古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

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第786話

 ウルム王国の制圧が完了したと報告が来た。正式に統治下に置かれた旧ウルム王国領の支配には年単位の時間が掛かり、参戦した連中も領地を賜った者も多く中々帰国出来ない。

 アウレール王でさえ、残務整理に追われて一ヶ月ほど滞在するそうだ。全てが終結したと宣言するのは未だ先で、アウレール王が凱旋帰国した後に正式な声明が出される。周辺諸国には既に公式な声明が出されている。

 アウレール王が凱旋帰国してからが大変だ。周辺諸国を招いた祝勝パーティーが開催される。つまり何かと言えば祝勝パーティーの準備を含めて、僕の留守居役としての仕事は未だ終わらないと言う事か……

「あらあら、慶事なのに嬉しそうじゃなくて困惑気味なんて、どうしたのかしら?」

 もう普通にソファーに横座りで寛ぐ、ザスキア公爵。最近の貴女は御自分の執務室に居るよりも、僕の執務室に居る時間の方が長くないですかね?

 諜報要員(各所に配置した女官や侍女)の報告も此処で聞いているし。僕にも必要な情報だから一緒に聞けるメリットは有るが、複数の女官や侍女が僕の執務室を訪ねる訳だ。

 僕とザスキア公爵が家族みたいな関係なのは広まった、つまり『新しい世界』を信奉する有能な年上の淑女達のアプローチは止んだ。教祖様の伴侶には手出ししません?意味不明だよ。

「アウレール王の指令書にですね『お前に任せておけば安心だから、もう一ヶ月程延長して滞在する。エムデン王国は任せた!』そう書かれているんです。最近は留守居役としての現状維持の仕事だけでなく、アウレール王から遠隔指示が来るのですが……

普通に宰相みたいな仕事内容なんです。僕は宮廷魔術師、国家の象徴であり単体最強戦力。軍事の要の筈なのですが、官僚みたいな事を頼まれています。変ですよね?いや変だ、おかしい何かが絶対に間違っている」

 執務机に両肘を付いて頭を抱える。旧ウルム王国領の復興案に、領地替えによる移動計画。国王凱旋帰国の準備、バセット公爵、グンター侯爵とカルステン侯爵の親族と派閥構成貴族の処罰と対応案。

 最近はエムデン王国領の防衛設備対策関連の国家予算の見直しの草案を人手を使っても良いから考えてみろ!とかも有る。上級官僚や上級官吏の人事まで、僕の職務権限の範疇で可能になっている。おかしい、変だ。僕は侵攻特化魔術師、戦争全般を任される立場の筈だ。

 僕の裁量で動かせる国庫の予算が、金貨三千万枚?財務官僚達が全員で僕に、お伺いと頭を下げに来たよ。だって国家予算を無駄にした場合の処罰の権限を僕が握ったから。違う意味での官僚や官吏達の掌握が進む、だが全然嬉しくない。違う、そうじゃないんだ。

 財務系官僚を束ねるニーレンス公爵に親書を送って説明したが既にアウレール王が説明済みだった。同行してるから当たり前だけど、ニーレンス公爵も軍属の僕が官僚系の仕事にも携わるならオッケーとか砕けた回答が来た。

 ザスキア公爵の生暖かい目が辛い。イーリンなど目元を抑えて泣き真似をしているが、仕えし主の苦悩が楽しいのか?最近はハンナが専属侍女を辞めたからって後任の件で色々と揉めている。今の四人体制でも問題無いんだよな。

 協力体制を敷く公爵三家からと無所属からの合計四人、それにリゼルが居るから問題は全く無い。このバランスを崩さない為には無所属派の誰かなのだが、一つの公爵家から二人も送り込まれたら色々と拗れるからな。

「最年少宰相の誕生かしら?大丈夫、私にもリーンハルト様の補佐をしなさいって指示が来ているわ。アウレール王も御自身が参戦による不在でエムデン王国の政務が滞る事を危惧していたのだけれど……

リーンハルト様が普通に何でもこなすから、先を見通してやらせているのよ。現宮廷魔術師筆頭のサリアリス様だって、同じ様にアウレール王を補佐して政務を行っていたわよ。少し早いけど、五年後には行う仕事なのです」

 嘘だっ!にっこり笑って言ったけれども、僕は騙されないぞ。確かに転生前に似たような事をしている連中が身近に居たし、起案書や報告書も見れる立場だったから何とか仕事をこなせるレベルだが……

 三百年の歳月の差は有れども国家の運営が劇的に変わる事など無く、何となく周囲に聞いたりして出来るから悪循環が生まれる。だが敢えて失敗する意味も無い、それは失点であり無意味だ。

 あやふやな知識に近年の起案書を調べれば、何となくそれなりの指示が出来て有能な配下の方々が形にする。だから及第点な結果が生まれる悪循環、いや結果は出せるが評価が違う?

「嘘です!サリアリス様は助言を求められる事は有れど、企画立案などしていません。」僕は官僚でも官吏でもない、宮廷魔術師なのです。戦力の要の……って駄目だ。義父達の思考に近い、精神的な疲れが溜まっている。

発散しないと精神的に病む。武闘会や模擬戦ばっかりやって困るとか思ったけど、思考が同じになっている。僕は違う、脳筋じゃない。戦ってストレス発散?馬鹿な、有り得ない。

 仕事は週五日で休みは二日有る。勤務時間も朝九時から夕方六時と悪くは無い、飲み会とかも自粛で無いから最近は自分の屋敷で夕食を食べれる。家族で囲む食卓、まさに幸せの象徴。

 休みの内の一日は魔法迷宮バンクの攻略、経験値稼ぎに資金とネクタル集めを行っている。ザスキア公爵から、ネクタルの大量確保を頼まれている。ニーレンス公爵夫人とローラン公爵夫人が若返った。

 つまり公爵三家は表(当主)と裏(本妻)の両方で手をガッチリと組んだ。見た目は二十代半ばの美魔女達が連携した事を旦那達は未だ知らない。帰って来たら一波乱有る。いやもう既に知っているかも、紳士達の羨望だろう永遠に老いない妻とか……

 まぁ王族の女性達の牽制の意味合いが高いのかな。ネクタルの大量確保がバレた。そして供給源として最も疑わしいのは僕なんだよな。だが女傑達の暗躍により表からも裏からも接触は無いが、セラス王女は直球で聞いて来たよ。

 リズリット王妃が唆したと思うのだが、彼女もマジックアイテム以外に美容と若さには執着が有った。だが彼女は未だ若くて待てる、美容よりもマジックアイテムに傾倒してるし。だがリズリット王妃は待てない。

 アウレール王の正妻で王妃だが、後宮には美を競うライバル達が溢れている。誰かが抜け駆けして若返ったら、自分の立場も危ういと考えたのだろう。後宮とは美の狂演の修羅場だから、王妃と言えども老いて寵愛が冷めれば……

 僕はセラス王女に答えていない。定期入手出来る事を出来ないと嘘は言えない、セラス王女は無理強いしなかったが……一波乱有る。それを跳ね除ける意味でも、今の留守居役の地位は有り難い。現状の最高位、対価が大量の仕事と責任か。

 ロジスト様の要望も多忙故にと引き伸ばしも出来る。ヴェーラ王女に会わせたいと画策しているが、留守居役の立場は王位継承権二桁よりも遥かに高い。レジスラル女官長にも確認したから間違い無い、助かるが胃も痛い。

「でも不思議だわ。リーンハルト様って何故、何でもソツなくこなせるのかしら?万能型って言われても普通は知らない事は知らないし、分からない事は分からないわよ」

 上目使いで聞いてきたが、あざとい。若さを手に入れたから妙に仕草も可愛いし、彼女の人気は社交界でも爆発的に上がっている。だが公爵本人を口説ける立場の者など居ない、とんでもない高嶺の花だよ。

「まぁ簡単な絡繰りですよ。適材適所の配置と環境作りに、ヤル気の向上の為の正当な評価かな」

 いえ、二人の有能なギフトのお陰です。ですが『能力査定』を持つ、ナナルの事は秘密だから詳細は教えられない。先ず議題を貰うと、本来それを仕事にする部署の構成員をリゼルが調べる。

 僕に敵対していない者の行動をクリスが調べて、ナナルが能力査定で調べられる体制を整える。一目見れば遠目でも分かるから、相手に気付かれずに能力を調べられる。

 それで有能か普通か無能かが分かる。僕に敵対していない有能な人材に纏めて声を掛けて仕事を割り振る。後は邪魔をされない環境を整えれば仕事をこなし、僕が正当に評価する。

 アウレール王宛の報告書に彼等の名前も記載すれば、僕だけでなく彼等もアウレール王から評価される。今迄は上司が成果の半分以上を掠め取っていたから、自分が評価されて喜ぶ。

 僕は他人の成果を奪わない事は知られているが、直接的に恩恵を受けた者は官僚や官吏には少ない。何回か同じ事をすれば、僕が選抜し仕事を割り振られる事に多大なメリットが有る事に気付く。

 故に仕事が円滑に進み、僕は最初に仕事の割り振りと環境整備と予算を与えるだけで勝手に仕事は捗る。その旨をアウレール王にも伝えたが、逆に仕事と権限が増えた。お陰で三割強の有能な官僚と官吏を掌握した。

 そして僕が受けた王命を割り振られない連中は、周囲から問題有りか無能の烙印を押される。通常業務しか出来ない、評価も上がらず出世など夢のまた夢。でも仕事は頼まない、敵対してるし能力不足だから。

 それでも、ニーレンス公爵達には配慮しているし伺いも立てて確認もしている。彼等は僕に友好的な公爵達にも嫌われ見限られた者達なので、遠慮は要らないらしい。

 閑職に押し込んで何れは離職させる、そう言う連中だ。まぁ部下の成果を奪うような輩だから、居なくなって欲しい。だが今迄の柵(しがらみ)も有るし、理由なく辞めさせられなかった訳ね。

「アヒム侯爵とモンテローザ嬢の件ですが、何か進展は有りましたか?」

 話題を変える。これは愚痴でしかなく、ザスキア公爵に言う事が出来ない秘密の部分だから。臣下なんだし、国王の命令には色々と手段を考えて従う。少しだけ理不尽だと思うけど何とか出来るし……

 特にリゼルがね、この手の仕事を見る機会が多かったらしく有効な助言をしてくれるんだ。流石はリゼルさん、助かります。ナナルのギフトも大いに役立つ、思想と能力を知る事が出来る。

 上司としては得難い能力で本当に助かる。アシュタルとナナルには特別ボーナスとして装飾品を与えたが、リゼルは断った。変わりに一緒にオペラを観に行きたいと言われた。

 でも今王都で上演中のオペラって前半は名前を変えた僕の立身出世物語、後半は戦意高揚を目的とした内容だから恥ずかしいんだよ。そう考えたら、リゼルさんが後ろから肩を揉みだした。

「リゼル、急に触れられると驚くから止めてくれないかな?」

「本当に、リゼルさんはリーンハルト様に絡み過ぎよ。自重しなさいな……モンテローザさんだけど、既にバーリンゲン王国に潜り込んだと思うのよ。中々手強いわ、父親達を囮にして本命は愚者の国の者達ね。

直接的な証拠は無いのだけれど、洗脳された疑いが有る者を辿ると既にバーリンゲン王国内部に辿り着くのよね。洗脳し協力させて痕跡を隠させても、洗脳した事が手掛かりとなるわ」

 嫌そうな顔で吐き捨てたが、ザスキア公爵の諜報部隊に尻尾を掴ませない程なのか?モンテローザ嬢の能力を低く見過ぎてたな。逆洗脳されて後先考えずに振り切ったか?

 貴族令嬢が謀略の為に少数で隠密移動をする。エムデン王国内だけじゃなく属国化したが元々は潜在的敵国を仲間を増やしながら公にならずに移動する?言うは簡単だが実際は相当難しい。

 強行軍だし気が抜けないから常に周囲を気にしなければならないし、あの国だと普通に野盗が溢れてる。取り締まる側の貴族だって誘拐とかの悪事を働くんだぞ。

「バーリンゲン王国の内部、だが王都周辺は王家直轄軍の第四軍が固めているしエムデン王国側は既に掌握済み。辺境に逃げ込めば、逆賊の元殿下の関係者達が多い。

エムデン王国憎しの連中だし、ギフトで感情を爆発的に上げればエムデン王国絶対許すまじ!とか盛り上がるだろう、最悪の手段を敢えて選ぶ愚者共め……モンテローザ嬢の狙いは辺境だろうか?」

 相談中に伝令が飛び込んで来た。アヒム侯爵とカルマック伯爵が、クロイツエンの街を占拠し王家に反旗を翻した。予想より遅い、既に準備は整えて有る。

 伊達に留守居役として権力を握っていた訳じゃないんだ。仕組まれた謀反だが、実の父親まで洗脳して盛大な自爆をするモンテローザ嬢を哀れに思う。

 だがチクチクと敵対行動を繰り返してくれたのだから、反撃される事も飲み込んで下さい。流石に『神の御言葉』のギフトを持つ、モリエスティ侯爵夫人の虎の尾を踏んだんだ。

 無事で済むとは思わないでくれ。速やかに鎮圧する。捕縛はしない、貴女のギフトは僕の幸せな未来にとって危険過ぎるから……

 


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