ殿を奇行にたき付ける原因ってなんだ?この姉妹は両方奇人変人の類だぞ。壺好きに自傷好きとか笑えない。王宮に務める侍女ってエリートだぞ。

 

「大丈夫ですか?本当に大丈夫なんですか?」

 

「大丈夫です。額が急に痒くなっただけですから、本当に大丈夫です」

 

 最近生産し始めた飴形状の回復薬を手渡す。オリビア監修、柑橘系の風味と味の逸品だ。本来は傷薬だが疲労回復や気分転換にと別用途で使う連中も居るらしい。

 真っ赤になり両手を突き出して左右に振って何でもないアピールをしているけど、僕の執務室に来る前は無傷で出てきたら額に怪我を負ってるとかやめて下さい。僕が加虐癖は有るみたいに誤解されますから!

 只でさえ、カルミィ殿との関係を疑われているし、マッケルハーニ子爵にも問い合わせの親書を貰っているんだ。曰く姉妹に寵愛を授けて貰っているのか?と。彼はモリエスティ侯爵の派閥だから敵対していないし、大歓迎みたいだったし。

 

 懇切丁寧に誤解の無い様に親書にて伝えた後、モリエスティ侯爵夫人にも伝えてある。勿論だが、ラナリアータには偶然だが助けて貰った恩が有りカルミィ殿とはセラス王女絡みで何度か話す機会が有っただけだと。

 モリエスティ侯爵は、夫人の言いなりだから誤解を解くには夫人の方に説明しなければならない。『神の御言葉』と言う強力無比のスキル持ちだから勘違いでもされたら、マッケルハーニ子爵が洗脳されて変になってしまうから。

 まぁモリエスティ侯爵夫人も誤解が解けて笑っていたけど、本当だったら姉妹を僕に嫁がせて派閥への引込みも考えていたらしい。

 

 因みにだが、モリエスティ侯爵夫人はザスキア公爵とネクタル絡みで秘密裏に会合を行ったらしい。僕と友好関係を築いている事が決定打となり有利な条件を引き出したそうだ。勿論だが洗脳はしていない。

 それでも王妃でも王族でも不可能だった事を成し得た交渉能力は流石はエムデン王国最大のサロンの女主人って事だな。

 

 これでモヤモヤしていた謎の一つが解決したが、知らなかった方が良かったかも知れないな……

 

「では気を付けて帰って下さい」

 

「はい、また何か有れば報告致します」

 

 その言葉に曖昧な笑みで応える。カルミィ殿の澱んだ目と嬉しそうな笑顔に否定の言葉を掛ける事が出来なかったんだ。妹の特殊性癖を調べる姉ってどうなんだろうか?いや最初に頼んだのは僕だけどさ。

 

 




前々回でも後書きに書きましたが、職場と生活環境の激変により執筆時間が少なくなり週一投稿が難しくなりました。暫く不定期投稿になります。
時間を作ってチョコチョコと書こうと思いますが月三回投稿位になりそうです。
コロナ禍で大変ですが健康には気を付けて年末を乗り切りましょう!

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