古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

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第775話

 近衛騎士団副長ダーダナス殿の屋敷で行われる、ターニャ夫人主催の定期的な御茶会に参加した。今回は面白い令嬢が参加していた、古式ゆかしい髪型のウルティマ嬢だ。

 転生前のルトライン帝国時代に流行っていた左右対称縦ロール、懐かしさで心がほっこりした。今は廃れているらしいが、三百年で美容事情に何が有ったのだろうか?

 それはそれとして、モンテローザ嬢の思いも寄らない行動力に少々驚いた。彼女は父親と派閥構成貴族の中でも悪名高い、カルマック伯爵をそそのかし悪徳の街クロイツエンを起点として謀反を起こすつもりだ。

 モリエスティ公爵夫人のギフトによる命令では及第点なのだが、彼女は更に謀反の仲間を増やす為にバーリンゲン王国に向かったらしい。素晴らしい、あの国には僕を嫌う愚か者が大量に居る。

 モンテローザ嬢のギフト『感情増幅』を使えば、僕を嫌っている連中が大挙して僕を殺しに来るだろう。バーリンゲン王国は国家として機能しなくなるとか……いや、そこ迄の馬鹿は居ないよな?

 パゥルム王女と妹王女二人から応援要請が来る、またあの三姉妹と付き合わねばならないと思うと胃が痛い。僕に全力で縋るって感情が増幅されたら、どうなるのだろうか?

 死に物狂いで縋り付く?余り変わらない気がする?

◇◇◇◇◇◇

 紅茶が淹れ替えられて新しい焼き菓子が用意された。パティスリーワイズの新作、季節のフルーツを乗せたクッキーだ。僕が贔屓にしていると知られてから大繁盛しているらしい。

 確かに一寸した贈り物として定期的に結構な数を仕入れているからか、毎回新作を用意してくれる。皆で試食し感想を纏めて送っているから、大酒飲みで甘党の噂が定着した。

 御茶会に呼ばれると、高確率でパティスリーワイズの焼き菓子が振る舞われるんだ。まぁ好きだから良いのだが、他の洋菓子店からも結構な頻度で献上品が来るんだよ。

 是非ともウチの自慢の菓子も食べて下さい!って事だろう。最近はオリビアとイルメラが意気投合して、その献上品の評価の手伝いをしている。食べ物関係に強い彼女の評価は本職顔負けに適切なんだ。

 店側が唸る程の指摘と改善策まで提示するものだから、勘違いして僕が評価した事になっている。違う、僕は食べるだけで評価も改善策も考えてない、そう言っても信じない。

 芸術関連もそうだが、こう言う勘違いが後で大問題に発展するんだよ。この間なんて王宮の料理人から、王族に出す新作の菓子の評価をして欲しいとか頼まれて困った。僕は宮廷魔術師で料理評論家じゃない!

 結果的に専属侍女達と、リゼルにザスキア公爵が一緒に試食して具体的な評価と改善策が出来上がってしまった。僕じゃない違うと言っても聞く耳を持たないと言うか、謙遜していると思われているのか……悪循環だよ。

「今日の新人は、中々の傑物でしたね。是非とも雇用したいので、実家との調整をお願いします」

 ウルティマ嬢だけ先に帰り、クラリス嬢達と総評と報告を聞いて漸く定期的な御茶会は終了する。僕の高評価に、クラリス嬢達は微妙な顔をした。側室決定じゃなく雇用希望だからか?

 レイニース嬢も側室希望が能力のみを求められた雇用希望だからか、不満と言うか微妙な顔だ。まぁ負い目も有るからこそ、ふて腐れた態度を取れないのだろう。嘘を疑い調べるとか、ギリギリ不敬の範疇だからね。

 ターニャ夫人も微妙なのは毎回新しい側室希望者を紹介するのに、快い返事を貰えないからか?ウルティマ嬢は近衛騎士団員の親族だと思うが、誰のなんだろう?

「ウルティマさんは、アヒム侯爵の遠縁の娘なのです。当主と仲違いし疎遠となりましたが、親族故に派閥からは抜けていませんわ。でも冷遇されていて、今回の謀反話も誘われなかったのでしょう」

 む、政敵の遠縁とは言え親族か。没落一直線の、アヒム侯爵家との縁切りと僕の派閥への移籍を打診してくるか?彼女の能力と天秤に掛けたら、どちらに傾く?

「まぁ派閥当主の親族ともなれば、敵対派閥じゃなくとも移籍は難しいですね。それに下手に移籍されたり婚姻されたりすれば、遠縁とはいえ余計な親族が生まれる。

冷遇されて行動まで制限されていて、今回を機に縁切りに動いた。アヒム侯爵と派閥構成貴族達は、これから受難の始まり。勝てない喧嘩をエムデン王国に仕掛けるのですから……引き抜きのタイミングとしたら悪くないかな」

 苦笑混じりに言えば溜め息を吐かれた。でも中途半端な立ち位置は間者として疑われるんだ。貴族は血の繋がりを重要視するから、遠縁でも伝手として頼る事は珍しくない。

 ウルティマ嬢がモンテローザ嬢の動向に詳しかったのは冷遇されても親族であり同じ派閥の一員だったから、より詳しく情報を集められたのだろう。それを差し引いても有能だとは思うが、側室話は無いな。

 雇用して実家に配慮するが妥当、親族付き合いはリスクが高い。僕の所に謀反を起こした、アヒム侯爵の遠縁が側室として嫁ぐとか無理だな。ウルティマ嬢が功績を積めば周囲が納得する可能性は有るが、情報提供位じゃ無理だ。

 実行部隊として活躍すれば別だが、ザスキア公爵の配下やセシリアの手の者が先に行動するだろうし余計な干渉は逆に足を引っ張る。イーリンとセシリアの連携は、僕を唸らせる事もしょっちゅうだぞ。

「先ずはアヒム侯爵の動きを調べて証拠を掴み、王宮に呼び寄せて公式に詰問します。場合によっては呼び出しを拒否し、クロイツエンの街で武装蜂起でしょう。

勿論ですが、クロイツエンの街も調べるし反乱しても対抗出来うる戦力も秘密裏に動かします。王都に近いし、場合によっては僕自身が鎮圧に動くのも選択肢の一つかな。

戦時下で国内のゴタゴタとか周辺諸国に、つけ込まれる事を仕出かすんだ。最速で鎮圧し問題など無いと示さねばならない。国威に絡む問題ですからね」

 勿論だが他言無用と念を押しておく。なまじ情報を知ってしまったからには、余計な詮索をされるより対策を教えて口止めし余計な手出しをするなって警告した方が安心なんだ。

 中途半端に情報を知ると余計に気になるし、下手に憶測を他人に漏らされても困る。不用意に他人に話すとは思わないが、実家の立場や利益・不利益を考えるとね。

 彼女達には悪いが、未だ完全に信用した訳じゃない。基本的に彼女達の要求は僕の側室になる事だから、その為には暗躍もするだろう。有能な人材って行動が予測不能なんだよ。

 ザスキア公爵達にも報告し相談し、アウレール王にも報告と対応案の提示だな。モンテローザ嬢の対応をザスキア公爵達に一任したのだけれど、バーリンゲン王国に向かったとなれば話は別だ。

 ロンメール殿下にも同じく報告書を送る必要が有る。後手を踏んだが未だ挽回出来ない訳じゃない、十分間に合うし間に合わせる。唯一の不安は、バーリンゲン王国という愚か者の集まる属国だ。

 また関わり合う事になるとは、本気で嫌なんだよ。だが時間との戦いになる、アウレール王の指示が間に合わなければ、僕の判断と責任で動かねばならない。座して待つ訳にはいかないんだ。

◇◇◇◇◇◇

「リーンハルト様は本当に、エムデン王国の中枢で政務を担っているのですね」

 慌ただしく王宮に帰る、私の旦那様予定の殿方を見送る。宮廷魔術師の上位ともなれば国王を補佐する事も珍しくはないのですが、彼は未だ未成年。

 なのに既に国王の信頼を得て現役公爵や大臣達を抑えて留守居役として抜擢され普通に任務をこなしている。そう大人でも重責な仕事を普通にこなす異常性。

 これが英雄と呼ばれる傑物なのね。才媛と呼ばれている私達の尺度でも計りきれない、謀反の対応と鎮圧まで先を見通し準備し実行出来る。それは宰相と呼ばれる者の仕事よね?

「レイニース、リーンハルト様の言葉に嘘が混じっていたらしいけれど、それはどの部分かしら?」

 側室争いから脱落したけれど、雇用という関係を築けたのに不満そうな彼女に声を掛ける。もう貴女は定期的な御茶会に毎回参加する意味を失ったわ。

 次回からは新人枠を二名に増やせる。これで少しは楽になるけれど、リーンハルト様は反乱の鎮圧に自ら赴くみたいだからタイミング的に次回は中止かしら?

 他国との戦争の最中に国内で内乱が発生したなんて、確かに国威に傷が付く程の不祥事。モンテローザも焦って馬鹿な行動をしたわね。なまじギフトが優れていると何も考えずに頼ってしまうから……

「ウルティマさんと、モンテローザさんの話の中で曖昧な対応や疑問系の回答の時よ。リーンハルト様は多分ですが、モンテローザさんの話は全て知っていて対策済みだったと思うの。ウルティマさんの話に驚いたように装っていたけれどね」

「つまり、ウルティマさんの情報はザスキア公爵様の諜報部隊よりも遅かったけれど正確だったから、リーンハルト様はウルティマさんを慮った言葉を言ったのね」

「そうだと思うわ。因みに私とウルティマさんの雇用話に嘘は無かった。私は女性としては見られてなかった訳よね……実家に報告すれば、有無を言わさず即日差し出されるでしょう」

 側室争奪戦線からの脱落一号さんだけれども、リーンハルト様と普通に関係を持つ事自体が難しい現状で、雇用でも望まれたなら即決よね。拒む意味など欠片も無いのだから。

 おめでとうございますと言葉を贈りますわ。いずれ私は、リーンハルト様の側室となり貴女の雇用主になりますから。そのギフトを有効的に使いますから安心なさいな。

 ウルティマさんは雇用関係だと実家的には微妙だわ。雇用は個人との関係で、側室と違って家族に恩恵は少ないから。そして上下関係がはっきりしている雇用関係は、側室と違い簡単に切られる危険性も高い。

 側室は家と家とが親族関係を結べるけれど、雇用は個人だから実家には多少の配慮が有れども親族的には配慮は無い。最近だと、ハンナさんが良い例よね。

 リーンハルト様は不足している家臣団の充実に力をいれているので、仕方無いと割り切るしかない。ギフトが優れていても、レイニースは側室にして迄は欲しくはなかった。

 ターニャ夫人が諫めないのは、口では否定を滲ませていても最終的には雇用に落ち着くと思っているから。年頃の私達の恋愛感情に配慮して口を出さないだけね。

 ターニャ夫人的には私がリーンハルト様に側室として嫁げれば満点ですが、現状でも家族的な付き合いをしているから焦りは無いのよ。何だかんだ言っても、リーンハルト様は懐まで飛び込めば優しい(甘い)から。

 孫娘二人が懐いても嫌な顔もせずに妹として扱ってくれるので、仮に私が失敗しても問題無い位の余裕が有る。だから私達の話し合いに参加はすれども口出しはしないのね。

「雇用関係だって、リーンハルト様から望まれたのよ!何が不満なの?貴女は彼の派閥に普通に組み込まれたのよ。実家だって大喜びじゃない。出来るのならば、代わって欲しい位よ!」

「全くだわ。贅沢言わないで早急に雇用されて、私達に情報を流しなさいな。この集まりは継続的な協力関係を結ぶ事も条件なのだから、一人だけ先に勝ち抜けは許さないからね!」

「そうは言っても当初の予定と全く違うのよ!私が雇用されて使用人になった後で、貴女達が側室として迎えられたら若奥様と呼ばなきゃならないじゃない!そんなの嫌よ」

 ステファニーとヤーディから追撃を食らったわね。ステファニーに魔力石絡みで多少の関係は築けたけれど、ヤーディは全くこれっぽっちも欠片も無いですから焦るのは分かります。

 妖艶で大隆起で年上の属性は、リーンハルト様的に琴線に触れるものが全く無かったのね。リーンハルト様って見た目や性格よりも才能や特技重視なのかしら?

 女としてそれはそれで悲しいけれど、美人だけど頭スカスカ女に現を抜かす姿とか想像がつかないわ。そんなに単純なら苦労などしない、普通に恋愛テクニックで落とせるのだから……

 あと、レイニース。側室は若奥様とは呼ばれない、それは本妻だけの呼ばれ方よ。対外的には伯爵夫人、でも家の中では様付けで呼ばれるのかしらね。

 ジゼルさんが本当に羨ましい妬ましいわ。彼女に固執する理由さえ分かれば対策も有るのだけれど、私達と彼女の違いって何かしら?

 見た目は同等、体型には差は有れど好みの範疇よね。能力的にも隔絶した差は無いし、性格は幾らでも取り繕う事が出来るけど……やはり先に知り合って築いた時間かしら?

「言い争いは止めなさい。今は少しでも役立つ事を示さないと駄目なのよ。アヒム侯爵家とモンテローザさんの対処については、リーンハルト様の仰る通りになるでしょう。

私達は、モンテローザさんが接触した方々を調べて変な洗脳をされてないか確かめる事。各々の実家に報告して、不慮の出来事にも対応出来る体制を作る事。

最悪の場合、リーンハルト様は貴族の私兵も動員する権利を持っています。私達は武門の娘、国家の危機の対応位は分かりますわね?率先して動ける事ですからね!」

 全員が力強く頷いたわ。リーンハルト様が対応の詳細まで教えてくれた意味を考えれば、自分と実家がどう動いたら良いのかなど分かり切っています。

 リーンハルト様の指示に直ぐに対応出来る貴族こそが、彼を支える側室を送り込める権利が有るの。だから国家的な行動指針も教えてくれたの、その期待を裏切れないの。

 しかし本当に国家の中枢に位置して国政を担う立場にいらっしゃるのね。ならば彼の隣に立てる者達が厳選されるのも理解出来る。無能者など彼の側に侍る事など出来ない。

 肉欲を満たす見目良く身体付きの良い女など妾で十分、でもリーンハルト様は妾は不要だと公言したわ。それは共に動ける有能な者だけが、彼の側に侍れるのよ。

「忙しくなるわね。先ずは各々の実家に働きかけて一族でモンテローザさんに接触した者が居るか確認よ。ウルティマさんの事は、ターニャ夫人に任せましょう。

彼女は雇用を望まれた訳ですから、私達の敵じゃない。アヒム侯爵が謀反を起こすならば、彼女の置かれた立場では側室など望めなかった。雇用は、リーンハルト様なりの温情でしょう。それから全員で本妻様に報告ね」

 見回せば全員が頷いたわ。ターニャ夫人にまで指示を出してしまったみたいだけれど、温和に笑っていてくれるのは許容範囲内だから。私達は私達の出来る事をしなければならないわ。

 ウルティマさんの事は、ターニャ夫人に丸投げで大丈夫な事が確認出来たから安心ね。嫌だった場合は、伝えた者に文句を言うでしょうから。それが、ターニャ夫人なら無理強い出来ない。

 でも未成年ながら国政を担える程の旦那様ですか……最高ですよね!ウルム王国を併呑すれば、エムデン王国は大陸一の超大国となるわ。その国の未来を担える方を旦那様と呼べるのだから、貴族子女として最高に栄誉な事なのよ。

 嗚呼、輝かしい未来を共に築いて歩めるなんて言葉に出来ない幸せなのよ!

 




日刊ランキング八十九位、有難う御座います。

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