古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

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第788話

 毎週届く、リーンハルトからの報告書を読むのが旧ウルム王国領平定の合間の楽しみとなっている。毎回何かしらの提案や成果を出してくるから飽きない。

 今も今週分の報告書を読んでいる、ニーレンス公爵のにやけ顔を見て楽しむ。俺の不在時に、アヒム侯爵が謀反を企てた。本来なら戦力を纏めて帰国する程の騒ぎだ。

 だがそれをすれば折角纏まりつつある平定にケチが付く。自国も取り纏められないのに、戦争で奪った領地を健全に治められるのか?領民達の不安を煽るネタだな。

 だが、リーンハルトは既に謀反の情報を掴み対策を練っていた。逐一報告書に進捗が記載されているが、ザスキアの諜報部隊とリゼルのギフトが噛み合い良い成果を出している。

 俺もクロイツエン領の事は問題視していたから隣接する三方の領主は武門の連中を据えていて、初動で一次対処出来るようにはしていた。

 リーンハルトは、それを理解し利用しながら増援として近衛騎士団六十四家の精鋭を送る手配を完璧にした。他領主の領地に武装兵を通らせるには相応の苦労が有る。

 それを事前に行い敵の情報を盗賊ギルド支部に依頼し逐一討伐軍に知らせる。補給も国の備蓄から地味に古い物から回す手配を滞らないようにしている。

 緊急時故に近隣から徴発したり新規に買ったりせずに、不足分の補充を新規購入し備蓄に回す事も問題無く行う。その手順は連れて来た参謀連中も唸る程だ。

 多分だが次の報告書には鎮圧済みの報告が有るだろう。後顧の憂いが無いとは凄い安心感だが、参謀連中は少し不満そうだ。奴は宮廷魔術師で参謀じゃないから越権行為だと思ってるのか?

「本当に人並み以上に何でもこなしますな。俺はリーンハルト殿が鎮圧を確実に行う為に、自分で向かうと思っていたのだが……」

「英雄は自国民に刃を向けてはならない。自分が行けば期間もコストも最小限で済むのに、従来通りの方法を殆ど最上と言える差配でする。彼が未だ未成年だとは思えませんな」

 アッハッハ!と笑い合う狸爺共め。リーンハルトが自分達に敵対しないと分かり切っているから余裕だな。これが他の者なら派閥構成貴族達に通達し、それなりの遅延妨害をした筈だ。

 軍事部門の事なら、ローランの範疇だが特に問題視していない。奴が増援に選んだ近衛騎士団六十四家の半数以上は、ローランの派閥構成貴族。手柄は奴の派閥の強化にもなる。

 今回は武門の連中に手柄を立てさせる意味合いが多い、恩を売るには最適だ。殆ど勝利は確定している、これで失敗などしたら無能以外の何者でもないな。因みにだが、バニシードは先に帰した。ニーレンスとローランが居れば良い。

「そうだな。俺も奴に任せれば安心なのだが、使い勝手が良過ぎて頼り切りになる心配も有る。我等が帰国したら、少し楽をさせねばなるまい。だが奴は入れ替わりで、此方の農地改革をやると提案している」

 この言葉に狸爺共も頷いた。『参戦しなかった英雄』の扱いは難しい。フレイナルが残敵を掃討した後の復興支援に回したい。荒んだ民意も込みで領地が回復する。領地を貰った連中も切望するだろう。

 数日間だが確実に領地に滞在してくれる。持て成しは最上級、懇親するには最適だ。そもそも好意的な連中ばかり、だが全員の要望を叶えるのは無理。官吏達が纏めているが、上手く纏まるのか?

 それと官僚と官吏を上手く使い政務をこなしている。無能や敵対する者達を上手く選別し閑職に追い込む悪辣さだが、ニーレンスには逐次報告している用心深さは流石だ。

 ニーレンスも最初は危険視したが逐一報告してくれる事、閑職に追い込んで辞めさせた後の人事をニーレンスに一任した事で警戒を緩めた。柵(しがらみ)で辞めさせられぬ無能を一掃出来る。

 そして新しい有能な者を取り込める。このメリットは計り知れない。自分では辞めさせられぬ者を代わりに処分してくれた、その後の美味しい人事権を全て渡された。敵意など欠片も無い、その証明をしたのだ。

 その大恩有るリーンハルトに対して無理なスケジュールを押し付ける事は、ニーレンスとローランの意向を知る参謀達には出来ぬだろう。その調整は至難だが、それも仕事だから諦めて努力しろ。

「だが、フレイナル殿との比較が酷すぎる事になるな。鎮圧とは破壊行動でもあり、復興は慈善行動だ。前後の対比が激しい、果たして彼は旧ウルム王国の淑女を本妻と側室に迎えて大丈夫なのか?」

「アウレール王の選定した候補者リストを見ましたが、早期に此方に寝返った連中の娘達ですが……保身と実家の安泰だけで、屑男と言われた男に尽くしますかな?」

 二人共、ニヤリと笑いやがったな。面白がりやがって!俺だって不安だが、その二つ以外に出せる条件は無い。フレイナルの将来性?男の甲斐性?皆無とは言わぬが難しいな。

 同期の上司と比較されては無いに等しい、しかも今回は妹分に尻拭いをさせる程の情けなさを曝した。その屑男に身を任せる、罰以外の何者でもない。送り出す家族も同じ思いだろう。

 残敵掃討は精力的に行っているし成果も出しているのだが、報告によれば『俺のハーレムの為に死ね!』とか言動が最低だな。それを周囲にも聞かれている、警戒心が無さ過ぎだぞ。

「まぁ確かにな。それが貴族に生まれた娘の義務とは言え、少々哀れではある。だが祖国を裏切り我等に臣従した連中を過度に甘やかす訳にもいかぬ。奴等は保身の為に祖国を裏切った、今後も裏切らない保証は無い。

故に罰を含めて、フレイナルに嫁がせる。勿論だが旦那の尻を蹴り上げてでも更正させて成果を出せば、追加で恩賞を与える事は言ってある。本妻と側室達は連携し、屑男を強制的に更正させる。

まぁ色事に目のない奴を身体を使い操るのは簡単だろう。最初は手を繋ぐ事から条件を出すらしい、深窓の令嬢に身体を開かせるには相当の試練が有るのだろうよ」

 盛りのついた猿とは言わぬが、フレイナルは俺の前でさえ平気で発情するのだ。極上の餌さえぶら下げれば、一皮剥けるか化けるかもしれないぞ。期待は薄いが、確率はゼロじゃない。

 だが下手に拗らせると見え見えのハニートラップに引っ掛かりそうだから、適度な飴は与える指示は出してある。有る程度焦らして初夜を迎えさせて、二回目はコレを達成しろって条件か?

 国王に心配させる程の下事情に女性問題か、全く呆れて何も言えないぞ。しっかりしろ!お前の妹分は直ぐにでも宮廷魔術師となり追い越していくだろう。腐らず力を付けるんだ。

「しかし、アヒムの娘ですが凶悪なギフト持ちですな。知らなかったが、良く秘密を暴けたものだ」

 む、ローランめ。話題を逸らしたな。確かに謀反を仕掛ける程の危険なギフト、その対応を問題無く行うとはな。もう何でも有りだな、ゴーレムマスターよ。

 絶対に裏切らない出来た臣下は嬉しいのだが、秘密が有り過ぎるのも周囲の連中が不安になる。特にネクタル絡みで、リズリットの情緒不安定な事が心配だ。

 逆にセラスは問題無いけどな。アレはお前が錬金するマジックアイテムに夢中で、ネクタルには余り関心が無い。未だ若いからか?だが肌の張りに衰えが見え始めた、リズリットは凄い関心が有る有り捲る。

 ザスキアの紡ぐ『新しき世界』だが、既に俺でも見過ごせない影響力を持ち始めた。だが公爵三家が表(当主)と裏(本妻)で手を組んだ。俺でも解散させるのは無理だ、渇望する若さか……

 この件については、リーンハルトも当てにならない。そもそも奴の女達が十年後にネクタルを使える環境を整える為に、奴はザスキアを焚き付けた。いや協力者に引き込んだ。

 己の美貌に自信の有る者ほど、衰え始める自分を許せない認めたくない。その気持ちは痛い程、理解させられた。お前も困った忠臣だぞ、本当にな。

「洗脳系のギフトは危険だ。今回の謀反の鍵は娘だと思うが、父親や派閥構成貴族まで操っての謀反とはな。呆れて何も言えぬが、本人はクロイツエンに居ないとか。真意が計り知れないのが不気味ですぞ」

「父娘共に愚か者ではなかった筈だ。それが此処に来て異常な行動を取るとは、洗脳されたにしても意図が分からない。敵国の謀略?いや、それも効果が薄いでしょうな。手間に成果が釣り合わない」

「リーマ卿の尋問はしたが、そんな仕込みはしていなかった。敵国の謀略の線は薄い、奴等自身の野望による行動だろうな。バセットの前例も有る、焦りによる愚かな行動。理解もしたくない出来ないな」

 そう、タイミングは絶妙だが失敗確実な謀反を起こす意味が理解不能だ。家の取り潰しが確実な愚行を侯爵七家筆頭の立場を脅かされるからは理解出来ない。そもそも筆頭の地位を守る事すら不可能だぞ。

 リーンハルトもザスキアも、謀反の理由が特定出来ないと悩んでいた。だが洗脳は人の意志を無理矢理変える事だから、正常な判断が出来ないのでは?と推論を書いているが、二人も半信半疑みたいだ。

 しかも、モンテローザ自身はクロイツエンに居ないらしい。バーリンゲン王国方面に逃走したらしいが、捕縛には至っていない。鍛えてもいない貴族のか弱い娘一人捕まえられないとは不思議だ。協力者が有能だったか?

 謀反を企てている事は掴んでいたが、仮にも侯爵令嬢だし洗脳ギフトとか証明し辛い理由で行動前に拘束は出来なかった。あの女は戦前にウルム王国に嫁いだ女達を救った功績も有ったから余計にだな。

 だから分からない、何故謀反を企てた?侯爵七家筆頭の地位に固執して、逆に滅びを迎えているのだぞ。それが分からぬ馬鹿ではなかっただろうに、焦りや嫉妬にしても理由としては……

 捕縛はしない、捕まえたら殺すしかない。洗脳ギフトとは、それ程に危険なギフトなのだ。リーンハルトも非情だが、発見次第必ず殺した方が良いと提案している。

 奴の怖い所はだな、敵対者に関しては必要ならば非情な判断を迷わず下せる所だ。普段が優しいからと甘く見る馬鹿が絶えないのだが、奴と敵対した者達の末路は知っているだろうに。まぁ味方には甘いから、それが判断を誤らせる。

 不要だから、被害が増えるから、国益に反するから、若い令嬢に対して可哀想とか同情し助けるべきだとか甘い判断はしない。エムデン王国に不利益ならば、冷酷非情に殺すと言えるし実際に行動出来る。

 だがそれは為政者に必要な事なのだ。感情論で不利益な方に動く者など、為政者として失格だな。そういう意味でも、リーンハルトは支配する側の人間だ。我が子達よりも王族らしい、あの頭の中を調べてみたい誘惑に駆られる。

「愚者の集まる国に逃げ込まれたが、既にロンメール達には警告している。我が後継者達の力量をはかる試金石にはなるか……」

「あの愚者の国の連中ですが、平気で最悪の選択をしますからな。我が国に内心では敵意を持つ者達が殆どですから、モンテローザの動き次第では想定外な事も有り得るかと」

「膿を出し切るにしても大鉈を振るって改革するにしても、あの国はどうにもならない。愚かな貴族を間引いても、国を動かす人材を補充しても、健全化など無理でしょう。いっそ今の無能な支配階級を絶やして、一から作り直した方が早いかと」

 かとかとアレだな。確かに屑国家が隣国と言う悲劇を無くす為には、根本を断つのは有りなのだが面倒臭いんだ。裏庭の安全を確保するだけで見返りは少ない、属国化は利益だけを吸い上げるのにだ。

 改革にまで手を出せば、相応の手間暇と予算が掛かる。それに十年単位の時間も必要、全てを改善しても疲弊しきっているので援助も馬鹿にならない。自国に取り込む意味は無い、いや要らない。

 今迄に散々足を引っ張ってくれたのだ。此方も我慢の限界だし、愚かな判断を下すなら相応の対処をすれば良い。具体的には自分達で何とかしろ甘えるな!だな。

「最悪は、バーリンゲン王国など切り離すか見捨てるのも視野に入れる。奴等自身で何とかさせるのも一興、何でも手伝ってくれるとか馬鹿な夢は見させない。先ずは自分達で苦労しろ、話はそれからだな」

 ニーレンスとローランには突き放す様に言ったが、実際は国の裏庭が騒がしいのは好ましくないのだ。仮に群雄割拠時代に戻ったら面倒臭い事この上ない。

 更に荒れる領土に難民問題、治安の悪化による野盗の増加。国境強化による負担、全く碌でもない隣国だ。嫌になる、更地にすれば楽だが現実的には無理。

 今はロンメール達の手腕に期待するしかないか。リーンハルトは此方に寄越すから、バーリンゲン王国の手伝いには行かせられない。そもそもあの国にはもう関わらせたくはない。

「愚者の国、煮ても焼いても食えない厄介者だな。まぁ適度に膿を出し無能を間引き、賠償を分捕る事にしよう。馬鹿は叩いて叩いて身の程を教える必要が有るからな」

「ですが奴等ならば、モンテローザを此方に仕向けた謝罪と賠償を要求する位の厚顔無恥な輩の集まりですぞ。彼女を取り逃がした、リーンハルト殿に責任を取って欲しいとか?あの王女、何かとリーンハルト殿に絡みたがる」

「故にエムデン王国だけで何とかしろ!位は言いますな。宗主国に対しての敬意は皆無、被害者面して騒ぎますな。ロンメール殿下達の苦労が思い浮かびます」

 三人で溜め息を吐く。有り得る、普通なら有り得ないが奴等なら有り得る。むぅ、帰国したら俺が乗り込んで差配するか?いや、後継者達に任せるべきか?

 この件については参謀達に考えさせるか。それが仕事だからな、死ぬ気で考えれば妙案も出るだろう。本国の謀反は、リーンハルトが抑えた。

 ならばバーリンゲン王国での揉め事は、参謀達に任せるか。これも適材適所、奴等がリーンハルトに隔意を抱くなら愚者の国の事は抑えてみせろ。見事に王命を達成出来れば評価してやるぞ。

◇◇◇◇◇◇

「ウェラーさん、少し宜しいかしら?」

「フローラ様?私に何か御用でしょうか?」

 病んだ目をした、今回の聖戦を終えて宮廷魔術師第七席に任命されたバーリンゲン王国から引き抜かれた女魔術師に漸く声を掛けられたわ。お互いの距離は2mも無く向かい合っている。

 暫くの間、私の事を遠巻きに観察と言うか良く見ていたのは気付いていた。今の状況は人通りの無い廊下、周囲には他に人は居ない。彼女が私を害するとは思えないけれど……

 対魔術師特化魔術師、私達魔術師の天敵の技術を磨いた女性。警戒しない訳にはいかない、勘ですが私に対して何かしらの危険な感じがするの。フレイナル兄様に対する苦情?

「様付けなど止めて下さい。ウェラーさんが望めば、直ぐに同僚になれるのよ。それに爵位も同じく女男爵じゃない。私は貴女と仲良くしたいの」

「宮廷魔術師の件は、御父様やサリアリス様、そしてリーンハルト兄様の許しが必要ですから。それにフローラ様は伯爵待遇、年上でも有ります。私は爵位は賜りましたが無職の年下、礼を失う訳にはいきません」

 仲良く?そのグルグルに病んだ目をした貴女と仲良く?いえいえいえ無理です、辞退したいです。私はフレイナル兄様と違い危機管理能力は錆びてません。

 貴女は危険、間違い有りません。背中に嫌な汗が伝う感覚が気持ち悪い、フローラ様の思惑が分からない。病んだ女が好意的?私に何を求めるの?

 ゆっくりと距離を詰めて来たわ。でも下がる訳にはいかない、敵対行動をされてないのに避ける訳にはいかない。ゆっくりと手が伸びて、私の手を握られた。

「そんなに警戒しないで、少し話したいだけなの。後で私の執務室に来て下さい。出来れば一人で……お願いね」

「はっはぁ……分かりました」

 ニコリと濁った目で微笑まれたけれど、目を逸らさずに耐えたけれど、もう限界。フローラ様が見えなくなってから膝を付く。何というプレッシャー、これが病み女。

「怖い、アレと二人きりで話さないといけないの?帰りたい、リーンハルト兄様に会いたい抱き付きたい」

 人気が無いとはいえ、何時誰か来るかも知れない。無様に廊下に座り込む姿など見せられない。両足に力を入れて立ち上がる。

 先ずは御父様に報告、それとフローラ様に呼ばれたと手紙(証拠)を認めておきましょう。大丈夫、私は宮廷魔術師第四席の娘。

 無様な事にはならない。このピンチを凌いでみせる、精神的に成長出来るチャンスよ。そう思わないとやってられないわ。

 


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