古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

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第781話

 いよいよウルム王国王都攻略が始まる。城壁には敵兵達が並び、俺に敵意を向けている。魔術師に弓兵と遠距離攻撃が可能な連中、果たして俺の魔法障壁と……

 この同期で年下の上司に貰った『魔法障壁の護符』と自分の魔法障壁だけで防げるのか?盾役の兵士が居ないんだぞ。一人で最前線に来た事など無い、魔術師には十分な護衛が必要なんだ!

 怖い、足が竦む。何百、いや千をこえる敵兵からの殺意の籠もった視線を感じる。それに俺を越える魔力反応が二つ、敵意剥き出しに完全解放していやがる。

 多分だが宮廷魔術師筆頭ファルスナー殿に第二席のグリルビークス殿も居やがるな。怖い、宮廷魔術師の試練で潜った古代迷宮や野盗の討伐の比じゃない。甘かった、これが戦場の雰囲気なのか……

 喉がカラカラなのに背中や掌の汗が酷い。唾を飲み込もうにも何もなく咽せてしまうし、何だか目の前が暗くなって腹がキリキリと痛い。早くトイレに駆け込みたい。

 こんな恐怖だったのか、奴はこんな恐怖を何度も乗り越えたのか?幾つもの城塞都市を少数で攻略し平地での集団戦まで勝つ化け物め!俺は普通なんだ、死にたくないんだ。

「む、無理だ。200m以上離れていても逃げ出したい、怖い殺される恐怖が逃げ出したい気持ちを抑えられない。もう……」

「フレイナル兄様、妹分に恥ずかしい姿を見せないで下さい。これは王命ですから、逃げればアンドレアル様も含めて一族郎党死罪です」

「う、ウェラー。だが怖いんだ、死にたくない。攻めても逃げても死ぬ運命なのかよ?」

 お前、年下の癖に生意気だぞ。怖くないのか?奴等、俺達を殺す気満々だぞ。しかも敵側の宮廷魔術師が何人も居やがる、しかも筆頭と第二席だと思うぞ。

 ウェラーが汗で酷く濡れた掌を握ってくれた。震えているのは俺だけじゃない、お前も怖いんじゃないか!そうだよ、未だ未成年じゃないか。

 横目で見下ろした、ウェラーはキツい視線を前に向けている。そして自分の情けなさを思い知る、少女が気丈にしているのに俺は何だ何なんだ?妹分に負けていて、宮廷魔術師と言えるのか?だが怖いモノは仕方ないだろ?

「おっおい、待てよ」

「100mまで近付きます。フレイナル兄様のサンアローでも威力を考えたらギリギリの射程距離、それ以上離れては城門の破壊は無理です」

 ウェラーが俺の手を引っ張り歩き出す。ふざけるな!100mなど弓矢の射程距離内じゃないか、一斉攻撃に曝されるんだぞ。手を振り払おうとしたが強く握られて払えない。

 他の連中も止めもしない。ユリエル様やライル団長も、何故彼女を止めない?少女だぞ子供だぞ大切な我が子だろ!僅かに働く理性が、彼女の手を振り払う事を戸惑わせる。

 此処で手を振り払い逃げ出せば、俺は父上を巻き込んでの死罪。我が家は没落する、情けない俺の所為で。だが怖い、一歩を踏み出すのに時間が掛かるんだ。

「ウェラー。お前、死ぬのが怖くないのか?」

「馬鹿言わないで下さい。怖いに決まってます、逃げ出したいに決まってます。ですが、フレイナル兄様は宮廷魔術師の末席。私も第四席の娘、引けない意地が有ります」

 嗚呼、漸く気付いた気付かされた。エムデン王国の味方側の連中からの蔑みの視線、見えないが背中に突き刺さる無言の視線。俺は宮廷魔術師として火属性魔術師として、活躍しなければならなかった。

 それが年下の妹分に手を引かれて戦場に連れ出されている。参った、最低だ。俺は最低の屑だ、リーンハルト殿に鼻っ柱を叩き折られたのに全く学んでいない成長していない。

 立ち止まった俺を胡乱気(うろんげ)に見上げる、ウェラーと目を合わせる。彼女の瞳には泣きそうで鼻水まで垂らした情けない男が写っていやがる、これが俺か?俺なのか?

「済まない、馬鹿な兄貴分を許してくれ。俺はエムデン王国宮廷魔術師が末席、白熱線のフレイナルだっ!俺は今日、伝説になるんだぁ!」

 そう言って走り出す。ヤル事は簡単、呪文を唱えて100mまで近付いたらサンアローを撃ち込む。それだけで俺はヒーローなんだ、俺の勇姿に淑女達が悲鳴を上げるんだ!

 モテモテになる、嫁さんを貰い側室も迎えてラブラブチュッチュッな廃頽的で淫靡な生活を送る為にも死ぬ気で頑張る。大丈夫、約束された活躍だって言われてたんだ!

 ウェラーよ、有り難う。五年経ったら俺のハーレムに迎えてやるから、お前の愛は確かに受け取ったからな。罪作りだな、少女にまで慕われていたなんて。だが俺は幼女愛好家じゃないんだー!

◇◇◇◇◇◇

 世話の焼ける兄貴分ですね。しかしこの悪寒は何でしょう?出しゃばり過ぎだと思われて、悪意を向けられたのかしら?いえ、周囲の兵隊さん達からは好意以上の何かを向けられている?

 ヤル気になったフレイナル兄様ですが、走っているつもりでしょうがぎこちない動きで遅いです。籠城側も侮っているのでしょうが、それは油断ですよ。アレでもヤル時はヤリますヤル筈ですヤって下さい、お願いだから。

 フレイナル兄様の動きに合わせて、全軍も前に進みます。150m迄は近付いても大丈夫、弓矢は届きません。それ以上離れては、フレイナル兄様の動きに合わせられませんから……

「御父様、申し訳有りませんでした。ですが、フレイナル兄様をヤル気にさせるには年下の私でさえ頑張っていると教えるしか考えつきませんでした」

「いや、大した胆力だな。リーンハルトもそうだが、ウェラー嬢も評価を上げたぞ。若い魔術師達の成長は著しい、未成年がコレか?いやいやいや、どうなっているんだよ?フレイナル殿の評価はこれからだがな」

「王命だからな。フレイナルの一世一代の大勝負に水を差せないのだが、本気で心配したんだぞ。あれで逃げ出したら本気で取り押さえるしかなかった」

 ライル団長と御父様が褒めて下さったのが凄く嬉しい。出しゃばった訳じゃないけれど、あのままだったら馬鹿兄様は間違い無く逃げ出したわ。

 長い付き合いだからこそ分かる。死の恐怖に怯えて震えていたし、最悪逃げ出さなくても竦んで座り込んで動かなかったかも知れない。それじゃ逃げ出さなくても逃げたと同じ事。

 宮廷魔術師と宮廷魔術師団員は、両騎士団や兵隊さん達から嫌われていた。リーンハルト兄様が苦労して仲違いを改善したのに、フレイナル兄様がブチ壊す事など許せない。

 私はリーンハルト兄様の妹弟子、その私が居ながら兄弟子の苦労をブチ壊すなど出来る訳がないじゃない。しかもブチ壊すのが一応兄貴分?止めて、死にたくなります。

「そうです、王命です。筋書きの有る約束された勝利を掴むにしても、役者が恐怖に怯えては無理なのです。御父様、宮廷魔術師団員達にも準備をさせておいて下さい。

最悪の場合、フレイナル兄様が失敗したら宮廷魔術師団員達に城門をファイアボールで一斉攻撃させて実績だけ作ります。申し訳有りませんが城門が破壊出来ない場合は……

ライル団長が突っ込んで破壊して下さい。後はザスキア公爵様が噂話を改竄して広めますから大丈夫、フレイナル兄様と火属性魔術師は活躍した事にします。

リーンハルト兄様の描いた筋書き通りにするのです。馬鹿兄様の所為で、リーンハルト兄様の苦労と思いが壊れるなど許されざる事です」

 思わず力説してしまうけれど、御父様の目が厳しくなったけれど、この思いは裏切れないのです。リーンハルト兄様の苦労を間近で見ていながら怖いから逃げたい?

 嗚呼、出来の悪い馬鹿兄様をしばき倒したくなります。確かに私も一緒に前に出た時に、敵兵からの殺意に泣きそうになったのも事実。何百人からの敵意と殺意など、戦争じゃなければ体験など出来ないでしょう。

 でも私はリーンハルト兄様の同僚になりたくて宮廷魔術師を目指しています。末席でも現役の宮廷魔術師である、フレイナル兄様が耐えられない?ふざけないで死ぬ気で頑張りなさい。

「ウェラーよ、ザスキアの女狐に毒されてないか?あと、リーンハルト殿と結婚したいとかは無しだぞ。お前は我が家の跡取り娘、嫁には出さずに婿を取るのだからな」

 えっと、御父様?その血涙は何ですか?そんなに私を嫁に出すのは嫌なの?私が生んだ子が後継者で、魔術師としての素質が一番必要じゃないのかな?

 まぁリーンハルト兄様は私の事を実の妹みたいに扱ってくれますし、私も未だ結婚とか分からないです。でも妹弟子として無様な事は出来ません。

「あの女なら可能だろうな。リーンハルトの描いた筋書きを乱す事など許さないだろう。奴は宮廷魔術師に任命された時から戦争になった場合の事を考えて、宮廷魔術師関連の引き締めを急いで行った。

正に英断、この聖戦も両騎士団と宮廷魔術師が連携して行動している。前なら考えられなかった、犠牲覚悟で我等が魔術師の盾となり射程距離まで運んだんだぞ。だからこそ護衛無くして役に立たない魔術師を嫌っていたし下に見ていた。

自分が血を流さずに戦果だけ奪うからだが……魔術師でも常に最前線で戦う男を見てしまえば考え方も変わる。フレイナルもリーンハルトに続かなければならない。王命だから己の命を賭けても達成せねばならないのだ」

 だから兵士達も野次も飛ばさずに黙って見ているのだ。リーンハルトが身をもって示した事を他の宮廷魔術師達が出来るかをな。そう、ライル団長は言いました。

 つまり逃げ出した時点で、両騎士団や兵士さん達から見捨てられたのね。それじゃ最初に逆戻りじゃない!馬鹿兄様、死ぬ気で……いえ死んでも達成しなさい!

 漸く射程距離まで近付いたと思ったら、敵からの集中攻撃に曝されてしまったわ。リーンハルト兄様の『魔法障壁の護符』が発動して、全ての攻撃を弾いていますね。

「嗚呼、馬鹿兄様?駄目だわ、竦んでしまい魔法の詠唱をしていないわ」

 最後の最後で尻込み?馬鹿兄様ってば本当に馬鹿なんだから!早く呪文を唱えてサンアローを撃ち込みなさい、本当に駄目駄目なんだからっ!

「あっ?待て、ウェラー!危ないから前に出るな」

 御父様が呼び止めるけれども構わずに、フレイナル兄様の元へと駆け寄る。自動で発動する『魔法障壁の護符』だけど効果は十分しか保たないので時間が無いの。

 あと少しって所で私の『魔法障壁の護符』が発動したわ。戦争だもの、少女の私にまで躊躇無く弓矢が飛んで来る。殺しに掛かって来る、怖い心臓を鷲掴みにされるみたいに息苦しい。

 無理矢理我慢して、フレイナル兄様の尻を蹴っ飛ばす。この馬鹿兄様は戦場で呆然とするとか馬鹿なの?馬鹿よね?馬鹿なんだから、この大馬鹿兄様!

「痛い、痛いぞ。何故に何度も蹴っ飛ばすんだ?いや本当に止めて下さい、お願いします」

「早くサンアローの呪文を唱えなさい!急いで、敵の攻撃魔法が……」

 視界が真っ白になり何かに押されて後ろに倒れてしまう。違う、サンアローを撃ち込まれたのよ。城壁の上に立つ中年二人、その片方がサンアローを放った。

 でも大丈夫、倒れても『魔法障壁の護符』の効果は発動している。腰が抜けたみたいに這いずる、フレイナル兄様の脇腹を蹴る。この馬鹿、早く呪文を唱えろ!

 サンアローの照射時間が短かった、多分だけど五秒もなかったかしら?敵は様子見と言うか私達を舐めている、臆病者と少女と侮ったのね。でもこれはチャンス、チャンスなのよ!

「フレイナル兄様、敵が私達を侮っている内に早くサンアローを城門に撃ち込んで!」

「わ、分かった。急ぐから防御を頼むぞ」

 私の腰に抱き付いて情け無いったらありゃしないわ。護衛が無ければ戦えない、魔法も使えないとか駄目なのよ。ゆっくりと立ち上がり両手を前に突き出す。

 如何にも魔法障壁を自分で張ってますアピール、私が魔法障壁を張りフレイナル兄様が呪文を唱える。本当は『魔法障壁の護符』の二重の防御なのよ。

 強力な障壁は魔法でも弓矢でも攻撃こそ弾きますが圧力は軽減出来ない。ジリジリと下がるのを馬鹿兄様が私の腰に抱き付いて耐える、普通は逆よ。

「不味いわ。城壁の上の魔術師が……」

 サンアローを撃とうとしたらファイアボールが当たって防いでくれたわ。攻撃と防御は同時に出来ない、だから宮廷魔術師団員のファイアボールを防いだらサンアローは撃てない。

 私達の少し後ろに盾を構えた宮廷魔術師団員達がファイアボールで牽制してくれる。これで敵の宮廷魔術師の攻撃魔法は一時的だけど防げる。やるじゃない!

 護衛無しで前線まで盾を持って来るなんて、前でなら考えられなかった筈よ。貴方達も、リーンハルト兄様の気持ちが伝わったのね。これが御世話を必要としない魔術師なのよ。

「我々だってヤレる。もう慢心などしない」

「そうだ!連携すれば何とかなる。だから早くサンアローを撃ってくれ!」

「少女の後ろに隠れるゲス野郎、早くサンアローを撃ち込め!」

「くっ、お前達後で覚えてろよな。いくぞ、サンアロー!」

 漸く馬鹿兄様がサンアローを城門に撃ち込んだわ。長かった、白熱の太い線が城門に真っ直ぐ向かい大きな爆発を生む。

 これでフレイナル兄様と火属性魔術師達は活躍したわ、リーンハルト兄様の描いた通りになった。後はライル団長が突撃して有耶無耶にして噂話で辻褄を合わせれば……

「不味いわ。フレイナル兄様、早く逃げてっ!」

 城門は破壊したけれど、両扉は後ろに倒れたけれど、土煙の向こうに騎馬隊の影が見えた。どうやら、もう一頑張りかしら。

 




日刊ランキング十九位、有難う御座います。

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