古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

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第799話

 馬車の外が騒がしいです。何やら殿方の雄叫びが鳴り響いてますけど、襲撃でしょうか?いやいやいや、エムデン王国の王都付近で?有り得ませんね。

 リーンハルト兄様が守護しているのですから、王都近郊に国王の行軍を妨げる武装集団など存在する訳が有りません。それに雄叫びの内容が……リーンハルト殿万歳?えっと、あれ?

 固い椅子に振動、整備された街道を通っても身体に負担が掛かります。謎の原因を探るのも、丁度良い気分転換になりますね。凝り固まった身体と頭を解す為にもです。

「何やら外が騒がしいな。何が有ったのじゃ?」

「騎士団員達が騒いでますね。何故か泣いているみたいなので、敵襲とかじゃないと思います」

 泣いてる?確かに慟哭って言うか感情を露わにした叫び声が聞こえます。嬉し泣きみたいな?いや、国王の行軍を守る騎士達が感情を露わにする?もっと冷静に……でも知っている名前が連呼されてますよ?えっと、あれ?

「リーンハルト兄様万歳!って聞こえますが、私達が凱旋する方ですよね?何故、彼等が留守居役のリーンハルト兄様を讃えているのでしょうか?」

 サリアリス様もフローラ様も困惑しているわ。野太い男達の叫声は、有る意味で敵襲よりも怖い。それが泣き声みたいだと更に怖い。怖いと言えば、この馬車の空間も怖い。

 高齢のサリアリス様は軍馬に騎乗する事は極力控えたい。私も未だ身長的な意味で一人で軍馬には乗れない、鐙に足が届かないから。リーンハルト兄様は足が長いからギリギリ届いていますけど……

 相変わらず病んだ感じを醸し出す、フローラ様が乗り込んで頻繁に絡んで来るので緊張します。胃の辺りがシクシクと痛いのですが、周囲には気付かれないように注意しています。

 私に何か有ると原因たる、フローラ様もですが火属性の宮廷魔術師団員の方々も騒ぎ出すのです。む、サリアリス様が窓を開けて通り掛かった騎士団の方に声を掛けました。併走していますが、受け答えは大丈夫なのでしょうか?

「この騒ぎは何じゃ?」

「はっ!リーンハルト卿が我等の出迎えと凱旋準備の為に、陣地を構築し出迎えてくれました。そして我等騎士団員の鎧兜の補修を行ってくれるそうなのです。

戦場で付いた傷は戦士の誇り、だが破損したままでは英雄の凱旋とは言えない。故に修理は任せてほしいと……我等は現代の英雄殿に認められたのです。これ程嬉しい事は……」

「そっ、そうか。引き止めて悪かったの。早く行ってやれ」

 泣き出しそうな中年の騎士の方が見事な敬礼をしてから走りだしたわ。鎧兜を着込みながら、馬車よりも早く走り去って行きました。

 リーンハルト兄様が用意した魔力付加のブレスレットの効果により、肉体的スペックが底上げされた結果ね。しかも鎧兜にも固定化の魔法を重ね掛けしたから防御力が高く、騎士団員に戦死者は奇跡的に無し。

 大恩有る、リーンハルト兄様がわざわざ王都の手前で彼等の為に……窓から身を乗り出して前を確認すれば、陣地?いえ一寸した街が見えるわ。相変わらず常識知らずなのだから……あそこで身嗜みを整えてから王都に凱旋なのね。

「ふふふ、流石は我が愛弟子よ。武官達の心をガッチリと掴んで離さないとはな。参戦せずとも英雄の名に疑いなしじゃな」

「ええ、ウェラーさんも火属性宮廷魔術師団員達の心を掴んだものね。悔しいけれども、それと同じだわ」

 うわぁ、グルグルな目でリーンハルト兄様の事を話す部分だけ心底嫌そうに言ったわ。病み女怖い、何故同乗を許したの?同じ女性だから?若いのだから一人で騎乗して下さい!

「いえ、比較にならないと思います。でも少しだけ自分を誇らしく思います。私もリーンハルト兄様と同じく身体を張って行動で示した事を評価してくれた。少しでも同じ事が出来た。それだけで嬉しいです」

 そう言った時の、サリアリス様の恥ずかしくなる位の笑顔と、フローラ様の苦虫を纏めて噛み潰したみたいな顔の対比が酷過ぎます。何ですか、淑女がして良い顔では有りませんわ。

 フローラ様はリーンハルト兄様の事を嫌っているのか苦手なのか、私が話題にする度に不機嫌になるのです。病み女の心情は分からないし、分かりたくないのですが……

 多分ですが祖国を属国化に追い込んだ事や模擬戦で二回も負けた事とかで、リーンハルト兄様の事が苦手で嫌いなのでしょう。あからさまにするのは私の前だけみたいですが、何故かしら?私の胃の為に隠して下さいませ!

 王都に戻ったら、ザスキア公爵様を交えて相談かしら。味方の筈なのに実は敵対していましたじゃ笑えませんから。フローラ様は何か含む所が有り、それを放置など出来ない相談ですから。

 リーンハルト兄様に敵対するならば、自動的に私とも敵対するのですよ。それが妹弟子である私なのです。ですが未だ子供ですから、頼れる伝手は全て使います。

 サリアリス様に相談した場合、全てを調べる前に即敵対し排除に動きそうだから秘密です。サリアリス様もリーンハルト兄様絡みだと、少しだけアレなので……

◇◇◇◇◇◇

 残念ながらリーンハルト兄様と話す事が出来ませんでした。騎士団の方々の鎧兜の補修は思ったよりも時間が掛かったみたいで、二時間くらい費やしていました。時間の関係で先に王都に戻り、出迎えの準備をするそうです。ですが幾つかの伝言と贈り物を頂きました。

 アウレール王や、ニーレンス公爵にローラン公爵、サリアリス様にフローラ様も順次湯浴みを済ませ、何故か私も湯浴みをさせられました。今回の聖戦の叙勲者だから、凱旋の時に国王の近くに侍るらしいです。

 騎士団の方々は湯浴みせずに濡れタオルで身体を拭くだけらしいですが、鎧兜はピカピカに磨き上げられています。戦場での傷は戦士の誉れらしく直しませんが、壊れた部分は見窄らしいからと錬金で補修したそうです。

 私も功労者の一人として最大限着飾れって指示が出ました。湯浴みを済ませ着替えようとしましたが、リーンハルト兄様から凱旋用の正装が贈られていました。前に頂いた魔術師のローブと同じ性能ですが、金糸と銀糸で見事な刺繍が施されています。

 純金に大粒のルビーを嵌め込み緻密な装飾が施された手首から肘まで覆うブレスレット、一見するとガントレットみたいです。そして杖ですが、これ全体が一本の水晶で出来てます!どれだけ巨大な水晶を杖として削り出したの?

 こんな素晴らしい杖など誰も持っていませんよ!どれも強固な固定化の魔法が掛かっていますし、内蔵された魔力を考えれば理解不能な機能が付加されている筈です。身の回りの世話をしてくれた女官の方々も苦笑いでした。

 大切にされていますねって言われた時には恥ずかしくて真っ赤になったのが、自分でも分かります。だって身体全体が熱くなりましたから。リーンハルト兄様の言伝では『アウレール王は金ピカだから大丈夫だから』って。

 国王よりは目立たないって事かも知れません。ですが『守護天使らしくしてみた』って、私の戦場での恥ずかしい噂話が伝わっているのでしょうね。だって黄金のネックレスを身に付けたら魔力で構成された浮遊盾が浮かび上がりました。

 どう見ても翼です白銀の翼です。もう見た目だけなら天使です。凱旋用とは言えコレって拙いと思いますが、リーンハルト兄様はわざわざ国王に確認して許可を取りました。

 むぅ、出来過ぎる殿方って根回しが凄過ぎて困ります。リーンハルト兄様、そういうところですよ。

「ウェラー様、そろそろ王都です。準備をお願いします」

 今はネックレスを外してますが、凱旋行進が始まったら身に付けなければ駄目なのです。また『守護天使ウェラーちゃん!』とか、火属性宮廷魔術師団員達が騒ぎそうです困ります。

「はっはい。分かりました」

 いよいよ王都に凱旋行進です。黄金甲冑を着込んだ、アウレール王が同じく黄金甲冑を着せられた軍馬……いや、あれは黄金の馬ゴーレムですね。リーンハルト兄様、色々と仕掛けて来ますわ。

 その後ろに、ニーレンス公爵とローラン公爵がリーンハルト兄様謹製の鎧兜を着込み、普通の軍馬に乗って続きます。更に後ろに近衛騎士団と聖騎士団の団長、そして宮廷魔術師の方々と私を乗せた屋根無しの馬車。

 その後ろに近衛騎士団員と聖騎士団員が騎乗して続きます。更に後ろには参謀や官吏の方々と宮廷魔術師団員達が乗った馬車が続きます。その他の方々は時間を置いて後から王都に入いるそうです。

◇◇◇◇◇◇

 いよいよだな。王都正門の前に二列で此方を向いて並ぶ、式典用の煌びやかな装飾を施されたゴーレムルークを見て感慨に耽る。身の丈10m、手に持つハルバードは12mは有るな。

 我が王都の城壁も簡単に破壊出来そうだ。これは戦勝祝いに呼ばれた周辺諸国の関係者達への牽制と威嚇行動でも有る。戦争には勝ったが疲弊していると思わせない思えない。

 リーンハルトが温存されている。単独で即日武力侵攻が出来る鬼札、その実績は誇張なく各国関係者に広まっている。普通軍団単位で動かせば一ヶ月は掛かるからな……

 ゴーレムルークが向かい合い、ハルバードを掲げてクロスさせる。ハルバードのアーチの間を行軍しろって事か、意を決して前に進む。この馬ゴーレムは普通に軍馬と同じように扱える。

 俺が先陣をきって進む、すると空から光輝く白色の光球が雨の如く降り注ぐ。リーンハルトよ、演出過多じゃないか?物凄く恥ずかしいのだが……跳ね橋を通過し正門を潜る。

 王都内部は左右に国民達が並び、俺達を出迎えてくれた。正門を潜る迄は無言だったが、今は声を張り上げて我等の凱旋を祝ってくれる。軽く手を挙げて応える、今はそれだけで良い。

『アウレール王、万歳!』

『御味方勝利、聖戦勝利、おめでとうございます!』

『大陸一の偉大なる王に、我等の悲願を叶えて頂き有り難う御座います!』

『守護天使ウェラーちゃん万歳!』

 最後に変な歓声が聞こえたが、俺は知らない無関係だ。中央広場に向かうメインストリートの左右に万単位の国民達が犇めいている。ゴーレムポーンが真っ赤なモールを持ち区画しているが……

 何百体居るんだ?ゴーレムルークと違い目立たない地味な外観のゴーレムポーンが均等に並んでいる。だが国民達は行儀良く並び、モールから内側に入り込もうとはしないな。

 ゴーレムポーンの他に見覚えの有る連中も誘導に参加している。騎士団員じゃない、彼等は近衛騎士団六十四家の関係者じゃないか。そうか反乱鎮圧に用意した連中も手伝わせたのか。

 彼等も最前線の特等席で参戦した親族達を迎え入れられるのだ。留守番として家の存続の為に残された連中だが、反乱鎮圧でそれなりの活躍をした。誇らし気なのも分かるぞ。

 正門から商業区を抜けて中央広場に到着、その会場も煌びやかに飾り付けられている。真っ赤な絨毯が特設の壇上まで真っ直ぐ伸びている。しかも空中に国旗と参加した貴族の紋章が刻まれた戦旗が靡いている。

 どういう理屈で浮いているのだ?リーンハルトの仕業には間違い無いが、百を超える戦旗が何も控えが無く浮いているのだぞ!浮遊盾の応用か?一際大きい国旗と俺の戦旗が目立つな。

 壇上の左右に設えた特別観覧席に並ぶ、周辺諸国の出席者共が惚けた顔を曝している。我が国の国力を見せ付けられて、茫然自失みたいだな。いや改めて、ゴーレムマスターの力を思い知ったか?

 余所では見られない禁呪紛いの魔法やゴーレムを見せられてはな。我等の弱点を探ろうとして、更なる脅威を見せ付けられた訳だ。それは惚けてもやむなしだな、うん。

「その仕掛けた当人は壇上の下で、ザスキアと共に俺を出迎える為に立っている」

 何故か実戦的なライトメイルアーマーに真っ黒な魔術師のローブを羽織っている。宰相みたいな仕事をさせていたから、敢えて軍属の装いで出迎えか?

 あとザスキアよ。お前、ネクタルを何本飲んだ?何故、二十代前半どころか十代後半に見えるまで若返った?各国関係者も、お前を二度見三度見してるぞ。

 ネクタルの大量確保か安定供給が、周辺諸国にバレたな。この外交攻勢を誰が仕切るのだ?様子を盗み見た、ニーレンスの顔が凄い事になってるぞ。

 いや特別観覧席の公爵家の区画に、ニーレンスとローランの本妻の面影が有る少女が居るな。そうか、メラニウス達も若返りやがったかっ!

 リーンハルトよ、そういうところだからなっ!論功行賞を覚えてろよ。功績に見合った大量の褒美をくれてやるからなっ!

 


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