古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

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第803話

 謁見室での御前会議を終えて元の執務室に向かう。仮執務室は改装中だが、今日中に終わらせて明日には引っ越しも完了させるそうだ。御前会議に参加しなかった、リゼルが仕切って進めている。

 最初の面会者は、アンドレアル殿とフレイナル殿親子。次が、ユリエル殿とウェラー嬢親子。明日は各公爵の方々に呼ばれている。身分上位者の所には、訪ねて行くのが礼儀だからね。

 謁見室を去り際の、フレイナル殿の様子が変だったのが気になる。彼は一応活躍し(た事になっ)て、アウレール王が厳選した本妻と側室を迎えるんだ。幸せ絶頂の筈なのに、何故か暗かった。

 もしかしてマリッジブルーとか言う奴か?今更嫁を迎える事に尻込みしているとか?馬鹿な、この婚姻は国家の思惑が絡んでいるし本人が望んだ。他力本願の嫁取りとして……だがそれはもう雁字搦めに国益に絡んでいる。

 そしてエムデン王国の未婚の淑女の取り纏め役である、メディア嬢と和解していない現状では、国内で彼に嫁ぐ淑女は居ない。屑男の噂話が色々と尾鰭が付いて広まっているから余計に無理、哀れなり。

 背もたれに身体を預けて仰け反る。男女間の事については、僕は未だ低レベル。相談を受けても良いアドバイスなんて出来ないぞ。もっと経験豊富な、例えばデオドラ男爵とか?いや脳筋の解決方法なんて、頑張れの一択だしな……

「リーンハルト様。アンドレアル様とフレイナル様がいらっしゃいました」

 考えが纏まらない内に来てしまったか。まぁ出たとこ勝負で良いか、無理なら無理、分からないなら分からないと言おう。そもそも未成年に聞く事でも無いだろうし、気楽に聞いてみるか。

 他の専属侍女達は各公爵の所に行っているので、オリビアしか居ない。お持て成し的な意味でなら、彼女が最適だろう。後は彼等の話し合いの内容は特に必要は無い。

 来客時に諜報要員を兼ねる専属侍女達が不在という意味は、大した情報じゃないから不要なのかな。だが、次の父娘の時は全員集まる。哀れなり、アンドレアル殿親子。

「直ぐ行くから、応接室に通してくれ」

 執務机で悩んでいたら予定より少し早く、当の本人が保護者同伴で訪ねて来た。先ずは会ってから話せば良い、今は凱旋を祝わねばならない。それと本妻殿達の親書の回答も、旦那(予定)に伝えよう。

 フレイナル殿からの報告書の中に、彼女達からの親書は入っていた。つまりフレイナル殿公認、未婚の淑女からの親書を直接受け取れないからね。内容は蝋封がしてなかったから、フレイナル殿も知っている筈だ。

 結婚する前からガチで尻に敷かれている。本妻殿達は連携して取り囲み、フレイナル殿を鍛え上げるしかない。それが実家と自分の生き残る条件で、彼は更正させる必要が有るからだ。

「お待たせして申し訳ないです」

 先ずは待たせた詫びを言ってから向かい側に座る。身分差は先輩宮廷魔術師殿にも気を使わせる。爵位や役職は上だが年下だから、礼儀を欠く訳にはいかない。だが、フレイナル殿よ。

 何故、色々と有った筈なのに僕の専属侍女に色目を使うんだ?好色な目で見られた、オリビアが怯えているぞ。そのインゴを彷彿とさせる濁った目は止めなさい。視姦しているって、端から見ても分かるぞ。

 本当に何なんだ?マリッジブルーみたいだったり、挙動不審だったり、僕の専属侍女を見て発情したり。父親殿の呆れた顔を見て、恥じて反省しなさい。流石に不味い、矯正待った無しだぞ。

「いえ、気にしないで頂きたい」

「時間を割いて頂き、感謝します」

 ん?大分言葉使いが改善されてる。最初は痴態を曝したが、挨拶や仕草は及第点。普段からそうすれば酷い評価にはならなかった筈なのに、貴殿は男性貴族としての評価は残念ながら最下級だからね。

 宮廷魔術師になっても周囲からは、未だ父親の庇護下だと思われている。一応ローラン公爵の派閥に入ったらしく、その影響力も馬鹿に出来ない。だが敵対勢力が狙うには丁度良い獲物。

 何故なら付け入る隙が多いから。一番心配していたハニートラップは、アウレール王の温情で本妻殿達により回避出来るだろう。嫁であり専属教師達でもあるから、先ず下事情から改善させる筈だ。いや一番改善させなきゃ駄目なのが下事情だ!

 オリビアの用意してくれた紅茶を飲んで暫くは聖戦での活動の事を聞いて称える。二人は聖戦に参加した後も、残党狩りで一ヶ月近く旧ウルム王国領を駆け回っていた。相応の苦労話を楽しく聞いて相槌を打つ。

 デンバー帝国との国境近くのパルラ砦やエデンバラ砦迄、遠征していた筈だ。アウレール王の凱旋帰国に合わせて戻って来たのだから、強行軍だったろう。旧ウルム王国領を縦断したのだから移動距離も膨大だ。

 フレイナル殿は本妻殿達の実家の領地を総括と言う名目で貰ったが、実際の支配権は弱い。だが維持管理は本妻殿達の実家任せで、定期的に上納金が貰えるんだ。まぁ財布の紐を誰が握っているのかは……

 アンドレアル殿は別の領地を貰ったが、中規模な街と周辺の幾つかの村だけらしい。今回は領地を細かく分けて与えている。領主が見渡せる範囲でって事だろう。監視の目を増やす意味でも、領地を賜った方々は大変だよ。

 そういう意味で考えれば、フレイナル殿の領地は広いので誇れるだろう。紐付きだって領主は領主、大出世に間違いは無い。だが増長はしないでくれよな……いや挙動不審だった。

「フレイナル殿、何か心配事でも?生憎ですが僕は未だ本妻を娶ってないので、結婚や新婚生活に対してとか、複数の嫁に対する助言は出来ませんよ」

 嫁自慢でもするのかと思えば、何か態度が変だな。思い詰めているというか、何かを隠しているみたいな?まさか既に本妻殿達に嫌われている?結婚前に既に破綻?

 いやいやいや、彼女達からの親書には頑張って矯正させますから宜しくお願いします!って書いて有ったぞ。もしかして矯正プログラムがキツいとか?男のプライド的な問題で、女性に教えられるのが恥ずかしい?

 うーん、リゼルが居ないのが悔やまれる。彼女なら内緒事など丸分かりなのだが、頼り切りになってしまう。駄目だ、自分で頑張ろう。そういう依存が考える事を放棄してしまうんだ。反省しよう。

「あっ、いえ……その、何でも無いです」

 やはり何か溜め込んでいる?言葉にも迷いが感じられるのは気のせいか?父親である、アンドレアル殿も心配そうに見ている。だが何も言わないのは理由を知らないのだろう。

 半月後にエムデン王国の王都で結婚式を迎えるんだぞ。そんな状態で大丈夫なのか?僕は上司として、サリアリス様の名代として祝辞を述べるのだが中止とか失敗とか嫌だぞ。

 下手な駆け引きをするよりも、直球で聞いてみるか。案外、単純で簡単な事を難しく考え込んでしまっているかもだし。父親が居るから話辛いとかも無いよな?その為の面会だと思うし、内心は相談したい筈だよね?

「そうですか?でも待望の結婚を控えているにしては嬉しそうに見えませんが、もしかして本妻殿達からの教育が厳しくて嫌だとか?」

 む?ハズレか?微妙な顔をしただけで、本心を当てられて慌てたりした感じがしない。悪いが、フレイナル殿に顔芸が出来るとも思えない。だから素の感情だと思う。

 暫く考え込んでいるので、急かさずに言葉を待つ。アンドレアル殿もそうだが、オリビアがこっそりと部屋の隅に立っていて興味津々だよ。悪い意味でなく、ネタとしては面白い類だからな。

 フレイナル殿の結婚は、エムデン王国の淑女達にとっても興味深い筈だ。その情報を得られる機会は分かるが、もう少しワクワク感を出すのを控えなさい。君は諜報要員には向かない、素直過ぎるから……

「まぁ確かに見目麗しい女達ですが、既に連携してまして。俺の教育方針について、顔合わせ時に中長期的な計画プランを説明されました。最初なのに初々しいとか甘いとかの話は一切無く、事務的ですら有りました。しかも段階的に達成し相応の褒美が貰えるそうで……普通の貴族って亭主関白じゃないですかね?」

 嗚呼、やはり本妻殿達に厳しく教育を施される事についての葛藤と何かしら含む事が有るからの苛立ちか、自分の不甲斐なさか。それ程心配しなくて大丈夫みたいで良かった。

 その中長期的な計画プランが知りたいが、褒美の項目は他人に知られるのは少し拙そうだから聞かない事にしよう。多分だが、フレイナル殿を頑張らせるなら色事系の内容だろう。

 確かに亭主関白な貴族男性は多いけれど、それが正しいとも有効だとも思えない。家内円満な秘訣は、嫁の尻に敷かれる事だよ。そして嫁は、外では貞淑で従順な事、その切り替えが必要かな。

 ニーレンス公爵と魔牛族のミルフィナ嬢の件でブルームス領のクロチア子爵を訪ねた時に、移動馬車の中で話し合った夫婦円満の秘訣でも合意した。外では亭主関白でも中では尻に敷かれろ。

 亭主関白はバセット公爵もそうだが、割と下級貴族に多い。外では周囲に身分上位者しか居ないからペコペコする反動で、家では家長として最上位にいるからと偉ぶる。理由は分かるが理解も同意は出来ない。

 愛する家族に偉ぶってどうするの?フレイナル殿の場合は、本妻殿達は才媛だから魔法以外の能力は高い。しかも教育係として教わる立場、王命だから反発も無理。それを理由とした挙動不審か……

 理解した。だがアドバイスは出来ない、上手く夫婦仲を纏める為には我慢も必要だが他人から正論を言われる程、嫌な事はないよね。内心は自分だって思っているから。

 時間まで愚痴を聞いて相槌を打っていたら、少し気持ちも回復したみたいだ。最後は晴れ晴れとは言わないが、それなりに気分転換出来たみたいで良かった。さて次は、ユリエル殿とウェラー嬢か。

 親馬鹿が炸裂しなければ良いのだが……

◇◇◇◇◇◇

「お久し振りです、リーンハルト兄様!」

「あっああ、ウェラー嬢も久し振りだね。元気そうで何よりだよ」

 バンって扉が開いたと思ったら、ウェラー嬢が飛び込んで来た。ノックも無いから、オリビアが何事かと慌てて顔をだした。だが、ウェラー嬢を見て一礼して控え室に戻った。

 割と彼女の奇行は認められているというか、問題視されてない。生暖かい目で見逃されているとも違い、何かこう……見守られているみたいな?後ろに居る、ユリエル殿の動揺が酷い。

 多分だが王宮に出入りしているのは知っていたが、これ程にフリーダムとは知らなかったのだろう。上司で身分上位者の執務室に突撃出来る者は身内位だし、それでも越えられない一線は有るし。

 例えば僕が同じ事をザスキア公爵にすれば許容されるが、ニーレンス公爵やローラン公爵にすれば関係が拗れる。そう言う意味で、ユリエル殿の視線がキツくなった。こんなに何時の間に仲良くなりやがった?的な?

 親馬鹿が炸裂する前にソファーに座る様に勧める。父親同伴でなければ飛びかかって抱き付いてくる所だが、流石に自重してくれた。下心が無いとは言え、同世代の異性に抱き付くのは大問題だ。

 しかも実の親の前だと、男女交際を認めてくれアピールと勘違いされてしまう。兄妹弟子だからとか親馬鹿な、ユリエル殿には通じない。即日戦争になるだろう。宮廷魔術師第二席と第四席の争いとか笑えない。

 オリビアが紅茶とケーキを用意してくれた。彼女と王宮の料理人達が協力した新作、未だアウレール王にも出していない。何故か僕が最終評価を下さないと駄目だから?違う、僕じゃない。

 オリビアが凄いんだ!何度言っても謙遜としか受け取らないから困る、本当に僕の評価って凄い盛られてる。仕方無いから評価する為に食べるが、もう美味しいから何も言えず美味いとしか言えない。

 すると料理人達は及第点は貰えたと逆に謙遜する。違う、ケチを付ける所が全く無い満点評価だと言っても通じない。僕は同じ人間として会話してる筈だが、言語で意志疎通が出来ないの?まさか謎のフィルターが?

「先ずは、おめでとうございますと言わせて下さい。お二方の聖戦の勝利への貢献もそうですが、フレイナル殿の補佐として実質的に王命を達成した事。兄弟子として嬉しく誇らしく思います」

 新作ケーキを食べて、皆で美味しかったと感想(評価)を述べる。その後で改めて彼女の偉業を褒める。フレイナル殿の不甲斐なさが極まった王宮攻略戦、彼女のフォローが無ければ失敗していた。

 次善の策は用意されていたし、最悪の場合は待機していた人外の義父達が突撃すれば何とでもなっただろう。だが宮廷魔術師と宮廷魔術師団員達の評価は最悪、今後の連携にも支障をきたす大失態だったろう。

 口の端にクリームを付けて照れる、ウェラー嬢を暖かい目で見る。嗚呼、これが先程のオリビアの感情か。なる程ね、些細な事など気にしない訳だな。ユリエル殿もデロデロなのは仕方無いね。

「有り難う御座います。全ては、リーンハルト兄様の描いた筋書き通り。フレイナル兄様も火属性宮廷魔術師団員達も、その任を果たした事を嬉しく思いますし安心しました」

「だがな、フレイナルの馬鹿には罰が必要だと思うのだ。戦場とは言え公の場で、ウェラーに抱き付いたんだぞ!アウレール王が誤解を解いてくれたが、今考えても腹立たしい。そもそも……」

 あっコレは何か長くなるぞ。子煩悩だし子離れもしていない、そもそも彼女は未だ未成年。親の庇護下に入っている存在で、未だ色事など早い。そんな珠玉の愛娘に不埒な真似をした、フレイナル許すまじ!

 もの凄い感情が籠もった愚痴が淀みなく流れていくのを神妙な顔をして、時には同意するように怒りを露わにして聞き流す。愚痴は同意と相槌だけで大体平気だ。

 本人も言う事自体が大事だから否定や提案すらも不要の場合が有る。今回は腹に溜めたモノを吐き出したいのだろう。隣に座る愛娘の呆れた顔には気付いていないのが何とも……

「そうですね。彼はエムデン王国に属する貴族子女達から最低の評価を下されました。アウレール王の温情なくして、本妻や側室を娶る事など不可能だったでしょう。ある意味、男として最低のレッテルを貼られたので我慢しましょう」

 もう国内での嫁取りは不可能、余所から貰うしかない。メディア嬢と和解しても広まった評価は上書きしない限り、一生同じだから。もう罰を受けているのと同じかな。

 男女間の誤解については速やかにアウレール王が解いてくれたから良かった。序でに激昂した、サリアリス様も抑えてくれた。我が師の事だし止められなければ……

 間違い無く、フレイナル殿は氷柱に閉じ込められた。現場の混乱は各方面からの報告書で大体知っている。僕も居たならば、説教だけじゃ済まない物理的制裁を発動させたな。

 愚痴を全て言えた事でスッキリしたのだろう。渇いた喉を紅茶で潤している、大分落ち着いたみたいだ。さて、そろそろ本題かな?色々と確認と聞きたい事が有るのです。フローラ殿の事とかですが……

 


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