古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

810 / 1001
第804話

 ユリエル殿とウェラー嬢が執務室に来ている。聖戦中、相応のストレスを抱えていたのだろう。父親として愛娘に対しての思いを聞いたが長かった。だが気持ちは分かる。

 大切に育てていた愛娘に戦場と言う公の場で異性が抱き付いたとか憤死レベルの許されざる行為、それが同僚の息子で目をかけていたとなれば尚更だ。

 しかも醜聞鎮火の尻拭いを国王にして貰ったとか、違う意味でも大変だろう。だがそれは、アウレール王がウェラー嬢の未来を見込んでの事。宮廷魔術師になる事が約束された慶事、我等魔術師の目標の一つだから。

 だが最近のレベルアップについては、僕とサリアリス様が指導した事になっているから微妙なのだろう。進捗はその都度報告したが、自分が指導していた時よりも目に見えて上達したから。

 父親として師として思う所も有るだろうが、どちらも上司だから文句も言えない。だからこそ愛娘に不埒な真似をした、フレイナル殿に恨みが纏めて向くのかな?少しフォローが必要か?

「さて、本題に入りましょう。別にフレイナル殿抹殺計画を企てるのが本命と言う訳じゃないですよね?」

 ウェラー嬢が明らかに暇そうになっている。髪の毛を弄り始めたら全種族の女性共通の、『この話はもう飽きた!』だな。フレイナル殿絡みは方々から飽きる程、方々から散々言われたのだろう。

 その都度、誤解を解いて説明するので嫌気が差した。そもそも一応は兄様と慕う相手だし、余り貶(けな)したり貶(おとし)めたりすれば無意識にも不機嫌にもなる。

 本人は言えば否定するかも知れないが、僕よりも付き合いは長く深いだろう。魔法の的扱いは、この際隅に置いておこう。それを言ったら悲しくなるから。

「うむ、まぁ何だ。フレイナルの件は一応解決済み扱いなのだが、どうにも気持ちの整理が出来なくてな。さて、本題だが……」

 ユリエル殿曰わく、フローラ殿の行動が怪しいらしい。ウェラー嬢に妙に絡んで来るらしく、友好関係を深めようと言う意図は感じるが距離感が近過ぎて気持ち悪いらしい。

 執務室に遊びに来てとか二人きりで魔法を教えたいとか、彼女の前歴(対魔術師特化魔術師・同僚殺し)の関係で余計に勘ぐりたくなるのかな。現状、病みが深くてヤンでるから、その病みに絡みたくないから。

 理屈は分かるし問題視するのは親としては仕方無い。彼女がウェラー嬢に絡む理由って何だろう?此方も紅茶を二回淹れ替える程、父親の愛娘に対する心配事は長かった。お腹が紅茶でタプタプだよ。

「御父様には説明しましたが、フローラ様の執務室に呼ばれた時に、貴族の在り方についての話になりました。フローラ様は同僚殺しの件について心を病まれていますが、殺した相手は国益に損なう事をしたので処刑は仕方無いとしても……

後悔も反省も懺悔も謝罪も何も無く、フローラ様を責めたそうなのです。バーリンゲン王国の貴族とは責任感が皆無で他人に罪を擦り付けるのが常識、貴族の特権だけ享受し義務は放棄するのが常識。

屑国家に所属していた時の常識に照らし合わせて、フレイナル兄様の手助けをした私が珍しく興味を持ったそうなのです。軍属でもなく義務も無いのに身体を張って対処した事に驚き興味を持ったと……」

 ああ、うん。そうだね。あの屑国家の常識が他国で通用する訳が無く奇跡的にマシだった彼女の感性からしても、ウェラー嬢の行動は不思議で輝いて見えた訳か。彼女の補足説明で何となく掴めてきたが、未だピースが足りないかな。

 少女が国家の為に身体を張って敵に挑む。貴族や仕事の義務としても、当時は無冠無職の未成年が行動した事に驚き興味を持った。結果も素晴らしかったから余計にだろう、エムデン王国軍全体の士気が盛り上がったのだから。

 興味が好意に変わる事は良く有るし、その反対も有る。相手の事を考える時間が多いって事だから、それがフローラ殿がウェラー嬢に構う理由なのだが……過度に粘着質なのが問題かな。彼女絡みで僕にも絡んでくるし、明日面会予定入っているし。

 ウェラー嬢は自分で自分を持ち上げるような事を言ったからか、恥ずかしそうに下を向いている。それをニヤニヤしながら父親が眺めている。出来た娘を褒めたくて仕方無いのだろうな。

 エムデン王国の貴族でも自分の成果を誇り、報酬や対価を増やすように誇張する連中も居る。いや、それが普通だよな。頑張った褒美は沢山欲しい、人として普通の欲求だ。恥ずべき事でもない。

 ウェラー嬢は特殊な部類で、自分の成し遂げた巨大な成果を殊更誇ったりもしない。聞けば、フレイナル殿や火属性宮廷魔術師団員達に手柄を譲ったし。もう少し自己主張しても良いかな。

 アウレール王が適正に評価してくれたから良かった。爵位を賜り勲章を貰ったのは、流石に未だ領主は無理だと思われたのだろう。いくら代官任せでも領地の統治は色々と大変だ、己の実体験だから信憑性は有るよ。

「フローラ殿の気持ちも朧気ながら理解出来そうです。ウェラー嬢の才能は僕をも凌駕しているし、今は経験の差で引き離していますが将来的には分からない。才能有る者の覚悟有る行動に興味と好意を持ち過ぎたのかな?明日面会を予定してますから、少し距離感を考えてくれと話してみます」

 詳しい話を聞けば、純粋に微妙に不純な好意っぽいが同性愛者の幼女趣味じゃないだろう。ないよね?万が一そうだったら戦争だ。貴重な宮廷魔術師であろうとも必ず合法的に潰す。

 ん?ユリエル殿とウェラー嬢が変な顔で固まっているが心の中で考えていた、フローラ殿排除計画を聞かれたのかな?うっかり言葉にしていた?偶に考え事を無意識に喋る事って有るよね。

 誤魔化すように咳払いをしてから更に紅茶を飲む。僕は危険人物ではありませんが、危険人物を見逃す事も役職上無理なのです。幼女愛好家は同性同士でも分け隔てなく抹殺、これは譲れない。

「いや、あのだな。稀代の英雄、大陸最強の魔術師、過去の偉大なる魔術師ツアイツ卿の生まれ変わりと言われている、リーンハルト殿よりも才能が有るなどと……我が娘の事ながら、お世辞にしても盛り過ぎだろう?」

「そうです。流石に古代の叡智を現代に蘇らせた『古代魔術師』リーンハルト兄様には敵いません。勿論ですが近付く努力は怠りませんが、才能が凌駕しているなどと言われても……」

 あれ?嫌な単語が聞こえたけど、これって巷の噂レベルの話だよね?古代魔術師とかツアイツ卿の生まれ変わりとか、真実が含まれてるんだけどっ!絶対に秘密なんだけどっ!

 ユリエル殿もウェラー嬢も僕の転生という裏技(インチキ)を知らないからだが、僕が彼女位の時はもっと未熟だった。ウェラー嬢は本物の天才であり、何時かは僕を抜くだろう。

 あくまでも経験年数と失われた知識の保有、二度目の人生故なのか魔力量が極端に多いからの差でしかない。僕が知識を埋めさせれば、十年か十五年位で追い付かれるかな?僕も精進しないと負けてしまうぞ。

「来年、十三歳になったら宮廷魔術師に推挙したいと思います。最年少宮廷魔術師の記録更新、僕の記録を抜けるのは彼女だけでしょう。ですが後一年間はみっちりと修業が必要、技術的には問題無いので心構えとかの方かな。それと爵位を賜ったのですから、相応のマナーも学びましょうね」

 特に王宮内に執務室を構えて政務の一端を手伝うともなれば、各種のマナーは必要になる。礼節の悪さは、それだけで政敵からの攻撃の対象だ。

 マグネグロみたいに好き勝手出来たのは自身の力とバニシード公爵の力、それとサリアリス様が呆れて放置していたからだ。その反面、助力者には逆らえない。

 つまり好き勝手という自由なようで、柵(しがらみ)という強制力が絡み付いている。真の自由じゃないし敵も多い、僕に反撃されても誰も助けない。

 フォローはするが僕とサリアリス様、ユリエル殿も同僚になるが何時も目の届く場所に居るとも限らない。貴族らしくないとかの悪評も、使い方次第では致命傷になりうるから。

「むぅ?来年か……成人する迄は待たないか?子供時代にしか出来ない事や経験する事も多々有るだろうし、急いで一人前にならなくてもだな」

「私は構いませんが、リーンハルト兄様の記録を抜くのは嫌です。せめて一日でも一週間でも後にしたいのですが、駄目でしょうか?」

 んー、父娘の意見ともに未だ早い後二年はって事か。エムデン王国を取り巻く状況も、ウルム王国攻略により内政系に傾いて来た。モンテローザ嬢絡みは残っているが、問題は少ない。

 ユリエル殿は少女時代にしか出来ない事をさせたいという親心、ウェラー嬢は僕に対する遠慮かな。記録など目標として抜かれる為に有るものだが、本人が嫌なら今は保留にするか。

 後二年で何処まで成長するか楽しみだな。サリアリス様引退まで四年、少し早めて貰い自由な時間を増やしてあげるのも弟子の恩返しだよな。微笑んで頷き同意すると、微妙な顔をされた……何故?

◇◇◇◇◇◇

 リーンハルト兄様は未だ予定が詰まっているらしく、心残りですがお別れする事になりました。今度は内務系の仕事も王命で割り振られたとか、軍事・政治の両方を任されるって凄いです。

 明日からは新しい執務室に引っ越されるらしいですが、元宰相の執務室を改装して与えられるとか。アウレール王の期待度マックスですけれど、身体は大丈夫でしょうか?無理し過ぎでは?

 残念ながら私では政務のお手伝いは無理、余り遊びに行くのも邪魔になるかと抵抗が有ります。アウレール王から、リーンハルト兄様の執務室には無許可で訪ねて良いと言われてますが仕事の邪魔はしたく有りません。

「しかし、アレだな。リーンハルト殿が、ウェラーの事をあそこまで評価していたとは。お世辞じゃないのは何となく分かるのだが、いくら何でも自分を凌ぐ才能が有るのは親の贔屓目でも……」

「私も同意見です。実力的には四枚か五枚位下ですから、リーンハルト兄様の背中は未だ遠過ぎて見えません」

 私も御父様に同意見です。今の私の実力は、サリアリス様とリーンハルト兄様が引き上げてくれただけ。自分の才能よりは教育環境が素晴らしいだけ、宮廷魔術師筆頭と第二席に学んでいるから。

 禁呪紛いの魔法だって教えて貰ったから使えるだけ、自分で編み出してはいない。山嵐・黒縄・魔力刃・多重隔壁圧壊、全て魔導書を貰い懇切丁寧に手取り足取り教えて貰ったから使えるだけなのよ。

 そして圧倒的な程の魔力量の差、信じられないけれど桁が違います。私の前で魔力の完全解放はしてくれませんが、多重隔壁圧壊の魔力量の差を考えれば分かります。私は一本錬金するのに、自身の魔力量に上級魔力石が三個も必要です。

 ですが、リーンハルト兄様は同時に四本錬金しても余裕が有ります。つまり最低でも十倍?いえもっと差が有ります。リーンハルト兄様は未だ成長期、差が縮まるとも思えません。魔力はレベルアップと日々の鍛錬により増えます、今でも毎晩限界まで魔力を使い鍛えていますが……

 同世代、いえ二十代半ば迄の方々になら基礎能力も含めて負けない自信は有ります。でもリーンハルト兄様は大陸最強、全ての魔術師の頂点に君臨しているのよ。だけど見限られるよりは期待されている方が嬉しい。

 信じられませんが、私にはリーンハルト兄様が見込んだだけの素養が有るのでしょう。自分の浅はかな感情よりも、信頼するリーンハルト兄様を信じるべきよね。でも増長なんてしない、出来る訳がないわ!

「ですが、リーンハルト兄様の言葉を信じて自分には才能が有る前提で鍛え直します。目指す目標は未だ見えませんが、何時かは視界に捉えてみせる。後二年、御父様も御指導御鞭撻、宜しくお願いします」

「ああ、任せろ。サリアリス様とリーンハルト殿に、ウェラーの中長期育成計画表は貰っている。素晴らしい英才教育だが、あの二人じゃなければ不可能な内容だった。ウェラーよ、負けるな頑張れ!」

 え?私の中長期育成計画表?何ですか、その憐れみを含んだ優しい目は?そんなに凄い内容なの?本人が知らないのって変じゃないですか?いえ、悪い意味じゃなくて知らされていれば準備(心構え)が出来ますから。

「あと時間が無くて話せなかったが、ウェラーが貰った装備一式の代金を払わねばならない。あの壊れ性能のローブや杖、装飾品の数々だが無料で貰う訳にはいかない。本人は気にしていないのだろうが、我々は対外的な意味でも対価を払う必要が有る。

兄妹弟子だからと無償で貰えると思われては、我等の貴族としての本質が疑われるからね。ウェラーの婿取りの為の支度金の積立から、金貨三十万枚を払う。正直足りないとは思うが、最低限の誠意は必要だろう」

 忘れて、いえ壊れ性能を見て考えるのを止めていましたが、確かに御父様の言われる通りです。貴族として対価無く一方的に享受に甘んじては駄目。それでは私とリーンハルト兄様の関係が主従になってしまう。

 正確には周囲から、そう思われてしまうのです。それでは対等な関係にはなれない、何より御父様やリーンハルト兄様の派閥の関係者との関係にも影響してしまう。貴族の柵(しがらみ)って大変です。

 無償でマジックアイテムが貰えるなら自分達もと、リーンハルト兄様に迫る輩も居るかも知れない。何より御父様が、リーンハルト兄様の派閥に組したとも思われかねないわ。

「断られても払いましょう。ですが私の入り婿の支度金って何ですか?私は自分の家を興しましたから、御父様の後継者は……」

「馬鹿者!我が家を継ぐのは、ウェラーだぞ。私の爵位を継承させて、新貴族男爵位は返上する。分かるな?それと我が一族の『惰眠を貪る者』が目覚めた。他にも居る連中が蠢き始めたぞ」

「惰眠を貪る者、シュツルム姉様が?ですか。怠惰で惰眠を貪る一族の寄生虫の、シュツルム姉様がですか?」

 貴族という生きる事に困らない者達の中に稀に居る、本当に才能を腐らせている方々の隠語が『惰眠を貪る者』です。才気は溢れているのに、貴族特権により好きな事だけをして生きている人達。

 シュツルム姉様は魔法の才能がずば抜けて高いのに、薔薇の育成に情熱を傾けている変わり者。実家は相当散財させられているけれど、偶に問題事を解決して文句を封殺している。

 貴族の中には趣味に生きて本来の才能を死蔵している人達が居る。働かなくても好きな事だけしていても許される環境に居るから、そんな化け物みたいな才能の持ち主は周囲に知られない内に腐れ果てるのに……

「何故、今更になってですか?」

「ネクタルだな。特に『惰眠を貪る者』の中でも令嬢達は、生きた見本を知ってから動き始めた。ザスキア公爵の『新しき世界』の信奉者達にも勝るとも劣らぬ連中だが単独では勝ち目は無い、だから暗躍を始めた。リーンハルト殿に接点が多い、ウェラーは気を付けろよ」

 嗚呼、なる程。理解しましたわ。趣味に生きる者達でも、己の美貌の衰えを止められるなら嫌いな努力もしますって事ですね。シュツルム姉様は薔薇を愛でる、つまり美しいモノが好き。

 美しい自分も好き。そして二十代半ばを超えた自分が衰え始めるのを自覚、諦めかけていた若返りをザスキア公爵が成し得てしまった。自分より一回りも年上だったのに、見た目が年下に変貌した。

 趣味に生き他人に合わせず迷惑も顧みない有能な連中、それは手強いですね。

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。